銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル   作:白詰草

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新帝国暦4年/宇宙暦802年~ 時の間奏曲
挽歌と子守唄


 帝国軍の人員削減と、膨大な業務を帝国の各部門に移管すること。これが新銀河帝国第二代軍務尚書、ウォルフガンク・ミッターマイヤーに課せられた役割であった。

 

「俺は、こういう書類仕事はなあ……」

 

 口の中で呟きつつ、それでもやらなければならない。前任者のありがたさを今さらながらに痛感する。

 

「まったくずるいぞ、オーベルシュタイン。

 卿は陛下の影であったが、なにも天上まで随行することはなかったろうに」

 

しかし、ラインハルトの光輝の影ならば努める価値があろう。その忠誠ないしは価値を、皇太后ヒルダに対して、オーベルシュタインが持ち得たかどうか。死者は語らない。だが、生者に突きつけられている問題であった。

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラム、そしてヤン・ウェンリー。圧倒的なカリスマで人の心を捉え、牽引して突き進ませる、英雄という名の魔性。

 

 彼が命じれば、平凡な兵士が星の海を越えて他国に攻め入り、彼が指揮した軍は、ただの一個艦隊でその大軍に勝ち続け、巨星の喉元に牙を立てる。

 

 ヒルダが決して持たぬ力だった。そして、ミッターマイヤーにもそんなことはできない。

 

 ラインハルトだから成しえたことを、ヒルダができないのは当然だった。しかし、当然のことを帝国の国民が納得できるだろうか。特に、感情面で。帝国軍の中枢にあって、ヒルダの貢献や為人(ひととなり)を知っているミッターマイヤーらはいいのだ。皇帝夫妻の結婚を、慶事として心から祝賀した。

 

 だが、帝国本土の国民には眉を顰める者も多いことを、先日母からの通信で知らされた。

 

 雲の上の存在として、庶民の考えの外にいたゴールデンバウム王朝の皇帝とは違う。帝国軍の宇宙艦隊司令長官として、帝国宰相として庶民に顔を向け、絶大な支持を得たラインハルトだ。門閥貴族のほとんどを滅ぼし、帝位を簒奪しても、多くの庶民は喝采を送った。だが、庶民に理解できる存在となったからこそ、庶民感情から批判をされる。専制君主制から階級を撤廃しようとすると、社会が揺らぐのは避けられないのかもしれない。

 

 だが、ミッターマイヤーはヒルダの味方であろうと誓った。親友の遺児を、ミッターマイヤー夫婦が育てるために、有形無形の支援をしてくれた。ロイエンタールの叛逆を、君側の奸を告発するために行ったものだと解明し、彼の名誉を回復するのにも、大きな役割を果たしてくれたのだ。

 

 フェリックスは二歳を迎えて、言葉も増え、ミッターマイヤーの出勤と帰宅のたびに、ちょこちょこと駆け寄り、飛びついて話しかけてくる。

 

「いってらっしゃい、ファーター」

 

「ファーター、おかえりなさい!」

 

 あの子が起きている時間の中でのことだが。子どもとはなんと愛しく、かけがえのないものだろうか。それは親にとって誰しも同じだ。軍務尚書たるミッターマイヤーも、十六歳の一兵士も、誰かにとっての唯一の誰かだ。子どもを持ってようやく思い至った、当たり前の感情。

 

 だが、ラインハルトがあれほど戦いに邁進できたのは、この感情の欠落ではないだろうか。この思いを知るからこそ、ヤンは不敗を貫いたのではないだろうか。そして、これに恵まれなかったから、ロイエンタールの心は満ち足りることがなかったのかもしれない。

 

 ミッターマイヤーの問いには永遠に答えが返らず、だが問い続けなければならないだろう。自分がどうすればよいのかを。

 

 とにかく、この平和を守らなければならない。フェリックスが戦場に立つ日が訪れないように。大公(プリンツ)アレクが先頭に立って、敵を討つことがないように。

 

 そのためには書類がなんだ。ヤン元帥との会戦を考えてもみるがいい。

 

 当の黒髪黒目の魔術師が聞いたら、きっと肩を竦めてこう言っただろう。

 

「艦隊戦の行動限界は二週間。でも、事務仕事には終わりも切りも果てもないんですよ」

 

 サボリ魔の意見をミッターマイヤーが知る機会がなかったのは、双方にとって幸いといえよう。皇帝ラインハルトと前任のオーベルシュタイン元帥死去の直後、官房長のアントン・フェルナー少将が作成したのは、あくまでも概要書、すなわちダイジェストである。その根拠となる本体の書類があるわけで、その量たるや、軍務尚書の大きなデスクの天板にまんべんなく敷きつめてなお、一メートルの高さになるものであった。

 

 ミッターマイヤーは、迅速で果断な判断力の持ち主である。それが彼をして『疾風』たる名将となさしめた。だから、最重要事項が抜粋された概要書で充分、根拠書類は必要に応じて調べればいいと割り切った。でないと取りかかる前からうんざりとしてしまう。その膨大な書類は、資料室に分類して片付けさせ、綺麗になったデスクで課題に取り組み始めた。

 

 これを、バーラト星系自治共和政府の事務総長が聞いたら、にやりと笑って『正解だ』と言ったかもしれない。ともかく、まったく畑違いとはいえ、ミッターマイヤーは皇帝ラインハルト最古参の部下の一人である。門前の小僧と言うわけで、やはりその手法を肌で実感していたのだ。

 

 それに、彼は平民出身にも関わらず、二十七歳で少将に昇進した男である。まだミューゼル姓を名乗っていた、ラインハルトの麾下に加わる前のことだ。

 

 つまり、将官としての事務、人事能力も旧帝国の基準によって、きちんと教育されていたのである。この基礎能力に、彼の高い判断力が、管理職の第一段階を労せずして達成していた。それは、仕事の序列をつけて中間管理職に分配し、全体図の提示と情報の交通整理の前段階。基本の基本である『いらないことはやらない』だった。やはり、実務経験の差は大きい。

 

 さて、ワーレンらが脂汗やら涙やらを流した結果、イゼルローン要塞は新銀河帝国に返還された。その返還作業中、ミッターマイヤーは工部省を動かして、要塞返還後の大改修の調査を開始させた。悪辣な詭計(トリック)をもって、二回もイゼルローンを奪取した魔術師の部下の言葉を鵜呑みにはできない。しかし、その知識を捨ててかかるのは愚かなことだ。彼らは、旧帝国の要塞司令官と駐留艦隊司令官の誰もが及ばぬほど、イゼルローン要塞とその宙域を研究し尽くしていたのだから。

 

 帝国軍の思わぬ柔軟性に、褪せた麦藁色の髪の青年は、器用に片眉を上げたものだ。そして黒い瞳の美女に、青緑色の目で目配せをした。やはり、残っていたのは正解だったろうと。彼女は不承不承に頷いた。電子治療機器のリース期限の延長金を、どこまで叩けるかと思案をしながら。

 

 次に帝国側が唸ったのは、ガイエスブルク要塞来襲後の破損修理の見事さである。あの来襲で、イゼルローン側は主砲の硬X線ビームやミュラー艦隊のレーザー水爆ミサイルの直撃によって、甚大な被害を出していた。しかし、要塞の特性を研究していたために、次の攻撃が届かないように、要塞の外縁ブロックから人員を動かしていた。それにより、主砲の被害は一万人強で済んでいたのだ。

 

 しかし、要塞自体の損傷、とくに水爆ミサイルによる直径二キロのクレーターを修理したのは、キャゼルヌ事務監らの手腕である。とりあえずの応急処置、穴を塞いだだけだとは本人の弁だが、半年足らずであれだけの修理を済ませるとは尋常ではない。おまけに、修理代金は帝国の常識では考えられぬほどに安上がりだった。

 

「民間企業を指名競争入札して、価格を叩き合わせたからですな」

 

 理由を問われたキャゼルヌは、こともなげに言い放った。

 

「同盟では官民を問わない常識ですよ。

 アムリッツァ後、不景気でしたから、どこも仕事が欲しかった。

 イゼルローンを修理したとなれば、大いに箔がつく。

 設計図と必要な材料や工程を公開し、金額は業者に計算させます。

 発注側の我々も無論計算はします。業者が首をくくらんでも済む額をね。

 で、こちらの計算と業者の計算の答え合わせをする。一番安い者が勝ちというわけだ」

 

 以前の貴族資本にはない発想である。当時の公共事業は、貴族の誰それを指名するという形だった。それが国営企業になり、今度は皇帝の構想に応じて動かすだけであった。競争という発想が乏しいのだ。

 

「なにも、一から十まで国や軍がやらなくてはならないことでもないでしょう。

 要するに建物の修理に過ぎないわけですから、金を払って出来る者にやらせる。

 この要塞返還後も同じことですな。民需拡大のため、業者を参入させればいい。

 ああ、軍が技術協力をするのはいいことですがね。軍人の再就職への道になる」

 

 キャゼルヌは後方本部長代理として、同盟軍解体後の軍人の再就職にも取り組んでいた。二重、三重の布石を打つ、というのは何も黒髪の後輩の専売特許ではないのだ。

 

「それに、フェザーンを帝都として整備するならば、

 流通を分散化させて、リスクの軽減を図るべきだ。

 イゼルローン回廊を新たな通商の道にする。

 そして、エル・ファシルを第二のフェザーンに育てる。

 ヤン・ウェンリーの和平構想の一つです。

 エル・ファシルは非常に住環境の優れた惑星でしてね。

 なにせ、イゼルローン回廊の至近、帝国軍が住民の略奪にくるような地なのに、

 三百万人も人が住んでいましたからな。

 平和になれば、フェザーンよりも強靱な経済圏になりうるのです。

 惑星レベルで自給自足が可能だから、余所から食糧を持ってこなくていい」

 

 再び明かされる、魔術師のベレーの中身。

 

「ヤン司令官は、交易商人の息子だった。

 経済や流通の重要性を根本で理解していたわけですよ。

 国家の役割は、極論するなら国民を食わせることですからね。

 イゼルローンの大改修は、ちょうどいい機会でしょうな。

 フェザーン側で帝国本土の企業を使うなら、こちらは新領土側を使う。

 そして、両方に金をもたらすことです」

 

 直截(ちょくさい)すぎる表現に、同席していたワーレンはなんとか口を挟んだ。これだって元帥閣下の仕事ではないが、その他の面々が凍結していたので仕方がない。

 

「しかしキャゼルヌ中将。

 卿は、下手に旧フェザーンや同盟資本を参入させるのは勧められないと、

 先日発言していただろう」

 

 薄茶色の目が、悪代官の笑いを浮かべる。

 

「ええ、ご指摘のとおりだが、上手に参入させれば何の問題もない。

 むしろ、大いにプラスだ。なんら矛盾はありません」

 

 ワーレンはどうにか乾いた笑みを浮かべたものである。事務監の背後の書記が、アッシュブロンドの頭を頷かせて、にっこりと微笑んだからだ。さっさと仕事をすませないと、お家に帰れないのよ。その空色の目が語っていた。

 

 ワーレンの苦難が滲む報告書を元に、イゼルローンの大改修は工部省主導で行われた。イゼルローンは、この五年で二人の主人の間を行き来した。旧同盟軍から押収された資料には、ヤンが最初にイゼルローンを奪取し、帝国逆進攻の前線基地として整備され、その後にヤン艦隊が駐留して、さらに整備を進めた資料がきちんと残されていた。これを逆回しにすれば、基本的にはいいだろう。

 

 しかし、要塞建設から四十年近い年月が経過しているのだ。核融合炉や要塞主砲などの根幹システムとその制御プログラムは、当時からほとんど変わっていない。難攻不落の代名詞の、中核をなす部分を改変しようとは、旧銀河帝国上層部は考えなかった。

 

 イゼルローンを奪取した同盟軍も、それには手を加えなかった。最も切実には資金不足、次は技術者の手不足。三つ目は、魔術師の悪だくみの種として。ここにも、手を入れなくてはならないだろう。これまた旧帝国軍の資料が探し出され、旧同盟軍の資料と比較検証されながら、イゼルローンの大改修プロジェクトは開始された。これは結局、作業に四年半あまりを必要としたが、新領土に大きな収益を生むことになった。

 

 つまりは、地理的、企業の能力的な問題である。これほどの大改修を行うための資材、人員、艦艇などを安上がりに揃えるのは、新領土の方が楽だからだ。帝国側のイゼルローン近隣の辺境星系は、貴族領の中でも貧しかった。

 

 なにしろ、旧同盟軍の帝国逆進攻の際に焦土作戦を行っても、強硬に反対するような有力貴族がいなかったのだ。これが、ブラウンシュヴァイク公爵領ならば、ラインハルトも同じことはできなかっただろう。つまり、これほどの大工事を行えるような企業が最初から存在しない。

 

 財務尚書オイゲン・リヒターは溜息をついたものだ。

 

「旧帝国の階級の弊害と距離の暴虐だな」

 

 新領土の企業は貪欲だった。自社が競争に敗れても、入札の勝利者との取引を通じて、利益を生み出そうとする。これは国営化した帝国本土の企業には、一朝一夕に真似できない。バーラト星系共和自治政府の財務長官らや、旧同盟にフェザーンの財界人が口を揃えるように、民間に移管していくべきだろう。

 

 さて、軍が丸抱えにするのは愚かだが、技術や運輸の協力はすべきだというのがキャゼルヌの意見であり、軍務尚書たるミッターマイヤーも、それに賛同せざるを得なかった。新領土駐留軍の一部と、帝都に駐留しているミッターマイヤー艦隊の一部を割いて、半個艦隊規模のイゼルローン回廊警備艦隊を設立した。主将は、カール・エドワルド・バイエルライン大将。

 

 元帥が、一個艦隊の司令官であることの明らかな弊害であるが、これは致し方なかった。イゼルローン軍の大佐が、帝国軍人は三階級下に見ろと上官に助言したのが、いよいよ表層化してきた感があった。大将ともなれば、本来なら一個艦隊以上の司令官である。この規模に見合う階級は、少将か中将といったところだ。

 

 ヤン・ウェンリーが、半個艦隊だった第13艦隊を率いていたのは少将昇進直後である。それはアスターテの会戦で、ラインハルトの攻撃を見破り、全軍の潰走を阻止した功績による。

 

 彼が大将となったのは、イゼルローンを味方の流血なく攻略し、アムリッツァの会戦で殿軍を務めて味方の生還に力を尽くしたためだ。

 

 バイエルラインが、ヤンのような戦功を()てたのか? これには否と言わざるを得ないだろう。だが、人材は手を掛け、経験を積まねば育たない。

 

「まったく、悩ましい問題だな。

 将官、佐官級で適性ある者を他部門に異動させ、階級を是正化するほかないだろう。

 降格という形をとれば、不満が爆発するだろうからな」

 

 ミッターマイヤーの構想に、アントン・フェルナー少将は同意した。

 

「は、佐官級も年齢の割に多いかと存じます」

 

「まったくだ」

 

 ミッターマイヤーは、おさまりの悪い蜂蜜色の髪をかき混ぜた。

 

「ところでな、ミュラー元帥から連絡があったのだが」

 

「……バーラトが何か言ってきたのでしょうか」

 

「いや、新領土の地理や歴史について現地行政官に説明を依頼したら、

 小中学生の教科書を渡されたというのだ」

 

 フェルナーの眉根が引き攣った。

 

「ミッターマイヤー軍務尚書、それは本当ですか? 

 あまりに非礼ではありませんか」

 

 ミッターマイヤーは渋い表情で首を振った。

 

「ああ、俺も最初はそう思ったのだが、これが実にわかりやすくて、よく出来ていてな。

 ミュラーも中身を読んで、逆に感謝したと言うぐらいなのだ。

 こちらに写しを送ってきたので、卿も目をとおしてみるといい。

 それが、旧同盟の義務教育の基本カリキュラムというわけだ。

 そしてバーラト星系では、宇宙統一後の歴史を含んだ教科書を制定した。

 他の新領土では、どのような教育を行えばいいのかと、質問されてしまったそうでな」

 

 

 フェルナーは、天井を仰いで、ぴしゃりと額を叩いた。

 

「次は教育問題ですか……。それは軍部の仕事ではないと思うのですが」

 

「だが、新領土に赴任するのは、ほとんどが帝国軍関係者だからな。

 学芸省は、帝国本土の学制改革を進めているが、

 我ら軍人や成人は対象から外れるだろう。

 戦うならば、航路や宙域のみを知ればよいが、

 統治や守備をするとなると、さらに詳しい知識が必要になるわけだ」

 

 フェルナーは眉間を揉んだ。

 

「新領土の者は、帝国本土の知識をある程度持っていましたね。

 彼らの出自からいえば当然でありますが」

 

 我らみな、逃亡者でなければ亡命者の子孫だ。旧自由惑星同盟軍史上、最年少の元帥はそう語ったという。

 

「ああ、それに当面、新領土から帝国本土に大々的な進出はあるまいよ。

 というよりもだ、帝国本土の国民すべてが、統一基準による基礎教育を受ける状況にない。

 士官学校卒者と一般徴兵者を同様に考えるわけにはいかんが、

 多数の一般兵は同盟語が不自由だ。

 農奴階級出身者などは、帝国語の読み書きもおぼつかん。

 これは問題だぞ」 

 

「一般兵を退役させるにしても、相応の教育をしないと学力の谷間ができてしまうわけですか。

 そこへ、新領土などの資本が参入したら、教育弱者は経済弱者になるということですね」

 

 ミッターマイヤーの目が、曇り空の色と化した。

 

「ああ、そういうことだ。これを解消せんと安易な人員削減はできん。

 卿の言った懸念は、いち早く気付いたワーレンからの上申にもあった。

 黒衣(くろこ)は、バーラトにいるだろうがな」

 

 その部下は、眉間を押さえたまま項垂れた。

 

「本当に、嫌な()を先んじて打ってきますね、あの連中は」

 

「だが、まったくもって正しい。同盟軍を解体した先行者の意見は尊重するに値する。

 ただし、あちらの兵員は、最低でも幼年学校卒業程度の学力の所有者たちだ」

 

 上官と部下は顔を見合わせた。どちらともなく溜息を吐く。ミッターマイヤーは、乱雑に髪をかき回した。

 

「それでな、一般兵の中からも、このイゼルローン改修事業に参加させようと思うのだ。

 新領土企業に協力し、彼らのやり方を学び、再就職への道筋をつける。

 作業期間は三年以上が見込まれる。派遣は一年交代として、人事の固着化を防ぐ。

 兵士たちの郷愁にも配慮をしなくてはならん」

 

「御意。見事なお考えです」

 

 ミッターマイヤーは右手を振った。

 

「いや、卿の賞賛には値せんのだ。

 俺自身が思いついたのなら大したものだが、散々カンニングしたうえのものだぞ。

 しかし、発案者よりも実行者、そして当事者の努力がもっとも必要となるだろうよ。

 この案件は、比較的若年で、学習能力の高い者が望ましいだろう。

 統帥本部と協議して、適任者を選出させてくれ。一万人を一年単位の交代でどうだ?」

 

「よろしいかと存じます」

 

「だが、これは贅沢な悩みだろうな。

 一万人は、艦隊に換算すれば百隻足らずの兵員に過ぎん。

 会戦となれば瞬く間に失われる命だ。その行く末を悩む余裕さえなかったのだ。

 平和とは尊く、そして重いものだな。そうは思わんか、フェルナー少将」

 

「御意」

 

 疾風ウォルフは、傑出した名将だった。

それ以上に、平和の無為の価値を正しく理解する男だった。白き手の皇太后の下で、それに見合った軍を再構築するのに、彼以上の軍務尚書はいなかっただろう。

 

 帝国の双璧から至宝へ。オスカー・フォン・ロイエンタール元帥は、彼を地位に応じて器量を充実させると評した。それ以上の表現ができた歴史家は、ついに後世にも現れなかった。


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