「君は、誰だい?」
不意に、男の人の声がする。
ハッとして後ろを振り向くと、白く、そしてレトロな軍服を着た青年が先ほどの榛名を引き連れて佇んでいた。
見れば見るほど“艦これ”の榛名にそっくりである。
「……なんですか?」
「あ、いえ……」
じっと見つめていたのを不審に思われたようで、じっと見つめ返してきた。
反射的に目をそらしてしまったが、もう一度視線を戻し、今度は彼…おそらく提督だと思われる…に向き直す。
「もう一度聴くよ。君は、何者だい?」
まあ、当然の心配だろう。
私だってトレミーに不審人物がいたら尋問するだろう。
ここは警戒心を解くべく積極的に話しかけるべきだろうか、それとも……
「どうした?何かやましいことでもあるのかい?」
「い、いえ、私はトレミラ・グレイスと言います。私設武装組織“ソレスタルビーイング”所属多目的攻撃母艦“プトレマイオス3”のオペレーターをしています」
「…ソレスタルビーイング?私設武装組織?」
私たちを知らない……
もう確定かもしれない。
過去に私たちは世界を相手に戦ったのだ、知らない人がいるとは考えられないからだ。
むしろ過去であることも考えられたが、私たちの歴史に「妖精さん」なんていなかった。
「…ええ、わからないなら聞き流してください。私としてもそれが良いので」
「我々の脅威となる勢力かい?」
「いいえ、私たちは全世界の平和を求めて戦う組織です。むろん、人類も、地球外生命体とも……」
「…深海棲艦とも、かい?」
「必要であれば。私たちの理念は“分かりあうこと”ですから」
ふむ、と彼は考え始めた。
ちょっと不安になって、となりの榛名さんに助けを求める。が、笑顔で返される。
「…我々全人類は、現在突如海から現れた謎の生物“深海棲艦”によって制海権を奪われ、制空権までもが脅かされている」
「…はあ」
「わずか二年で全人類の7割以上を喪い、海洋資源をほぼ全て奪われた」
ここまではまあ、“艦これ”と同じような設定である。
「そこに現れたのが、榛名をはじめとした“艦娘”と呼ばれる少女たちだ。彼女たちは妖精と共に何処からともなく現れ、我々に深海棲艦に対する対抗手段を与えてくれた。まあ、彼女たちがそうなのだがね」
「私たち艦娘は、過去に沈んだ軍艦の英霊が核となって建造されます。根本的に人間とは違いますが、人間と子を成す事もできます。言ってみれば犬の品種が違う程度だと考えてください」
へぇ、それは知らなかったな。
「また、それによって生まれた子は男児は人間、女児は艦娘となります」
考えてみればそうなのか。男の子の艦娘なんて聞いた事も無いもの。
「つまり、艦娘の発生事案は、建造、出産、そして浄化の三パターンとなっている。ちなみに浄化とは、深海棲艦となってしまった艦娘を、再び艦娘として掬い上げることを指す。まあ、こちらは少々難ありだがな」
「…わかりました」
「さて、君はこの三パターンのうち、建造で出現したわけだが、この場合、自ずと自身の名前がはっきりしているはずだ。何か思い出せないかい?」
「私は………」
突然、脳裏に電流が走る。
過ったのは、記憶……?
スメラギさんや、英雄刹那、ライルさんみたいな人、紫色の人、アレルヤさん、知らない人もいるが、そこは古い資料で見た、初代トレミーの操舵室の様子だった。
それから戦いになり、大勢仲間たちが死に、トレミー自身も大破、轟沈するまでその映像は続いた。
「…私は」
私はトレミラ・グレイス。
でも、この身体、この記憶は彼女のものだ。
ならば、この名を名乗らせてもらおうか。
「私の名はトレミー」
かつて、世界から戦争を根絶するために立ち向かった、ソレスタルビーイングの旗艦。
その名を…
「多目的MS輸送艦プトレマイオスです。どうか、お見知りおきを」
この世界にソレスタルビーイングは存在しない。けれど、争いは、ある。
ならば、だ。
私の戦いは、これから始まるのだ。