提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮)   作:台座の上の菱餅

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過去編入りまーす

※一部切りました。


第14話

 生まれたときにはもう既に海は人類の物では無かったし、深海棲艦と言う存在が闊歩する世界に対して何ら疑問を抱くことはなかった。それが当たり前だった上、疑問を抱く余裕もなかったから。

 それでも、と。やはり一つ疑問に思うことがあった。それは存在に対する根本的なものではなく、人に対する純粋な、それこそ子供の無邪気な問である。

 何故、人は艦娘と言う存在を信頼しているのか。

 何故、艦娘は人と言う存在を信頼しているのか。

 その疑問は彼等の絆に対する大きな冒涜であり、しかし乃黒の奥底にある不信感を掘り返す。──不安になった。建造、と言う名に於いて、訳も分からない存在へ心を許すことが、余りにも愚かだと感じた。軍艦が人に? 自我を持つ? 周りにも、確かに畏怖する者も居た。しかし、それはクーデター等に対する杞憂であり、彼が感じていたのは違う。

 ──何が起こっているんだ。世界は変動し続けている。新しい、と言えば違えているかもしれないが、今まで見ることのなかった艦娘が、過去の戦の産物が顔を現す。それと同時に、人を害する深海棲艦が現れた。

 この茶番にも似た三文芝居がどうにも薄ら寒く感じたのだ。

 

 彼の者たちが人を欺くなど、容易いことだろう。確立した敵対関係を戦闘によって示し、片方が味方と言えば追い詰められた人類はそれを信じる。四則計算よりも簡単だ。

 

 彼にとって、艦娘とは深海棲艦と差違の無い存在だったのだ。

 

 幼き頃見掛けた、人と親しげに話す艦娘の姿は今も尚覚えている。あの笑顔の裏に秘められている感情こそ、彼の心の内で疑問と恐怖のドアをノックするのだった。

 

 

 ***

 

 

 「今日から俺も部下を持つとはなー」

 

 煙草を咥え、執務室の窓から海を俯瞰する彼は今日から毎日眺める事になるだろう母港に居る者へと目を向ける。──見た目こそ幼気な少女だが、その存在として根本を見詰めるとそれは軍艦である。確か、今日から自分の初めての部下となるのは"不知火"と言ったか。彼にとって、駆逐艦だろうと戦艦だろうと存在の定義が揺るぐことはなく、それこそ近付きたくもない恐怖の対象であるのだが。自分の采配能力を恨んだことはこれで二度目だ。海軍の隅っこで働く雑用が、今や一鎮守府を持つ提督である。

 不可抗力で進んで行く人生という景色に、彼は皮肉じみたものを感じる。何せ、彼が嫌悪感を持つものこそ写り混むのだ。こうやって、艦娘や深海棲艦と最も近くに居る人間である提督になることは、やはり彼が最も望んでいないことだった。

 

 暫くしてやって来た迎えについて行き、漸く自分の部下となる者と対面する。高揚など微塵もない。強いて言うなら、格式張った風に一々

顔を合わせることが憂鬱で仕方がなかった。関係性をこれ以上深いものにしたくない、それが彼の心の内で最も大きい意思だ。

 煙草を灰皿に潰すと、勲章だらけの上着を羽織、ゴテゴテの帽子を被る。彼を海軍へと誘った初老の男が着ていたそれらは、男が今まで成してきた偉業を現していて、自分が身に付けてはいけないものだろうと彼は溜め息を付く。

 周囲の目だって宜しいものではなかった筈。それでもあの男は笑って彼の肩に上着を掛けるのだ。曰く、相応の男にお前は成る、と。

 意味が分からなかった。それでも彼は羽織る。それしか無いからという理由もあるが、男から貰った物こそ、尊敬する者から貰った物こそ、彼の宝物だからだ。

 

 閑話休題。

 

 腰の軍刀に軽く手を掛けつつ、胸を張って不知火の前に出る。仏頂面、いや無表情の鉄仮面を被りその場で佇む不知火は、非の打ち所のない敬礼をした。

 

 「陽炎型二番艦、不知火です。本日からこの鎮守府で、貴方の下で──」

 「世辞は良い。さあ演習場へ急げ、訓練がてらに性能確認を始めよう」

 

 彼は不知火に一瞥のみくれると早々に踵を返す。淡白、よりも酷く、意図して遠ざけていることを隠そうともしない姿勢に、不知火は眉のひとつも動かさず後ろに付いて行く。単に感情を隠すのが上手いのか、それとも何も感じていないのか。一抹の不気味さを感じつつも、無言で歩を進めて行く。不知火の艤装が擦れる金属音だけが道に鳴り響く。離島に建てられた鎮守府の規模はたかが知れており、移動に殆ど時間は掛からなかったものの、彼が体感した時間こそ十分は下らなかった。

 

 ──さて、と。彼は幾通りか考えていた。勿論、不知火の性能を確認する方法だ。と言っても、一隻しか居ないため出来ることなど限られており、出来るとしても精々的当て程度だろうか。単純な射撃性能を見るには丁度良いと、早速彼は不知火に告げる。

 

 機械の様に──実際そのままなのかもしれないが──淡々とこなしてゆく不知火。どの距離、どの角度、どの体勢からも的の中心を撃ち抜くその性能は、些か彼に疑問を抱かせる。

 

 ──何か強くね? と。

 

 資料には出撃と演習を一度もしたことのない建造されたばかりの艦娘、と記述されていた筈だが、どういう事か。果てには水面から跳躍し、逆さまの状態で的を破壊した不知火に、彼は感嘆の声を漏らす。

 演習用に作られた弾は殺傷能力が皆無と言って良いため、的が木っ端微塵になることなどあり得ない事では無いが、常識を脱している。

 

 「って、なんだこれ」

 

 もう一度資料を確認すると、箇条書きで綴られている興味深い箇所を発見した。

 不知火と言う個体として見たときに異常として捉えられる部分を摘まんで挙げたものである。

 曰く、建造当初から驚異的な戦闘技術を持っていたのこと。また、それに伴うように精神的異常を抱えているらしい。

 取り敢えず戦闘技術に関しては納得する。しかし、こんな個体を何故新任の自分の下へやったのだろう。扱い切れないというなら、解体するなりすれば良いものを。

 ──自分の部下となる不知火が改二実装の実験から生まれた"欠陥品"だということは聞いていた。だからこそ、早急な性能確認を行ったのだ。しかし、欠陥品と言うには性能面で"良すぎる"。

 彼はもっと、部位欠損の様な酷い状態を予想していたのだ。そうでなくとも、戦闘に於いて致命的な欠点が存在するのだと思っていた。しかし、予想は大きく外れ、それどころか混乱する事態である。 

  

 「他の有象無象とは違う力をご理解戴けたでしょうか。"貴方如き"が私を上手く使えると良いですね」

 

 何処か、と言うより明らかに棘のある言葉を投げ掛ける不知火。しかし彼は寧ろ更に顎に手を当て思考に更ける。

 やはり、おかしい。一度、不知火と言う個体としてなら見掛けたことがある。幼少の頃だが、彼の記憶の中では此処まで刺々しい性格をしている者ではなかった。

 それでも、精神的異常として捉えるにはかなり言葉の方が過剰である。多少個体差があることを許容範囲として認めれば、この程度誤差の範囲であろう。

 

 「ふむ、いよいよもって分からないね」

 

 この疑問は本人に聞くしかない。陸に上がる不知火に無言で資料を渡すと、開口した。

 

 「これは本当に君のデータ?」

 「……さあ。断言することは出来ません。しかし、心当たりのない言葉ばかり並べられているので違うのではないでしょうか」

 「……うぅん?」

 

 本人がそう言うのだからそうなのだと信じるしかない。と言うよりも、彼自身この資料が彼女の物と言うのなら納得が出来ないのだ。果たして、誤差の範囲とは言い難いデータに苛立ちを隠すことが出来るだろうか? いや、出来るわけがない。そう心の中でごちる彼に、不知火は思い付いたように口を開いた。

 

 「いえ、心当たりは一つありましたよ。勿論、私に関してではなく、その資料が誰の物かと言う疑問に対してですが」

 「へぇ、それで?」

 「──もう一人ですよ」

 

 一瞬、意味が分からなかった。と言うよりも、言葉の数が少なすぎて理解が出来なかった。もう一人ですよ、つまり誰かもう一人この鎮守府へとやって来るのか。他の艦種だろうか。しかし、資料には一種と言っていた筈。疑問に疑問を重ねる彼は、徐に不知火が指差した方向へと目を向けた。

 

 「ほら、丁度」

 

 小さな輸送船が水平線の向こうから顔を出す。駆逐艦、ここまで索敵広かっただろうかと首を傾げる彼だったが、一先ず母港へと着いた輸送船の船主に話を聞く。

 どうやら知らないのは彼のみだった様だ。情報伝達がなっていない、不満を少々垂らした後にやけに堅牢な小さいコンテナを母港で受け取る。中から聞こえる暴れるような音が、彼の嫌な予感を引き立てる。

 軈て、船主から大本営の手紙を渡された。

 

 「……一種って、そう言うことか」

 

 確かに、一種だが二隻(・・)ではない、なんて誰も言っていなかった。

 コンテナが開く。中から何が出てくるのか──なんて、もう分かりきっていた。

 

 「…………ッ!!」

 

 桃色の髪に、つい先程まで見ていた艤装と制服。差異があるとすれば、髪を結んで居ないところか。フラフラと覚束ない足取りと、憤怒に燃える表情が先の不知火とはまた違う箇所を示している。

 もう一人の不知火。因みに、資料については手違い。彼は盛大に溜め息を吐いた。

 

 

 ***

 

 

 「成る程なぁ」

 

 二つの資料を見比べて溜め息を吐く。片や単なる欠陥品、片や重度の欠陥品。

 二人の差異はその度合いのみで、他は殆ど無いと言って良かった。しかし、それは資料の上でのみの話である。現実は大きく違う。

 片や、戦闘も任務も着実にこなすだろう完璧な艦娘に見えて、その実協調性の無い任務行動の出来ないの艦娘。

 片や、声帯を持たず、また思考能力が致命的に欠落した艦娘。

 

 面倒臭い。煙草に火を付けると、大きく吸い大きく吐く。

 

 「腫れ物扱いも、遂には掃き溜めか」

 

 

 ──離島の鎮守府に着任しました。 

 




なんか、納得がいかない

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