前話までの、ちょっと不思議な話がお好きな方は、これは読まない方がよろしいでしょう。
『バーラト政府最強の男』にも泣き所はあるのです。
帝国軍との通信のあと、キャゼルヌ父娘は通信室を辞去して、事務総長のオフィスに移動した。
「ところでシャルロット、おまえはアレク殿下たちと話をしなくてもよかったのか?」
「お父さんこそ。ヤンおばさまは、本当にえらいわ。
私は、心の広い人間じゃないから、きっとあの子たちに当たり散らしちゃうと思うの。
でも、そういうのはよくないでしょ? あの子達には、戦争の責任なんてないんだもの。
わかってはいるんだけどね」
オフィスの応接椅子に腰かけて、シャルロットは溜息をついた。
「たしかにな。リュシーのキューブに映っていたヤンのせいで、
大公殿下がご傷心なんて言われて、俺だっていい気分じゃないさ。
帝国の連中だって、苦労をしてるのはわかっちゃいるが、
子どもに無理させた報いだ、ざまをみろっていうのが正直なところだ。
……あいつに、化けて出るぐらいの根性があるんなら、
そもそもローエングラム朝は創立しなかったろうにな」
腕組みをすると、キャゼルヌは椅子の背にもたれかかった。
「それにしても、フレデリカ女史の機転はいいが、結局何一つ解明しちゃいないんだ。
いまごろになって、リュシーのキューブが出てきたのも、公園に現れたヤンの幽霊とやらもな」
「E式姓、特に東アジア圏の伝承だと、この時期に死者の霊が、
死後の世界から家族のところに帰ってくるそうよ。その途中だったんじゃないの?」
娘の返答に、キャゼルヌは片方の眉をはね上げた。
「なんだ、それは」
「だから、E式姓の人にとって、夏は怪談の季節なんだって」
シャルロット・フィリスは、ハイネセン記念大学の文学部に合格し、九月からその門をくぐる予定だ。彼女の志望は、人類文化比較学科である。
「理論的な根拠に乏しいな。俺が教授なら
キャゼルヌは娘の自説を鼻で笑うと、辛辣な評価を下した。
「じゃあ、幽霊じゃなくておばけね」
「おいおい、どう違うっていうんだ」
「大違いなのよ。幽霊は人に憑いて、おばけは場所に付くのよ。特別な場所が、おばけを生むの。
そのまま消えたり、おばけのままのものが多いけど、大きな信仰を集めたものは神さまになる。
イゼルローンという場所に、ヤン・ウェンリーの影がついたのよ。
これは決して拭い去ることはできないでしょうね。でもねぇ」
シャルロットは、アイボリーの立体写真キューブをバッグから取り出すと、スイッチを入れた。
「こんなに可愛い幽霊じゃあ、なんの迫力もないけどね」
映し出されたのは、当時七歳の彼女が大学生みたいで可愛かったと評した、彼の六歳下の後輩だった。今はもう、その倍の差が開き、キャゼルヌが時を止めるまでは更に広がっていくのだろうが。
「おい、シャルロット、これは……」
「お父さんったら、あのクリスマスプレゼント、私とリュシーとおそろいだったでしょ。
名前が書いてあったのはそういうことよ。私もヤンおじさまを撮っていたの。
だから覚えてたのよ。まあ、そこまで言う必要はないから黙ってたけどね」
立体写真を見つめる眼差しは、無邪気な子どもではなく、女性を感じさせるものだった。
「愛さえあれば当事者の歳の差は関係ないけど、恋敵との年齢差はどうしようもないのよね」
「初恋なんてのは、幼稚園や小学校で済ませるもんだろうが」
「だってあいつら、
娘が言い放った言葉に、応接ソファから転がり落ちそうになる父親だった。
「私と玩具を取り合って、鼻水たらして泣き喚いたり、髪を引っ張ったり、
挙句におもらしまでするような連中と、誕生日には花とプレゼントをくれて、
いつもレディとして扱ってくれる人と、勝負になると思うの?」
「お、おまえなあ、その割にあいつのこと『おじちゃま』って呼んでいただろうが!」
キャゼルヌの指摘に、シャルロットは腕を組んでしかつめらしい顔をした。
「それは、ほら、私も子どもだったから。
ヤンおじちゃまって呼ぶと、ちょっとしょんぼりして苦笑いするのが、もう、可愛くって。
つい意地悪しちゃったのよねぇ」
その時、少女の腕の時計が、小さくアラームを鳴らした。
「あ、時間がきちゃった。お父さん、私予備校があるから、もう行くわね。それじゃあ、お先に」
颯爽とした足取りで退出する娘の後に、初恋話に更なる追撃を受けて、完全に撃破されたキャゼルヌが残された。
応接机に突っ伏した彼は、顔を覆ってぼやいた。
「まったく、女ってやつは、
どっとはらい