【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第七話【げどう】

 

 日本全体を見ても都会にすら引けを取らない、いや、ある部分では都会以上の賑わいを見せる麻帆良学園都市だが、加減をしているとはいえ、虚空瞬動で十分弱も空の旅を楽しめば、あっという間に人の気配無き山々へとたどり着く。慣れ親しんだ我が家、お帰り自分で内心呟きつつ、懐で丸まっている木乃香ちゃんを見下ろす。

 

「降りるから気を付けてくれ」

 

 飛ぶ時の反省をいかしてちゃんと一言声をかけてから、俺は緩やかに立ち並ぶ山の一つへと降りていった。

 階段を降りるように虚空を蹴って地面へと近づき、無事着地したところで、俺は木乃香をそっと地面に降ろした。

 

「すまなかった。同じ態勢で苦しかったろ?」

 

「いえ、むしろあんな景色が楽しめるならまたやってほしいですわ」

 

「なら大丈夫。次は君一人であの景色を見れるようになるさ」

 

 木乃香ちゃんに秘められた力なら、ネギ君程とは言わないがすぐに地力をつけて瞬動はさておき浮遊術くらいなら出来るようになるだろう。いや、まずは地力をしっかり操れる肉体作りから始めるべきか。いやいや、青山として培った陰陽術を知る限り教えて、まずは式符を操ることによる自衛手段の確立が先か。

 

「……我ながら欲張りだな」

 

 今からこの才覚を『自分好みに』育てることが出来ると思うと楽しみで仕方ないのである。学園長にはあんなことを言ったが、どうやらやはり俺の方が木乃香にとって非道であるのは事実だろう。それだけは俺でも認めているし、言及されれば「確かにそうです」と二つ返事で答えるつもりだ。

 だが、嘘をついたわけではない。

 青山に誓って彼女を鍛えると誓った。そして、己は非道で外道だが、彼らと違って中途半端なことは決してしない。そこだけは、胸を張って言えることなのだから。

 

「さて、君は先に小屋に入ってくれ。俺は薪を運んでくるから」

 

 着地してから一分程歩いたところで、麻帆良に赴任が決まってから住み続けている見慣れた小屋のある空間へとたどり着いたので、囲炉裏にくべる薪を小屋の裏方から幾つか手にする間に、木乃香ちゃんには荷物を置きに行ってもらう。

 軽く会釈して小屋へと入っていく木乃香ちゃんを見送るでもなく、裏手に回った俺は、積まれている薪を幾つか取り出して、ふとその一本を頭上に放り投げた。

 真上に舞った薪は重力に引かれて落ちてくる。その軌道を目で追わずに感覚で捉え、胸元を過ぎたところで空いている右手を薪目掛けて振るった。

 斬るのだ。

 そう迷いなく思い描いた軌跡は、気を纏っているから当然の如く、豆腐を斬るように薪を真っ二つにする。

 

 そして、出血。

 

 薪を斬ったことで小指の皮が斬れ、薄らと血が滲むと同時に、二つに分かれた薪は大地へと落ちた。

 

「うん、これでサイズは丁度いい」

 

 術を使えば火を点けるのは簡単だが、やはり着火するなら小さくて燃焼しやすい方がいい。改めて手ごろな薪と、その他大き目の薪を幾つか両手に抱いて小屋に入ろうとしたところで丁度、荷物を置いた木乃香ちゃんが小屋を出てきた。

 

「あ……ウチも少し持ちます」

 

「いや……そうだな。お願いしよう」

 

 この程度、別に距離も考えれば手伝ってもらう必要も無いのだが、これからはここで鍛錬だけではなく衣食住を共にするのだ。こうした小さいことから手伝ってもらうのも悪くないだろう。

 ということで一度断りかけたが思い直して、抱えていた薪を持ってもらおうと少し屈んだところで、木乃香ちゃんが俺の右手から流れる血を見た瞬間、血相を変えて右手に掴みかかってきた。

 

「あ、青山さん!? 血が……! いや……! そんな……!」

 

「おっと……どうしたんだ? 別に大した怪我では――」

 

「アカン! 怪我したらダメ……死んじゃうから……死んだら……いや……いやや……!」

 

 無論、木乃香ちゃんが不意を突いて右手に掴みかかった程度で薪を落とすことも態勢を崩すこともしないのだが、小指から僅かに流れる血を、致命傷でも見たかのように抑える木乃香ちゃんを引っぺがすことも出来ない。

 血、というよりも、死を連想させる何かが今の彼女にはトラウマを再発させる引き金なのかもしれない。

 

「なんで……! なんで!? どうして怪我しとるんや!?」

 

「その……薪を……」

 

「薪を!? あ……! そうや……火を起こすって言うてた……ウチが居るから、火を起こす……ウチが、ウチのせいで……」

 

「木乃香ちゃん?」

 

 ちょっとそれは洒落にならない飛躍じゃないだろうか。

 まさか手頃な薪を手に入れるというだけでこんなことになるとは……。些か自虐的過ぎると初めて出会った時から思っていたが、これはもう相当なものだなぁ。

 

「ウチが悪いから……また誰か死ぬ。……ウチが駄目やから――」

 

 しかし、斬ったら斬れるのは当たり前なのに、こんなことで落ち込まれるとどうすればいいのか分からなくなってしまう。

 もしかしてそんな当たり前なことも分からなくなってしまうほど、彼女のトラウマは深刻なのか。

 

「大丈夫、これは君のせいではない。薪を斬ったからその分斬れただけだよ。斬るから生きているのだから、当たり前のことさ」

 

 我ながら話していて、トラウマを解消するためとはいえ何故こんな当たり前なことを語らねばならないのだろうと思うが、まぁ仕方ない。

 

「斬るから、生きている?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 当然なことを語り掛けるという愚かな行為。

 木乃香ちゃん的に言えばこれも臭いセリフになるのだろうか。

 もしくはこいつ今更何を言っているんだという驚きか。

 あぁ、恥ずかしい。

 なんで食事をしなくちゃ腹が減る程度の一般常識を言う必要があるのだろうか。

 今更なことを言われたからだろう。自虐的な発言が無くなり、木乃香ちゃんはポカンと口を半開きにして俺を見ている。

 

「……ともかく、そういうことだから気にしないでくれ。さっ、もうすぐ日も完全に落ちてしまう。その前に小屋に戻ろう」

 

 これ以上、木乃香ちゃんの視線に耐えきれる自身がなかった俺は、体のいい言い訳を口にしつつ足早に小屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 青山の見越した通り、丁度日が落ちる前に、囲炉裏の火が点いて小屋の中を淡い炎が照らす。小屋の壁には、所狭しと大量の真剣が立てかけられており、普通の真剣から魔剣と呼ばれる類まで揃ったこの小屋の光景は、さながら物置小屋のようですらあった。

 囲炉裏の前で座布団に座る木乃香も、火が点いたころにはすっかり落ち着きを取り戻し、今は時代を逆行したような青山の家と、真剣が並ぶと言う異様な光景に興味津々と言った様子。だが家主である青山は平然としたもので、唯一文明らしさを感じられる、小屋の隅に置かれた冷蔵庫からペットボトルと紙コップ、ついでに先日釣った川魚を数尾取り出して、囲炉裏を挟んで木乃香の前に座った。

 

「……」

 

 手慣れた様子で串に魚を刺して囲炉裏の前に突き立てる。それが終わったら中央に釣られた鍋の蓋を開けて、昨日の鍋の残りがまだ残っているのを確認する。

 自分用に二日分作ったが、女の子は小食なので鍋の具を足す必要はないだろう。青山はそんなことを考えつつ、紙コップにお茶を注ぐと、並々と注がれた紙コップを躊躇うことなく木乃香へと放り投げた。

 

「わっ」

 

 突如、放物線を描いて投げられた紙コップに気付き咄嗟に避けようとして、紙コップは中身を漏らすことなく木乃香の手前に着地した。

 

「よく見てみるんだ」

 

 注がれた量的に中身が零れてもおかしくない。だが一滴も落ちなかったことに疑問を覚える木乃香は、青山に言われるがままコップを見て、囲炉裏の放つ火とは違う輝きを放っているのに気付いた。

 

「陰陽術の基本は符に気や魔力を与えることにある。これはその基礎を使ったもので、コップとお茶に気を与えて、一つの個体として固定したんだ」

 

 そして、と告げて青山が羽虫を払うように手を振ると、コップを覆っていた光が消失した。

 

「気の糸を切って、コップに与えていた気を霧散させた。方法は幾つかあるが、君の場合、いきなり陰陽術や魔法を習うとなれば、その身の魔力で簡単な術でも暴走する恐れがある……まずは今俺がしたように、コップに注いだ茶や水を固定、そして自在に操作するところから始めよう」

 

「なんや、いきなりですね」

 

「……すまない。明日からのほうがよかっただろうか?」

 

 いきなり修行を始めようとする青山に、驚いたと語っただけのつもりだったが、どうやら突然すぎると非難したように思われたらしい。

 

「ううん、違いますわ。えっと、少し驚いただけで……それに、急に気や魔力や言われても、そのやり方が分かりませんわ」

 

「……そうか、そうだったな」

 

 木乃香に真相を語った時、青山は術を使って強制的に木乃香の魔力を自覚させたり、気を用いた術を幾つか見せたが、確かにその時、力の使い方を教えたことはなかった。

 なまじ才能がある分、その程度なら出来ると最初から思っていた己の落ち度だろう。改めて、木乃香が何も知らずに育ったのであると自覚した青山は、軽く頭を下げて謝罪した。

 

「すまない。まずはそこから教えるべきだった」

 

「い、いえ! そんな頭下げなくてもえぇんです!」

 

「いや、こればかりは俺の落ち度だ。勝手に君なら出来ると一方的に思った俺が愚かだった……ともかく、そうなると日の落ちた今から出来ることはあまりない。食事を取ったらすぐに寝て、明日の朝から魔力および気の発露の修行に移ろう」

 

「はーい。了解や」

 

 影の差す儚く暗い笑顔で答える木乃香に頷きを一つ返す。

 それからは青山本人が会話を苦手とするため、暫くの間囲炉裏で燃える薪が弾ける音と、鍋が煮立つ音、そして小屋の外の虫の鳴き声だけが小屋の中に響いていた。

 

「なぁ、青山さん。そう言えばさっき、変なこと言うてましたよね?」

 

 そんな空気に耐え兼ねたというわけではないが、ふと先程の会話を思い出した木乃香の質問に、青山は首を傾げた。

 

「変なこと、とは?」

 

 はて、自分は何か言ったのだろうか。思い当たる節がない青山が記憶を掘り返す中、木乃香はさらに言葉を続ける。

 

「ほら、小屋の前で、ウチが取り乱した時、青山さん言うてたやないですか」

 

「俺が?」

 

「はい、斬るから生きているって。それ、どういうことなんですか?」

 

 木乃香としては食事ができる前の他愛のない雑談程度の気持ちだったのだろう。

 だが青山は何気なく呟かれた木乃香の言葉を聞いて、一度、二度、そして三度と喉が詰まったように口を震わせ。

 

「なん、だって?」

 

 生きることは斬ることだ。

 その当然を疑問視されたことに、戦慄を露わにした。

 

「えっと……何や、物分り悪うてすみません」

 

 木乃香はそんな青山の動揺を、自分が上手く彼の言葉を理解できていなかったせいだと思い謝罪を口にするが、それはいっそう青山の思考を混乱させるには十分すぎるものであった。

 

「馬鹿な……いや、それは、冗談、だろ?」

 

「冗談?」

 

「だって、生きるから斬るなんて、当たり前のことじゃないか。斬って斬られる、命ってそうだろ? 人生なんて斬って斬られるものだ」

 

 人は生きる限り斬っていくのだ。

 斬るために生きているから、斬れば生きて、そして死ぬ。

 斬撃とは人生である。

 命とは斬り斬られるべくある。

 そんなこと。

 

「あはは、青山さんはやっぱ面白いなぁ。斬るだけの人生なんてあるわけないやないですか」

 

 青山なりの冗句だと察した木乃香の返事に、今度こそ青山は沈黙した。

 

「あ、でも、そういうことなんやな。確か青山さん、しんめーりゅう? 言うてた剣術を習ってるんやったなぁ。もしかしてそれって、しんめーりゅうの掟とかそういうものなん?」

 

 そうだとしたら笑ってしまって申し訳ないことをしてしまった。

 木乃香はばつが悪そうな表情で謝罪をしようとして――そこでようやく、青山が顔を伏せて黙っていることに気付いた。

 

「青山、さん?」

 

 一体、どうしたんですか?

 木乃香は不安げに座布団から立って青山の隣に回り、そこで青山が何事か呟いていることに気付く。

 

「……か」

 

「何や、ちょっと怖いで青山さん」

 

 何かを繰り返し呟く青山から発せられる得体の知れない空気に当てられ、木乃香は僅かな不安を見せ、しかし青山の肩にそっと掌を乗せて。

 

「君は、死んでるのか」

 

 木乃香は、理解不能を耳にする。

 直後、肩に乗った手が青山に握られた。

 

「え?」

 

 一体、何が起こったというのか。

 驚愕と困惑で状況が理解出来ない木乃香は、そのまま勢いよく青山の元に引き寄せられ、そこでようやく俯いた青山の顔を覗きこむ。

 そこにあったのは奈落だった。

 深淵という言葉ですら足りぬ暗黒。

 光の一切届かない完全なる黒。

 その目が告げる言語を絶する異端の常識が、両者にあったぎりぎりの均衡を破壊したことを雄弁に知らせていた。

 

「死んでいるから、分からないんだね」

 

 青山は、木乃香が何故、当たり前なことを分かっていないのか理解した。

 生きることは斬ることという当たり前を理解出来ない。

 つまり、彼女の心は完全に死んでいるのだ。

 生きるという当たり前を、彼女はもう放棄していたことに、何故自分は気付かなかったのだろう。

 

「こんなことにも、気付けないなんてな」

 

 驚くべき才があったからか。

 だから、真実を知って心が潰れても、完全には死んでいないと勘違いしていたのだろう。そうでなければ、生きるという当たり前が分からないというあり得ない状態になるはずがないのだから。

 いずれにせよ自分の眼力は鈍っていた。そう考えた青山の思考こそ、理解出来ずに言葉すら発せぬ木乃香だが、次の瞬間、脳天からつま先まで駆け抜ける悪寒に顔面を蒼白させた。

 

「っ、ぁ……」

 

 言葉を発しようにも叶わず、餌を欲する鯉のように口を開閉させながら、木乃香の思考も肉体も一瞬にして凍り付く。

 だが、唯一現実を認識する視界だけは、それを見ることに成功した。

 

「なら、君に、教えなくちゃ」

 

 視界の隅、掲げられた青山の左手には、いつの間にか握られていた漆黒の鞘に包まれた刀が握られていた。

 それを見た瞬間、木乃香は脳を介することなく、その魂であらゆる全てを理解する。

 

「ぁ……ぁッ……!」

 

 斬ったのだ。

 間違いなく、斬ったのだ。

 

「ぁぁ……! ぅぁ……!」

 

 そこでようやく、己の浅はかを少女は知る。

 どこまでも無知であった。

 どこまでも無力だった。

 だからこそ何も出来ず。

 何も、理解出来なかった。

 

 その結果、無垢なる心は外道に捕まる。

 

「ぉ……と……さ……ま……」

 

 青山。

 恐るべきは、青山。

 

「なん……で……?」

 

 殺したのはこの人だ。

 そう、嘘偽りも一切なく、この人は、この男は、己の父を躊躇なく斬り殺したのだ。

 木乃香は青山の手に握られた刀を見て全てを悟った。

 知らずとも理解できる程の説得力が、今の青山とその刀――証から滲み出る鬼気には存在していた。

 しかし、最早全ては遅い。

 少女の儚い幻想は砕け散り、愚かにも、誰よりも頼ってはならない存在に自分が救いを見出したのだと悟っても、今や全ては後の祭り。

 鞘から解放された証の刀身は、歪なまでに生に執着している恐ろしい力を充満させた。刀身から柄までも漆黒で覆われた刀から発せられる力に、内包した力を操る術を知らない木乃香は呼吸すらも難しくなっていく。

 だがそれでも、木乃香は問わずにはいられなかった。

 

「ど……して……きった、の?」

 

 斬り殺したのに、何故、生を語れる。

 そんな木乃香の問いかけに、青山は一切変わることなき無貌の仮面をかぶったまま、返答代わりの刃を天高く掲げ。

 

「それは勿論、斬るからさ」

 

 ――つまり俺は、生きている。

 

 間髪入れずに放たれた冷徹。

 その鋭利な鋼鉄は、木乃香が最期まで抱き締めた絶望ごと、無垢なるその身を真っ赤に散らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが青山よ。

 お前はきっと、その身が果てる最期まで気付くことはないだろう。

 

 その一撃こそ、お前の敗北を告げたのだということに。

 

 

 

 





理解出来なかった人用の今回のまとめ

オリ主「死んでるなら斬ればいいじゃない」

こういうことです。

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