トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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『秒速5センチメートル』
 見たことないです。


04 連戦・兆候・風邪気味

天候は昨日よりも幾分緩やかで、舞い落ちる綿雪の速度は秒速5センチメートル。

 目線を雪上に向けてみれば、エスクードの残骸が散見される。先ほどの戦闘で、クラウダが豆腐でも切るみたいに、スパスパ両断していたのだ。サエグサもエスクードを容易く断ち切るほどの実力を持っているので、こっちの世界ではシールドなんて紙切れも同然だろう。

 エスクードのコンクリ片に腰をかけて、次の相手であるサシャが来るのを待つ。視界の上端にクーちゃんが操縦するドローンが映った。

「凪、さっきはお見事だったね」

「まあ、終始計画通りって感じでしたね。私もあのブレードシューズってやつ使ってみたいです」

「こっちのトリガーと互換性があるといいんだけどねえ」

「まあ、そこらへんは兄さんが何とかやってくれることに期待しておきましょうか、クーちゃん」

「そのためには、助けにいかなくちゃだね。……おっと、来たよ、凪」

「分かってますって」私はコンクリ片から腰を上げる。「サシャとか言いましたね、あなたもこの直刀の錆にしてあげましょう」

「クラウダを倒すとは玄界人の割になかなかやるみたいだね。ボクが直々に相手をしてあげる」

 サシャの持つ短機関銃が私に向けられた。

 くりくりした目と真っ暗な銃口が私を捉えている。 

 距離の程は目算20m。これがサシャの間合いなのだろう。

 私はスコーピオンを消して、拳銃を構えた。

 視線と射線が交錯。

 そして、私は真上に発砲。

 戦いの火蓋を切って落としたのだ。

「クーちゃん、ガン=カタの視覚支援」

「もうやってるよ、凪。こっちの世界の銃の性能がまだ不透明だから過信しないように」

 サシャはブレードシューズの内燃機関を吹かして、右に旋回。彼の黒いコートが空気力学の公式に導かれてはためいた。

 エスクードを6枚程展開。

 そこに身を沈め、塹壕戦の構えをとる。ドローンの視点があるので、サシャの動きはTPSゲームのように把握することができた。

 発砲音と跳弾音が間断なく鼓膜を揺さぶる。

 雪煙を巻き上げながら、サシャは私を取り囲むように滑走を続ける。

「チッ、あの防壁がずるいよなあ」

 銃弾とコンクリ壁の衝突音が彼の言葉のほとんどをかき消したが、なんとか聞こえた。クーちゃんが音波を解析してくれたんだと思う。ノイズを払って、量子化と標準化を一瞬で済ませるところが流石である。

 カチリとアタッチメントの着脱音。

 案の定、サシャは斜角を上げてからトリガを引いた。

「凪! 」

「見えてますって」グラスホッパーを踏んで、塹壕から飛び退く。視界の端に橙色の閃光が煌めいた。瞬間、空気が収縮するような錯覚。

 閃光の後に響く轟音。爆発と燃焼と炸裂が空気を震わせ、地鳴りの如く地を揺るがす。爆風が吹きすさび、その熱風が大気を黒く焦がす。

 気づけば、塹壕は火の海に包まれていた。ポドソル質の土が雪面から覗き、地面が焦げる異臭が鼻を刺す。

 ジュウジュウと雪が蒸発する音。尚も燃え盛る焔は大気を食らい密度を高める。業火に焼かれた空気が膨張し、光の屈折が歪む。気象現象の陽炎(かげろう)

 私の白衣の(すそ)は黒く焦げ、炭と化していた。爆ぜた空気が肺に忍び込み、喉を焦がす。

「これ、あかんでしょ、クーちゃん……」熱風を頬に受けながら、私は(ひず)んだ声を出した。

「火力が正に燎原(りょうげん)の火ってレベ――――」

 ダダダンと銃弾が空気を切り裂いた。3点バースト。その発砲音がクーちゃんの声を遮っていた。

 ガン=カタで見切ってあるので、極小にシールドを収斂(しゅうれん)。密度を高めて、その3発を1枚のシールドで防ぐ。グラスホッパーを踏んでエスクードの影へ退避。

「凪、あれは連射できないっぽいね」

「それができたら、黒トリガーレベルですって、クーちゃん」

「何か作戦はないの、凪? 」

「まあ、成功法でいくしかないでしょ、クーちゃ――――ゲホッガホッ」呼吸系に損傷があるらしい。肺がささくれ立って、喉がいがいがする。

「凪、大丈夫!? 熱観測しているんだけどさ、これ普通の火じゃないっぽい。どうも、化学反応を利用してるみたいなんだよね。液状化したエスクードが関係しているのかもしれない」

「まあ、細かい原理は兄さんに任せておきましょう。……エスクード」

 座標指定はサシャを中心にそこからアトランダム。

 20枚近くのエスクードを展開。トリオン器官を中心に力の奔流が(ほとばし)る。

 コンクリ壁が雪面を突き破り、乱立した。

 ――ぶち当たれ!!

「これは一度見たよ! 」

 サシャはそう叫んで、エスクードの上にひょいっと跳び乗った。

 兄さんと戦った時の二の舞にはならなかったようだ。しかし、ここからは地球生まれ、地球育ちである私のフィールド。無作為に乱立したコンクリ壁はストーンヘンジのように高密度で密集している。雪上を滑る隙間なんて残されていないのだ。

 右に跳ぶと見せかけて、グラスホッパーで左に跳ぶ。

 グラスホッパーで跳ぶと見せかけて、あえてスルーする。

 踏み外したと思わせて、スパイダーの張力で跳ぶ。

 シールドを何でもない所に張って視線誘導(ミスディレクション)

 最大限に意識を()らした後に、拳銃の火を噴かせる。

 彼は左へ跳んで避けた。すかさず、グラスホッパーを起動。

 それを踏み抜いたサシャは上空へ跳んで行った。

 カチリと音が鳴る。アタッチメントの変更が告げられた。

 その銃口は真下へ、つまり、狙いの先は私。

「燃えろ! 」引き金が引かれた。

 その叫びに同調し、背後へテレポート。

「へ!? 」

 なんとも間抜けな声が木霊(こだま)した。子犬のような声音だったが、手心は加えない。

 両腕を交差し、スコーピオンで首を()っ切る。

 真下は紅蓮の炎に包まれていた。その熱が中空にまで伝わり、空気が焦げている。

 ぼふん、とトリオン体が解ける音。

 下は業火。

「へ!!?? 待って、死んじゃう。熱い、熱いよ! 」

「喋るな、舌を噛んでもしりません」

 グラスホッパーで急降下。髪と白衣が空気抵抗で逆立つ。

 両手でサシャを受け止める。いわゆるお姫様抱っこてやつだ。

「あ、ありがとう」

「喋らないでください、酸素がありませんから」

 2、3度グラスホッパーを踏んで、熱源から距離を置く。雪上に横たえてやった。彼の黒いコートはしっかりと焦げており、繊維が溶けていた。

 皮膚に火傷(やけど)がないか触って確かめる。服に熱がこもっていて、ひどく熱かった。

「脱いだ方がいいですよ、そのままでは火傷しますからね」

「や、やだよ、恥ずかしいじゃんか」顔を赤くしてサシャはこぼした。

「下着まで、脱げなんて言ってないですから……」

「わ、わかったよ」

 そう言って、サシャは白いパーカーと灰色のスウェットを脱いで、雪に投げた。冷たくて気持ちいい、などと雪に寝転がりながらぬかしている。

 もちろん、視線は外しておいた。すると、背後から声が聞こえてきた。

「あ、あの、助けてくれてありがとう。……その、名前を教えて欲しい」

「一度自己紹介をしたはずですよ」私はぶっきらぼうに答えてから続ける。「名前は八宮凪」

「そ、その、ありがとう、凪。今度から、八宮妹じゃなくて、凪って呼んでもいい? 」

「ええ、いいんじゃないんでしょうか、大抵はそう呼ばれていますからね」

「あ、ありがとう。……お兄さんみつかるといいね、凪」

「本当にそうですよ。……そろっと、服を着た方がよくないですか」

 私はパーカーとスウェットを投げてやった。既に雪で濡れていたので、もう駄目だ、彼は風邪をひくしかないだろうと悟った。

 

 

サシャと並んで、サエグサ、クラウダ、ノルンが待っている場所へと歩く。サシャが寒い寒いと言うので、仕方なく端が焦げている白衣をかけてやった。素直にありがとうと言われたので、ちょっと焦った気がする。

「なんだサシャ、結局あんたも負けたのな」快活な表情でクラウダが笑うように言った。

「なっ、キミよりは追いつめたっての」

 きゃんきゃんと子犬のように、サシャはわめいた。その後に、へっくしなどと言うものだから、一層負け惜しみっぽさが増す。

 私はまだやりますかと言わんばかりに挑戦的な顔を作って、残ったサエグサとノルンを順々に見やった。その2人は目を合わせて、視線で会話をする。サエグサが一歩前に出た。

「じゃあ、今度はオレがやろう」

「いいですよ、シロクマさんの毛皮をなめしてあげま――――」

「へっくし! 」

 サシャのくしゃみが私の挑発を中断させたので、一旦ノルン邸へと戻ることにした。

 

 

メイドさんが温かいスープを出してくれた。チームスノリアの面々と一緒にそれを頂く。ジャガイモと適当な根菜が原型を留めないほどに煮込まれた液体だった。素材の風味を生かした素朴で純朴な味わい深い一品。もう一度飲みたいとは思わなかった。

「ところで、第三王女の写真か肖像画はありませんか」

「……私が取ってくる」ノルンは長い髪を揺らして席を立った。「……ほら、これ」

「どれどれ……」

 その写真を受け取った私はまじまじと見つめる。

 なにか悔しさが込み上げてきたので、ひしと見つめる。

 敗北感が募ってきたが、私は目を離さなかった。

 クソッ、引きちぎってやりたい。

 写真に写っていたのは大和撫子風の美人さん。背はスラッと高く、胸もほどよく大きかった。その顔立ちは凛としつつも愛嬌があり、利発で怜悧(れいり)な表情がいかにも大人の女性って感じ。

「いや、しかし、八宮も羨ましいな。こんな美人さんに見初められるなんて」

 他人事だと思って、クラウダが笑みを浮かべながら言った。私はギロリと睨んでやった。

「あえて聞きましょう、みなさん。もし、彼女にするなら、私とこの王女さん、どっちがいいですか」

 ビシ、ビシ、ビシ、…………ビシ。4人全員が無言で王女の写真を指差した。サシャだけは迷っていたようだが、みんなの指を見てから彼もそちらを選んだ。

「むしろ、八宮もまんざらじゃないのでは」端的にサエグサが言ってのけた。

 兄さんに限ってそんなことはない、と言い切りたかったが、一度写真を見せられてしまうと、そう断言できるほど自分に自身は持てなかった。なんせ兄さんは私の胸に肘をあててから、「あ、凪、ごめん、あばら大丈、あ、ちが、胸、ごめ、ごめんなさい」と表情を慌てさせたほどなのだ。

「クーちゃん、兄さんは大丈夫ですかね」

「いや、どうだろうね、この王女さん、女子力も高そうだよね」

「ボクが知っている限りだと、第三王女様は武芸も音楽も絵画も優秀だった気がする」

 クーちゃんの言葉に、サシャが追い打ちとなる台詞を被せてきた。

 スペックの差を現実的につきつけられ、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。何かムシャクシャしたやり場のない怒りが胸に渦巻く。

「ほら、サエグサ、三枚におろしてやりますから、さっさと(おもて)に出てください」

「お、おう……」

「……無い女子力」ノルンがぼそっと呟いた。

「いや、むしろ、魚を三枚におろせたら、女子力があるんじゃないでしょうか」

 私はむきになって反論を加えてやった。こういうところが可愛くないのかもしれない。

 

 

再び、チームスノリア御一行と私は村の外へ出た。サシャが放った炎弾による火災は既に鎮火していたが、ポドソル質の地面まで黒く(いびつ)に焦げついていた。土が熱で溶けてから冷えて固まると、こうなるらしい。

 サエグサと距離10m程で対峙。

 その手に握られるは(つば)のある長剣。

 刃渡りは私の身長くらいだろうか。両刃のその剣は雪の白さを纏っていた。

「あれ、クマさんにならないんですか」何とはなしに尋ねる。

「あのトリガーは遠距離攻撃に対応できない」サエグサはそっけなく答えた。

「凪ー、頑張ってね」

 30mほど離れたところから、サシャの声が聞こえてきた。手を振って返してやる。

 スコーピオンの形状を直刀に変え、顔の前横一文字にそっと置いた。

 刃先の上には首だけになったサエグサがいた。そう見えているだけなのだが、これが未来のお前の姿だ、と心の中で呟いた。

 サエグサは重心を沈め、大きく踏み出す。

()ッ」裂帛の気合いが(ほとばし)った。

 雪を巻き上げながら、サエグサは足を走らせる。

 距離の程は目算3m。

 サエグサは鋭敏に踏み込み、上段から振り下ろす。

 不思議と剣筋がよく見えた。

 半身になって、躱す。紙一重。

 振り下ろされた刃が、バウンドするみたいに翻る――――

 その寸前に、足ブレードで踏みつけてやった。

 もう片方の足で、刀身へローキック。

 キンとスコーピオンと直剣の衝突音。

 90度左に彼の直剣が弾かれていった。

「疾ッ」気迫と共に、サエグサは新たな直剣を生成。

 直後、それを横ざまに薙ぎ払う。

 シールドを直剣の柄の部分に多重展開。

 梃の原理って奴だ。相手の力点に近い所へ力を加えてやる。

 パリン、パリン、パリン、パリパリン、薄いガラス質が立て続けに悲鳴を上げた。

 私が身を屈めるには十分な時間だった。 

 頭上を剣線が走った。が、コンマ3秒くらい遅い。

 今度は私の番だ、とでも言うように、スコーピオンで斬り上げる。

 鋼の相打つ激しい音。それが立て続けに響く。3、4度剣戟を重ねる。読み筋がピタリと一致し、お互いの刀身から赤い火花が散った。円運動で相手の直剣を上方に逸らす。一連の流れでスコーピオンの形状を変化させ、斬りあげる。

 僅かに手応え。

 サエグサの浅い傷口から、黒い霧が漏れた。

 彼は()らされた直剣を振り下ろす。

 直刀を交差し、それを受け止める。

 衝撃。

 飛び散る火花。

 金属質の衝突音。

 慣性に逆らわず、流れるようにバックステップ。

 相対距離は2.5m。どちらかといえば、サエグサの間合い。

 彼は直剣を正眼に構え直した。綿雪が彼のコートにまばらに付着している。肩で息をつく動作に同調して、雪が蒸発。

 すると、彼の刀身が朝霧の白光を纏った。その形状が僅かに変わる。

 長大で堅固、鋭く研ぎ澄まされた刃は冷たさと優雅さを帯びる。

 日本の刀剣では表現しきれない、両刃の合理的な機能美に思わず息をのんだ。

 彼の足もとから、雪が舞い上がった。鋭い一歩が踏まれていた。

 第二幕が始まる。

 直刀を浅い角度で構える。

 そのまま振り上げ。

 躰は右へ飛び、次に相手の刃先を避けて、逆へ跳ね跳ぶ。

 躰を回転させながら、刀を振り下ろした。

 サエグサは一瞬遅れたが、これに反応。刃を(つが)えてくる。

 パキリ、とスコーピオンが中程で砕けた。手のひらに残るは小刻みで不快な振動。

 動揺と共に、グラスホッパーで跳び退(しさ)る。相対距離は目算3m。

 相手の姿をよく見ろ、これは兄さんの弧月の師匠である荒船さんの言葉だ。基本であると同時に、極意である。これができないと、私の得意とする視線誘導(ミスディレクション)意識誘導(マジシャンズセレクト)も立ちいかない。初心に立ち返ろう。

 一度目を閉じて、すっと見開く。頬を伝う汗が刀身を濡らした。緊張の糸が一滴の雫で引き締まったみたい。ここには私と敵と地形しかない。それ以外はノイズでしかない。怜悧な理性とは裏腹に、心臓付近のトリオン器官は熱く(たぎ)っていた。

 相手の一挙手一投足が不思議と(ゆる)やかに見えた。

 サエグサは袈裟切りに刃を振り下ろす。

 綿雪が落ちる。

 足元から雪が舞う。

 彼のコートの上の雪が溶ける。

 刃先が10cmほど迫った。

 雪が落ちる。

 それが雪原に混ざる。

 雪が落ちる。

 雪が落ちる。

 刃先が5cm迫った。

 風が強くなった。

 私の髪がなびく。

 雪がひらひらと水平に流れる。

 頬に冷たい感触。

 一つ。

 また一つ。

 サエグサの刃先が5cmほど迫っていた。

 私の躰は既に動いていて、彼の剣線上にはいない。

 私の刃の流れもコマ送りのように穏やかだが、それは時を刻んで、確実に彼の躰へ迫っていた。

 雪面を切り取る鋭い音がした。サエグサの刀身は虚空を切っていた。

 肉の繊維が斬れる(にぶ)い音。ドサリドサリと腕が雪上に落ちた。サエグサの両手だ。白銀の直剣が握りしめられていた。

 私の直刀はV字を描き、彼の首を刎ね上げる。

『トリオン体活動限界』電子音声がやたら引き伸ばされて聞こえた。

 ぼふん、と音がした。サエグサが大の字になって、倒れていた。もし私がやられたとしても、こっちの国の流儀に従うつもりは毛頭ない。

 倒れ伏した相手を見て、胸を撫で下ろす。別にまな板みたいではない。いつの間にか、トリオン器官に(こも)った熱は無くなっていた。

「……私がやる。……今度は」 

 真後ろから声がした。ノルンの声音は本当に掴みどころが無い。ふわふわと綿雪のような、粉雪のような、それでいて綿あめのようにべたついてはいない。

 

 

ノルンはサエグサを引っ張り上げてから、サシャとクラウダが待っている方へと返した。

 彼と距離20m程で接敵。おかしなことに、彼は狙撃銃を持っていなかった。

「……ちょっと、本気を出す。……いくよ、父さん」声が漂った。

 ノルンは左手をゆっくりと動かし、右目の眼帯に触れる。

「……凍土の牙(グラシアス) 起動」ぽつりと呟いた。

 コンマ1秒、眩い光が彼を包んだ。が、彼の姿はほとんど変わっていなかった。黒いコートに白い眼帯、黒い長靴、黒い長髪、今まで通りだ。

 ただ、彼を纏う空気が急に冷えた。というよりも、凍てついた。

 正体不明で不定形、心の臓から底冷えしてしまう、そんな根源的な冷気。

 私はそれを振り払おうと、真上に向けて拳銃のトリガを引いた。

 乾いた発砲音。

 戦争の幕が開けた。

 対峙すること、コンマ1秒。

「は!? 」私は愕然(がくぜん)と声を上げた。

 一瞬間で、刃、刃、刃、刃、透き通った鋭利な物体が私の周囲を取り囲んでいたからだ。

 その数、十数、否、数十。

 空気に融けるほど澄んだ刃は凍りついたように、ピシリと3次元空間に固定されている。

 瞬刻後、音もなくこちらへ殺到。

 透過率が高いため、幸いテレポートの妨げにはならなかった。

 ガラス質が砕ける甲高い音。それが間断なく響く。ガラス質というよりも、(つらら)が砕ける澄んだ音色かもしれない。先刻まで私が立っていた場所は氷刃の破片に覆い尽くされていた。

 躰の再構成が済んだ直後、私は拳銃から火を噴かせた。狙いは当然敵の顔面。

 すると、ノルンの手前に数十の刃が展開。3枚ほど割れたが、到底彼には届かなかった。

 彼の周囲に展開されている刃の数が減ったと思ったら、またしても私は刃に取り囲まれていた。

 ――テレポートと念じる。

 だが、発動しなかった。クールタイムは2秒弱。コンマ数秒足りなかった。

 まず背中に鋭利なものが刺さった。続いて、太もも。腕、首、脚、肩、に突き刺さる。痛覚はある程度コントロールできるため、痛みは僅かなものだが、臓腑にまで達した刃は氷以上に冷え切っていた。サシャが私の名前を叫んでいたような気がする。気がするというのは、電子音声に混ざっていたからだ。

『トリオン体活動限界』

 蒸発するみたいに、トリオン体が霧散した。

「へ!? 」今度こそ、私は本当に間抜けな声をあげた。続けて、ひぇっ、と恐怖に満ちた叫びが私の口から洩れていた。

「凪ッ」叫びにも似たサシャの声。

 サクリ、サクリと氷刃が雪上に突き立てられていた。私の顔横数cmで。

 透き通った氷刃は磨かれた鏡であり、そこに私の心が投影されていた。

 ――ここにはリアルな死がある。

 私の顔は恐怖と怯えを(たた)えている。この刃は命を奪うにしては、あまりに澄んでいて穢れが無い。

「……すまない、今、消す」

 ちっとも謝罪の意が感じられない声音でノルンが呟いた。

 彼がトリオン体を解くと、無数の刃は音もなく消失する。

 背中が冷たい。気づけば、私は大の字になって仰向けに寝転がっていた。

「ほら、凪、手」

 サシャが手を差しのばしてくれた。一目散に走って来てくれたらしく、ぜいぜいと肩で息をついていた。

 手をのばすと、握られたので、握り返した。私の躰がぐいっと持ち上がる。

 相対距離は50cm。

「あ、ありがとうございます」

「ああ、どういたしまして」

 そう言ったサシャの顔を赤くなっていた。やっぱり風邪をひいてしまったのだろう。

 私も風邪がぶり返ってないか心配だったので、そっぽを向くことにした。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
感想、お気に入り、評価、どれも嬉しいです。
酷評どしどし募集中です。


※以下はチラシの裏
場合が場合だったら、気絶したサシャに凪が人工呼吸をするみたいなことも考えた。

ワールドトリガーのssなら一度は妄想黒トリガー出してみたいですよね。

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