提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮)   作:台座の上の菱餅

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※7月3日乃黒の口調を修正しました


第7話

 

 

 

 水平線に日が落ちる頃、穏やかだった海は風によって少し荒くなっていた。

 夏場のためか、このぐらいが丁度いいと上機嫌になっていた乃黒は、海流に身を任せて横須賀へと向かっていた。

 

 資材集めの際、遠出はするが横須賀までは赴くことは無かったので、少しワクワクしているのが反面、一抹の不安も感じていた。

 これから向かうのは、言ってしまえば敵の本拠地。

 下手なことを言えば、間違いなく戦闘になることは見えている。

 背で眠っている響には悪いが、適当な浮き具を作って放り投げた方が安全だ。

 

 しかし、そうなると背中にズドンと言う場合もある。

 不安の次には不安しか生まれず、若干気分が落ちたため思考を振り切った。

 

「もうすっかり暗くなっちまったな……」

 

 青く輝いていた海も、既に真っ黒な墨汁のように見える。

 下から何か飛び出してきそうな具合の色合いだが、そんなものは既に慣れた。

 少し落ちてきた響を背負い直すと、海流ではなく自分の足で進み始めた。

 

 今思えば、少し舐めていたのかもしれない。

 燃料温存の為なら時間を掛けても構わないと思っていたが、少し掛けすぎたようだ。

 時刻は大体0時だろうか、月は真上に上り肌寒い風が吹いている。

 予定では半日で到着する筈だったのにも関わらず、これは一日掛かってしまうのではないだろうか。

 

「んぅ……」

 

 内心自らの不甲斐なさに嘆いていると、後ろから可愛らしい声が聞こえてくる。

 何時から気絶していたかは知らないが、少なくとも半日ぶりのお目覚めだ。

 

「おはようさん。よく眠れた?」

「っ……!?」

 

 少し胡散臭くなってしまったが、落ち着いた声で話し掛ける。

 一瞬だけ驚愕の表情を浮かべた響だが、乃黒が片手に持っている艤装とおんぶされていることを確認すると、少し警戒はしているものの眠たげな目に戻った。

 

 双方口を開くことはなく、ただただ沈黙が流れ続ける。

 やはりこの状況が不可解なのか、響は疑問の混じる表情で声を掛けた。 

 

「少しいいかな」

「何?」

「いや……至極簡単な事さ。この状況を簡易的にでもいいから説明してほしいだけだよ」

 

 外見には似合わない大人びた言葉に驚く乃黒だが、苦笑いを浮かべながら経緯を話す。

 

 釈然としない表情で話を聞く響だったが、唐突に彼の言葉を遮るようにして口を開いた。

 

「私を助けてくれたのは分かったし、素直に礼を言うよ。だが、何故私を助けてくれたんだい?見たところ、君は深海棲艦のようだが?」

 

 漸くそれを聞いてきたか、と内心溜め息を吐きつつ、笑いながら話始めた。

 

「まぁ深海棲艦ってことは合ってるけどさ……何だろうな。多分、俺が自分勝手な人間だかじゃないのかい?」

「自分勝手な人間?君は深海棲艦ではないのかい?」

「うんや、深海棲艦だよ。でも、まだ全部が全部深海棲艦では無いんだと思う。だから自分勝手なことができるし、自分勝手な人間なんだよ」

 

 つまり、助けたいから助けたのさ。

 

 最後にそう付け加えると、それでも納得いかないような表情を浮かべる響に笑い掛けた。

 納得できないが、そういう事なのだろうと自己解決させた響は、気の抜けたように頭を乃黒の背中に預けた。

 

 一向に見えることのなかった横須賀鎮守府も、水平線上に霞んで見える程度の距離まで来る。

 睡魔が襲い掛かってきたが、後少しの所だ、と気合いで踏ん張る。

 長時間眠っていた為か、響の方は眠くないようだが、深夜を過ぎて夜が明けそうなのだ。

 心配そうに、申し訳なさそうに見詰める彼女に出来る限りの笑顔を見せると、まだ少しだけ速度を上げた。

 

 

 

 

 

――横須賀鎮守府――

 

 その頃、横須賀鎮守府の港では、遠い目で海を眺める者が居た。

 

 暁型一番艦『暁』だ。

 

 四人居る姉妹の中で長女の彼女は、遠征の最中に消息不明となった妹の響の事を考えていたのである。

 鎮守府の中でも、最も長く同じ時間を過ごしている響が、居なくなった。

 帰ってきた軽巡の天龍にそれを告げられたとき、真っ先に艤装を持って海に飛び出そうとしたのは彼女だった。

 

 曰く、遠征の最中、不幸にも敵艦隊と交戦となり、響が他の子を庇い、当たりどころが悪かったのか気絶。

 相手には何隻か強い個体が居たらしく、響を連れての撤退は難しかったようで、仕方なく見捨ててきたようだ。

 

 自分を殴ってくれ、と言った天龍も、罪悪感と不甲斐なさを感じていたのか、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 報告を受けた提督は脱力したように椅子に倒れこんだと言う。

 

「…………」

 

 それからと言うもの、口には何もつけず、一睡もせずに彼女の帰りを待っていたのだ。

 彼女がどれだけ大切な存在なのか、これ程にも痛く実感させられるのは、夢の中のみであってほしいと強く願った。

 

 ふと、後ろに気配が現れ、振り向くとそこには提督が居た。

 軍では珍しい女性提督の彼女は、何時もの明るい雰囲気はなく、沈んだ雰囲気が取り巻いている。

 

「……体、壊しちゃうよ。中に入ろう?」

「…………」

 

 毛布を暁に掛けるが、帰らない、と彼女は横に首を振った。

 

「隣、座るね」

「…………」

 

 虚ろな目で只々水平線を見詰める暁は、まるで脱け殻のようだった。

 静かに隣へ腰を下ろすと、同じように腰を下ろした。

 

 静寂の中に波の音が響き渡り、やがて赤い夕日が二人を照らす。

 肌寒い空気が彼女等の肌を撫でると、暁は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……あのね、司令官」

「なぁに?暁」

 

「私……やっぱり子供なんだ」

 

「なんで、そう思うの?」

「一人前のレディとか……沢山言ってきたけどね、妹一人守れないお姉ちゃんの何処がレディなのって。

 

 もしかして、私が強かったら、一人前のレディだったとしたら、ちゃんと響を守れたかもしれないのに……」

 

 悔しそうに、掠れた声を震わせて出す彼女の姿は、見た目相応の少女だった。

 けっして彼女は悪くないのに、姉としての何かを感じたのだろうか。

 

「そっか……」

「うん……」

 

 気付けば、彼女の目から涙が溢れ出ていた。

 

 

 

 

 

 突如、哨戒機に反応があったのかベルが高い音を響かせる。

 突然の襲撃に驚く二人だったが、暁は艤装を取りに行くため、提督は指令を出すために鎮守府へ入ろうとするが……──

 

「司令官!!すぐ其処まで来てるわ!!」

 

 もう姿が捉えられる程度の距離。

 この距離になるまで哨戒機が気付かなかったのが疑問だが、どうするか考えるのが先だ。

 

 しかしこの状況、絶体絶命、そう言うに値する窮地だ。

 どうするか悩む時間さえも無く、砲撃されて死ぬのは目に見えている。

 せめて暁だけでも、と作戦を伝えるべく口を開こうとした。

 

 しかし、何時まで経っても相手が砲撃することはなく、第一艦隊の娘等が出てきても、相手からの攻撃は一切無かった。

 加えて、よく見ると此方に手を振っている。

 疑問符を浮かべる全員だが、目の良い艦娘や偶々気付いた艦娘等は目を見開き、口を開く。

 

 

「響だ!!響が帰ってきた!!」

 

 何者かに背負われ、此方に手を振っているのは、紛れもない響だ。

 ある者は自身の目を疑い、ある者は響を背負っている者を凝視する。

 そんな中、暁だけはあれが本物の響だと瞬時に理解し、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「あっぶねー……燃料ギリッギリじゃないか」

 

 燃料が底を尽きる前に、何とか鎮守府に着くことが出来た乃黒は、蓄積した疲労の余り、大の字になって寝転んでいた。

 ふと響の方を見ると、幾人かの者に泣きつかれ、姉のように頭を撫でている。

 紛れもない達成感に体を包み込まれそうになるが、オドオドと此方へ話しかけたそうにしている軍服の女性の方へ顔を向けた。

 

「礼ならいらんよ。好きでやった事だし」

「……それでも礼を言わせてください。私の艦娘を助けて戴き、本当にありがとう御座いました……!!」

 

 今にも泣きそうな声を絞り出す彼女は、どうやら提督のようだ。

 余程艦娘達の事を大切に思っているのか、と少し笑みを浮かべると、謙遜するように手を振りケラケラと笑った。

 何を笑っているのか、数名から怪訝そうな目で見られるが、乃黒は笑いながら口を開く。

 

「いや、さ。まさか"深海棲艦"なのに人間に礼を言われるとはね。まるで皮肉のようだよ」

 

 大半が、もう既に気付いていたのだろう。

 明らかな敵意の籠った視線が感じられ、殺意すらも伝わってくる。

 が、響を助けたのは事実な為、若干は和らいでいるようだ。

 

「……助けて下さったのは事実ですし、貴方に敵意が無いのは分かりますが……、此処に来て交戦になることは考えていなかったのですか?それとも……」

 

 申し訳なさそうに話す提督だが、刹那広がる凍った空気に口を噤む。

 乃黒を挟んで向かい側には、弓を乃黒に向けた一航戦と、砲口を向ける"不知火"の姿があった。

 

 不気味な笑みを浮かべる乃黒は、背後を見て一つ言葉を吐く。

 

「よっす、久し振りだ空母方。そして町の中に居た嬢ちゃん」

 

 

 

 


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