トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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『老ヴォールの惑星』「漂った男」




09 お婿さん・〇を書く

「八宮岬君と言ったね、舞踏会で君が何をしでかしたのかは聞かせてもらっている。そこでだ、……君は学もある、武勇もある、技術もある。前向きに話を進めてもいい」

 決して華やかな顔立ちではないが、威厳と慎みを(たた)えた壮年の男性がそう語りかけた。何を隠そう、彼こそがエルのお父様、≪キオン≫の国王である。その深みのある声音と威風とした眼差しを前に、僕は動けないでいた。

「え、本当ですか! お父様! 」

 栗色の髪を跳ね馬のように騒がして、エルは快活に声を出した。

「移民、あるいは捕虜の2世との衝突や軋轢は無くなってきているとはいえ、いまだ王都では多く残っている。そこで、君とエルが手を取ったら、これからの指針、これからの時代の向きを国民全てに示すことになるだろう、とワシを考えている」

「ご、ご主人、これどうするのさ……」

「いや、ちょっと待って、クーちゃん。話が速く進みすぎて、頭の理解が追いつかない」

「やりましたね! ミサキ! これで、私のお婿さんですよ! 」

 エルは声を撥ねさせながら、僕の手をぶんぶんと振ってきた。僕の頭の中は既に真っ白なのだが、さらに脳内が撹拌(かくはん)される。とりあえず、凪の事だけが頭に浮かんだ。

「す、すみません、国王陛下。スノリア村を()つ際に、妹を置いてきたのですが、彼女は無事なのでしょうか。その、大変申し上げにくいのですが、彼女が半ば人質に取られる形で、私は王都への馬車に乗せられたので……」

 僕が(うやうや)しく(かしこ)まって言うと、突然二人はその表情を慌てさせた。最初に口を開いたのは国王の方だった。

「なっ! エルエル、お前、そんな人道に反することをやったのか! 」

「い、いえ、私は騎士の方に、何としてでも連れてきて欲しいとお願いしただけです! 」

 エルのその言を聞いて、僕は胸を撫で下ろした。それと同時にげんなりする。エルエルってあんた、エルエルって……。

「あの、すみません、国王陛下。私は旅の者でして、1ヶ月後にここを発たねばなりません。ですので、エルフェール様は大変魅力的な方なのですが――――」

「き、貴様!! ワシのかわいいエルエルでは不満だと言っているのか!!」椅子から立ち上がらんばかりに王は声を張った。「 お父様、娘さんを僕に下さい、と言うには値しないとでも言うのか! 」

 エルエルという呼称だけで、半ば分かっていたことだが、この国王は相当な親バカさんだ。それと、玄界の文化がお好きらしい。

「い、いえ、そんなことは滅相もございません」僕は勢いよく頭を下げた。「私には勿体なさすぎるのではないかと、心配しているんです」

「ミサキ! それはミサキだけでなく、私にも失礼です! ミサキは私が認めた殿方です。それに、暴漢から私を助けてくれました! 胸を張ってください! 」

「エル……」何故か、彼女のその台詞にぐっときてしまった。

「ご主人、流されないで、こっちの言い分をしっかり伝えなきゃ」

 ヘッドセットからクーちゃんの冷めた声。一度深呼吸して、気を落ち着けよう。息を吐くのと同時に、ぐるりと謁見室を見回す。向かいには椅子に座った国王がいる。その隣で、オールバックに髪を撫でつけた側近が直立している。一方、こちらの長椅子には僕とエルが座っていて、彼女は僕の手を握って離さない。

 赤絨毯も僕の足に纏わりついてるみたいだ。

「すみません」僕は国王へ向ける。「本当に1ヶ月後に旅立たなくてはならないんです」

「ふむ、ならば」彼は顎に手を当て、何やら思案をめぐらせる。「式を2週間後に揚げよう! 旅には帰る場所も必要なはずだ、違うか! 」

「こ、国王陛下、それはいくらなんでも無茶です」ここにきて初めて、置物のように動かなかった側近が口を出した。「この者にはアフトクラトルの間者(かんじゃ)という容疑もかかっておられるのですぞ」

 角ばった声と潔癖に拭かれた眼鏡からは、神経質な印象を受ける。

「そ、それは違います。これはアフトクラトルの技術をRE(リバースエンジニアリング)にしたものです。ソースコードを提供したって構いません」

 疑われるのは一技術者(エンジニア)として心外だったので、僕は声を上げて反論する。それに続けて、国王が援護射撃をとばしてくれた。あれ? 本当に援護射撃だろうか。

「ほら見ろ、やはり八宮君は優秀な方ではないか、2人は両想いのようだし、丁度いいであろう! 」

「で、ですが、陛下……」

「側近さんもうるさいですね! 2人はこんなに両思いなんです! いいですよね、ミサキ! 」

 ダキッと僕の腕に手を回して、エルが跳ぶように言った。胸の柔らかい感触に思いを()せられるほど、頭の要領は多くない。

「エ、エルさん、ち、近いから」

「何を言ってるんですか、ミサキ! 」彼女は僕の肩に両手を回した。「昨日はエルって呼んでくれたじゃないですか! 夜更かしして、異文化こーりゅートークもしたじゃないですか! 」そう言うと、彼女は器用に顔だけを国王に向ける。髪が流れて、女性らしい香りが鼻をくすぐった。「ほら、見てください! 私とミサキはこんなに仲良しなんですよ! 」

「ううむ」国王は顔を(ほころ)ばせてエルを見た。それから僕を見る。「たしか玄界の文化だと、名前で呼び合うことは婚約前提の付き合いではなかったかね! 岬君!!」

「こ、国王陛下、それは1000年くらい前の時代の話です」

「いや、いかん! 文化は大切にすべきだ!!」国王は頑と言った。「2人が順調で何よりだ、あとはあいつを説得しさえすれば……」国王は顎に手をあて再び思案する。

「クーちゃん、僕はどうすればいいの」ヘッドセットに向けて、僕はこそこそと喋る。

「ご主人、顔がデレデレしてる」ツンとした声だった。

「いや、割と真面目な話で……」

「僕はご主人の好きにすればいいと思う、としか言えない。……ただね、一つ我がまま言わせてもらえるならね、僕はご主人を信じているから。でもね、信じているけどね、これを重荷として受け取って欲しくはないよ。最後に決めるのはご主人だから」

 ヘッドセットからのクーちゃんの声は、当然僕にしか聞こえていない。

 旅の最終目的は≪貿易都市国家 トランタ≫へたどり着つくこと。そして、クーちゃんの躰を手に入れることだ。では、それが果たせるのならエルと懇意の仲になっても良いのだろうか。クーちゃんは信じている、と言ったけれど、一体何を信じているのだろう。

 エルとそういう関係になれば、クーちゃんの躰を作るのに、色々と便利かもしれない。ただ、そのためにエルの好意を利用するわけにもいかない。

 結論を保留するような答えしか、僕の頭には浮かばない。一つ、嘘をつくことにした。

「すみません、国王陛下。たしかに、僕はエルのことが好きで、エルも自分のことを想ってくれているようです。ですが、私の好きは友達のとしての好きなのです。すみません、……僕は同性愛者なんです」

 最後の一文以外は自分の本心である。慎重に言葉を選びながらそれを吐露した。

 僕の発言に誰も二の句を継いでこない。しんとした静寂が部屋を包んだ。国王もエルも表情を強張らせてさえいる。一体僕が何を仕出かしたというのだ。

「捕えろ! この同性愛者を! アフトクラトルの間者に違いない。こいつの汚らわしい口を開かせるな! 」

 神経質そうな眼鏡の側近が声を大にして(まく)し立てた。眼鏡を取ると急に饒舌になるのかもしれない。

 彼が言い終わらない内に、筋骨隆々な黒服がぞろぞろと部屋に雪崩れ込んできた。換装へのインターバルを終えていない僕はあれよあれよと捕縛されてしまう。縄を絞められ、平衡を欠いた僕は赤絨毯の上に無様に倒れた。頬を赤絨毯の繊維が(くすぐ)ってくる。

「お父様! これも異文化こーりゅーではないのですか! 」エルは必死に叫んでいた。

「いや、しかしだな、エルエル」

 歯切れ悪く、国王は答えた。その表情は二律背反の葛藤に悩んでいるそれだった。その一方、僕は同性愛者だと言ったことの何が悪いのか理解できてない。

「クーちゃん、サエグサは無宗教だって言っていたよね」

「たぶん、日本人が初詣(はつもうで)に行くレベルで、反同性愛が根付いているのかもしれないね。ご主人、ごめんね、僕があんなこと言ったせいで。ご主人がいるなら、僕はどういう立場でも満足だから――――」

 突然、クーちゃんの声が途切れた。黒服の男が僕の耳からむんずとヘッドセットを引き離していた。ヘッドセットの音量を最大にしてクーちゃんは僕の名前を必死に呼んでいる。だが、その叫びも(つい)えてしまった。黒服がヘッドセットの電源を落としたのだ。

「牢に入れておけ! 」

 眼鏡を外した側近が声高に言い捨てる。彼は神経質そうに眼鏡を拭いていた。

 後ろ手に縛られながらも、僕は身を捩って何とか躰を起こした。そして、国王を見据える。

「国王陛下、最後に一言だけよろしいですか」

 彼は口で答えるでなく、首を縦にゆっくりと振った。

「僕の妹は同性愛者ではありません。まあ、僕もなん――――」

「黙れ、アフトクラトルの間者が! 」

 側近が眼鏡拭きをバサバサと払いながらに声を荒げ、僕の(げん)を遮った。僕は倒れそうになりながらも、国王の真横へ近づき、声量を絞って耳打ちをする。

「国王、エルを守ってやってください。エルを襲ったあのテロは偶然ではないかもしれません。ナイフと同じ模様を――――」

 パシン!

 と乾いた音が空気を切り裂く。側近が平手打ちを僕の頬に繰り出していた。脳が揺さぶられる程に、あいつは打ち抜きやがった。

「無礼者、国王陛下から離れよ! 」眼鏡をかけ直して、側近は言った。

 僕は再び赤絨毯に倒れていた。歯で切ったらしく、口の中は鉄の味がする。絨毯みたいに赤い味。

 黒服にカッターシャツの首裏を引っ張られ、無理矢理歩かされた。

 後ろからはエルの叫び声が聞こえた。

 

 

作成した見取り図にない場所へと、僕は連れて来られた。端的に言って、そこは地下牢であった。石造りの壁や床の間から隙間風が通り抜け、それが体温を(さら)っていく。

 途中、一人の囚人とすれ違った。生気が無い、現実に生きていない、それが彼への第一印象だ。その落ち窪んだ眼窩(がんか)には一切の光が無く、目の焦点は定まっていない。唇の形は(いびつ)に歪んでいて、ぶつぶつと呪詛を唱えるように小刻みに動いていた。その口から垂れる涎が、木綿で作られた囚人服を濡らし、隙間風が涎の湿気を凍らせようとしている。早い話、すれ違った彼の精神は完全にやられていた。

「あの、他国の捕虜は丁重に扱うのが通例と聞いてるんですけど」

 僕は震えた声でそう訊いた。

「痛っ」思わず喘いでしまう。

 看守はぐいっと僕の手を縛る縄を絞めやがった。

「大丈夫だ。何も手荒な真似はしない。少しの作業をしてもらうだけだ。捕虜交換があったら、五体満足で返してやる」

 看守は淡々と僕に説明してくれた。その声に感情は()められていない。むしろ、人の心が残っていたら、こんな場所で働けないのではないだろうか。

 寒さはなんとか耐えられるかな、と思案しながら数分歩く。すると、「入れ」と告げられた。冷えきった独房の扉を引く。ガチャリと錠の音を聞いた。ベッドと便器とランプと机。これだけが部屋に備え付けられていた。時計、洗面台や暖炉といったものは無かったが、最低限の生活は可能だ、と前向きに捉えることにした。

 とりあえず、椅子を引いて机の前に座った。脱獄する方法を考えてみたのだが、ちっとも(ひらめ)かなかった。

「トリガーを飲み込んでくれば良かった……」

 いつの間にかそう呟いていたが、誰も返してはくれなかった。24時間僕と一緒にいてくれたクーちゃんはいない。

 今となっては後の祭りだが、ここを抜けたら絶対にトリガーを飲み込むことにする。何度えづいたって、胃の中に納めてやる。トリオン体に換装できていない時、いつも酷い目に合うのだ。

 手持無沙汰になってしまい、石造りの壁や傷んだベッドを観察してみた。不意にガチャリと金属音がした。ノックもなしに看守は独房の扉を開けやがった。

「これが今日の分だ」

 とだけ言って、看守は机の上に紙の束を置く。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・格子模様の真ん中に○を書くこと

・格子から外れていると懲罰がある

・ノルマが終わらないと懲罰がある

・紙に丸以外の物が書かれていたら懲罰がある

・抜き打ちで見回りが来て、そのときに作業をしていないと懲罰がある

・食事は1日に3度。睡眠時間は4時間。部屋からは出られない。

・看守に逆らうと懲罰がある。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

紙束の一番の上に、このような活字が沈んでいた。その紙をめくると、200×200(ご丁寧にマス目の数が打たれている) の格子模様が印刷されていた。そんな紙が電話帳なみの厚さに重ねられている。

 とりあえず、指示に従うことにした。クーちゃんや凪の助けが来ることを信じながら〇を書く。

 大丈夫、クーちゃんは僕の目を通して世界を見ているのだから、この場所も把握している。とりあえず、『クーちゃんへ、凪のことをよろしくお願いします』と一筆した。懲罰は覚悟しよう。

 ○を書く。○を書く。一枚を埋めきった。どれだけ時間が経過したか分からない。ひょっとしたら公務員試験かもしれない。〇を書く。〇を書く。

 ○を書く。○を書く。郵便受けのような箱から食事が配られた。人と接触できないシステムらしい。食事は薄いジャガイモのスープだった。錆びた匂いはスプーンのせいなのか、それとも食器のせいなのか、僕には判別できなかった。ひどく不味(まず)いものの、躰は温まったので、○を書く。○を書く。

 〇を書く。○を書く。あれから2度食事が出た。同じ内容であったため、食欲は湧かなかった。時計が無いため、時間は分からない。〇を書く。〇を書く。

 20枚ほど〇を書きつくして、ふと思い出した。これは小説で読んだ話だ。単純な作業の連続ほど、人間の精神にダメージを与えるものはない。

 例えば。

 暗闇の中に長期間放置されても耐えうる訓練を受けた屈強な兵士でも、紙に同一の印を無限に書き続けるような単純作業を強制すると、数時間で狂気に陥るという。捕虜に対する拷問として、そのような行為を強制する国家もあったらしい。何てリーズナブルな拷問方法だろう。〇を書く。〇を書く。

 もうすでに頭がおかしくなっているんじゃないか。〇を書く。〇を書く。

 少なくとも一日は経っている気がする。でも、気がするだけ。〇を書く。〇を書く。

 僕はそんなに単純作業は嫌いではない。ネットゲームのレべリングはルーティンワークだ。むしろ、これは得意分野と言っても過言ではない。〇を書く。〇を書く。

 消灯時間になったらしい。これは4時間と書いてあった。この感覚を覚えよう。

 『副作用』のおかげで、寝なくても大丈夫だから、独房内の調査を行う。不幸にも、何も進捗が無いまま看守に見つかってしまった。懲罰とは鞭うちのことであった。ピシリと鋭い音が鳴って、肩の皮膚が裂ける。血が滲む。

 〇を書く。〇を書く。消灯時間が終わった。〇を書く。〇を書く。

 魂を(のみ)でじりじりと削られているような感覚。〇を書く。〇を書く。

 食事の味が分からなくなってきた。〇を書く。〇を書く。

 暗い部屋に一人。幼いころを思い出して、頬に涙が伝った。〇を書く。〇を書く。

「クーちゃん、凪……」口が勝手に独り言を呟く。〇を書く。〇を書く。

 消灯時間になった。諦める訳にいかないので、独房の内の調査をする。スプーンで石の壁をカリカリと削ってみる。結局、その音で看守にばれてしまい、勢いよく鞭を振るわれた。今度は右肩に蚯蚓腫(みみずば)れが生まれた。どうでもいいことだけど、鞭の先端は音速を超える。どうでもいいことを思い出すことが、精神の安定のために必要なことに思えた。

 〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。クーちゃんと凪の幻覚を見た。2人はカーレースゲームで遊んでいた。僕は頭を抱えて悩んだ。その後、頬を抓ってみたが、2人は消えなかった。結局、その幻覚に混ざって僕も遊んだ。〇を書く。〇を書く。どうやら、アイテムを取るタイミングと使うタイミングが重要らしい。〇を書く。〇を書く。勝利回数はクーちゃんが一番多かった。〇を書く。〇を書く。

 〇を書く。〇を書く。それからは幻覚と遊ぶことが多くなった。起きたまま明晰夢を見るというのは、こんな感覚だろうか。〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。

「ねえ、ご主人、一緒に将棋でもしようよ」

 甘えた声でそう言われると、頷くことにした。うん、そうしようか、としみじみと答えた。否定したところで別にメリットもないのだ。幻聴を幻聴と、幻覚を幻覚と、割り切って受け入れてみた。それはとても心安らいだ。〇を書く。〇を書く。幻覚か現実かの違いなんて、些細な問題かもしれない。〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。

 〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。この仕打ちで捕虜に虐待をしていないと言い張るとは、なかなか図太い精神を持っていらっしゃる。精神を焼き切ってから、情報を引きだす手法かもしれない。〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書こうとしたら、紙が裂けてしまった。自分の口から垂れた涎で、紙がふやけていたらしい。〇を書く。〇を書く。

 〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書くつもりが、どうやらこれはスプーンだったみたい。紙がジャガイモものスープで汚れた。〇を書く。〇を書く。

 時間の感覚が無くなり、体内時計が完全に狂い、手元が震えはじめた。

 カキーンと甲高い金属音が木霊した。

 僕は恐怖のあまりにスプーンを投げていた。それがカチャカチャと部屋の隅で微動する。

 スプーンに映る自分の顔が、かつて見た囚人にほど近くなっていたのだ。〇を書く。〇を書く。

 鞭の痛打だけが僕に現実感を与えてくれ、実存に繋ぎとめてくれる。発狂を避けるためにも、定期的に鞭に撃たれた方が良さそうだ。〇を書く。〇を書く。躰よりも精神の方が万倍も貴重だろう。半狂乱になったら取り返しがつかない。〇を書く。〇を書く。

 鞭を振るわれることが多くなった。背もたれに背中が当たるだけでヒリヒリと痛む。〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。

 〇を書く。〇を書く。〇を書く。〇を書く。

 〇を書く。〇を書く。

 

 ガチャリ! と音がした。

 

 音がある世界にいることを思い出した。

 

「ご主人! 大丈夫!? 」

 

 

 

 クーちゃんの幻覚がそう言った。僕は、こくんと頷いた。

 看守が新しい紙束を持ってきていた。机に置かれたのは電話帳ほどの厚みの紙束。数限りない格子模様が整然と並べられていた。あるいは、ぐにゃりと歪んでいるかもしれない。

 〇を書く。〇を書く。

 幻覚と現実の区別は必要だ。本当にそうか? 観感即世(かんかんそくぜ)観世即感(かんぜそくかん)

 〇を書く。〇を書く。

 ○をかく。〇をかく。

 〇をかく。

 はっきょうするくらいなら、ぶらっくとりがーになろう。




『アルジャーノンに花束を』なみに、平仮名をつかってもよかったかもしれない。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。2部は書いていて、とても楽しいです。
感想、評価、とても嬉しいです。

皆様のおかげで、ランキングにのったようです。ありがとうございます。ランキングに載る度に評価が下がるのはご愛嬌でしょう。オレンジ色になるまで、頑張ります。

せっかくランキングにのったのに、こんなお気に入りが減るようなお話は書きたくなかったのですが、それは……。


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