【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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エピローグ【21st century schizoid man】

 その日、京都を襲った未曾有の大災害は、一夜もせずに国中はおろか世界中のあらゆる場所に知れ渡った。死者五万人以上、現在も行方がわからぬ者が多数。謎の爆発から発生した一連の被害は、日本という国と、そこに住まう人々にいつまでも残り続ける傷を残すことになった。

 地球温暖化による異常気象が天文学的な数値で最悪な組み合わせとなり、巨大な落雷と震度八を越える震災を引き起こし、その直下に溜め込まれていたマグマを放出させたと、世間では公表されている。だがこの話、京都以外への被害がほとんどないことと、まるで戦争が行われた跡のような、幾つものクレーターが確認されているのもある。何よりも、実際に災害の被害を受けた者達の証言は、落雷や震災といったわかりやすい災害ではないとネットも含めいたるところで言われているため、政府の公式発表は事実とは違うというのがネット利用者による認識である。

 では一体何がどうなっているのか。一時期動画サイトに上げられた巨大な白い発光体の映像が物議をかもし出し、それらの動画が軒並み削除されたという事実から、一部ではオカルト的な出来事があったのではないかとも囁かれている。

 例えば、見れば災いが降り注ぐといわれている、四つの腕と二つの顔をもつ恐るべき鬼、両面宿儺の仕業ではないのか。

 だが当然のように、これはオカルト的なものではなく、単なる自然現象でしかないと訴える面々も存在し、一ヶ月が過ぎた今でも、ネット上はおろか至るところで議論が白熱していた。

 そう、あの災厄から既に一ヶ月もの時が流れていた。

 2003年。6月1日。あの大災害から一ヶ月弱。荒れ果てた町並みにも僅かな復興の光が見え始めた頃。未だにマグマによって飲まれた被害がそのままに残されている関西呪術協会総本山跡地にて、西の長であった近衛詠春の葬儀が行われた。

 参列者は多数に及び、生前、詠春を慕った数多くの人々が参列し、誰もがその早すぎた死を悲しんでいた。

 だが規模は違えど、未曾有の大災害によって京都が被った被害は、この光景と同じようなものを至るところで発生させた。死者の葬儀も、一ヶ月がたった今、少しずつだが行われるようになってきており、この日は、大災害の真相を知るものであるが故に、詠春の葬儀は行われていた。

 関西呪術協会所属の術者、天ヶ崎千草が主犯となった一連の事件は、彼女の上司である反関東の幹部連の厳重な処罰によって一応の決着を終えた。騒動に加担したとされる千草以下、雇われた人間である犬神小太郎と月詠については、リョウメンスクナが暴れだした時、既に事件とは離れた場所にあったこと、そして未だ幼いということもあり、一ヶ月の謹慎と、後に監視をつけられるという形で収まった。

 事件としてはそうしてひと段落したものの、事実を知る者にとっては歯がゆい思いがある。

 実際の主犯である千草と、フェイト・アーウェルンクスという少年はこの世に存在しない。できるのはそれを指示した上層部を糾弾することのみだ。

 ともかく、この事件を切っ掛けに関西呪術協会は、長と多数の幹部連を一度に失ったことにより、東の手を借りることになり、なし崩し的にだが西と東の和解は成立したことになる。

 その裏では事件を引き起こしたのが、結局互いの上層部の甘い見通しのせいであったという後ろ暗い気持ちがあったのだが、それは余談だろう。

 ネギとその仲間達は、事件の早期解決の立役者、およびほぼ唯一事件の流れを全て見ていた重要参考人として、事件から一週間以上、東と西、双方から調書を取られることになる。

 そしてこの事件で『最も活躍した人物である』青山は、その功績を認められ、無事に西と東、双方にその武勇を轟かせることになったのは。

 

 実に、どうでもいい話である。

 

「……悲しみだけしか、残ってないですね」

 

 ネギは葬儀の後、付き添いで付いてきた明日菜にそう苦しそうに呟いた。明日菜も参列する人々に礼をしている木乃香の姿を見ながら「うん」と重苦しく頷いた。

 あの日から暫く、いや、今も木乃香は今まで浮かべていた明るい笑顔を見せてはいない。笑みすら浮かべられず、一時期不登校にすらなったが、ここ最近になって、ようやく少しずつ笑顔を見せ、登校するようになってくれた。

 そんな彼女だったが、それでも気丈な少女である。父が死に、生まれ育った京都が燃えたというのに、ネギ達の前では決して涙は見せなかった。だがそれでも夜中、時折響く小さな泣き声と嗚咽を明日菜とネギは聞いている。

 近衛木乃香の現状は、ネギ達の無力の象徴だった。吹けば消えてしまいそうな木乃香のためにということで、刹那も木乃香との距離を縮めたのは不幸中の幸いのようなものだが、その程度の木乃香の心が癒えるわけがない。

 ネギ達は、木乃香に事件の真相を伝えはしなかった。彼女のせいではないとはいえ、自身の魔力によって京都が紅蓮に染まり、父も殺したと知れば、きっと木乃香は潰れてしまうと思ったからだ。

 きっと、この嘘は生涯張り続けなければならない。それは同時に、木乃香を魔法という裏の事情に一切関わらせないという決意の表れだった。事実を知らないが、その決意は詠春が可能な限り行おうとしていた決意とほとんど同じものである。

 違うのは、危険から守るのではなく。木乃香の心を守るため。いずれにせよ彼女を生涯守るということには変わりなかった。

 

「木乃香さんは、僕達で守りましょう」

 

 ネギは決意の光を右目に宿した。

 彼の左目は現在、カラーコンタクトで右目と同じ色になっているが、未だにその目は光を飲み込む闇色のままだ。

 

「ネギ、アンタ、そろそろ時間じゃない?」

 

「あ、はい」

 

 ネギは明日菜に言われて、ポケットから飴のようなものが入ったビンを取り出した。その中から一粒取り出して口に放り込み、噛み砕く。

 一瞬だけ魔力の光が体を包み込み、収まった。明日菜はその姿をどこか寂しげに見つめて、慌てて視線を木乃香に移す。

 

「明日菜さん。ネギ先生」

 

 そうして暫くしていると、詠瞬を見送った刹那が声をかけてきた。一ヶ月前よりかは少しだけ柔らかくなってきていた表情も、この場に限っては固く、鋭い。

 三人は何とも言わずに視線を木乃香に合わせた。それに気付いた木乃香が儚げな笑みを口元に浮かべて応える。

 その姿がとても痛々しかった。

 

「長に誓いました。もっと強くなって、二度と同じ過ちを繰り返さないと」

 

 刹那はその姿から決して目を逸らすことなく、むしろ心に刻み込みながらその覚悟を呟いた。覚悟は二人も同じだったのか。答えるでもなく頷きを返す。

 あの日、総本山周囲で生き残ったのはネギ達と青山のみだった。ほとんどの死体はスクナの砲撃とフェイトの引き裂く大地によって、跡形もなく消滅して行方不明扱いとなっている。それは詠春も同じであり、彼の死体は肉片一つすら見つからなかった。

 一縷の望みをかけて捜索は行われたが、彼もその他の人々と同じく、マグマと紅蓮に飲まれて死亡したことになっている。

 

「雨だ」

 

 外に出たネギ達は掌に感じた雨粒を感じて空を見上げた。人々の悲しみを固めたような灰色の空は、徐々に雨の量を増やしていく。

 参列者も傘を取り出した。ネギ達も傘を差すと、静かにその場を後にした。

 事件の関係者とはいえ、この場に限ってはネギ達は親族でもないため部外者に過ぎない。雨に打たれながらホテルに戻るその道中、冷えた空気に三人は無意識に肩を寄せ合うのだった。

 そして、葬儀が無事終わった後、木乃香は一人詠春の遺影の前に立っていた。

 

「……お父様」

 

 そこには詠春の写真以外には存在しない。しかし肉片一つすら残っていないそこでしか、最早、彼女の父を感じる術はなかった。

 ただ、悲しかった。楽しみにしていた修学旅行。だというのに、目が覚めれば京都は紅蓮に飲まれて、わけもわからないうちに実家がマグマに飲まれているのを見て、いつの間にか父が死んだ。

 それ以外にも多くのものを失った。京都で過ごしたあらゆる思い出が炎と怨嗟に消え果て、涙と悲鳴は木乃香の心を蝕んだ。

 だけど明日菜達に心配をかけたくなくて、できる限り頑張ろうとして、でも駄目で。

 

「ウチ……どうすればえぇんや……」

 

 もう何もわからなかった。父の亡骸の前、そして一人という現実が、木乃香が堪えていたものを決壊させる。ぽろぽろと涙は溢れ、嗚咽で体は震え、絶望と悲しみだけが体中を支配した。

 どうしようもない。何も出来ない。近衛木乃香の優しい心は、優しいだけでこの現実に耐え切れない。とうとう立っていられずに木乃香は膝を折った。父の体の入っていない棺にすがりつき、しかしそこには重さがなくて。

 死という現実だけが、全てだった。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 木乃香は声を大にして泣いた。

 これまで必至に堪え続けた全てが崩れた。我武者羅に泣き喚き、魂も肉体もない棺から何も手放さないとでも言うようにしがみつく。

 その姿は人として当然の姿だ。

 親を亡くした。

 気付かずに亡くした。

 現実感のなかった喪失感と、これまで積み重なった絶望と悲しみが混ざり合い、涙と悲鳴になって吐き出される。

 その終わりは、木乃香のみの絶望だった。

 

「うぇ、うぁぁ……あぁぁ……」

 

 木乃香は、そこに誰も居ないことを悟ったのか。両手を力なく垂らして床についた。

 溢れていた悲鳴は徐々に小さくなり、それに比例するように木乃香の体も小さく丸まっていく。

 何もなかった。

 全部奪われるだけで、抗うことさえ叶わなかった。

 そして悲痛な叫びは収まり、声もなく木乃香は泣きじゃくる。その涙はいつまでも止まることなかったが、ふとその場に響き渡った足音に、木乃香は反射的に振り返った。

 

「……すまない。覗き見するつもりはなかった」

 

 そこに居たのは、喪服以上に黒く、光を飲み込む闇色の瞳で木乃香を見る無表情の男、青山だった。

 木乃香は何も考えられず青山の姿を追った。青山はその視線を気にせずに詠春の遺影まで寄ると、そっと両手を合わせ、瞼を閉じる。

 どういった言葉を送ったのか。無言のまま佇む青山は、手を放して目を開けると、しゃがみこんだままの木乃香に向き直った。

 

「兄さんの娘さんだね。初めまして。兄さんの弟で……俺は君の叔父にあたる」

 

「お父様の……弟?」

 

「あぁ。とは言っても、最近まで絶縁状態だったけれど」

 

 そう言って、青山は遺影を見た。無表情で、色のない瞳は何を考えているのかわからない。

 だが木乃香はその様子を、彼もまた詠春の死を自分と同じく悲しみ、絶望しているのだと勘違いした。

 そう、勘違いした。

 

「ウチも……ウチも、ここ出てから、全然帰らへんかったんです……それで、もしかしたら、修学旅行で、会えたらって、ウチ……会えるって、いつでも、会えるって……!」

 

 一度壊れたものはすぐに崩れる。再び涙を浮かべて顔を伏せた木乃香を青山は見下ろし、膝をついてその視線を合わせた。

 

「君の父さんは、素晴らしい人だった。悪さを沢山して、家を勘当された俺を暖かく迎え入れてくれた。なのに、俺はあの日、傍に居ながら君の父さんを死なせてしまった。だから、俺を恨んでくれて構わない。君には、その資格がある」

 

「そんな、そんなの……違います」

 

 木乃香は優しい少女だった。だから、青山が自分のためにそんな『嘘をついている』のだろうと察して、首を横に振った。

 だが、と青山は口を開いて、それを遮るように木乃香は悲しみを湛えたまま言う。

 

「もし、そうやとしても……憎んで、恨んで……でも、お父様は帰らへん」

 

 その言葉に。悲しみながらもそう言える強さに、青山は僅かに目を見開き、そしてかみ締めるように瞼を閉じた。

 

「君は、とても強いな」

 

「そんなことありまへん……ウチが強かったら、きっとお父様も……」

 

「すまない。君を責めるつもりはないんだ……」

 

 青山はそう言ってから、再び静かに涙を流し始めた木乃香を見つめた。

 黒い瞳は何を考えているのかわからない。しかし、傍から見れば、全てに絶望しきった、そんな風にも見えた。

 

「兄さんは強かった。何よりも、人を信じられる強い心の持ち主だった。家族の中で誰よりも優しくて、誰よりも暖かくて、俺もそんな兄さんが好きだった」

 

 青山はそうして静かに語った。詠春とすごした記憶を少しずつ、そして、彼が如何に素晴らしい人間であったのかを。

 

「そして、兄さんは最後に、こんな俺でも人と手を取り合うことが出来るって、ただの青山ではなく、家族だったころの俺になれる、そう言ってくれたんだ…そんな兄さんの娘さんである君の強さを俺は誇りに思う」

 

 だから、今は泣いてもいいんだ。

 青山の黒い瞳は何も映さない。だからそこに何を見るのかは自分次第で、青山を見上げた木乃香は、そこに自分の姿を見た。

 それだけだった。

 

「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 再び大声をあげた木乃香は、我慢できずに青山の懐にすがりつき涙を流した。青山は僅かに驚き、躊躇いながらも、その右手で木乃香の背中をそっと撫でた。

 雨は響き、泣き声を優しく包み込む。

 青山は少女の涙と声が枯れるまで、その背中を優しく撫で続けた。

 その右手で。

 優しく撫でるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【21世紀の精神異常者】

 

 

 炎の音は遠い。

 両腕に抱きしめたフェイトの体は、幾つもの花びらになって俺の手から失われた。

 その残滓を俺は目で追った。

 君という全てを感じ取れた。その果てに、君は俺の終わりですら斬り抜けなかった素晴らしい光を見せてくれた。

 感動の余韻に浸る。

 死した体すら息を吹き返すほどの多幸感に酔う。

 ただただ、素晴らしい刹那だった。

 俺と君だけの斬撃空間。互いがもてる全ての結末を曝け出して、流星の煌きよりも短い時に、百億年以上の世界を体験した。永遠があそこには存在した。永遠の存在を信じられた。

 それが嬉しかったんだ。

 だけど、君はもう居ない。俺は俺の終わりを魅せるだけで、君は君の終わりを全て注ぎ込んだ。

 その違いが、敗者である俺がここに立ち、勝者である君がここにいないという差を生んだ。

 ふがいなかった。

 あの時、全てを込めるには足りなかった十一代目がふがいなかった。

 何よりも、俺自身を叩きつけようとしなかった、俺の未熟が許せなかった。

 だが決着はついて。

 それ以上に清々しい敗北感が心を満たしていた。

 

「お?」

 

 そのとき、風を引き裂いて、俺の足元に何かが突き立った。

 いや、一目でわかる。

 その黒い輝きと、十一代目に酷似した形をした剣は、生きるという形をかき集めたフェイトの証だった。

 己の全てをかき集めたその刃を、俺は震える手で掴む。

 直後、その刀身に込められた、生きるという全てが俺の体を駆け抜けた。

 

「う、あ」

 

 目が眩み、意識が遠のく。これまであらゆる妖刀の怨念すら響かなかった俺の内部に響き渡る、生きたいという願い。

 フェイトの証。

 運命を超えた人形の生命。

 

「……う、うぅ」

 

 その全存在を感じた瞬間、俺の瞳に熱いものがこみ上げた。

 これが。

 これが、生きるってことなんだ。

 斬ることしか知らなかった俺が、初めて痛感する命の重さ。掌に感じる魂の重量。

 

「う、ぉぉ」

 

 気付けば膝を折って嗚咽した。

 ひたすらに涙する。

 俺は、何て馬鹿だったんだ。

 妖魔を斬り。

 自然を斬り。

 人も斬り。

 そんな、斬るという独りよがりで、俺はこんなにも尊いものを斬っていたというのか。

 何だ。

 何なんだ俺は。

 

「う、うぅぅぅぅ」

 

 フェイト。

 確かに君は勝者だ。

 俺の人生で初めての経験だった。こんなにも打ちのめされたことなんてなかった。

 斬るというだけの人生にしみこむ。生きるという当たり前な言葉。

 

「……」

 

 俺は空を見上げた。赤と黒が混じった空は、こんな俺を罰するように重く圧し掛かってくる。

 でも生きるんだ。

 わかったから、生きていこう。

 身近なものを、隣人を、友人を、あらゆる命あるものが尊いから。

 俺は、新たな道を行く。

 

「青山、君……」

 

 そんな決意を固めた俺の背中に声がかかった。

 反射的に振り返れば、そこには至るところを負傷した詠春様が立っていた。

 唖然とする俺に、痛みに苦しみながらも詠春様は確かな足取りで近づいてくる。

 

「すまない……動けるまで治していた間に、全て終わってしまったようだね」

 

「……その、従者の方々は?」

 

 俺の問いに、詠春様は顔を伏せて力なく首を振った。

 

「私を庇って、全員死んでしまった。鬼の襲来を懸念して展開した障壁が、僅かにだがあの砲撃やマグマを一時的にだが抑えてくれた……不甲斐ない。私は、何も出来なかった……」

 

「詠春様」

 

 俺は何も言えなかった。

 かけるべき言葉もなく、俺自身が招いた惨劇をどうも出来なかったのだから。

 全て、俺の責任だった。

 俺が何もかも壊した。

 

「俺は、何も、何も出来ず……」

 

「君は頑張っただろ? この惨状を見ればわかる。一人で、アレと戦ったんだね」

 

 ありがとうと、煤けた顔に笑みを浮かべた詠春様のねぎらいに、返す言葉もなく、何もなく。

 俺はそっと立ち上がって空を見上げた。その隣に詠春様も立つ。

 

「詠春様。俺は何も出来ませんでした。だからこそ、己の全てを賭けて、誰かのために刃を振るいたいと思っています」

 

「……あぁ。君が手助けしてくれるなら、きっとこの惨劇も人は乗り越えられる。どんな絶望も、争いも、手を取り合えば、超えることが出来るんだ」

 

 詠春様の言葉が染み渡る。

 人は、助け合って乗り越えていく。

 そうだ。一人よがりな俺も。

 

「俺も、出来るでしょうか?」

 

「ん?」

 

「俺にも、手を取り合うことが出来るでしょうか?」

 

 空を見ながら語る俺に、詠春様が頷いたような気がした。それがとても嬉しかった。家族という存在が肯定してくれることが、こんなにも嬉しいことだなんて、今までずっと気付かなかったから。

 こんなにも感動した。

 俺は、兄さんが兄さんでよかったって、声を大にして叫びたくなった。

 兄さんは語る。家族として、素晴らしき上司として、俺に対する家族愛が沢山篭った、心に伝わる強い言葉で。

 

「出来るさ。今からだって、傷を癒したらすぐにでも駆けつけよう。助けられる人々を、一人でも守るために……そうすれば、君もただの青山ではなくなる。いつかのように、私の弟、青山ひ──」

 

 ──りーん。

 

 ……俺は。

 俺はまた、かつての名前になれるのか。そしたらまた、兄さんと呼べるんだ。

 元の名前に戻れるのだろうか。その奇跡を思って、俺は瞼を閉じて、思いを馳せた。青山ではなく、青山『  』として。誰かのために、誰かの笑顔のために。

 

「こんな俺が、戻れるのですか」

 

「……」

 

「だが、そうするには俺は罪を重ねすぎました。この惨状。俺の私利私欲が招いた結果です」

 

「……」

 

「でも、そんな俺でも人のために何かが出来るなら。罪を背負ってでも、誰かのために、誰かの生涯を守るために。素晴らしき命を、尊くて、消してはいけない命のために、俺は、俺の全存在を賭しましょう。そして、あらゆる人々と笑顔でわかりあって」

 

「……」

 

「斬ります」

 

 そうして横を見たら、そこには誰も居なかった。

 

 俺の体には新たな赤色が付着している。

 隣に居た詠春様は肉片一つすら残っていない。右手に持った黒の剣は、ぽたぽたと赤い雫を滴らしている。

 赤が散っていた。空一面に赤色の雫。細胞の一欠けらすらない代わりに、飛び散った真っ赤な花びら。

 

 心地よい歌声が響く。

 

 俺は右手に持った黒い刀を振るった。

 飛び散る赤色すらも斬り裂いた。これまでの何よりも手に馴染む最高の刀は、俺の斬撃にだって嬉々として答える。俺が生きるということ。つまり俺が斬るということに全力で答えて、最良の選択肢を選んでくれる。

 そして最後に、くるくると落ちてきた兄さんの頭を一瞬で細切れにした。

 悲しいことに兄さんは死んだけど。だけど、生きるということはそういうことだから、誰もが死ぬから生きていて、フェイトの答えを得た俺の答えもまたそういうこと。

 斬るのは変わらない。

 斬ることを変える必要がない

 なぜならば、大切な命の歌声はここにある。喜びの産声を響かせる斬撃の音色。右手に掴む命の質量は、こんなにも完璧に歌ってみせている。命のあげる素晴らしい声かけがえのない命だから響かせることの出来る全て。

 これが、フェイトの生存が俺に与えてくれた、新たな答え。

 つまり。

 

「ばーらばらー」

 

 生きることは、斬ることだ。

 

 

 

 

 




三章半ばより、分岐開始。

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