東京吸血種   作:天兎フウ

5 / 6
 


本当に、ホンッッッットにお待たせしました!(五体投地)
なんと約半年ぶりの投稿。

 こ れ は ひ ど い

亀更新にも程がある……。これだけ待たせても読んでくださる方がいるなら、本当に有り難いです。

話は変わりますが、私がハーメルンに初めて小説を投稿して一年が経ちました。何となく目出度い気分。東京グールのカレンダーを見たら絵がエトさんでさらにテンションアップ。なんだか今日はいい日になりそうな予感(笑)
もともとエトは好きでしたが、今ほどではありませんでした。やっぱり自分でキャラを書いてると愛着が湧きますね。

サブタイトルは『きょうき』





梟鬼

 

 

 

 CCG二区支部襲撃から約一ヶ月。

 あれほどの惨劇を起こした二人は、その様子を微塵も感じさせることなく、高級ホテルの一室でのんびりとしていた。

 

「ねぇ、ユエ」

「なに、エト?」

 

 会話する二人が倒れ込んでいるのは子供二人が寝るのには十分過ぎるほどに大きいベッド。

 何処か蠱惑的な甘い響きでお互いの名を呼ぶ二人は、部屋に誰もいないのをいいことに、陶器のようにきめ細かく、雪のように幻想的な白い肌を惜しげもなく晒している。

 二人の年齢は十代前半というまだ大人とは言えない若さであったが、第二次性徴期を迎え、子供から大人へと変化する過程を通る二人は、少女から女に変わる青い果実独特の匂い立つような色香を醸し出していた。

 

「あっ……」

「どうしたの?」

「手についてる」

「あら、本当だ」

 

 果たして名の後に続く言葉は何だったのか。それを知る前にエトがユエの手を持った。

 エトの言葉に自身の手に付着するソレに気付いたユエが、そろそろ色々洗わなければならないかと身体を起こそうとする。しかしそれは、エトが手を引いたことで止められた。

 

「……もったいない」

「ちょっと、エト!?」

 

 更に持つ手を口元まで持って行き、しげしげと眺めて呟いたエトは、パクリと、ユエの指を口にくわえた。

 

「んチュ……ぁむ」

「え、エト! ……んっ」

 

 艶めかしく指に舌を沿え、唾液の線を引きながら指に付着したソレを舐めとる。指を舐められる感覚が堪えがたいものだったのか、ユエは小さく声を漏らし身をよじる。

 その光景は男であれ女であれ、本能的情動を誘うような生々しく妖艶なもの。

 しかし、人間はその情動を感じる前に別の本能が働くだろう。

 どれだけ生々しく、艶めかしく、妖艶で、妖美で、性的なものであろうとも、赤黒く染まったシーツの上で、貪り絡み合うバケモノに圧倒的恐怖を覚えるであろう。まるでこれが当たり前のように、何の違和感も感じず、何食わぬ顔をして会話をするモノをバケモノ以外に何と呼ぶのか。

 

「アァ、エトの所為で高ぶってきちゃった。……責任、とってよ?」

「アハハッ、もちろん」

 

 それが日常の一部であるかのように、お互いに喰らいつき、啜り合う。溢れだし零れ落ちたどす黒い赤が、赤黒いシーツを鮮やかに染め上げていく。

 それを二人は疑問に思わない。何故なら、二人にとってはこれこそが日常なのだから。親友を喰らい合うのは、ちょっとした戯れであり、ただの友情や愛情の確認だ。この行為こそが二人にとってのスキンシップであり、慣れた恋人同士が軽いキスを交わすのと同様の意味を持つ。

 ぐちゃり、ぐちゃりと部屋に響く湿った音は聞きなれたもの。びちゃびちゃと濡れた音は唯の水遊び。ブチブチと千切れる音は少し力を入れ過ぎただけ。ガリゴリという音は、ちょっとしたじゃれ合いだ。そしてグチュグチュと再生していく音は遊びが再開する合図。

 絡まり絡まれ縺れ合う。貪り啜り喰らい合う。その行為に理由はなく、ただ何となく、親友とバカ話をして楽しみたいのと変わらない。

 

 ――――ああ、私はバケモノだ。

 

 ユエは快楽の洪水の中、薄い意識で考える。それを否定することはない。否定する必要はない。

 だから、もっと溺れよう。何も考えられないくらいに。何も考えないように。

 一時の幸福に身を任せ、沈んでゆくのだ。バケモノへ。

 浮き上がる必要はない。浮かび上がりたくない。

 だからこそワタシは喰らい続ける。

 助からないくらいに。

 

 

 いつかのように、ユエの意識は呑み込まれ掻き消えていく。

 

 

 

 

 

 ――――それがいつだったのか、ワタシ(ユエ)には思い出せない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 あれからしばらくして、シーツやその他色々なものを片付け痕跡を消したユエは、今度こそ一息つく。部屋は先ほどまで起こっていたことなど最初から無かったかのように綺麗なものになっている。これは二人がやったものではなく、ホテルの従業員に片付けてもらっているのだ。一週間に一度はこんなことが起こっているのに、全く嫌様子を見せず、毎回新品同様の部屋にしてくれることに、ユエは感謝と申し訳なさを抱いていた。

 

「エト、何読んでるの?」

「……白秋」

 

 ユエが問いかけると、新しくなったシーツにうつ伏せで寝転がり、暇そうに脚をバタバタとさせながら本を読んでいたエトが気だるげに顔を上げた。

 

「その人の本、よく読んでるけど、好きなの?」

「好きだね。ユエも読めば?」

「うーん。私の好みには合ってないし、遠慮しておく」

「ユエはファンタジーものばっかりだもんなー。なんか、ユエがライトノベルを読むのは意外だったよ」

「別にファンタジーしか読まないわけではないわよ。昔は色々読んでたし、ライトノベルなんて最近になって読み始めたもの」

「昔って……ユエって今11でしょ」

「まあ、そうなんだけどね。でもそんなこと言ったら、14で北原白秋を読むのもどうかと思う」

 

 昔というのは転生する前のことだったが、いくらユエがエトと仲が良くても、転生したことについては教えるつもりはない。それ自体に大した理由はなかったが、ユエはこの秘密を誰にも教えるつもりはなく、墓まで持っていくつもりだった。

 

「それならユエだって11歳で白秋を知ってるじゃん」

「それでもエトほど詳しくはないわよ。……まあ、それくらいなら知ってるけど」

 

 エトの持つ本を覗き込むようにしながら呟く。そこには大きく『からたちの花』と書かれていた。

 

「へえ、この童謡は知っているんだ」

「そうね。きっと後数年したらもう少し有名になるでしょうから」

「え、何で?」

「……いえ、何でもないわ。そう思っただけよ」

「そう……?」

 

 エトは釈然としない思いを抱きながらも、深くは訊ねない。それはユエとエトのお互いで知らぬうちに決まっていた暗黙の了解のようなものだった。

 

「そうだ!」

「どうしたの?」

 

 少しだけ微妙になった雰囲気を変える為か、大きな声で思い出したように言うエトに、ユエは心の中で感謝しながら問う。

 

「また二区を襲撃しようと思ってるんだけど、手伝ってくれない?」

「……いつ?」

 

 ただし、エトの口から出てきたのは、先ほどの雰囲気を打ち壊すと同時に、正気を疑うような到底感謝するようには程遠い発言だったが。だがエトが唐突に爆弾発言をするのには慣れているのか、ユエはあまり取り乱すことなく詳細を訊ねる。

 

「一週間後の夜かな」

「随分と急な話ね。他に協力者はいるの?」

「うん」

 

 答えを聞いてユエの頭に浮かんだのは少し前の出来事。エトが徒党を率いてコクリアを襲撃した際の者たちだ。あの時ユエは他にやるべきことがあり襲撃には参加していなかったが、後から聞いた話から仲間がいたことは知っている。

 聞いたものは意外に思うかもしれないが、ユエとエトは四六時中一緒にいるわけではない。寧ろ、場合によっては一週間以上も会えないことがある。そのために、ユエはコクリア襲撃に協力した仲間がいることは知っていても、その仲間たちがどのような人物かは一切把握していない。

 さて、とユエは心の中で呟いてから脳裏に予定表を浮かべる。そして一週間後の予定を思い出し、ユエは思わず「うわー」と気の抜けた声を漏らした。

 

「ごめん、その日にちょうど予定が入ってる」

「そっかぁ……」

「お偉いさんの護衛をしなきゃいけないの」

 

 お偉いさんとは今ユエがいるホテルのオーナーをしている人物のことだ。できれば予定をキャンセルしてエトと共にいたいが、日頃から便宜を図ってもらっている身としては依頼を受けざるを得ない。

 

「でも襲撃するのが夜なら、もしかしたら間に合うかも」

「うん、りょーかい。頑張ってねー」

「終わったら急いで行くから、エトも気を付けてね」

 

 二人の言葉はお互いの身を案じるものではあったが、実際に何かが起こるとは思っていなかった。二区の襲撃など、普通で考えれば命を投げ出すようなことにも関わらず、二人は何でもないことかのようにしている。しかし傲慢とも言えるそれはお互いを信頼している証でもあり、二人は言葉にすることができるだけの実力を伴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――故に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……畜生(ちくしょう)ッ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堕ち行く中で願ったのは、さらなる力。

 

 

 

 歪んだ鳥籠(運命)を壊す為の、強大な能力。

 

 

 

 砕かれた慢心(信頼)に、胸を焼き焦がす激情を覚える。

 

 

 

 それは一体、誰に向けてのものか。

 

 

 

 ただ、遠ざかる()を見据え思うのは――――

 

 

 

 

 

 ――――――――ユエ、来てくれなかったな

 

 

 

 

 

 友と交わした小さな約束。

 

 

 

 零れた滴は如何なる意味か。

 

 

 

 届かぬと分かっていても、無意識の内に音を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユエ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――エト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音が、届いた――――

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ――ドンッ、と。

 大きな衝撃を受けながらも、エトの身体が受け止められる。しかし、空中という足場のない不安定な場所で衝撃を受けた為か、ユエはバランスを崩してしまう。だが、このままでは背中から地面に叩きつけられてしまうという状況でもユエに焦りはない。肩の付近から飛び出した四本の赫子を壁に突き刺すと、まるで手足のように使いながら体制を立て直し落下の勢いを殺した。軽やかに着地したユエは、腕に抱えるエトを優しく降ろす。

 

「ユエ……」

「ごめんね、少し遅くなっちゃった」

 

 虚ろな瞳で見上げてくるエトに、ユエは安心させるように微笑んだ。

 エトの状態を手早く確認したユエは、何の躊躇いもなく赫子を使って自身の腕を切り落とす。飛び散る鮮血を気にする様子もなく、もう片方の腕で自分の手をキャッチすると、エトに腕を差し出した。

 

「これで逃げるくらいに回復はできるでしょう。鳩が来る前に早く行って」

「ユエはどうするつもり……?」

「足止めと、友達を虐めてくれた報復」

 

 軽く言い放つユエにエトは不安な瞳を向ける。先ほどまでは負けるなど少しも考えていなかったが、慢心の結果自分の身に起きたことで、ユエまで同じようなことになるのではないかという弱気が生まれていた。

 しかし、そんなエトの思考を読んでいたかのようにユエが言葉を重ねた。

 

「大丈夫よ。メインの目的は足止めだから、危なくなったらすぐに逃げる」

「本当だよな?」

「ええ、だから早く逃げて」

 

 そう言ったユエはエトが腕に喰らいつくのを確認すると、蝙蝠を模した仮面を着け思いっきり跳躍する。そして三十メートル以上ある高さの壁を赫子を使って登っていった。

 上へと昇っていくうちに、切り落としたはずの腕は回復しはじめ、頂上に着く前には既に怪我をしていた痕跡は付着した血液だけとなっていた。

 ユエは自身の体調が万全になったことを確認すると、頂上の手前で赫子を二本同時に壁に突き刺し、その力を使って身体を持ち上げ、捜査官の前に飛び出した。

 

「なっ!?」

「まだ生きて――」

 

 捜査官たちが反応しきる前にユエの肩からさらに二本の赫子が出現し、計六本となった枝のような羽赫を大きく振るった。ジャラリと音を鳴らす七色の水晶が赫子の動きと共に射出され、碌に防御も取れない捜査官たちに降りかかる。運の悪い者は音に反応した瞬間に顔に水晶が突き刺さり、一瞬で命を落とす。他の防御姿勢をとれていなかったものも、腕や脚、胴体などに水晶が刺さり、重症に陥った。

 膝を曲げるようなこともせず軽やかに着地したユエは、水晶の復活した赫子をシャラリと鳴らし、捜査官たちに嘲笑(わら)いかける。背後から照らす満月の光を受け、美しい金髪と赫子についた水晶が輝く様は幻想的で、月光(ルミナス)の名に相応しい神秘的な光景だったが、捜査官たちにはその美しさがどうしようもなく”死”を連想させた。

 

「隻眼の梟じゃない……?」

「蝙蝠を模した仮面に金髪、そして特徴的な赫子……まさか、月光(ルミナス)!?」

「何だと!? 隻眼の悪魔か!!」

 

 叫んだのは一体誰か。その声が捜査官たちの間に響き渡り、大きな動揺を生む。捜査官たちにからしてみればSSレートの相手を連続でしなければならないのだから、普通なら絶望的で逃げ出す者がいても可笑しくない状況だろう。それでも動揺するだけで済んだのは、ここに残っている捜査官は隻眼の梟との戦闘を乗り越えた猛者たちだったからだ。しかし、だからといって事態が好転するようなことはない。

 

「うふふ、今夜は満月、高ぶっちゃって手加減できそうにないわ」

 

 その可憐で楽し気な声とは裏腹に、仮面の奥から覗く一つの瞳は、紅い敵意で満たされている。

 

「こんなにも美しい満月だから――」

「来るぞ!!」

 

 

 

「――――楽しい夜になりそうね」

 

 

 

 紅い鮮血が舞った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 降り注ぐ水晶の刃、驚異的な身体能力を以て繰り出される鋭い一撃。合間を縫って放たれるクインケ。何度も攻防を繰り返す中で、どんどん消耗が激しくなっていく。しかし消耗しているのは明らかに捜査官たち。数は戦い始めたころから半分も減り、大半の者が地に伏している。

 

「ぬん……!」

 

 黒岩の気合のこもった力ある一撃がユエに向かって振るわれる。ガキンッ! と、凡そ羽赫ではあり得ないような音がして黒岩の攻撃がクロスした二本の赫子で受け止められる。その動きが止まった一瞬を狙い、左右から捜査官が切りかかる。だが、その一撃は黒岩には遠く及ばないもので、ユエはそれぞれ一本ずつの赫子を使い余裕で防いだ。

 さらに完全に動けなくなったユエの背後から遠距離射撃が襲い掛かる。一歩間違えれば味方に当たるような攻撃、しかし確かな自身を持った射撃は狙い通り全てがユエに向かって撃ち出された。だが、ユエにとってはその攻撃さえも予想通り。残った二本の赫子を使い、全ての攻撃を弾き落とした。

 

「嘘っ!?」

 

 華麗な連携を重ねた上での攻撃を全て防がれ、捜査官から思わず驚愕の声が漏れる。それだけ自身のあった攻撃でも、ユエにはどれ一つ届かなかった。

 ユエは反撃とばかりに身体を捻り、その勢いを利用して黒岩たちを弾き飛ばす。さらにクルン、と一回転しながら赫子を振るい、水晶を凄まじい勢いで全方位に放った。月明りに照らされた黄金の髪が流れ、暗闇に紅い瞳が残光を引く。それはまるで戦舞のように美しく、神秘的であったが、放たれた水晶は捜査官たちに数多くの死を運んだ。

 

「ウフフフフ――――」

 

 既に戦闘が始まってから二十分。辺りには濃密な血液の匂いが漂い、地は黒く染まっている。その匂いや雰囲気に当てられ、いつの間にかユエの目的は足止めから殲滅へと変わっていた。

 縦に裂けた瞳孔が獲物を探すかのように動き、やがて一点で動きを止める。

 

「アハハハハハッ!!!!」

 

 飛び出したユエの狙いは、吹き飛ばされたことで体勢を崩している黒岩。突き出された赫子を転がるようにかわしながら立ち上がるが、完全に立て直す前にさらなる追撃が襲い掛かる。

 

「ぐぬっ!?」

 

 ぎりぎりのタイミングでクインケを身体の間に割り込ませることには成功したが、予想外の威力によりエトとの戦闘で致命的ダメージを与える代償に受けた肩の傷がザックリと開いた。肩から血が噴き出ると同時に、黒岩の重心が大きくずれ、致命的な隙を晒した。

 

「死んじゃ――」

 

 その隙を逃すはずもなく、ユエの赫子が黒岩の頭部に吸い込まれるように放たれ――――

 

「エ」

 

 ――斬、と。

 ユエの赫子が半ばから切断された。

 

「!?」

 

 ユエは何が起きたかも分からないままに危機感を感じて、黒岩の前から咄嗟に飛び退く。次の瞬間、先ほどまでユエが立っていた空間に斬撃が走った。その攻撃の先を辿り、ユエはようやく敵を認識する。

 

 

 そこには死神が立っていた。

 

 

 いや違う、立っていたのは一人の少年だ。青み掛かった髪の眼鏡をかけた普通の少年。それなのに、何故かユエは少年に対して漠然と死神を見た。理性が逃げろと叫ぶ。本能が危険だと警告を鳴らしていた。

 ユエが次の行動の判断を決めかねていると、そこに遅れて何人もの捜査官たちが現れた。

 

「有馬! 先走るなと言っただろう!」

「………すみません」

「戦っていた奴らは無事か!?」

「アレが月光(ルミナス)か……」

 

 グールと吸血鬼の優れた聴覚が会話を聞き取り、援護が来たのだと理解する。そしてユエの判断は本能へと傾いた。

 

 ――――危険だ。()()()()()()

 

 血に誘われ発露した破壊衝動は本能と混じり合い、狂気となる。沢山のお人形(オモチャ)が現れたことによって破壊衝動は理性を凌駕し、ユエの精神を狂気へと染め上げた。

 

「ァハッ!」

 

 嘲笑(わら)ったユエは何の前触れもなく、思い切り地を蹴る。それは今までとは違う、足止め目的ではなく殺意を剥き出しにした本気の速度。喰種と吸血鬼の身体能力をフルで活用した正真正銘の本気。その速度は今までのものを遥かに凌駕し、捜査官たちの視界からユエの姿が消え去った。

 一瞬で捜査官たちの前に肉迫したユエは、未だにユエを見失っている捜査官に赫子を突き出し胴体を貫こうとする。しかし、赫子が届かんとするその直前で、視界の端から迫る白い刀を認識し、回避を余儀なくされた。

 

「――――イっタいなァ」

「……駄目か」

 

 二人が独り言のように呟いた瞬間、パキンッ――! と澄んだ音を鳴らし、有馬の持つクインケ、ユキムラ1/3が刀身の半ばから折れ、同時にボトリとユエの赫子がずり落ちた。

 痛いと言いながらもユエの顔に浮かんでいるのは薄い笑み。元々赫子に痛覚はなく痛いというのは唯の演技。笑みを浮かべている理由は自身の狙いが上手くいったからだ。

 このタイミングで有馬のクインケが壊れたのは偶然ではない。先ほど有馬の攻撃を回避する瞬間、横薙ぎの斬撃に合わせ、刀の腹に向けて下から赫子を振り抜いたのだ。

 人間離れした反射神経や動体視力を持っているからこそ可能な神業。しかし、同時に有馬はユエの攻撃に合わせ、赫子と接触する瞬間に手首を返し、赫子を切り落とすように刃を立てていた。結局、赫子の重量に耐えられずユキムラは折れてしまったが、ユエの赫子を切り落とすことに成功している。それは、有馬の反射神経や動体視力がユエに劣っているものではないことを示していた。

 それだけ聞けば両者互角に思えるが、実はそうではない。有馬とユエには決定的な違いがあった。それは、武器。有馬のユキムラは既に折れ使い物にならなくなっているのに対し、ユエの赫子は十秒と経たずに完全に再生したいた。だからこそのユエの余裕。

 

「アハは! 武器がコワレちゃッたけド、どウするノ?」

「…………」

「イくヨ?」

 

 その言葉が空気に溶ける前に、既にユエは有馬の寸前まで迫っていた。

 

「……!」

「ふフっ――――!」

 

 笑いながら突き出された赫子は、有馬の頬を掠りながらも紙一重でかわされた。しかし、ユエはそれを読んでいたいたように身体を捻ると、反対の赫子を振るい追撃を図る。だが、有馬はそれすらもかわして見せた。上体を反らしながら赫子をやり過ごした有馬は、その体勢から蹴りを繰り出す。不安定な姿勢からの攻撃には重さが足りず、ユエの身体を動かすこともできなかったが、有馬は蹴りの反動を利用してバク転を交えながら距離を取った。

 

「速いな……」

 

 一端下がった有馬は呟きながら、ユキムラ1/3の入っていたケースからさらにユキムラ2/3と3/3の二本を取り出す。その隙を狙ってユエは赫子から水晶を大量に射出するが、その攻撃は有馬が振るった二本の刀で殆どが切り落とされた。

 そのあまりに人並み外れた高度な戦闘に、先ほどまで戦闘していた捜査官や、援軍に駆け付けた捜査官まで、入る隙を見つけられず唖然としたまま傍観することしかできない。それ以上に、たまに飛んでくる流れ弾の対処に手一杯で、戦闘に参加することなど考えられもしなかった。

 

 ユキムラを二本構えた有馬は、再びユエに接近すると刀を素早く振るい、先ほどよりも手数の多い攻撃する。しかし、ユエはそれらの攻撃を全て避けきり、攻撃が途切れた一瞬を狙って赫子を薙ぎ払う。有馬はその攻撃を刀で受け止めるが、想像以上の力強さに大きく吹き飛ばされる。

 だが、咄嗟に空中で姿勢を立て直した有馬は、赫子を振り切り隙だらけのユエに向かってユキムラを投擲した。真っ直ぐ赫包の位置を狙って飛んで行ったユキムラは、直前でユエが何とか身体をずらしたことによって、脇腹を切り裂くだけにとどまる。

 普通であれば脇腹が切り裂かれるだけでもかなりの傷になるのだが、再生力の高いユエにとってはこの程度はかすり傷であり、有馬が着地して体勢を立て直すころには既に完治していた。

 

「……これ、借ります」

 

 倒れていた黒岩の近くに着地した有馬は、一言だけ断りを入れると返事も聞かずにクインケを手に持ちユエと相対する。黒岩のクインケは彼の為に作られた巨大な甲赫のクインケであり、有馬の体格には合っていないものだったが、有馬はそのクインケを難なく振るうとユエの赫子と打ち合った。

 ユキムラを持っていた時より攻撃の速度が遅くなってはいたが、その代わりに一撃一撃の重さが格段に増しており、ユエは防御に意識を割かなければならなかった。先ほどよりも大きくなったモーションの合間に反撃をするも、それは最初から読まれていたように難なくかわされる。

 

 

 ――――武器を代償にダメージを与えたものの、即座に回復され決定打を与えられない有馬。

 

 ――――全くダメージを受けていないものの、反撃を読み切られ赫子がかすりもしないユエ。

 

 

 周囲の者は手出しすることすらできず見ていることしかできない中、二人の戦いは膠着状態へと陥っていた。

 

 

 

 

 




 
なんだか中途半端な形で終わっちゃいましたが、こうでもしないとかなりの文字数になりそうだったので。
文字数が増えると、そのままずるずると投稿しなくなりそうだったので、一周年を機会に投稿することにしました。


以下適当な本編の補足的な何か


【喰らい愛】
・今更ながらタグにガールズラブを入れるべきか……。でも二人の関係は、あくまで歪んだ友情であってloveではないし……

【からたちの花】
・2007年に日本の歌百選に選ばれる。現在作中の時間軸は2002年。
ちなみに花言葉は相思相愛。……上記の通りなので他意はありませんよ?

【お偉いさんの護衛】
・護衛対象はもちろんあのヒト。アオギリが繋がりを持っていたのも実はユエを介してだったりなかったり……?

畜生(ちくしょう)ッ……】
・原作ではエトの表情が印象的だった。だったら助けるしかないじゃない!(使命感)
これぞ二次創作の醍醐味。

【楽しい夜になりそうね】
・お姉様のセリフ。かなり好き。ちなみに私はノーコンでこのセリフは中々聞けない。

【有馬さん】
・正直最新話見た後だとユエでも勝てる気がしない。でもユエはまだ赫者でもないし、能力も使ってないから……(震え声)
とりあえず赫者じゃなくても店長より強い。

【ユキムラ】
・支給品だし多分もろい。それを使いこなす有馬とハイセの異常性が分かりますね。折れても結構簡単に直せそう。

【膠着状態】
・お互いにまだ様子見の段階。どっちが先に動くかで今後の展開が変わるかも?


次回で一章は終わりになると思います。半年経っても一章が終わらず投稿数は五回。……こんなんで大丈夫か、私!
次の投稿もいつになることやら……。
少なくとも半年以内には投稿できる……はず。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。