オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい――   作:どりあーど

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1話

 

その瞬間、チンチラは強制ログアウトに備えた。 

ユグドラシル――ひいてはDMMOそのものに未実装である為に封じられている五感の突然の解放、視界が一瞬にして別の物に移り変わる事と姿勢の変化への混乱によって、時折酔いに似た感覚を覚える事がある。

新型のダイブ用端末ではそれらの症状が緩和されると言うが、生憎チンチラの物は二世代は前の型落ち品だ。

多少手を入れて基礎スペックには下駄をはかせている物の、そういった細かい機能までは望むべくもない。故に不可避。チンチラはより一層身を縮こまらせ、視界を塞ぎ――

 

「……うん?」

 

変わらない静寂に気が付いた。

眼は閉じている。ゆえに視界に差はない。しかし、ログアウトが為されれば周囲に生活音が戻ってきているはずだと言うのにそれがない。

そして――自分が座っているものは何だ。いや、そもそも姿勢が全く変わっていない。現実の、リアルの自分は椅子に座っていたはずだ。

その疑問を解消する為、チンチラは最も手っ取り早い方法で周囲を確認しようとした。

――眼を開ける。瞬間、無数の黄金の煌めきが網膜を貫いた。

 

「なっ――」

 

その源泉は自分の下に積み上げられた金貨の山だった。しかし、その輝きの変わり様たるやどうだ。

ついさっきまでは作り物の、何処か安っぽい――言うなれば鍍金の金色だったはずなのに、今目の前にある金貨の光は、まるで物理的な圧力すら伴っているように思えた。

金貨一枚一枚の変化は、言ってしまえば微小なものだ。しかし、積み上げられた山の全てが『本物』に変わったとなれば、その変化量は余りにも膨大である。

そして――驚きによって空白になったチンチラの思考を、その身体から込み上げる衝動が埋め尽くした。

 

さて。ところで、ドラゴンは何故宝物を集めるのだろうか。

とある世界の賢者は、ドラゴンの宝物に対する渇望は、つまるところがカラスがぴかぴか光る物を集めるのと同じだ。所詮連中は爬虫類に過ぎないと断じた。

しかし、とある黄金の竜はこういった。ドラゴンが宝物を集めるのはその美しさゆえだ。ドラゴンの本能がそう為さしめるのだと。

そして今、チンチラの肉体は竜のそれであり――無防備な心は湧き上がる本能に容易く呑み込まれる。

 

鉤爪の生えた腕を金貨に突き入れて掬い上げる。掌に留まり切れずにじゃらじゃらと音を立てて零れ落ちていく黄金がまばゆくて、夢中でそれを繰り返した。

いつしか腕だけでは物足りなくなり、顔を金貨の只中に埋めると暗くなる視界。しかし聴覚と触覚でしっかりと宝の存在が感じ取れる。それが嬉しく、夢中でぐりぐりと顔を押し付けていると、いつの間にか上半身が丸ごと埋もれていた。纏わり付いてくる黄金を剛腕で掻き分けて顔を出して一息ついたなら――、さあやるぞ、と改めての穴掘り作業。

腕を振るう度、間欠泉か、あるいは噴火かと言う勢いで金貨が中空に舞い上げられ、その光の中に紫水晶が埋もれていく。

きらきらと輝きながら落ちていく黄金の霰。その只中で、竜は歓喜の声を上げた。それはまるで笑い声の様にも聞こえる咆哮だった。

 

 

 

 

 

ナザリック大地下墳墓に劇的な変化が訪れて、暫し後。アルベドが玉座の間を去るのを見届けたモモンガは額を押さえていた。

なんでどうしてあんなことをしてしまったのか。出来心だとかなんだとか、言い訳は幾らでも思い付く。

しかしそれに自分が納得できないのだ。大事な仲間が丹精込めて作り上げたNPCを歪めてしまうなどと、とんでもないことをしてしまった。

待機させているスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに目を遣れば、とある相手の顔が思い浮かぶ。

 

「……ああもう、恨みますよチンチラさん。そりゃあ、その気になってこれを持ってきたのは俺ですけど……」

 

肺もないのに溜息を一つ吐き出すと、ナザリックのギミック――身を守るための生命線となるかもしれないそれらを確認するべくモモンガもまた玉座の間を後にしようとして、はっとしたように足を止めた。

 

「……ってチンチラさんは!? 部屋に戻るって――ああ、くそ!」

 

声を荒げながら、それでも出来る限り冷静に振る舞おうと気を静める。

いっそ、混乱しきってしまっていれば精神作用無効のパッシブスキルの恩恵を得られたのだろうが、今のモモンガには知る由もない。

運営に対する連絡手段の候補として考えていた事もあり、即座に<伝言>の魔法を起動する。しかし、帰って来たのは奇妙な感覚のみだった。

対象が存在している事は確かなのに、繋がりを構築できないと言うかのような。<伝言>の魔法は、対象とされた相手が了承を返さなければ言葉を交わすことが出来ない。

戦闘には関係ないものとは言え、魔法を発動できたと言う事実に対する安堵感。そして、友人に非常事態が起こっているのではと言う不安感に身を苛まれながら、モモンガは再び<伝言>を起動した。

対象として選んだのは、先ほど九階層の警備を指示した戦闘メイド――プレアデスたちのまとめ役であるユリ・アルファだ。<伝言>が繋がると同時、微かな緊張と、溢れるほどの敬いを孕んだ美声がモモンガの耳を打った。

裏切るかも知れないのだからと、それを額面のままに受け取らない様に意識しながら、モモンガは口を開く。

 

『どのようなご用向きでしょうか、モモンガ様』

「チンチラさん――我が友、魔竜チンチラに連絡を取ろうとしたのだが繋がらない。先程別れたばかりだ。恐らく部屋に居ると思うのだが……」

『畏まりました。チンチラ様の御自室にお伺いし、モモンガ様がお呼びである旨をお伝えいたします』

「ああ。……もし、姿がなければ直ぐに私に連絡しろ」

 

どう命令するべきか。一瞬、口ごもったモモンガの後を引き継ぐように連ねられたユリの言葉に頷くと、モモンガは<伝言>を解除する。

まだNPCたちが信頼できると決まった訳ではないが、リーダーであるセバスを除いたプレアデスたちのレベルは50前後、高くても60程度だ。

取得したスキルが生きている事も確認済み。であれば、ユリたちが裏切ってチンチラを襲った所で一蹴されるのが関の山だろう。……彼の心臓には悪いかも知れないが。

そしてレベルと言う観点に措いて同格のセバスとアルベドは、自身の命令に従ってそれぞれ九階層からは離れている筈――。

少なくとも表面上は忠義に満ちた態度を取っていたのだ。このタイミングで逆らったり裏切ったりすると言う事はない、と思いたい。

 

十分以内にユリからの連絡がなければ、再び<伝言>を飛ばして状況を確認する。

その時に問題がある様なら――ちらり、とモモンガは自分の指に嵌まっている指輪の内、一つを見た。

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。この指輪の機能が生きていれば、宝物庫に二人で籠城する事も出来るだろう。

仮定に仮定を重ねての綱渡りをしていることへのストレスに、今のモモンガの体には存在していないはずの胃がキリキリと痛み始める。

それでも、できる限りの備えはしなければ。モモンガは自分にそう言い聞かせた。

この状況が危険だと言うのなら、自分一人ではなく仲間であるチンチラも共に切り抜けなければならないのだから。

その為にも今は。逸る気持ちを抑えて大広間――レメゲトンに足を運んだモモンガが、ゴーレムへの追加命令を設定し終えた、丁度その時だった。

自分に何かが繋がる感覚。<伝言>によるそれだと察したモモンガは、即座に応じた。

 

『モモンガ様。チンチラ様はご在室でした』

「そうか、居たか……。それで?」

 

安堵の感情が胸を満たす。しかし――それならなぜ口ごもるのか。

 

『お元気そう、だったのですが……その。私の口からお伝えして良いものかと……』

「……そうか。いや、いい。私から改めて連絡する。ご苦労だった」

 

疑念も露わに先を促したモモンガに、しかし、ユリの答えはどうにも歯切れが悪い。

今は一刻だろうと時間が惜しい。時は金なりだとばかり、モモンガは素早く会話を打ち切って<伝言>を使用する。

今度は然程待つ事なくつながった。

 

「チンチラさん、さっきはどうしたんですか! <伝言>が繋がらなくて心配していたんですよ!?」

『……ももんがさん』

 

半ば食ってかかる様な形になったモモンガに応えたのは、放心したかのような知人の声。

一体なにがあったのか。無事なのか。不安を胸に、モモンガは続く言葉を待ち――

 

『プレアデスに金貨の山ではしゃぎまくってたところ見られた死にたい……。ってかなんで俺あんなにはしゃいでたんだろ……』

「チンチラさんちょっと玉座の間まで来、……やっぱいいです。とりあえず現状確認しましょうね……多分なにもわかってないでしょうし……」

 

帰ってきた言葉に瞬時にブチ切れ、そして即座に賢者になった。


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