周囲にはもうダーカーも原生種の反応がない。
しばらく２人は背中合わせに座っていた。
危険な場面はあったけれど、
なんとかお互いに無事でクエストを終わらせることができた。
二人とも数日前までは、
こうして誰かと一緒にクエストの余韻に浸ることなどなかった。
それが今は少しだけ、心地が良い。
「あなたは……」
レシアが背中越しに訪ねる。
「どうしてアークスになったんですか？」
問いかける言葉にどんな意味があったのかわからない。
けれど彼女の声にウェズは深くは考えずに答える。
「俺か……？」
彼は空を見上げて、ポツリと呟く。
「他にできることがなかったからだな」
「え？」
「１０年前、市街地がダーカーに襲われたのを知っているか？」
彼女は首を振る。
「知ってはいますけれど、詳しくは……」
１０年前の事件とくればアークス船団の一隻が
とても強力なダーカーに襲われそして生存者がほとんどいなかったという、
当時でも大きく取り上げられた事件しか思い当たらない。
「もしかしてあなたも……」
「ああ、巻き込まれたみたいなんだよ。
家族もいたらしーいんだが、気付いたらもう一人になっていた」
それは少し変な言い方だった。
まるで他人事のような、どこか寂しげな口調。
「記憶がないんだよ。
なんかもやがかかったみたいな感じで思い出せないんだ」
「そう、ですか」
レシアはそれだけしか言えなかった。
「しばらくは孤児院にいたんだけど、
縁があってアザナミっていうアークスが面倒見てくれてさ」
ウェズはカタナをポンポンと叩き、
「その人がアークスだから、
俺もアークスになった……それだけなんだ。
アザナミさんは別にアークスに
無理にならなくてもいいとは言ってくれていたけど。
他に何がしたいとかそういうがさ、思いつかないんだ」
彼は「情けない理由だろ」と自嘲的に語る。
きっと彼は後ろめたいのだろう。
それは育て親に対しても、
そして他のアークス全てに対しても。
アークスには色々いるが、
ほとんどが何かの目標を持って活動している。
それは名誉や金は勿論、
使命感であったり、ダーカーへの憎しみだったり……
きっとそんな人たちが眩しく映るのだろう。
だからこそ――
「いいんじゃないですか？」
レシアは、まるで何事もないように話を遮った。
「アークスになるのに、理由なんて人それぞれですから」
彼女は立ち上がる。
座ったまま振り返るウェズからは彼女の表情は見えない。
「レシアはどんな理由でアークスになったんだ？」
問いかけに対して、少女は一言で告げる。
「秘密です」
「おい！ 俺に聞いておいて自分は言わないのかよ！」
途端に身の上話を語ったことが恥ずかしくなった彼が叫ぶが、
彼女はどこ吹く風、キャンプシップに帰るために歩き出した。
「ああ、そうそう」
慌てて追いかけるウェズに振り返り、
彼女は笑顔で言葉を投げかけた。
「さっきの戦い、格好良かったですよ」
突然の言葉にきょとんとしたウェズだったが、
彼女はそれ以上は何も言わずに歩いて行く。
照れたように頬を掻く彼だったが……
置いて行かれたことにすぐに気づいて追いかける。
「なっ、そんなので誤魔化されねーぞ！」
後ろから聞こえてくる叫び声にレシアは声をあげて笑う。
彼が抱えている想いを
経験がない自分には共感することができない。
自分がアークスになった理由に比べれば、
彼の戦う理由の方がずっと良いのだから。
今、ここで自分と一緒にクエストをしてくれている。
ロックベアとの戦いでは自分を見捨てずに、先陣を切って戦ってくれた。
表裏のない相棒……
今はそれだけで十分だと、レシアはそう思ったのだ。
偶然だけれども、自分と彼は縁で繋がった。
これがどれだけ自分にとって救いになっているか、
彼にはわからないだろう。
言葉には出さずに、彼女は口の中で呟いた。
――アークスになってくれてありがとう。