敵討ちされる人を待つ話

※練習用の掌編です。小説家になろう掲載中

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『練習用掌編(渇望3):敵討ち』

 彼が帰ってくるなら天国。

 帰ってこないなら地獄

 初めは自分を買う人間の一人だった。

 いつも通りの流れのあとに、いつもと同じように帰っていく毎日。

 しかし、事が終わっての会話で同郷であることがわかり話が弾んいった。

 いつもぶっきらぼうな彼であったが、ひょんなことで見せる意外な一面がえらくかわいらしかった。

 かんざしをつぶして作った煙管を渡した時の目を丸くした顔など、思わず笑ってしまった。

 普段は不満そうに閉じている口をぽかんと開けて、睨むような眼がまんまるく見開かれた姿が偉く子供らしくて。

 その彼が、いつものしかめ面をさらに深めてやってきた。

 実はこういうことだ。

 彼は敵討ちをされる立場だったのだ。

 宴会で酔って口論となり、刀を抜いてきた相手を返り討ちし、そのまま脱藩した彼。

 その彼を討たんとすべく、殺された相手の嫡男と、助太刀の叔父たちがやってきた。

 彼は落ち着こうと努めながら、それを話す。

 しかし、私は見逃さなかった。

 握りこんだ彼の手が震えているのを。

 怖がっているのだろうか、それとも緊張しているのだろうか。

 いつもより彼が小さく見えて、なんとなく守ってあげたくなって。

 そっと抱きしめた。

 彼は驚いたような様子だったが、そっと抱きしめ返すと、私を離して、閨を後にした。

 そのまま消え入りそうな、嫌な予感がした私は、思わず後ろ袖を引いて彼を呼び止め、幸運のお守りにと簪を渡した。

 彼は、それを無言で懐にしまうと、そのまま去って行った。

 

 彼が去り早一日。

 何も音沙汰がない。

 客の噂では、河原で斬りあいがあったそうだが、あの人は帰ってこない。

 自分で何があったか確認しにいきたいが、客の相手が忙しくて出られそうにない。

 彼はどうなったのだろうか、気が気がで夜も眠れない。

 

 数日経て、黒い頭巾をかぶった男が私の元にやってきた。

 男は、多数の小判と彼の形見を私の目の前に置いた。

 私は男の顔を見たが、男は無言で首を振る。

 どこか頭がぼんやりとして、思考がまとまらない。

 震える手で、男の遺書を開いた。

 

 もらった小判で陰間から自分を買い取った私は、寺への道を歩く。

 目的地の寺はあまり大きくなく、現に人の姿は多くはない。

 寺に付くと、そのまま目的の墓の前まで行った。冷たい墓石を見る。

 しばらく呆けたように、その場でぼうっとしていた。

 草木が乱雑に自生し、墓石にひびが入っている、などと言うことはなく、灰色の石はちゃんと整備されていた。しかし、線香1つ挙げられてはおらず、酷く殺風景だと私は思った。

 黒い頭巾、あの時の男がやってくるのが見える。

 その懐には、見覚えのある簪が顔をのぞかせていた。

 



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