【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第四話【「立ち上がれ」とは言えないけれど(上)】

 ――まさかまたここに訪れることになるなんてね。

 

 駅より出た明日菜は、体感時間的には半年以上振りにはなるだろう京都の街並みを見て内心でそんなことを思った。

 隣のネギも似たようなことを考えているが、修学旅行のことを懐かしむ余裕はなかった。もっとも、フェイト・アーウェルンクスとの死闘や紅蓮に染まった街並みを思えば懐かしめる代物ではないのだが。

 

「とりあえず皆に合流する?」

 

「それよりも、ニュースでやっていた私有地崩落事件が気になります。もしかしたら何かしら関係があるかもしれません」

 

 明日菜の提案にネギは即座に別の案と告げた。

 勿論、今すぐにでも麻帆良からボランティアに訪れた学生に同伴している魔法教師の面々に何かしら伝えるのも大切だ。

 だが昼頃に近右衛門と会話したネギは、彼らが青山という男に抱いている評価が自分の抱いているそれとは著しくずれていることを悟った。ならば、近右衛門の部下とも言っていい彼らに何か言っても無駄だろう。そもそも、実害が未だ出ていないのに何を伝えろというのだろうか。

 

「もしも青山さんに関連があれば、それを持ってあちら側に事情を説明できるでしょう」

 

「証拠集めってわけね。……まぁ私もアンタがその、青山さん? って人を警戒しているって言わなきゃ、京都で私達を助けてくれた恩人程度にしか思えないからね」

 

「えぇ、だから木乃香さんを預けても学園長は平然としていました」

 

「……私も木乃香が危ないって言うなら黙っていないわよ。というか、何であの爺、孫娘が危ないってのに何もしないのかしら?」

 

 事実、ネギは近右衛門から木乃香が青山に預けられていると知った時、青山という男の危険性を語ったつもりだったが、近右衛門は話に耳を傾けながらも、「お主ももっと彼と接すればそれが勘違いだと分かるじゃろうて」とまるで心配した様子を見せなかった。

 

「信頼ですよ」

 

 ネギは明日菜の疑問に苦渋を滲ませた表情で答える。あり得ないと思いながらも、客観的に見ればこそ至る結論が許せないと言わんばかりであった。

 

「信頼?」

 

「コミュニケーションに難があるものの、勤務態度は良好、目立った問題行動はなし。そして主な実績として、エヴァンジェリンさんの暴走を一人で止める。京都では死者を大量に出した鬼とそれに匹敵する術者を一人で排除する。最近では学内に侵入した悪魔もその手で滅ぼす。いずれも被害は出ているものの、殆どは青山さんではなく周囲がもっと気を配れば被害を食い止められたものであり、あの人一人の責任とは言えない。……実績は十分で、普通に話す分には実直な性格も相まって信頼を得るのは当然でしょう。対して僕らは――」

 

 ネギがさらに続けようとしたのを、明日菜は察したようにその手で遮って、自嘲しながら続きを語った。

 

「あの死にたがりに勝手に突っかかって負けて、京都で任務を果たせず師匠に助けられて辛くも離脱。悪魔のほうも……私を助けたって言っても、倒したのは悪魔の従者かぁ」

 

「付け加えるなら僕らはただの子どもです。七光りを誇るのは癪ですが、僕がサウザンドマスターの息子であることを加味しても……」

 

 それ以上は言うまでもない。青山とネギ、どちらに信を置くか第三者に聞けば、十人中十人が青山だと答えるだろう。確かに過去、過ちを犯したのは事実だが、だが当時の青山はまだ少年からようやく青年に変わろうとしている頃だ。現に本人がそのことを反省し、そして言葉だけではなく行動で証明しているのは一つの側面から見た真実である。

 明日菜自身も、青山に対しては根暗で近寄りがたい人間だが、自分を助けてくれた恩人だという気持ちの方が強い。むしろ、青山を警戒しているネギのほうが異常なのは少し考えれば分かる。

 だが明日菜は青山よりもネギと過ごした時間が長い。そしてネギが根拠なく青山を警戒する理由も、あの悪魔に捕らわれた当時のネギを知っているからこそ何となく察することも出来た。

 いずれも信頼。

 時を重ねたからこその密度。

 

「信頼、かぁ」

 

 納得だ。己が根拠も無くネギの言い分を信じてここまでついてきたのも、信頼があってこそのものである。

 

「まっ、アンタの不安が、あれよ、キユーであってほしいと願うばかりね。あの人が敵になるとか、エヴァちゃん相手にするのと同じくらい洒落にならないわ」

 

「違いありません。って明日菜さん杞憂なんて難しい言葉覚えたんですね」

 

「ふふーん、いつまでもバカレンジャーじゃないっての。……つーかその言い方馬鹿にしすぎてムカつくんですけどぉ?」

 

「あぶぶ! 頬を引っ張ぶぶぶ!」

 

 ジト目でこっちを見る明日菜に頬を弄ばれながら、ネギ自身もそうであれば何よりだと思った。明日菜の言う通り、杞憂ならいいのだ。自分でも何故ここまで青山を警戒しているのか、明確な理由は存在しないのだから。

 そんな思考も含めてじゃれ合いは終わりだ。明日菜が頬を離したのを合図に表情を引き締めた二人は人混みの無いビルの隙間に入ると、見られていないことを確認してから、ネギは杖に飛行魔法をかけて跨り、明日菜は己の体を気で強化すると、合図も無しに共に空へと飛び上った。

 

「乗ります?」

 

 飛翔する間にネギが問いかけるが、明日菜は軽く顔を振った。

 

「遠慮するわ。虚空瞬動の練習にもなるしね。もう少し頑張れば空気を噛むって感覚掴めそうだし」

 

「遅れないで下さいよ?」

 

「そりゃこっちのセリフだっての。あんまり鈍間だと先行っちゃうから頑張りなさい?」

 

 互いに挑発し合って微笑。そうしている間に、空を自在に走るネギの背中を、明日菜は大気を蹴って追いかけ始めていた。

 時の流れが現実と異なる空間で一ヶ月弱の間で半年以上の修練を積んだ二人の技量は、その世界でも一握り程の才覚によって一流の魔法使い程度なら一対一でも圧倒できる。それは音も発することなく虚空瞬動を使いこなす明日菜と、抑えているとはいえ虚空瞬動に先導する形で杖に跨り空を舞うネギの動きを見れば分かるだろう。

 ふと見下ろした街並み。復興がようやく始まったばかりの京都は、所々灯りの点いていない場所が目立っている。

 

「……」

 

 そんな街の景色から視線を切って、先を行くネギの背を追ってどの程度時間が経過しただろうか。徐々に速度を落とし始めたネギに追いついた明日菜は、ネギの跨る杖に足を乗せた。

 

「降ります」

 

 言うが早く高度を下げたネギは近くのビルへと着地する。周囲に人が居ないのは気配を察すれば分かる。だが、ネギと明日菜は夜であることを抜きにしても、あまりにも人の気配がしなさすぎることに違和感を覚え、その理由を即座に悟った。

 

「これは……」

 

「ッ……何よ、これ」

 

 屋上より見下ろした先、道路を彩る鮮血のアート。ここにまで臭いが届く気がするくらいに真っ赤な液体が広がる街には、ゴミのようにかつて人間だった物のパーツが散らばっていた。

 

「明日菜さん、あまり――」

 

「大丈夫。怖いのは、慣れてるから」

 

 師匠であるアルビレオから習ったのは戦闘のことばかりではない。苦手ではあったけれど、座学や魔法を使った仮想戦場等にて、戦場のことについて学んでいたのが幸いした。何も知らなければ屋上からでも臭う血の香りに嘔吐していただろう。

 それでも蒼白になる表情まで取り繕うのは、明日菜はおろかネギであっても無理であった。

 

「……キユー、じゃないっぽいわね」

 

「……残念ながら」

 

 これはテレビで情報規制がかかるのも無理はない。見渡す限りの惨劇は、どの部品が元の主の物であったのか分からない程に混迷を極めている。

 だが一つだけ言えることがあった。

 

「斬ったんだ……」

 

 誰、とは言わなかった。

 それでも誰かが斬ったのは、事実のはずで、何が原因なのかを、ネギは知っている。

 

「ネギ、あっちから音が聞こえる」

 

 直後、言葉も無く眼下を見下ろしていたネギの隣で、惨劇を惨劇としか認識しなかった『からこそ』冷静さを取り戻した明日菜が、気で強化された聴覚で遠くより響く音色に気付いた。

 遅れてネギも何処からか鳴り響く音に気付く。誰かの声と、ぶつかり合う硬質の響きと、そして斬り裂かれて溢れ出る血潮の弾ける音。

 

「青……いや、違う」

 

 青山ではない。即座に否定したネギは隣の明日菜を見上げると、聞くまでも無く力強い眼差しで明日菜は答えてくれた。

 言葉は不要だ。明日菜に感謝の笑みを一つ返すと、二人は同時にビルより飛び降りた。

 叩きつけられる夜風は気にも留めない。一気に近づく地表、このまま落ちれば激突は必然だが、足先に感じる大気の重量を感じ取って、虚空で方向を捻じ曲げる。

 目指す先は近い。虚空瞬動で距離を詰めた二人の耳に響く誰かの声。

 無数と散らばる骸の中心。咆哮をあげながら今まさに最後の一人を葬ろうとしているのは――。

 

「泣いてる?」

 

「……ッ!? 刹那さん!」

 

 ネギが判断するよりも早く、血潮に踊る影の正体に気付いた明日菜がその名を叫んで加速した。

 何をしようとしているのか。明日菜は音すらも後ろに置いた世界で、骸の中心で涙しながら刃を振り上げている刹那と、その刃に斬り捨てられんとしている少女の間へと割り込んだ。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

「駄目!」

 

 召喚したハマノツルギと夕凪の刃が火花を散らした。間一髪で間に合った。安堵も束の間、明日菜の培った勘は背後より忍び寄る悪寒を瞬時に感じ取った。

 

「ッ!?」

 

 振り返ると同時、守ったはずの少女が手にした鎌を振り下ろしてきた。

 気も運用していない少女の動きにしては常軌を逸したその斬撃速度。しかし幾ら速いとはいえ所詮少女のそれだ。明日菜は一瞬呆気にとられたが、ハマノツルギより片手を離して、掌を強化した状態で鎌の刀身を握りこみ、一気に握りつぶした。

 砕け散る鋼の煌めきを、無貌の表情でその残滓を見送っていた少女は、明日菜によって刃が砕かれたと悟った瞬間、突如狂ったように両手で髪をかきむしり始めた。

 

「あぁぁぁぁ!? うぁぁぁぁぁぁ!」

 

「な、なによこれ……」

 

「明日菜さん! ……ッ。これは」

 

 怯えを隠せずにいる明日菜に遅れて合流したネギも、狂乱する少女の姿に畏怖を覚えた。

 冗談ではなく血を吐きながらネギよりも幼いだろう少女が絶叫している。少女が狂乱しているという理解不明な状況にどう対処すれば分からなかった。

 それでもネギは困惑するばかりの明日菜と違って、少女が何故狂ったのかについて察することは出来た。

 斬られたのだ。

 理由は分からないが、この少女はその幼さゆえに斬られ、そして鳴り果てたのだ。

 ならばもうどうしようもないのではないか。

 

 そう考えるネギと明日菜の背後より――血をたらふく啜っただろう鋼鉄が、少女の胸を一突きした。

 

「あ、が」

 

「……死ね」

 

 二人の間より刃を、夕凪を突き出した刹那が、蒼白した顔に酷薄な笑みを浮かべながら、濁りきった眼を涙で濡らして喉を鳴らす。

 

「死ね」

 

 胸から引き抜き、繰り返す。

 

「死んでくれ」

 

 求めるように彷徨う掌へ。

 

「頼むから」

 

 痙攣を繰り返す腹へ。

 

「斬りたくない」

 

 もがくように震える足へ。

 

「殺したくない」

 

 ――どうして殺すの?

 

 そう訴えかけてくるような、その眼に。

 

「殺したくないから!」

 

 繰り返し、突き刺し、生血をすする。

 

「が、ぎ」

 

「だから、死んでください……!」

 

 最期に、耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげかけたその喉を一突きする。

 逆流した鮮血が顔中の穴より溢れ出るのが、月明かりに照らされてまざまざと見せつけられた。

 それはおよそ考えられる死の中でも悲惨な部類に入るものだろう。全身を貫かれることによる悶死。まるでそれは化け物が人を快楽のまま蹂躙して食らい尽くす様に似ていて。

 

「明日菜さん、怪我は?」

 

 それでも刹那は、魂を失ってしまった少女の強襲から二人を守ったのだ。被害者でしかない一般人を殺し尽くしたけれど、刹那はせめて二人の前だけでは掻き集めた冷静さを持って労うように明日菜へと手を伸ばし。

 

 一歩、たった一歩、明日菜は逃れるように後ろへ一歩下がった。

 

「どうして、こんな……」

 

 何故、殺した。そう思うのは仕方ないだろう。正気を失っていた。そうしなければもしかしたら明日菜は己が危なかったかもしれないと分かっている。

 だが、何故あのような殺し方をした。

 何故、あぁも狂気的に嗤いながら、人を斬れるのだと、明日菜だけではない、隣のネギの眼にも同じ思いが宿っていた。

 

「あ……」

 

 それはきっと、最後の一押しだったのだろう。虚しく虚空を掻くに終わった掌を見つめ、むせ返るような血に染まっているのを自覚した瞬間、刹那は自分の心が砕け散る音を確かに耳にした。

 

「嫌だ……」

 

 親に叱咤された童のように表情を歪め、夕凪を掌より落としたことすら気にも留めずに、刹那は一歩、二歩と下がって、震える両足が絡まって崩れるように倒れてしまう。

 

「せつ……」

 

「私に触るな!」

 

 咄嗟に明日菜が掌を伸ばすが、刹那は乱暴に振り払う。弾かれる手に付着する赤、全力で払われたために一際大きな音が響、明日菜の顔が痛みに歪む。

 

「ッ!?」

 

「あ……」

 

 傷つけた。

 違う。

 私は、ただこんな自分に触れられたくなくて。

 そんなつもりじゃなかったんだ。

 即座に己がした行為に後悔するように、掌を抑える明日菜へ謝罪を告げようと口を開いて震える掌を伸ばし――その手が血に染まっているのを再度悟り、動きを止めた。

 

「は、はは……」

 

 無力な人の血で染まっている。

 そんな自分が、今更どの口で謝罪を告げられるというのか。

 

「……ッ。消えてください。今すぐここから……」

 

「そんなこと……」

 

 明日菜は先程、僅かとはいえ感じてしまった嫌悪を謝ろうとするが、刹那はそんな明日菜を押しとどめるように、無理矢理口許を笑みの形にしながら、その両手を広げて明日菜へと向けた。

 

「ほら、私の身体、真っ赤でしょ? そうです。その子も、そこらに散らばる腕も足も頭も(はらわた)も! 全部を全部私が斬ったのです! 殺したんですよ? 一般人を私はこの手で、この、この……手で……!」

 

 喉を震わして、刹那は最後まで言い切ることは出来ずに顔を伏せた。

 

「私、は……」

 

 合わせる顔がないのだ。理由はどうあれ人を殺した。そして目の前で躊躇なく少女を執拗に突き刺して殺してみせた。

 

「こんな姿、貴女達に見られたくない……」

 

 青山によって人に絶望した。

 だからと言って、化け物に堕ちる程、刹那は弱くもなかった。そして、再び人として懐かせた正義を立て直せる程、強くもなかった。

 どっちつかずの中途半端な何か。

 人間もどきの、化け物もどき。

 

「ウチを、見ないで……」

 

 それでもこんな私を見ようとするなら。

 

「刹那さん!?」

 

 転がっている夕凪を拾って立ち上がった刹那より溢れ出る殺気。呼応するようにその身から迸る気の量に明日菜が叫び、ネギが冷静に戦闘態勢を整える。

 嘘だと思いたい。

 だが度重なる鍛錬を経た明日菜の勘も、ネギと同じく刹那の殺気がこちらに向けられているのだと悟っていた。

 

「止めて! こんな、おかしいよ刹那さん!?」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか」

 

 それでも説得をしようとする明日菜へ、刹那は自虐の笑みで応じた。

 ここに至るまでに何かがあったと語るのは容易い。

 理由はあった。

 仕方がなかった。

 人間が怖かった。

 化け物が嫌だった。

 

「どうしようもないじゃあないですか」

 

 理由は、何だった?

 仕方ないって、何だ?

 人間が怖いのは己が正義を志すには弱すぎるから。

 化け物が嫌いなのは己が正義を志すくらいに強かったから。

 中途半端などっちつかず。

 宙ぶらりんで、決断できない私。

 

「逃げたくて、逃げれなくて、立ち向かいたくて、立ち向かえなくて……結局私は何も出来へん! ウチは何も出来なかった! 出来なくて、もう分からない! 分からない! ウチにはもう私が分からないですから!」

 

 ならどうすればいい?

 分からない。

 でも、そんな私を心配してくれる貴女達の瞳が――。

 

 まるで、(ウチ)を責めたてるように見えるのです。

 

「刹那さ――」

 

「来ます、明日菜さん!」

 

 刹那の背中より広がる純白の翼。天使のように美しく穢れを知らない輝きは、夜を斬り裂く一筋の流星の美しさ。

 だがしかし、人の生き血で真っ赤に染まった体より産まれ出た翼は、まるで啜った命で練り上げられたようにしか見えなくて。

 

「私を見るなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 絶叫と共に中途半端な化け物が走り出す。

 そのあまりにも痛々しい姿に憐れむ暇すらもなく、明日菜は己の首を狩りに走る銀色へ、手にした鋼鉄を合わせるのであった。

 

 

 

 




次回、VS刹那。足掻けることは知っている。

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