提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮)   作:台座の上の菱餅

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第2話

 

 

 ワンパン大破。

 

 彼女等の状況を指すのだとしたら、それが一番正しいのだろう。

 六対一にも関わらず、数の差を越えた射撃の精密さ、威力、洞察力。

 一人一人が少しずつ追い込まれて行き、遂には全員大破まで追い詰められたのだ。

 

 晴天だった天気が、曇天に変わり、その場の状況の全てを現した時、彼は浮かばない表情を浮かべる。

 

 自分がしたかったことを全て忘れ、体の向くままに迎撃したが、後になって失敗したと悔やむ彼は、撤退の準備をしている彼女等の姿を、傍観するように見詰めていた。

 その姿は、誰が見ようと黄昏れているようなものだろう。

 

 陸は近い。多分、それはきっと、本土なのだろう。

 自分は強い。途中に敵と出会しても、必ずと言った確率で撃退出来るだろう。

 しかし、それは果たして。この状況は果たして。

 

 "最善"の行動なのだろうか。

 

 きっと、いずれ忘れ去られる、人間の自分が何かを殺すのが許せないのだろう。

 きっと、いずれ本物になる、深海棲艦の自分がそれを許せないのだろう。

 

 だとしたら、自分は何をすれば正解なのか?

 

「……」

 

 撤退し始める、彼女等艦娘達。

 しかし、それに何ら悲しみはなく、怒りもなく、嬉しみも無い。

 疲労が少し蓄積した腕を眼前に持ってくると、何故か大粒の涙が溢れた。

 

 

 

「いったたた……何なのかな~、あの深海棲艦は」

 

 剽軽な声を上げて、顔をしかめつつ右肩を押さえる北上。

 痛々しい怪我と、ボロボロになった艤装が先の戦いを語っていた。

 

「これは、大本営に報告するべきでは?あの深海棲艦は戦艦棲姫等よりもよっぽど脅威になります」

「えぇ、全員満身創痍に対し相手は無傷だものね」

 

 旗艦の加賀が無言で歩くのに対し、大井は不安を持ったような感情で、陸奥はそれに賛同する声を上げた。

 服が裂け、今にも倒れてしまいそうな姿をした加賀は、少し気落ちしたような表情で背後の皆に視線を向けた。

 

「恐らく、あの深海棲艦がいる限りは海域を進めることは出来ません。それより、誰も欠けずに帰ることが優先です」

 

 凛として話す加賀の声が鼓膜を震わすと、皆は軽く頷いた。

 

 雨が降りそうな曇天に少量の不安を抱かせつつ、海上を出来る限りの速度で走る。

 行きでは活気付いていた六人も、流石に気落ちしたようで、その場では静寂が辺りを支配していた。

 

 何発打とうと当たらない主砲に、制空権を無視された攻撃。

 まるで全てを見透かしたかのような回避、魚雷への対処。

 アレがいる限り、海域を進めることが出来ないというのは、彼女等の士気や気分を下げるにはお釣りが程のものだった。

 

「……」

 

 その中、一人だけ、あの深海棲艦の……彼の姿をはっきりと、見ることが出来た赤城は、何処かでまた会うであろう彼に、何か懐かしい物を淡々と感じていた。

 それは、後にとある軋轢を生むことになるのは、まだ誰も分からない。

 

 

 

 壊れかけの鎮守府へと戻った彼は、目を赤く腫れさせながら、人気の無い工廠に一人寂しく佇んでいた。

 しかし、その場の雰囲気とは裏腹に、その表情は驚愕に染まっている。

 目線の先にあったのは、此処に居る筈の無い二頭身の"妖精さん"だ。

 

 海から戻り、廃墟と化した鎮守府の中で暇潰しをしていた彼は、奇遇にも工廠へ辿り着いた。

 使えるものは無いかと探してみると、其処に居たのはなんと妖精。

 自らは深海棲艦であり、加えてこの鎮守府は半壊以上の状態だ。

 不思議にも、疑問にも。双方の思いを重ねて尋ねてみると、

 

「貴方の艤装に付く妖精ですよ!!」

 

 と、至極元気そうな声で返される。

 詳しい事を聞くと、どうやら黒い弓の艤装に付いている妖精らしい。

 自身は深海棲艦の筈なのだが?と疑問に思った彼は、その事を妖精さんに尋ねてみると、貴方は深海棲艦だったのか?と高笑いされたのは余談なのだろうか。

 

 しかし、自らが深海棲艦の体を持っているのは分かるが、してこの妖精さんはどう説明すれば良いのだろうか。

 聞いてみたところ、この子は矢を生成してくれているらしく、自らの出す矢はこの妖精がしてくれていたのか、と今まで触れてこなかった疑問が解決したのは知らなくても良い。

 

 もしかして、自分は深海棲艦とは少し違う存在なのかもしれない、と答えの出ない疑問を作ると、妖精さんを連れて一番綺麗な艦娘の整備室へと足を運んだ。

 

「んで、俺は深海棲艦とは少し違うけど、深海棲艦と本質が似ているってこと?」

「私が思うに、そうだと」

 

 偶々置いてあった布巾で弓を拭きつつ、神妙な顔付きで妖精さんに応える。

 妖精さんは暇なのか、矢を出したり仕舞ったりしている。

 

「成る程ねぇ~。つまり、似ているだけで深海棲艦とは違うし、艦娘とも違うって事か」

「解釈はそれで違えていませんね」

 

 そう言うと、妖精さんは胡座をかいている彼の膝上にちょこん、と乗った。

 

「何か、凄いな。それよりさ、この鎮守府とか直すこと出来ない?」

「直す、ですか。出来ないわけではないですが……資材とか、その他にも資材とか、あと資材とかが皆無ですからね!!」

 

 つまり、資材が無くて無理。

 はぁ、と溜め息を吐き、弓を拭く手を止めるとガクリと項垂れる。

 資材か……。遠出して集めてくるか。と言うより其れしか道は無い。

 衣食住の住を快適にしたいだけの私欲な為、正直そこまで重要性は感じられないが。

 

 そうと決まれば早速出掛けよう。

 そう決めた彼は、肩に妖精さんを載せると海へ足を付けた。

 

「さて、と。全ては衣食住の為に、いざ!!」

「えんせいだー!!」

 

 結局ボーキサイト以外が五十ずつくらい取れた。

 

 

 

「飯は作れるようになったが……。後は、鋼材諸々が千ずつ、か……」

「ちょっときついですね……」

 

 遠征という名の遠足の最中、銛で突くようにして捕った魚を焼き、適当に海水から作った塩を掛けて頬張る二人。

 妖精さんは、彼がほぐした魚の身を、ミニマム矢を箸代わりにして食べている。

 

「あ、そーだ」

「?」

 

 口の中いっぱいに詰め込んでいた魚を飲み込むと、思い出したように声を上げる彼。

 

「いやさ、名前が無い訳じゃん?俺の。そこでお前に決めて貰おうと思うのよ」

「……あー、そういうことですか……」

 

 そう言うと、彼女は腕組みをして、開いていた口を閉じる。

 自分の名前を真剣に考えてくれているのに対して少し嬉しくなった彼の頬が緩む。

 暫くすると、ぽん、と手を叩き、思い付いたような仕草をして彼の方を向く。

 

「黒騎士なんてどうでしょうか!!」

「くろきし?う~ん……厨二くさぁい……あ、こいつを指しての名前か?」

 

 そう言って弓を指すと、コクリと頷く妖精さん。

 膨大な厨二感と、絶対引かれるであろうおかしさに、それがいいとは間違っても言えない。

 

「う~ん……じゃあ、乃黒なんてどうでしょう?」

「のぐろ?何故に?」

「ホラ、"乃"って弓から弦をはずした形をさしていて、それでもってその弓はくろい。だから乃黒なんですよ!!」

「な、成る程……」

 

 先程とは違う真っ当な提案に、少しだけ拍子抜けさせられる彼。

 乃黒。乃と黒、合わせて『ノグロ』と読む。

 何処か普通ではなくて、何処か普通なその名前は、どうにも彼の心に響いた。

 

「乃黒……か。乃黒ね。いいじゃん。よし、それに決定!!」

 

 そう言うと彼――乃黒は、妖精さんを自分の方へ抱き寄せる。

 少し驚く妖精さんだが、それよりも羞恥心が働き顔を赤く染める。

 

「ど、どうしたんですか!?」

「よし、今日から俺は乃黒、お前は『モモ』っつー事で行くか!!」

 

 それは単なる見解にすぎない。桃色の髪をしているからモモ。単純に、ただそれだけ。

 

「モモ?私のなまえですか?」

「あぁ!!」

 

 そう乃黒が言うと、彼女――モモは、小さな頭を少しだけ動かし、頷いた。

 

「よろしくな、モモ」

「よろしくおねがいします、乃黒さん」

 

 乃黒は孤独を消してくれる彼女に、モモは自分を守ってくれるかもしれない彼に、それぞれ名前を付け、御互いに握手をした。

 

 それは、これから始まる一つの話が始まった合図でもあり、『人間に近付いた軍艦』ではなく、『軍艦に近付いた人間』が生まれた瞬間でもあるのである。

 

 

 

 

 

 


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