オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい―― 作:どりあーど
ナザリック大地下墳墓・第九階層にはギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの為に誂えられた個室が存在する。
その内で最も散らかっているのは何処か。部屋を一通り見て回った後ならば、誰もが口をそろえて言うだろう。
それは魔竜チンチラの部屋だ、と。
ドアを開ければ、直ぐに目に入るのは宝の山。――そう、文字通りの山である。
これまでのプレイでチンチラが得たゲーム内通貨やアイテム。それが全て、無造作に積み上げられているのだ。
ギルドに数名――いや、実際はもっといるのだが――存在する廃課金者レベルとまでは行かずとも、チンチラ自身もDMMOゲーム・ユグドラシルに結構な額を継ぎ込んでいる。言わば重課金兵になり立てと言った所。それなりの強者とでも言うべきだろうか。
かつ、プレイ歴はサービス開始以来、実に12年を数える。一月辺りの額は中の中なれど積もり積もった課金歴とプレイ時間。その中で得てきたアイテムの総数は想像を絶するレベルだ。
それを証拠に、チンチラの個室は間取りの存在しない四方ぶち抜きの空間であるにもかかわらず、他のギルドメンバーの部屋面積の優に五倍近くを占有している。そうしなければ、集めてきたアイテムを部屋に置き切れなかったのだ。
縦横のみならず、天井の高さに至っては三倍に近い。もちろん、なんの代償もなしにこんな優遇を受けている訳ではなかった。
ユグドラシルに措いて、拠点を有するギルドは自作NPCを設定する権利を得るが、それはポイント制――ポイント=レベルを割り振ってのNPC作成によるものである。それの使用権を半ば放棄する事で、部屋の方に還元してもらったのだ。
価値的に考えれば割に合わないとすら言えるだろう。何せ、結果生まれたのがただただ広大なだけの空間なのだから。しかし、チンチラは全く後悔していなかった。
なぜなら、チンチラのプレイスタイルはロールプレイヤー。
キャラクタービルドこそ方向性をきっちりと固めた上での特化型であるものの、このプレイスタイルばかりは貫いてみせると言わんばかり、彼は頑なにアイテムを整理しようとはしなかった。
それは何故か。問えば即答が返ってくる。――ファンタジーにおけるドラゴンってのは宝の山の上でごろごろする生き物なんだ、と言う。
その山を大きくする為なら、多少の代償がなんだと言うのか。
効率を考えれば、ギルドホームであるナザリックの宝物庫を使えば良いだけの話。
しかし、古き良きドラゴン像を追及するチンチラにとっては、それは許容できないことなのである。
大体、ギルドメンバーみんなで使うアイテムの上でごろんごろん転がり回るなど、それは余りにも失礼だ。
何万もガチャに金を突っ込んで入手したアイテムをマットレス代わりにされたなら、少なくとも自分はブチ切れるだろう。
というか、チンチラでなくともほぼ全員がブチ切れる筈だ。
だからこその自身の部屋の専用倉庫化。ここでなら心置きなく寝転がれる。むしろ、ここでしか寝転がれない。
もちろん、如何に宝を詰み上げようとも所詮は電子データじゃないか、と囁く自分はいた。
けれど、しかし。せっかくダイブゲームなんてものがあるのなら拘りは持ちたかったし、積み上げた山は自分の――ギルドに入ってからは、皆としてきた――冒険の証なのだ。
それが大きくなることに達成感や満足感を感じて来たし、時々見に来るギルドメンバーに、ほら、また大きくなったんだ、と言ってちょっとした自慢をすることすらも楽しかった。
だからチンチラは満足していた。
――満足、していたのだ。
円卓の間。四十一の席の内、埋まっていたのはただの三つだけ。
その内の一つが今、光と共に消失した。それはプレイヤーがログアウトしたことを示すエフェクトだ。
残された影は二つ。一つは豪奢なローブをまとった骸骨。最上位のアンデッド・マジックキャスターである死の支配者――オーバーロード。
もう一つは
その鱗の一枚一枚が紫水晶の結晶であるところから、その存在がジェム・ドラゴンの一種であるアメジスト・ドラゴンのクラスを取得していることが見て取れる。
色調によって分類されるクロマティック・ドラゴン、金属の種類によって分類されるメタリック・ドラゴンと比して亜種であるジェム・ドラゴンが異なる点はと言えば、魔法の代わりにサイオニック――つまりは超自然的な能力を有していると言う事だ。
アメジスト・ドラゴンの特殊能力は力場の操作と抵抗。無属性魔法に対する高い抵抗力を有すると共に強力なテレキネシスを扱う事が出来るクラスであり、敵対すればきわめて厄介な――アメジスト・ドラゴンに限らず、ドラゴンと言う種族その物がそうなのだが――モンスターである。
外見だけを見れば凶悪なモンスターにしか見えない組み合わせだったが、その実、二人は揃ってプレイヤーだ。
その証拠に、同じプレイヤーが目を凝らしたなら彼らのプレイヤーネームがその頭上に浮かび上がることだろう。
オーバーロードはモモンガ。アメジスト・ドラゴンは魔竜チンチラ。
後一時間ほどでサービス終了を迎えるDMMOゲーム・ユグドラシルにおけるかつての上位ギルド、アインズ・ウール・ゴウン――そのメンバーのうち、今現在ログインしているのは彼らだけだった。
「……最後なんですし、引き留めてみてもよかったと思いますよモモンガさん」
チンチラの発した言葉には苦笑が含まれていた。
それは自分自身も出来なかったことを、目の前の相手への気遣いと言う形で口にしてしまっていることへの自嘲によるものだ。
モモンガさんが言い出しにくそうだと思ったのなら自分が言えば良かっただけだ。なのに、果たしてこんなセリフを口にしてよいものだろうか。
隠し切れないまま内心が滲んでしまったチンチラの言葉に、モモンガは首を横に振った。こびりついた未練を振り切る様にゆっくりと。
「いや、ヘロヘロさんもお疲れみたいでしたし……これでよかったんです」
ありがとうございます。顔を向け、頭を下げながらのモモンガの言葉にチンチラは、いえ、と短く答えながら俯いた。
居た堪れない空気が場を満たす。次に何を言えば良いのかと二人揃って必死に考える様子はそのビジュアルのせいかユーモラスに見えなくもなかったが、しかし、当人たちからすればどうしようもなく居心地が悪い。
「――ところで」それを振り切ったのはモモンガだった。顔を上げて、尋ねる。「この後、チンチラさんはどうしますか?」
「自分は部屋に戻ろうと思ってます。……積み上げてあるあれの上で、最後を迎えようかなと」
「そうですか……。私は玉座の間ですかね。あそこでサービス終了を待とうと思うんです」
二人残ったのに、最後は別々の場所か。
モモンガとチンチラは揃って苦笑を漏らした。今度は重い雰囲気はなく、少しだけ可笑しそうに。
そして、示し合わせたように立ち上がった。
ぴょこん、という気の抜けた音と共に笑顔のエモーションと別れの挨拶を交わす。
「それじゃあ、モモンガさん。お元気で。ヘロヘロさんが言っていたように、ユグドラシル2で会えたらいいですね」
「ええ、チンチラさんもお疲れ様でした。その時はよろしくお願いします」
続編で会ったとしても、このナザリック大地下墳墓はなくなってしまうけれど。
その寂寥感を共有しながら並んで円卓の間を出ようとした二人だったが、ふとチンチラが鼻面を上げた。
目を向けた先には黄金の杖があった。――ギルドそのものであり、輝いていた時代の結晶であるアインズ・ウール・ゴウン、最強最後の武器。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
「モモンガさん――」迷い迷い、口にする。「あれ、持って行きません?」
「え?……あー、その。いいんでしょうか」
二人で顔を見合わせる骸骨と竜。無言で見詰め合う彼らの内、言葉を発したのはチンチラだった。
「いいと思いますよ。ほら最後ですし、折角なんですから終わりを迎えるときくらいギルド長の手にあるべきだと思うんです」
「…それじゃあ」
モモンガが肉のない、骨だけの掌を杖に向けると滑る様に引き寄せられたそれが手の内に収まった。
瞬間、煮詰められた血液の様な色の禍々しいオーラが噴き上がる。
何の効果もない単なる装備エフェクトなのだが、彼らはそれを感慨深げに見詰めた。
そして、改めて円卓の外へと出ていく。もう、二人の間に言葉はなかった。
でモモンガと別れたチンチラは、ギルドメンバーたちの個室が立ち並ぶ一角へと辿り着いていた。
最も広い部屋を所有しているチンチラの部屋は、必然一番端になっている。
かつて、楽しみを共有したメンバーたち。彼らに与えられた紋章が刻印された扉、一つ一つを確かめる様に、名残惜しむ様に見詰めながら到着した自分の部屋の前。
溜息と共に扉を開け、部屋へと踏み入ったチンチラはその背に生えた翼を羽ばたかせた。
詰み上げられた宝物の輝きを切り裂くように飛翔する。その頂点へと乱暴に着地すると、崩れた金貨が音を立てて下へと流れ落ちていった。
かつては金貨が雪崩を起こすことなど日常茶飯事だったのだが、ギルドメンバーが減るにしたがってあまりここにも来なくなってしまった。
久し振りの光景を懐かしんで瞳を細める様にしても、アバターの表情に変化はない。けれど、その心の動きは本物だ。
「――楽しかったよなあ」
膝を抱えて座りながら、チンチラは呟く。
日付が変わる瞬間――ユグドラシルのサービス終了まで、あと十秒ほど。
もうすぐ失われてしまう思い出の山。その上に坐して、チンチラは静かに視界を閉ざした。
明日はボーっとしていたい。そう思って有休をとったから睡眠時間は問題ない。むしろ、半日以上眠っていたい気分だった。
ログイン頻度は然程下がらなかったとはいえ、時に他のゲームに浮気したりだとかそんなこともあったし、サービス終了の寂しい雰囲気も初体験と言う訳じゃない。
しかし、こうまでみんなで騒いで、遊んで、課金して。濃密に楽しんだゲームは他になく、だからこそ――寂しかった。
けれどこの想いもいつかは記憶に変わって行くんだろう。
ナザリックのデータを保存してあるフォルダを見て、ときおり懐かしんだりして。
そのようにして、アインズ・ウール・ゴウンは自分の中で過去になっていくのだ。
そんな感傷に浸りながら、チンチラはその瞬間を迎える。
そして、――アインズ・ウール・ゴウンは彼にとっての“現在”になる。