「ここがオレたちの村、スノリアだ」
サエグサは揚々と声を上げ、僕と凪とクーちゃんを迎えてくれた。
その村はまるで環濠集落みたいに、先端を尖らせた丸太で囲まれていた。
ずらりと連立する丸太の柵の中に、
その先には暖かな宿があって、暖かい食事と寝床が待っている。そうに違いない。
凪を背負った僕は期待を胸に抱きながら、
門の向こう側へと足を踏み出――――
せなかった。そうは問屋が下ろさなかったらしい。
突如として、3つの黒い影が舞い降りた。
着地の衝撃で、紙吹雪のように雪が舞い上がる。
目の前に現れたのは3人の少年。彼らは仁王立ちで立ち塞がっていた。
その全員がサエグサよりも僅かに背が高く、黒いコート(もしかしたら村の自警団のユニフォームなのかもしれない) を羽織っていた。
サエグサはその3人に何やら話しを付けているようだった。ひそひそと話すこと十数秒、少しの紛糾があった後、どうやら話がまとまったらしい。
3人の中で一番背の高い少年が目の前に躍り出た。
「あんた、サエグサに勝ったらしいな。俺とも手合せしてもらおうか」
サエグサよりも若干低い声。背のほどは170前後。顔の造りは西洋風。
光が瞬いたと思ったら、彼はトリオン体に換装していた。
その手に握られるは幅広の大剣。その丈は凪の伸長を優に上回る。
「サエグサッ、これどういうこと」
僕は向こうサイドに立っているサエグサへ向けて声を発した。
「トリガー使いの大会が近くて、みんな気が立っているんだ。勝敗に関係なく村へは入れるから気にするな。……早く宿で休ませなきゃいけないのに、すまない」
僕を見て、それから凪の方へ視線をやって、申し訳なさげにサエグサは答えた。
「凪、ごめん、ちょっと降りてて」
「わかりました、兄さん。気づいたんですけど、これ、風邪じゃなくて、時差ボケかもしれません」
「頬を赤くして言っても説得力ないってば、凪。……もしかしたらその併発かもね」
そう言って腰を曲げると、凪は
「ご主人、地球代表だよ、頑張ってね」
半笑でクーちゃんが言った。地球代表という無駄なスケールに自分でウケたらしい。人間以上に人間味があるね、と思わず苦笑してしまう。おかげで、肩が軽くなった。
凪に雪がかかったら嫌なので場所を移したい、と提案したら快く了承してもらえた。
一応目の届く範囲に凪はいる。そんな場所で大剣使いと対峙。距離の程は目算10m。
相手の動きをよく見定める。その西洋風な顔はなかなかにイケメンだった。彫りが深く顔立ちがくっきりとしている。
彼は大剣を両手に構え、銀色に
キンと弧月の鞘を鳴らし、それに応える。
視線が交錯。瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
「疾ッ」刺さるような声音。
かけ声を伴わせ、滑るようにこちらへと接近。否、実際に滑っていた。
いつの間にか彼の靴底には、ブレードと噴射口が組成されていた。
トリオンの推進剤を噴射して、表面融解された雪上を滑走。
摩擦など皆無に等しく、10mあった距離が瞬く間に縮まる。
エスクード、と心の中で唱える。
彼の前方に3枚のコンクリ壁を展開。
キィイインとどこかで、聞いたような音。危険を察して、後方へ跳び退る。
白銀の閃光が疾った。
大剣使いは3枚のエスクードの全てを水平方向に両断。鮮やかで滑らかな切断面。熱したナイフでバターを切ったかの如く溶断されていた。
「ご主人、これ、高周波裁断機と同じ原理」
「まあ、小南さんの双月って、
無駄口を叩いている暇なんて無い。
翻った白銀の刃先は眼前10cmを走り抜けていた。
雪に足が取られて、思うように動けない。無様に転がって距離をとる。
ニッと勝利を確信した笑みを大剣使いは浮かべていた。
彼のブレードシューズ(そう呼ぶことにした) から小さな炸裂音。
爆発的な加速を得た彼は大剣を上段に構える。勢いそのままに直進。
たまらず、グラスホッパーで跳び上がる。3枚、4枚と続けてグラスホッパーを展開し、中空でホバリング。
彼は
どうやら、縦軸への攻撃手段はないらしい。少し、勝利を意識。
空いた手で、トリオンスフィアの無限複製を済ませる。その間1秒程。
誘導補正、弾速、等々の変数を一括入力。
およそ1万の誘導弾を形成。狙いを定め一斉掃射。
白い
雪を削る連続のある音に混ざって、ぼふん、と音がした。
雪上へ戻ると、大剣使いのイケメンは大の字になって寝転がっていた。もしかしたら、そういう流儀なのかもしれない。
「……サエグサを倒したってだけはある。あんた名前は? 俺の名前はクラウダ」
生身の躰に戻った彼はスッキリした笑顔を浮かべ、快活に名前を明かしてきた。
「僕の名前は八宮岬」
簡単に答えてから、僕はクラウダと名乗った少年に手を差しのばす。ぐいっとつり上げてやった。黒いコートがワンテンポ遅れて彼の背中に張り付いた。せっかくなので、そのコートから雪を払い落としてやる。ありがとうと素直に感謝を示されたので、若干焦った。
「……サエグサー、これでいいんでしょ。早く村に入れて欲しんだけど」
声量を張って声を出す。これで誤魔化したつもり。
「すまない、もう一人やる気になった……」
その返答にどっと肩の力が抜けてしまい、一つため息をこぼす。
結局、その一人と手合せをした。彼が得意とするのは、ブレードシューズの機動力を活かして中距離から短機関銃(サブマシンガン)を乱射する戦闘スタイル。エスクードを正面衝突させてやった。彼が目を回している隙に背後へテレポート。弧月でバッサリ。
彼も他と同じように大の字に倒れた。そして、
「やっぱり玄界人は卑怯者だ。ボクの名前はサシャ。ああ、言っておくけど、キミの名前は別にいらない。サエグサとクラウダに聞いておいたから」
と、きゃんきゃんとわめくように吐き捨てる。サシャの腕を引っ張ってつり上げる、なんてことはしなかった。
一人倒して最後にもう一人、こうなったら最後までやってやるぞ、と少し意気込んでいたが、それは実現されなかった。
凪とサエグサ達が待っている方へたどり着くと、
「狙撃手だから、私は遠慮しておく……」
片目に眼帯をかけた少年がそう言ってきた。
少し、拍子抜けだった。
日本時間で言えば、既に15日。ようやく、僕達八宮隊
「先程はすまなかった。お礼と言っては何だが、宿が決まるまで家を使ってくれていい」
巨木で作られた門をくぐり終えるや否や、サエグサはそう言った。その視線を凪の方へ向けて。
僕と凪は目を見合わせ、こくんと頷きあう。
「「じゃあ、一晩だけ」」謎の以心伝心だった。
門から真っ直ぐに続く道の幅は広い。おそらくこれがメインストリートだろう。幅広の道の所々に、中途半端にふやけた雪が点々としている。ロードヒーティングになっているのか、原理は分からないが、石畳の地面がよく観察できた。
僕と凪はサエグサとクラウダとサシャと眼帯の少年に連れられてしばらく歩く。すると、中央に大きなモミの木がある十字路に差し掛かった。ここでサエグサ以外の面々とはお別れ。彼らの仲は良好らしく、またなと手を振り合っていた。
ところで凪はというと、
「兄さん、あとで観光しましょうね」
「兄さん、たくさん写真を撮りましょうね」
「結構、和洋折衷……。というより、万国博覧会な街並みですね、兄さん」
こんな風に浮かれきっていた。浮かれきっていたのは凪だけでなく、僕は宿屋や図書館、役場の機能がありそうな建物に目星を付けていた。村の歴史を調べてみるのも悪くない。
「ご主人、あれ見て、絵本の中に出てきそうな馬車だよ」
クーちゃんはクーちゃんで異国情緒な景色を満喫している。あれ見て、と言ってもそれは僕の視界に映っているものなのだが。
「サエグサ、あの馬車はな――――」
「頭を下げろ」
鋭い声が僕の質問をかき消した。言った通りにサエグサは
郷に入れば郷に従えというわけで、僕と凪も石畳の地面に膝をついた。
「サエグサ、どうして」ひそひそ声で耳打ちを入れる。
「あれは、王家による巡視だ」サエグサは耳を貸してから、答えた。
「なるほど……」
と理解を示すポーズをとるも、何がなるほどかは分からない。
パカラッパカラッ、パカラパカラ、パカラッパカラッ。一度速度を
十字路を真っ直ぐに抜けて少し歩く。そして脇道に入った。
メインストリートから一本でも外れると、ロードヒーティング機能は無いらしく、雪かきの跡が道路の端々に散見される。視界に映るのはスノーダンプ、スコップを使って働く少年少女の姿。
ふと、村に入ってからの疑問を口にしてみる。
「サエグサ、大人はどこにいるの」
「みんな出稼ぎ」前を歩くサエグサは抑揚のない声を発した。
「ご主人、出稼ぎっていうのはつまり……」
「遠征、略奪経済だろうね……」
「子供だけで、生活していくのは大変そうですね、兄さん」
まだ16歳のサエグサが、どことなくしっかりしている理由が分かった気がした。彼に対する見方を少し改めなければならない。
それからまた少し歩き、サエグサが立ち止まる。
「ここが家だ」
すこし自慢げな声だった。
「兄さん、これすごいですね、Theヨーロッパって感じです」
凪は目を輝かせて、シンプルシリーズ
「ご主人、すごいよこれ、CMに出てきそう」
サエグサ邸は言うなれば、ミニチュアのウサギでも住んでそうな家だった。
明るい暖色に染められた壁、鋭角的な三角形の屋根。それが門から見て2つ並んで見える様は、どことなく積み木で作った家を連想させる圧倒的なシルバニア感を放っていた。
しばし、その邸宅を見て呆然としていると、
「ほら、早く入れ、暖気が漏れる」
両開きになっている玄関に手をかけ、サエグサは招き入れてくれた。
「帰ったぞー」
妙に優しげで暖かみのある声がサエグサの口から出ていた。今までの冷静な口ぶりからはおよそ想像できないほど、その声音は丸みを帯びている。
「お兄ちゃん、おかえりなさ――――ゲホッゴホッ」
苦しげで乾いた咳が奥の部屋から響いてきた。
「今いくから待ってて。……お前たちは2階の部屋。汚さなければ自由に使っていい」
トーンを上手に使い分けたサエグサの声。
彼は長靴を脱いで、すぐに駆け出していた。その表情は妹の容態を気遣う兄のそれだった。
妹さんへ挨拶に行くべきか悩んだが、凪の風邪を移しては悪いと判断し、大人しく2階に上がらせてもらった。階段を上がると扉が2つあった。どちらの室内も殺風景で生活感は皆無。おそらく、彼らの両親の部屋だろう。そのうちの一つに入り、凪をベッドに寝かせる。
「兄さん、私そんなに、具合悪くないですよ……ひゃっ、冷た」
「あ、ごめん、凪。本当だ、そんなに熱くないかも。……でも、一応安静にしていて」
確かに、凪の顔は先ほどよりも赤みが引いていた。本当に時差ボケだったのかもしれない。
「お返しです」ぴとっと凪の手が僕の額に触れた。
「トリオン体だから、いつでも平熱だってば……。とりあえず、風邪薬だけでも飲んでおこうか」
「あれ、飲むと眠くなるんですよね」凪はベッドから起き上がりざまに言った。
バックパックを取り出すため、トリオン体を解除する。詰め込み過ぎて膨れ上がっているそれから、薬箱と水の入ったペットボトルを取り出す。旅行の際に水を持参するのはバックパッカーの基本らしい。
コップを貸してもらいに1階へ降りる。
リビングには方形のテーブルを前にして、力なく椅子にもたれかかったサエグサがいた。
あえて、彼の妹の容態に触れず、小さな声で慎重に問いかける。
「コップ貸してもらってもいい? 」
「ん……」サエグサは戸棚の方に向けて指をさした。
「じゃあ、貸してもらうね。……凪、ほら」
粉薬とタブレット状の薬を手渡す。それから、彼女が持っているコップに水を注いだ。
「げ……。これ結構苦いですよ、兄さん」顔を
唐突に、ガタンと床が激しく揺れた。音源の方へ振り返る。
「おい、八宮。それは薬か」
サエグサは勢いよく立ち上がっていた。その足元には横ざまに寝転がった椅子。彼の目には一筋の光が宿っていた。何故か、シロクマの姿がフラッシュバック。
「そうだけど」
「譲ってくれないか……。頼む、この通りだ」
「そんなに、頭を下げないでもいい。まずは妹さんの容態を聞かせて」
かくかく
「ご主人、結局、異世界系の主人公みたいになっているね。現代世界の薬を使って解決しようとするなんて」
「まあこの際、それは置いといてだ、クーちゃん。……ウイルスって同種なのかな。あと、免疫のない病原菌とか、ウイルスとか、微生物がすごく気になるんだけど、大丈夫かな。インカ帝国みたいにならないかな……」
「ご主人、異世界系の怪しい部分に突っ込んじゃダメだって。まあ、≪キオン≫の気温は異常に低いから、感染症の
……キオンの気温には触れないことにした。思いっきり笑ってやってもよかったのだが、風邪薬を飲んだ凪が寝息を立てていたので、その眠りを邪魔したくはなかった。
その時だった、突然ドアが開く。
「おい八宮、白衣ってことはお前医者か」開口一番にサエグサが言った。
「しーー」左手の人差し指を口元に当て、右手で凪の方を指す。
「す、すまなかった……」
「医者ではないよ」
「それは分かっていた、あまり
……僅かにカチンときた。フィールドワーク調査の基本は友好関係なので、
結果として、お医者さんに変装作戦は奏功した。
CDを頭に括りつけた僕を見て、
「お医者さんだ! お兄ちゃん、ありがとう。連れてきてくれたんだね」
と、こんなことを言うほどだ。よっぽどの天然さんに違いない。
熱の引いた妹を見て、サエグサは涙を浮かべて喜んだ。そして彼は僕の手を握ってぶんぶんと振ってから、感謝の言葉を述べた。妹への愛というのは全世界共通、人類普遍なのかもしれない。
次の宿が見つかるまで、ここに厄介になろうと思う。サエグサは全然悪い奴じゃなかった。
凪の熱が下がったら、雪だるまを作って、鎌倉を作って、雪像を作って、雪合戦をして、異国風情の街並みを観光して、etcetc。一緒に遊びたいことは山ほどあった。
差し当たって明日は、サエグサに案内してもらって図書館へ訪れてみよう。
悲劇は、緊張感をまるで欠いた僕に降りかかってきた。
トリオン体へ換装するために必要なインターバルは8時間。
どうしようもなかった。為す術など皆無。
まず端的に要件が言い渡される。
次に、抵抗するなら凪の命は無いと告げられた。
「凪を連れて行ってもいい? 」
「それは許可されていない」
「荷物を持って行ってもいい? 」
「それは許可されている」
「僕が従ったら、凪には手を出さない? 」
「女王様に誓ってそれは保障しよう」
「今の言葉に偽りはない? 」
「女王様に誓ってだ」
「本当に? 」
「くどいぞ」
「なら従う……」
「早くしろ、1分だけ待つ」
「凪、じゃあね、少しの間だけ」
「ご主人、いいの……」
「だって、どうしようもないでしょ……」
僕は無抵抗のまま馬車に乗り込んだ。
抵抗して気絶させられたサエグサと、健やかな寝息を立てる妹達を残して。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
感想嬉しいです。
私ってそんなに文章が下手ですかね。アドバイスと酷評が欲しいです。
書きために反映されるので、どしどし酷評が欲しいです。
※以下はチラシの裏。読まなくても全く支障はない。私が混乱しないためのもの。
■サエグサ
・歳は16
・身長は158
・目にかかってそうで、やっぱりかかっている長さの前髪
・妹が一人いる
・一人称はオレ
・判明しているトリガーはシロクマに変身するやつ。
■クラウダ
・歳はサエグサと同じくらいに見える
・身長は169
・パツキンでほりが深い西洋風イケメン
・一人称は俺
・判明しているトリガー:幅広の大剣、ブレードシューズ(エンジンが備え付けられているスケートシューズあるいはスキー板のような形状)
■サシャ
・歳はあの中で一番若そう
・身長は163
・くりくりとした目、くるくるとした淡い茶髪
・一人称はボク
・判明しているトリガー:短機関銃(サブマシンガン)、ブレードシューズ
■眼帯の少年
これは次の話で
「兄さん、知っていましたか、オールラウンダ―の定義って近接攻撃手用のトリガーと銃手用のトリガー、両方で6000ポイント以上らしいですよ。兄さんはどうですか」
「へえ、両方6000以上なのか。あ……」
「もしかして、兄さん、届いてませんか」
「弧月が足りない……」
「まったく、情けないですねえ」
「いや、僕が貯めたポイントを凪が根こそぎ搾り取るのが悪い」
「それって結局実力が無いってことじゃないでしょうか、兄さん。……いつか私も、兄様tueeeeeeって言ってみたいですね」
「そういう凪はどうなの、近々両方8000以上じゃないとオールラウンダ―名乗れなくなるらしいけど」
「へえ、8000ですか。あ……」