提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮)   作:台座の上の菱餅

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( ・ω・)ゞ
スッ

( ・ω・)⊃12話
サッ

ω・`)
遅れてゴメンナサイ


第12話

 「──ぅん……うぅ」

 

 ──目が覚める。

 お世辞にも良い朝とは言えないが、それとは反対に、悪い朝とも言いにくい。微妙という感想がよく似合う朝。

 欠伸を一回。

 眠気覚ましに顔を洗うと、序でに歯磨きを済ませ、髪を梳かす。慣れた手つきで髪を後ろで一纏めにすると、ベッドの横に掛けてある制服を掴んだ。

 

 いつも通り変わらない朝。未だ寝ている姉は起こさずに、そっとしておく。まだ早朝五時前の時間帯に起こされても迷惑この上ないだろうし、起きる意味もない。

 

 けれども、彼女は起きる。何となく、この時間帯に起きれば良いことがあると思っているから。それは何故か、考えても答えが出ることはない。

 つまりは漠然とした習慣なのだ。特に意味はないが、皆が起きていないだろう早朝に起きる事が、彼女の習慣として強く根付いていた。

 

 「少し、肌寒い」

 

 それでも彼女は海へと向かう。泳ぐわけでもなく、大海原に立つのでもなく。その途方もない地平線を眺めるために。

 

 彼女──不知火の一日が始まる。

 

 

 「ちょっとー! 何で起こしてくれなかったのよ不知火ぃー!」

 

 起床時刻ギリギリの時間帯に、煩い声を上げながら慌てて制服に着替える彼女の姉、陽炎。何時も変わらないその姿に、不知火は安心感を覚える。

 

 「いつも目覚まし時計を止めているのは陽炎ですよ。二度寝するからいつもこうなる……」

 「そーだけども!」

 

 何とか間に合った陽炎は少し頬を膨らませながら、不知火と共に廊下を歩く。

 

 大規模であるこの鎮守府は、それに比例して艦娘も多い。その分だけ部屋があり、その空間の数だけ不知火達のようなやり取りが行われている。

 つまり、朝の鎮守府は非常に煩いのだ。駆逐艦のみならず、軽巡や重巡までもが同じ様な寝坊未遂をする始末である。

 誰が起こさなかった、誰が何をした、誰が何を溢した、だの。

 

 不知火は淡々と思った。訓練が厳しいという面もあるが、それにしても乱れて過ぎているのではないか、と。

 

 「……早く食堂へ行きましょう」

 

 しかし、どうでも良い。そう結論付ける。

 彼女にとって他の者がどうなろうと構わず、強いて言うなら"以前所属していた"鎮守府の連中──と序でに陽炎も含め──それ以外に興味など微塵もない。

 例えば他の艦娘が沈んだとしよう。それが何の接点もなく、ただ同じ艦娘という括りで同じ鎮守府とカテゴライズされるだけにすぎない誰かが死ぬ。しかし、不知火から言えば心底どうでもよかった。

 当たり前だ。戦場で誰かが死ぬことなんて当然。敵だろうと、味方だろうと。相手を殺すことが共通目的であるその場に於いて、誰がいつどう死んでもおかしくはないのだ。

 

 ──……なんて。物騒ですね。

 

 少し巫山戯るように自分を咎める不知火。

 郷に入っては郷に従え、この鎮守府ではその概念を切り捨てなくてはならない。それが最も意味のある、メリットの多い行動であり、感情論こそ必要とされている。

 以前なら鼻で笑っていただろう、そんなこと。

 

 "彼"に出会う以前なら。

 

 「……おーい」

 「っ! す、すみません」

 

 突然立ち止まった不知火に、陽炎は怪訝な目で見詰める。思考の波から抜け出すと、今度は彼女が慌てて駆け寄るのだった。

 

 

 「しっかし、不思議な事もあるんだねー」

 

 トレーに乗ったカレーを口に運びながら、ふと陽炎がそんな言葉を漏らす。その目は不知火に向けられていて、向けられた本人は何のことかと首を傾げる。

 

 「この前のさ、不知火が前にいた鎮守府の司令官に似てたっていう深海棲艦」

 「……ああ、その事ですか」

 

 複雑な表情を浮かべる不知火。彼女は未だに、あの日の事を引き摺っていた。

 

 あの日、不知火は混乱していた。

 母港の方が何か騒がしい、と陽炎に連れられ行ってみれば、其処には空母二人に矢を突き付けられながらも笑みを浮かべる"彼"の姿。

 この鎮守府に於いて、彼のことを知るものは不知火しか居らず、だからこそ彼女だけは混乱してしまった。

 

 何故彼がここに? と。しんだのではなかったのか? と。

 訳も分からず、只管混乱した。

 

 そして、彼女はひとつの結論に至る。目の前にいる存在は、彼を彼の許可なく模した紛い物──つまり偽物なのではないか、と。

 根本的に、自分という艦娘の存在すら根本まで理解していない不知火にとって、深海棲艦など最たる未知の領域である。

 だからこそ、そう思った。

 

 砲口を突き付け、睨み付ける。けれども返ってくる声は、あの日失った彼そのもの。

 動揺した。けれども、表には出さない。出すことはできなかった。それはまるで彼の存在を否定するようで。

 

 彼が飛び出して行くとき、不知火はただ追い掛け、彼を呼ぶことしかできなかった。その腕を、服を掴むことはできなかった。

 

 「"彼"は『彼』なのか……」

 

 それさえ分かれば楽なのに、と。今は誰にも知られることのない未来を考えながら、食事を口に運ぶのだった。

 

 

 ***

 

 

 「訓練、ですか」

 

 提督に渡された資料を見て溜め息混じりに廊下を歩く。今更感の拭えない靄々に、思わず不知火は眉間にシワを寄せた。

 訓練と言えば、演習や砲撃訓練など様々なものに渡るが、今度の場合は後者に当たるもの。不知火には既に必要ないそれに、腫れ物扱いされていることを容易に理解できた。

 

 ──あの人だったら……。

 

 ふと、彼のことを思い出す。彼だったらきっと、演習のみならず一人だろうと出撃させて、付きっきりの訓練をしてくれただろう。彼だったらきっと、もっと効率的に出来ただろう。

 彼だったら、彼だったら……と。

 

 我に返ると不知火は一人で頬を紅潮させる。 一体何を考えているのだ。まるで"恋をする少女のよう"ではないかと。

 厳密に言うとそうであるのだが。

 彼が全てを教えてくれた故に、そう言った感情を不知火は理解していない。だからこそ、自分の中での想像の範疇で物事を考える。

 つまり、彼女は自分自身が恋をしていることに未だ気付いていないのである。

 

 そんなことはいざ知らず、不知火は整備の終わった艤装を受け取ると演習場方面の訓練所へ足を運ぶ。

 その足取りはまるで、無償の仕事に当てられた者のようである。

 

 ──根本的に、不知火は欠陥品だ。

 それは決して悪い意味だけではなく、良い意味も含んではあるが、建造の際に何らかの支障が生じた末に出来た欠陥品には違いない。

 

 後者で言えば、圧倒的に性能が高いという面か。判断力、身体能力、反射神経、戦闘技術、元の性能……等々。艤装から産み出される火力などに於いてあまり変化はないが、並外れたその『兵士』としての大きな力は、駆逐艦としての彼女の範疇を広げる。

 

 そして前者の、悪い意味。それは、先述した通りの性能故に生じる、協調性の崩壊。

 自分の範疇だけで判断をする不知火にとって、自分以上の者ならまだしも自分以下の程度しか持たない者と肩を並べて戦うことなど苦痛であり、枷となる。

 例えば出撃で、例えば演習で。一人で何隻もの戦艦を沈める反面、味方とのコミュニケーションを取ることの出来ない不知火は、結論から言うと欠陥品なのだ。

 

 しかし、だからこそこんな効率の悪い訓練は、と不知火は考える。

 

 もう砲撃訓練など必要ない程度には技術を持っているつもりである彼女にとって、本当に無意味な時間である。

 基礎は確りしていた方が良いと言う。しかしそういう問題ではなく、完成したものを完成させようとするのが問題なのだ。最早言葉的にも可笑しい。

 

 「面倒臭い……」

 

 協調性という言葉を切り捨てたような不知火はこの鎮守府へと異動してから一度たりとも出撃したことがない。

 鬱憤こそ溜まってはいるが、これが道理にかなっていると分かっている彼女は何も言わない。

 

 「あ、あの!」

 

 突然、背後から声を掛けられる。

 

 「響、でしたか?」

 「うん、そうだよ」

 

 白い髪を靡かせながら頷く響。ああこの前の、と思い出す不知火。

 

 「どうかしましたか?」

 

 この鎮守府に於いて不知火に声を掛ける者など数が知れている。本人に人を避けているつもりはないが、回りから見れば彼女は外見こそ何もなくとも"異様"なのだ。

 そのことを聡明にも理解している不知火は、それも含め首を傾げた。

 

 故に、響から発せられた言葉は、珍しくも不知火を驚かせた。

 

 

 ──洋上。二人の少女が各々の得物を手に向かい合う。

 

 「では、お好きなタイミングで……」

 

 掛って来い。そう言わんばかりに、言葉を繋ぐように人差し指で誘う。飽くまでも余裕を見せる不知火に、響は冷や汗を流した。

 

 響が彼女に言った……いや、頼んだのは、一対一での"演習"。

 実弾ではない弾薬を使う演習は、各々自由にすることができる。相手が見つかればの話だが。不知火はその相手に選ばれた、と言うわけである。

 

 しかし、不知火の練度は個人の力として最高峰。駆逐艦としての範疇に限られる話ではあるが、その戦闘の腕前は周知の通り。

 敵艦隊を一人で相手することの出来ない駆逐艦程度、不知火にとっては演習相手どころか的にすらならない。

 勝負にならないこの演習、響はそれを理解しているだろうと不知火は思う。だからこそ、何故自身を所望したのか理解が不能だった。

 

 ──刹那、水飛沫が上がる。

 

 人より優れた物を持つ艦娘の動体視力を最大限に生かし体を捻り、海中より飛び出してきた対象を避けるのではなく"掴む"。

 

 「程度が低い。この程度なら……」

 

 ──避ける必要すらない。

 艤装の砲口を向ける不知火に、魚雷を発射したままの姿勢から回避行動に移る響。

 ──しかし、それはあまりにも遅すぎた。

 

 「なっ!?」

 

 いつの間にか放たれた砲弾が響の艤装を寸分の狂いもなく撃ち抜く。たったの五発だった。しかし、その五発で駆逐艦である響は戦闘不能の判定。

 

 肩、腕、艤装の重要な機能を保持している三ヶ所。何十メートルも離れている海上で、不知火はその小さな的を撃ち抜いたのである。

 

 洋上にて膝をつく響。開いた口が閉まらなかった。

 とある"噂"から、不知火の異常なまでの戦闘能力を聞いていた響。しかし、それは精々風の噂で大きくなったに違いないと思っていた。

 けれども、ここまでとは。

 

 演習とは呼べない演習。洋上にて、詰まらなそうにする不知火と俯く響は、暫くの間静寂に身を任せる。

 

 

 ***

 

 

 「その……今日は付き合ってくれて、ありがとう」

 「大丈夫ですよ。使った時間なんて一時間にも満たないので」

 

 それは皮肉で言っているのか、と。横目で見るが、不知火からそんな素振りは見受けられない。つまり素の反応であり、皮肉的な意味は込めていない。

 中々どうして憎めない、そんな人物なのか。そう少し微笑む響。

 

 「それにしても、今日は突然どうしたのですか?」

 

 工廠に艤装を預けると、不知火は響と共に廊下を歩く。その途中、ふと不知火がそう呟いた。

 

 「いや、その。大した理由はないさ。強いて言うなら、知りたかったから、かな?」

 

 知りたかった、と反芻する。しかし、どういうことか理解することは叶わない。詰まりどういうことか不知火が問う前に、響が口を開いた。

 

 「よくある質問さ。何故貴女はそんなにも強いの? ってね」

 

 そう呟く割にはあまり興味の無さそうな表情を浮かべる響。そんな彼女を見て、少しだけ微笑む不知火。こんな癖の強い者は久し振りだという喜びに。

 

 少しだけ気分の良くなった不知火は、ふと、とある言葉を思い出す。

 自分が"弱くなった"理由でもあり、強くなった理由でもあるソレ。忘れることはなく、忘れたくもない。

 あの人から言われた言葉だからこそ、不知火は誇らしげな気分を隠さない。何故思い出したのかは分からない。

 けれどもそれは、皮肉にも今掛けられた問いに返す最適な答えだった。

 

 

 「受け売りですが」

 

 と、一言置いてから口を開く。

 

 

 

 「私は兵器でもなく、人間でもない。あえて言うなら艦娘でもない。まあ、つまり──

 

 

 

 ──『兵士』なので」

 

 

 

 




今回は不知火パートでした。次からシリアスになる予定(予定ですよ? 大事なことなので二回言いました


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