提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮)   作:台座の上の菱餅

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第1話

 

 とある海域。鎮守府とは少し離れた位置に属する、小さな島の上。

 昼時を回り、夏特有の日差しが、浜辺の砂にゆっくりと照り付ける。

 打ち上げられる波の音が鳴り響く中、小さな鳥達は優雅に唄った。

 

 それとは裏腹に、浜辺の真ん中には、暗い雰囲気を全身から晒け出し、何かを待つように体育座りをする、変わった格好をする青年の姿が見受けられる。

 真っ白な肌に真っ黒な髪。そこまでは普通の青年として認識できる。

 しかし、彼の尾骨辺りから生える蛇のような化け物が、それらを全て台無しにしていた。

 

 

ぶっちゃけ、彼は『深海棲艦』だ。

 

 

 彼自身、その事を深く理解している。

 何故ならば、背後、と言うより尻辺りに居る化け物……此処では蛇と呼ぼう。 

 彼はこの姿になる前、人間として日々を暮らしていたのだが、その時に読んだ本に記述されていた深海棲艦図鑑に、この蛇に似た生き物が載っていたのだ。

 

 一部の記憶のみが一新され、曖昧な部分が極端に増えたこの状況下で、彼は只々途方に暮れていた。

 腰に装着されていた黒い弓、そして蛇の口から出る謎の砲撃。

 自分が深海棲艦になった事を深く実感させられるのは良いが、この"無人島(?)"で生きて行くには、少しズレていた。

 

「お腹空いた……」

 

 一番の悩み、食糧難。

 島の森奥。微妙に残った記憶の中で、朧気に覚えている、とある建物があったのだ。

 これは『泊地』と言っただろうか。鎮守府は既に廃墟と化しており、完全に機能は失っていた。

 故に、この島に燃料や資材は勿論、食糧など一切無い事になる。

 冷たい事実を突き付けられた瞬間、彼はムンクのポーズで絶望したものだ。

 

 魚を取って食おうにも、島付近の海には一匹も生息しておらず、かと言って島に動物が居ると言うわけでもない。

 深海棲艦はお腹が減るものなのか、と呑気な事を考えてしまうのは仕方ないのだろう。

 

「困ったなぁ……」

 

 右も左も分からない海域に足を踏み出すなど迷子になるのは必須。

 加えて、同種の深海棲艦に会っても問題は無いだろうが、艦娘と遭遇したならば、どうなるだろうか。

 目も当てられない結果は、目に見えていた。

 

 不幸だ……と、何処かの姉妹が口にしそうな言葉を呟くと、溜め息混じりに黒いパーカーのフードを深く被り込んだ。

 

 決して、生命の危機と言う訳ではない。絶望感も全く無ければ、焦っている訳でもない。

 しかし、胸の奥に渦巻く何かが、彼の心の和を少しずつ、乱していっていた。

 

「人間が、深海棲艦になる……聞いたこと無いなぁ~……」

 

 そもそも、知っていたとして、もう既に消えた記憶の仲間入りしているのではないか。

 少なくとも、記憶の限りでは、聞いたことが無い筈。

 何時、何処、何があって、こうなったのか。

 

 真剣に思考を張り巡らせる中、腹の虫が呑気に鳴いた。

 

 

 

 

 

 

「提督。以前報告にあった、敵艦隊に占領された泊地を発見しました。如何致しましょう」

『無論、敵艦発見次第殲滅に移り、奪還しなさい。分かりましたね?』

「……了解」

 

 

 

 

 

 空腹の限界の先は、満腹と言った所か。

 そもそも深海棲艦と人間には違いがあるようで、今以上の苦しさは襲って来なかった。

 つまり、食べなくとも餓死はしない。その代わりに、常に空腹状態。

 ある意味拷問だが、今の彼にとって非常に有り難い事だった。

 

 話は変わり、深海棲艦、そして艦娘は、海の上に足を付ける事が出来るとの事。

 どうせ深海棲艦になったのだから、砲撃や弓以外にも体験してみよう、と意気込んだ彼は、気分一新、意気揚々に海へと足を運んだ。

 

「まぁ、思いの外簡単に出来た、と」

 

 初めての事に胸を高鳴らせ、高揚感一杯で挑んだにも関わらず、スケートリンクに足を付けるような感覚に拍子抜けさせられた彼は、再び遠い目で水平線を見詰めていた。

 二日程度、此処に滞在しているが、今のところ廃墟と化した鎮守府と、不細工なカエルしか発見出来ていない。

 深海棲艦って中々大変なんだなぁ、と又々呑気な事を考えてしまうのは、全て空腹の所為なので、仕方の無いこと。

 

「っ!?」

 

 爆音。そして付近で大きな水柱。

 あまりにも唐突なそれに、彼は腰を抜かしそうになるが、大丈夫、と心の中で連呼し、態勢を整える。

 前方、全部で六体の、人の形をした何かが此方に向かって前進している。

 最悪だ。最悪に不幸だ。誰にも気付かれない小さな声で、そう呟いた。

 

『艦娘』だ。

 

 絶体絶命。此方に戦意が更々無くとも、彼方に交渉の余地は無いだろう。

 本能が告げた。逃げるな、戦え。もう一つの本能が次げた。逃げろ、戦うな。

 一つは深海棲艦の、もう一つは人間の本能だと容易に理解できた。

 

 しかし、目を凝らして彼女等の表情を伺うと、どうにも逃がしてくれるような物では更々無いようだ。

 不幸の連鎖。最早苦笑いしか浮かばない。

 

(身体の使い方は大体分かる。しかし、単艦で六隻相手に勝ち目は有るのか?)

 

 戦艦二隻、正規空母二隻、雷巡二隻。

 残った記憶の中から引きずり出した結果、絶望的な状況が突き付けられる。

 全艦駆逐艦ならば、多少の勝機はあったものを、面倒な事をしてくれやがる。

 自分の艦種は何だろうか、と素朴な疑問を練りつつ、一緒に作戦も練る。

 

 しかし、記憶が無いにしろこの前まで一般人の、海上の戦いとは無関係だった彼の頭では、そんな大層な作戦が出来るわけ無かった。

 

「だーもう、最悪だ!!」

 

 為す術なしか、そう諦めようとした矢先、前方から再び大きな爆音。

 それも先程のような威嚇射撃などではなく、確実に当てる気のある砲撃だ。

 

 不味い。不味い不味い不味い。

 

 これは、もう砲撃が当たる距離という意味でもあり、自分の理不尽な死が近付いている意味でもあった。

 

 刹那、世界の動きが一気に遅くなり、思考だけが早くなる。

 目の前には、自らを撃ち抜かんとばかりに飛んでくる砲弾。

 死ぬのか。その瞬間その一瞬で、全ての死を覚悟した。

 

「や、迎撃ぐらいして沈もう」

 

 再び刹那、世界の動きが戻る瞬間に、身体を捻らせ砲弾を避ける。

 少し掠ったが、裂傷が付いただけなので気にしない。

 

 尾骨の蛇の口を相手に向け、腰から弓を取りだす。

 子供の駄々を捏ねるのと同じ。生きたいと心が告げるから、無駄な足掻きをする。

 それだけが、今自分に出来る事だった。

 

(悪足掻きって言うのかな?……何か、これが当たり前みたいな感じ……)

 

 何処からともなく掌に現れた矢を掴み、本能の為すがままに弓を引く。

 

 鳥は、教わらずして飛び方を知る。それは、鳥という生き物の本能、それがインプットされているからだ。

 それと同じ様に、彼の頭の中では、姿勢、力の入れ方、腕の位置。

 弓を引くに当たって必要な事が、全て、自然と脳内へ送り込まれていた。

 

 何里も先の、落ちる木の葉すら撃ち抜けるような、そんな感覚。

 酔い痴れるようで、少し違う。そんな感覚。

 

「…………」

 

 相手の砲撃の音、自身の尾から発射される砲撃の爆音。

 全て何も聞こえない世界が広がり、相手以外の存在に色が無くなる。

 

 そして、彼は矢を放った

 

 

 

 

「新種の深海棲艦……。まぁ、関係ないわ」

 

 奪われた鎮守府を奪還すべく、戦艦長門、陸奥。そして正規空母の加賀、赤城。雷巡の北上、大井は、目の前の島に目を向けていた。

 見る限り、無人島の様に見えるが、以前は海域奪還に大きく貢献した歴史のある鎮守府。

 そんな物をみすみす捨てるほど、大本営と提督は冷徹では無かった。

 

 そして、その島の浜辺で無謀にも単艦で此方に抵抗の意思を見せる深海棲艦。

 明らかに新種の深海棲艦だが、彼女等第一艦隊にとって、不足の事態では無かった。

 現に、皆それぞれ余裕のある表情を浮かべている。

 

「長門、頼みました」

「あぁ、任せておけ」

 

 射程の長く、威力の強い主砲を持つ長門に威嚇射撃を頼み、加賀は鎮守府の提督に無線を繋いだ。

 

「提督、これから、戦闘に入るのですが」

『?何か問題が?』

「新種の深海棲艦です。如何致しましょう」

『普段よりも警戒しつつ、何時も通り殲滅しなさい。頼みましたよ』

「了解」

 

 提督の指示を受けると、他にも指示を伝え、前方の深海棲艦の殲滅に移る。

 周りが砲撃を開始する中、彼女も自慢の弓を静かに引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望を突き付けられる事も、知らずに。

 

 


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