トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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20 初陣

ここは家具の少ない、白い壁がよく見えていた八宮隊の隊室。今では凪の勉強道具と携帯ゲーム機、僕の趣味の小説やら学術書、5機のクアッドコプターとその充電器、クーちゃんをAR(拡張現実)しやすいように備え付けた3台のステレオグラム(立体視) カメラが置かれるようになり、多少の生活感が生み出されている。

 作戦を立てるくらいなら練習と勉強でしょ、と”レベルを上げて物理で殴る脳”の凪による提案で、ランク戦の当日までは近接攻撃のコンビネーションや僕と凪で行う模擬戦に僕達の時間は費やされてきた。

 そして現在、2月2日、17:00。八宮隊のデビュー戦がいよいよ始まろうとしている。

「ではこれより、B級ランク戦、直前緊急対策会議を始める」

 僕は白い椅子に腰をかけ、テーブルにのせた手を口元の前で組み、ブルーライト遮断グラスがLEDの光を反射するように角度を調整して声と表情を作る。気分はもちろん、世界の支配構造を司る悪の秘密結社幹部だ。凪も同じようなポーズを取り、話を聞こうと目線で続きを促した。八宮隊の隊室なら大丈夫と、クーちゃんもAR(拡張現実) 化しているが、やれやれと薄緑の髪に当てた手とその表情からは呆れの色が見え隠れする。

「とりあえず、クーちゃんと一緒にレポートを作ってきました」

 そう言って僕はホチキス止めにしたA4サイズの用紙を凪に手渡す。

 

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◆B級19位 茶野隊

・銃手が2人

・両名とも拳銃タイプ

・機動力を活かした十字砲火が強み

・茶野のメテオラに気をつけろ

総評:ぶっちゃけ1対1なら負けない。2対2でも負けない。凪なら1対2でも勝てそう。

 

◆B級16位 吉里隊

・銃手が2人と近距離攻撃主が1人

・主力は銃手の集中砲火、攻撃主は2人の補助にまわることが多い

・銃手2人は突撃銃型で連射力を活かした火力が強み

総評:3人に合流されると少し面倒。できれば各個撃破が望ましい。釣りだして狙撃か、射線を切って近距離戦。

 

◆対策

序盤

・スタートダッシュが大事。

・バグワーム、グラスホッパー、テレポートで開幕同時に接近、各個撃破を狙う

中盤

・戦力を維持することが肝要。

・凪は狙撃のために、バグワームで隠れるのもあり。

終盤

・1人でも残れば2点なので、差し違える覚悟で倒しましょう。

 

◆地形

・視覚共有を有効に活用するために遮蔽物の多い市街地Aを選択。天候は晴れやかに。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「大分ざっくりしていますね、兄さん。でも、いいんじゃないでしょうか。勝てる部分で戦うのがいかにも私達らしいです」

 ホチキス止めのレポートをぴらぴらと宙に漂わせながら、凪が言う。

「ねえねえ、凪。ざっくりしたのが嫌なら僕がまとめた完全版もあるけど、これでもどう」

 ”これで必勝! 茶野隊、吉里隊、完全攻略マニュアル:増補版” と名が打ってある容量1GBほどのPDFファイルを空中にちらつかせながら、クーちゃんはニヤリと横目で凪を見やった。

「い、いや、遠慮しておきます。でも、オペレータがこんなにも相手のことを知り尽くしていたら安心して戦えますね、クーちゃん」

 ふふ、まかせてよと得意げに胸を張ったクーちゃんがさらに言葉を続ける

「実況は桜子さんで、解説は古寺だよ、頑張ろうね2人とも。ドローンの僕も会場で応援しているからね」

「まあ、ミニレポートを作って来たけど、――準備をしなければならないのは、準備を捨てる去るためであり、最後の瞬間まであらゆるものは一種の準備だというのが、基本的な掟である。だからこそどんな決定も覆しうるものであること意識しながら、冒険せねばならない。――これを大事にしていこう」

「演劇演出家のピーター・ブルックですね、兄さん。即興性の大切さを説いた演出家だったと記憶しています」

 凪が即答する一方で、クーちゃんは少しだけ悔しげに歯噛みをした。別に大した意味もない引用だから、そんなにむきにならなくてもよいのではと思いもする。

「兄さん、装備はなんですか。私は、シー、バグ、アス、アス、スコ、イー、テレ、グラです」

 立て板に水とはまさにこのことで、アーマードコアのボイスチャットの如くセットしたトリガーをつらつらと凪が説明する。おそらく、久しぶりのランク戦ということでテンションが高まっているのだろう。

「シー、エス、アス、ハウ、コゲ、バグ、テレ、グラ」

 僕も凪の流儀にのっとって返事をする。

「あと、5秒くらいだよ。2人とも」

 クーちゃんの言葉を合図に3人で目配せをして、こくんと頷きあう。

『転送開始』

「「「八宮隊、これより状況を開始する」」」

 すっかり、決め台詞となった言葉を戦争の開始を告げる電子音と共に唱えた。

 

 

 

「凪は10時の方向、距離160に藤沢。ご主人は6時の方向、距離150に吉里隊の攻撃手」

 自分の躰が再構成されるや否や、クーちゃんの指示が耳に届く。

 ミニマップを横目で確認し、すぐさまテレポートで90mほど飛ぶ。さらに、グラスホッパーで低空に跳び、迷わずに距離を詰める。

「クーちゃん、もしあれだったら、2本目の電極を使って」

 グラスホッパーで跳んだ慣性をそのままに、上体を倒し低い姿勢で走る。

「了解、ご主人。なるべく自分の力でね。接敵まで4秒」

 距離およそ30というところで黒髪ボブカットの吉里隊攻撃手に感づかれる。

 切り整えられたボブカットの女性はちゃきりと音をたて、弧月を抜いた。カウンターを入れるつもりなのだろう、躰の正中線で正眼に構えている。こちらの動きを観察するように細められた目からは、焦りの色もがうかがえた。それもそのはずだ。試合が始まってまだ5秒も経っていないのだから。

 僕は速度を落とさず、一直線に走り続ける。

 片手を弧月の鞘に添え、バグワームを消し、もう片方をフリーにする。

 速度を緩めずに上体をさらに倒し、ピッチをあげることに意識を向ける。

 卓球や野球はもちろん、バレーやサッカーやバスケット、ハンドボールも速さ=力だ。

 速攻が最もシンプルで信頼性の高い攻撃方法なのだ。

 力=速さ。これは物理における絶対的な法則でもある。

 荒船メソッドの要領で、相手の腰、手首、視線、足元をよく確認。

 相手の表情には隠しきれない動揺が見えた。

 弧月の間合いに踏み込む手前で、グラスホッパーでさらに加速。

 相手の表情がびくりと撥ねるのと、相手の首が刎ねるのがほとんど同時だった。

 自身の速度が乗った弧月は勢いそのままに宙を疾り、流れるように振りぬかれていた。

 まず一人。

「ご主人、現在凪が茶野と交戦中。凪の視覚情報から正確な座標を送るから飛んで、距離は120」

 踵を返し、グラスホッパーで加速して20mほど走る。

 人工視覚に映る凪の視界から座標を正確に入力し、茶野の背後へ即座にテレポート。

 短期決戦において燃費何てものは関係ないのだ。

 自分の躰の再構成を待たずに、横薙ぎに弧月を振りぬく。

 数瞬後、再構成が完全に完了する頃には、胴部から上半身が切り離された茶野が緊急脱出していた。

「藤沢をやったら、茶野が釣れましたね、兄さん」

 凪が2丁の拳銃をくるりと回してホルスターにしまう。

「凪の視線誘導(ミスディレクション)で、茶野がこっちに気づかなかったからね。残りの吉里隊はお手玉で倒そう」

「okです、兄さん。さあ、遊びましょう」

 

 

「吉里隊は合流を済ませたところだよ、2人とも。距離は200」

「距離150だよ、ご主人。刈上げの方は射撃が正確だから気を付けて」

 相対距離が思ったより早く縮まる。向こうも、こちらを目指して動いているようだ。

 そう考えていると、相手の動きが突然止まった。

 ミニマップで確認すると相手は一本道の道路に構えているようで、うかつに飛び出たら集中砲火でハチの巣にしてやろう、と算段を企てたのだろう。

 距離80で敵を視認すると、吉里隊の銃手2人はビルのすぐ横に陣取っていた。凪が狙撃もできるということは既に敵に知れているらしい。射線はこの真っ直ぐな道路しかないと奴らは考えているはずだ。

 距離60程で銃手2人は突撃銃から火を噴かせ始めた。

 この距離ではまだ当たらないし、シールド1枚で十分対応できる。風になびく白衣にいくらか穴を作られたが、躰のほうはまだ無傷だ。

「クーちゃん、凪のガン=カタ用ソフトウェアをこっちにも流用して」

 エスクードを発動させ、身を隠しながらクーちゃんに言う。

「了解、ご主人。5秒ほど待って」

 呼吸を整えぴったり5秒後、相対距離60の一本道の間に5枚のエスクードをおよそ等間隔に展開する。

 コンクリートから反り出た防壁に身を隠しつつ銃弾の嵐の中をとにかく前身。

 変化弾(バイパー)がバラバラに配置された防壁を縫うようにして飛んでくるが、弾丸との接斜角度を浅く調整した1枚のシールドでこれを防ぎ、なおも接近を続ける。横殴りの雨のように吹きすさぶ変化弾に自分の耳をえぐられてしまったが、必要経費と思えば安いものだ。

 距離30程で、右手に通常弾(アステロイド)、左手に誘導弾(ハウンド)のトリオンキューブを展開しコントローラブルな状態へ。誘導弾の式の変数に誘導補正値を入力。探知誘導対象はもちろん自身の通常弾だ。

 エスクードから一瞬顔を覗かせて、5本の魔貫光殺法を放つ。通常弾の周囲を重力に引き寄せられるようにして誘導弾が螺旋運動を描く。

 マジュニア式魔貫光殺法は初見の相手ならば驚くこと請け合いだ。

 案の定、刈上げがバックステップをしながらシールドを貼った。

 もう一歩と踏まれる飛び退きに合わせて、グラスホッパーを起動。

 驚愕の表情と共に刈上げが宙に跳ね上がる。追い打ちをかけるように、さらにグラスホッパーを起動。緑に光る下敷き程の大きさの板が無数に宙に出現する。

 身を捩ろうが、鳥でもない限り空中で急に動くことはできない。

 奴はもう自由落下する的だ。

 誘導弾を視線誘導で上下作用から包み込むような軌道で撃ち、通常弾を威力にパラメータを絞って放つ。

 吉里隊が4重のシールドを広めに展開して僕の射撃を何とか防ぐ。

 宙に浮いて有効斜角が拡がった刈上げを、僕のもう一つの視覚は捉えていた。

 中距離からの狙撃。

 パキンと薄いガラスが砕けるような音。

 多少の威力減退はあったものの、凪のイーグレットから放たれた弾丸は刈上げ銃手の胸を貫いていた。

 淡いポリゴンの欠片を残し、空へと伸びる一筋の光となって緊急脱出していく。

 これで残すは1人。

 

 残党狩りは消化試合も同然だった。

 いい塩梅の距離から、ひたすら撃ち続けるだけ。相手は一度両防御で守勢に入ってしまえば、間断なく襲い続ける誘導弾のおかげで、まともな手番が回ることはほとんどない。

 僕と凪で12時と3時の方向から撃ち続け、十字砲火を試みる。

 凪の拳銃が相手の左腕を吹き飛ばすと、脅威を覚える反撃は一切なくなった。

 火力差を見せつけて物量圧殺。

 

 

胃の中を気持ち悪くさせる緊急脱出特有の浮遊感を味わうことなく、無事に帰ってこられた。クーちゃんがお疲れ様と笑顔で出迎えてくれる。3人で顔を見合わせた僕たちは思わずハイタッチを交わしあった。クーちゃんの手のひらの感触を得ることはできずとも、呼吸を合わせればハイタッチくらい軽くこなせるのだ。

 完勝の喜びもそこそこに、会場で応援してくれていたクーちゃんのドローンを通して古寺の総評を聞くことにした。

『…さて、振り返ってみて、この試合どうだったでしょうか?』

 溌剌とした声は今回の実況を担当した海老名隊のオペレータである武富のものだ。彼女の専売特許である「どああ!?」という謎の快音は今日も響いていたであろうか。

『そうですね、八宮隊以外は自分達の得意な形に持っていくことができず、悔いの残る試合だったと思います。八宮隊の情報がほとんど出ていないというのも、短時間で試合が決した要因でしょう。開幕テレポートは1対1なら確実に勝てるという自信の表れだったともいえますね。勝てる部分で戦う、まぎれの要素を少なくする、この2点を徹底したからこそ、7点という結果につながったのはないでしょうか』

 無難な狙撃手No.1と呼び声の高い古寺は淀みなくつらつらと雑感を述べた。概ねその通りであると僕と凪はうんうんと頷きあう。

『…見事な解説ありがとうございました。さて、本日予定されていたすべてのランク戦が終わり暫定順位が更新されます。続いて次回の対戦の組み合わせがこちらです――』

 

 

 

武富が八宮隊の次の対戦相手を発表すると、凪は表情を険しくして僕の白衣の裾をギュッと握ってきた。握られた白衣の裾からはわなわなと少しの振動が伝わってくる。

「凪、次の対戦相手の――」

「兄さん! いいから、模擬戦のブースに行きましょう。私はまだ動き足りません」

 凪は強い口調で僕の声を制して、裾を固く掴んだまま有無を言わさずにかつかつと歩き出す。依然としてその表情は険しいままで、僕と凪の足音だけが寂しく通路に響く。状況が飲みこめず部屋に取りこされたクーちゃんは、手を口元に当てて心配げに凪の方を見ていた。

 凪は取り敢えず10本とだけ言い残し、辺りを気にするようにしてそそくさとブース内に入っていった。僕も2丁拳銃用の装備に整えて、早速トリオン体の転送を始める。

 転送が終わり体の再構成が完了すると、暗闇と淡いガス灯の光が僕を迎えてくれた。市街地Bで時間帯は夜、そう得心した僕の前に夜の暗さの一切を寄せ付けない純白の白衣に身を包んだ凪がゆっくりと現れる。夜の黒と白衣の白が描き出す陰影が目を奪うほどに美しく、思わず見とれてしまう。

 視線は凪の方へと吸い込まれたが、夜の闇でその表情まではうかがい知ることはできない。

「凪、次の相手の相模た――」

 突然の閃光。

 マズルフラッシュ。

 空気を震わせる発砲音。

 ガス灯のガラスが砕けて地に落ちる細く高い音。

 ガス灯の残り火が少しだけ地に留まり、やがて音もなく闇に飲まれる。

 僕の声はただ一発の銃弾でかき消されていた。

 長い付き合いの僕には、凪のその行為に秘められた意志が明確に伝わってくる。詳しく聞きたかったら遊びで勝てばいい、2人の間で通じる簡単で単純な取り決めだ。

「「クーちゃん、ガン=カタの戦闘支援」」

 

乾いた夜の空気を切り裂くように声を張り、僕達は2丁の拳銃を互いに向け合う。

 




たぶん岬君は昼の仕事の大部分を夜勤の防衛任務のときにやってますね。
受験を終えた凪はゲームをするか、本を読むか、個人戦をするかといった日がな一日を過ごしていると思われる。

※以降はチラシの裏

「ねえ、凪。凪は高校生なんでしょ。学校いかなくていいの?」

「受験が終わればあんな箱ものに用事なんてありませんよ、クーちゃん」

「ねえねえ、凪。凪は何でずっとテトリミノを消し続けてるの」

「消せばレートが増えるからですよ、クーちゃん」

「ねえ、凪。じゃあ何で、レートを増やすの」

「増やせる数字があるなら、とりあえず増やすのが私達なんです。クーちゃん」

「プログラム組んで、RPGの主人公を草むらで行ったり来たりをさせて、"たたかう"を実行させるのもそうなの、凪」

「そうですよ、クーちゃん。とりあえず、効率よく稼ぐことが大事なんです」

「じゃあ、凪のセンター試験が全教科8割止まりだったのは」

「効率よく伸ばせるのがそこまでだったからですよ……、クーちゃん」


これを書いた人がオリジナル短編作品を書いてみました。よろしければどうぞ。
和風ファンタジーです。ボク娘が好きな方には受けるかもしれません。

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