オーバーロード ~王と共に最後まで~ 〈凍結〉   作:能都

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第9話

 リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテル。その町のとある広場を颯爽と歩く三人の駆け出しの冒険者達。

 

漆黒に輝き金と紫の紋様が入った絢爛華麗なフルプレートに身を包み、真紅のマントを割って2本のグレートソードの柄を覗かせている人物、モモン。

 

全身を黒い布で包み、真っ赤な髪の所々に黒くメッシュが入っており、長い髪をポニーテイルの様に後ろで纏めて、長い前髪はそのまま胸元までおろしている。きめ細かい色白の肌は日差しを浴びて真珠の様な艶と輝きを放ち、道行く男達の心を鷲掴みにしている美女、クラナ。

 

そして、過去に王の双腕と名を馳せながら戦友と反目し、争い、敗北。反逆者として追放されながらも力を求め、闇と共に生きる道を選んだ騎士、レイムの装備を着用し身の丈程ある黒く無骨で板の様な特大剣を背に差した、アロン。

 

「なんて、一人で解説してみたが、凄い注目のされようだなモモン。」

 

「ん?いきなりなんだ。まぁ注目されるのは仕方が無いだろう。目立つのも目的の一つだぞ、アロン。」

 

 今現在私達はエ・ランテルに来ている。目的はこの世界の人間の冒険者としての地位を確立し、冒険者達、つまりこちらの世界の強者の情報を集めると共に、こちらの世界のお金を稼ぐ事だ。

 

 今回同行人に選んだのが師匠だ。モモさんは最初、ナーベラル・ガンマを連れていくつもりだったのだが、私はこちらの世界に来て暇な時間を利用して守護者達やプレアデスと触れ合ってきたから分かるが、あれは不味い。大の人間嫌いなのだ。

 

試しにカルネ村へのお使いをナーベラルに頼み、その様子を見ているともう見た感じ人間を嫌悪している雰囲気が出まくっていた。話しかけられれば虫けら呼ばわりで、流石にこれを連れていく訳にはいかなかった。

 

 そこで白羽の矢がたったのが師匠だ。基本師匠は7階層にいるが、別にデミウルゴスの指揮下にある訳でもなく防衛時も特に役割を与えられていない。まぁ言い方が悪いが居なくなっても問題無いのだ。しかも私が彼女に設定したカルマ値は極善の200。人間相手にも特に問題無く接することが出来るので今回の同行人に選ばれたのだ。

 

「それにしてもアロン、本当に私で良かったのか?護衛というならやはりアルベド様の方がいいのでは?」

 

「アルベドは…私とモモさんがもっとも信頼できるからこそ、留守を任せるのだ。」

 

「成程な、そう言う事か。」

 

 師匠はいつもと違いフードを取っている。一応怪しまれない為の処置だが、ダークソウル内では素顔を見せる事が無かったので、私が彼女の姉妹の顔を参考に作ったのだがこうして見るとやはり美人だ。一応冒険者仲間と言う事で、私達との会話は砕けた感じでする様に命令している。ちなみにナーベラルにもやらせてみたが無理だった。

 

「それで、これからどうするのだ。」

 

「これから組合で紹介された宿に向かう。その後の事は宿で決めよう。」

 

「了解した。」

 

 そして私は今騎士アーロンではなく、煙の騎士レイムになりきっている。モモさんから別な装備を着けて行ってくれと言われたので、数少ない一式装備の中からこれを選んだ。

 

「さてと、確か目的の宿はあそこだな。」

 

 モモさんが探していた絵を提げた店を発見した。私達はこの世界の文字が読めないので絵を頼りにして探していたのだ。

 

 ウエスタンドアを両手で開けると、薄暗い店内が広がっていた。店内はかなり広く、1階は酒場になっている様だ。奥にカウンターがあり、その横には棚が据え付けられ酒瓶がならんでいる。部屋の隅には階段があるので、上の階が宿屋なのだろう。

 

 何卓もある丸テーブルには客の姿がちらほらと見え、それは殆どが男だ。堅気ではない者に相応しい空気に包まれていた。そしてその者達の視線は私達に向けられている。それは値踏みする様なあまり好ましくないものばかりだった。

 

(それにしても汚いな…ユグドラシルの酒場もここまで酷くはなかったんだけど…)

 

 横を見ると、モモさんも同様の感想なようで少し溜め息をついている。そして店の奥に目をやるとそこには体のいたるところに傷跡をいくつも浮かび上がっているスキンヘッドの男がモップを片手に私達を堂々と観察していた。

 

「宿だな。何泊だ?」

 

「一泊でお願いしたい。」

 

 店主は私達の胸元を確認すると割れ鐘を彷彿とさせる濁声で言い放つ。

 

「銅プレートか…相部屋で一泊5銅貨だ。飯も出すが肉が欲しけりゃ追加で1銅貨だ。」

 

「出来れば3人部屋を希望したいのだが。」

 

 僅かに鼻で笑った声が聞こえる。

 

「…冒険者御用達の宿屋でここは一番下だ。お前は組合の人間にここを紹介されたんだろう、どうしてだが分かるか?」

 

「…駆け出しの冒険者同士で寝食を共にし、危険に立ち向かう為の仲間を作れと言う事か。」

 

 まぁ理にかなった話ではある。だが今回に限っては無用なお節介だ。

 

「後ろのごついのは分かってるじゃねぇか。それで、どうする。」

 

「3人部屋だ。」

 

「ちっ!人の親切が理解できない奴だ。それともその装備は飾りじゃねぇって言いたいのか?まぁいい。1日8銅貨、前払いだ。」

 

 宿屋の店主が手を差し出した。値踏みする様な視線の中、私と師匠を従えて歩き出すがふと止まる。足元を見てみるとモモさんの邪魔をするように足が出されていた。

 

足を出してきた男を見てみると、嫌らしい薄笑いを浮かべている。同じテーブルを囲む者達も同じような笑みを浮かべているか、もしくは私達をじっと観察している。

 

(うわぁベタな事するなぁ…)

 

 内心呆れかえっていると、モモさんも溜め息をついている。こういう輩は無視に限る。モモさんの横から男の足を跨いで店主の元に行く。モモさんもそれに倣って男の足を跨いでいく。だが、最後を歩いていた師匠が倒れ込む。すばやく振り返ったモモさんがそれを支えた。

 

「っと。大丈夫か、クラナ。」

 

「すまん、モモン。」

 

 男をみると、ただ出していただけの足が上げられている。…そういう事か。

 

「おいおい嬢ちゃん、痛いじゃねぇか。」

 

 男はドスの利いた声で威圧しながらこちらににじり寄る。立ちあがったときに取ったであろうガントレットを装備し拳を作っている。おそらく適当な事を言って難癖付けてくるつもりだろう。だが、それに付き合うつもりは無い。師匠に恥をかかせた罪は重いぞ。

 

 私の前に立ち睨みつけてきた男の頭を鷲掴みにして持ち上げる。

 

「ぎゃぁあああああああ痛い痛い痛い!」

 

 男の言う通りかなり痛いだろう。だが、そんな事は知らない。

 

「私の師匠に恥をかかせたのだ。死ぬ覚悟は出来ているのだろうな。」

 

 そのまま握る力を強くしていく。メキメキと頭蓋骨が軋む事が聞こえてくる。だが、それは後ろからかけられた声によって止められる。

 

「そこまでだ、この馬鹿弟子が。私は気にしていない、放してやれ。」

 

「師匠…ふんっ。」

 

 持っていた男を軽く投げ飛ばすと男の体は驚くような勢いで天井まで上昇し、テーブルの上に勢いよく落ちる。

 

「おっきゃぁああああ!」

 

 壊れたテーブルに座っていた女から魂の絶叫が店内に響く。ありえない、といった表情でこちら見ている男達を一瞥し、モモさんと共に店主の元まで行く。

 

「すまないな、テーブルは弁償しよう。釣りは結構だ。」

 

 モモさんは店主に銀貨1枚を手渡す。すると店主はニヤリと笑う。

 

「へぇ。なかなか気前がいいじゃねぇか。それに、腕っぷしも悪くねぇ。二階の一番奥だ、冒険の道具の準備はどうする?」

 

「あぁ、よろしく頼む。」

 

 金はその時でいいと言って掃除に戻った店主に頭を下げ、移動しようとすると。

 

「ちょっとちょっとちょっと!」

 

 先程奇怪な声を上げていた女がズカズカと私に迫って来た。年齢は20前後、赤毛の髪を動きやすい長さに乱雑に切っている女性だ。腕の筋肉は隆起しており、普通の女性では無い事を語っている。女性は胸元の鉄のプレートを揺らしながらこちらに向かってくる。

 

「あんたなにすんのよ!」

 

「何とは?」

 

「はぁ!?あんたがあの男を投げ飛ばした所為で私のポーションが、私の大切なポーションが壊れちゃったじゃない!」

 

 たかがポーションで、とも思ったがこの女性の剣幕からするとこの世界ではポーションとは貴重なものなのかもしれない。元はと言えばあの男の所為だが、投げ飛ばしたのは私だ。ここは素直に謝っておくべきだろう。

 

「すまない。ポーションなら私も持っている、それで許して貰えないか?」

 

「…まぁ、いいけど。」

 

 モモさんに目配せをし、首を縦に振ったのを確認し女に腰から下げた袋から下級ポーションを取り出し、女に手渡す。

 

「これで問題ないか?」

 

「…ええ、ひとまずは。」

 

 若干気になる言い方だったが、気にする必要もないだろう。そのままモモさんと師匠について行くように二階へ上がった。

 

 

 

 

 

 

「あの男の力、並の力じゃねぇな。片手で持ち上げた事もそうだが、すぐ横に居たから分かるがあいつの頭蓋骨軋んでたぜ。」

 

「後ろに担いでたデカイ剣は飾りじゃねぇってことだ。しかも鎧もありゃ相当レアなやつだろう。」

 

「となるとリーダーらしきフルプレートの男も同格と考えるべきだろ。一気に追い越されそうだな。」

 

「ならあの別嬪さんはマジックキャスターか。あの二人が前衛を務めるんだったらさぞ頼もしいだろうな。」

 

「いや、待てよ。どこかの貴族のボンボンって可能性も…」

 

「おい、ブリタ。なんだそのポーションは?」

 

「あぁおやっさん。さぁ…なんだろう? おやっさんもこんな色のポーション見たことない?」

 

「ああ、無いな。気になるなら、俺が鑑定士を紹介してやるよ。金も出す。だから効果を教えてくれよ。あの三人、ちょっと気になってきちまった。」

 

「そういう取引ね。」

 

「どうせだから、最高のポーション職人を紹介してやるよ。かのリイジー・バレアレだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 粗悪な扉をしめ、一応鍵を掛けると寝台に腰を掛けていたモモさんの方を向く。

 

「さっきはごめん。つい頭に来ちゃって…」

 

「いえ、問題ないですよ。私でもあんな風にする自信ありますし、悪いのは向こうですから。」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。師匠は大丈夫だった?怪我とかは…」

 

「はぁ、あの程度の事で怪我なんてする訳ないだろう。」

 

 呆れた表情でそう言う師匠、確かにそうだが心配なものは心配なのだ。

 

「だがまぁ、私の事を思って怒ってくれた事には感謝しておこう。」

 

 殆ど見る事のない師匠の美人な顔、その少し笑った顔に心臓が跳ねる。やばい予想以上の破壊力だ。

 

「…いいなぁアーロンさん。私もそういう設定のNPC作っておけば良かったです。」

 

 羨ましそうな声を上げるモモさん。

 

「そう?私はモモさんの作ったNPC好きだよ。」

 

「あいつに会いに行ったんですか!?」

 

「うん。ナザリックに居る間は基本暇してるから、領域守護者に会いに行ったりプレアデス達と話したりしてるから。」

 

 ヘルムを取ったモモさんはその頭蓋骨の顔面を両手で覆う。

 

「はぁ、勘弁して下さいよ。あれは正直黒歴史なんですよ。」

 

 恥しがっているのは一瞬で、すぐに精神が安定化させられるモモさん。冷静な様子で質問してくる

 

「あいつは元気ですか?」

 

「元気だよ、モモンガ様にお会い出来る日をいつまでもお待ちしておりますって。暇な時に顔出してあげたら?」

 

「……あれと向き合う覚悟が出来たらいきます。」

 

(そんなに酷いかな?ロールプレイを重視する私からすればああいうのは結構好みなんだけど。)

 

「それにしても、夢の無い職業だね、冒険者。」

 

「ですね、一言で言うならモンスター専用の傭兵ですから。どちらかというと私達の考えていた冒険者はトレジャーハンターにあたるみたいですね。」

 

 受付嬢の人から受けた説明から受けた感想は先程の一言に尽きる。確かに遺跡や秘境の探索を行う事もあるそうだが、基本そういった仕事はランクの低い冒険者にはやらせずに、一部の高ランクの冒険者にしかやらせない様だ。立場事態もあまり高くなく、国家レベルで管理している訳でもない。何とも夢の無い話だ。

 

「まぁ憧れた職についたら、思っていたのと違うなんてよくある話ですしね。それにしても、アーロンさんのいつもの鎧もカッコいいですけど今着けてるのもカッコいいですね。」

 

「そうでしょ、煙の騎士レイムっていうボスの装備なんだよ。モモさんが黒い鎧にするって聞いたからこれにしたんだ。」

 

 騎士アーロンも好きだがレイムも同様に好きだ。あのアンバランスな2刀流も好きだが、本気モードの特大剣一本で叩きつぶしにくる感じがたまらない。こちらの装備にはあまりお金を掛けていないので、アーロン装備には劣るがこの世界なら問題ないだろう。

 

「装備自慢も良いが、これからどうするのだ?いつまでもここでゆっくりしていても仕方ないだろう。」

 

「……」

 

 何故だか分からないが師匠の発言に、モモさんが唐突に黙り込んでしまった。

 

「どうかしたモモさん?」

 

「いえ、最近は敬われる事ばかりだったのでクラーナの態度がなんか新鮮で。」

 

「…流石に不敬でしょうか…やはり今からでも!」

 

 跪こうとする師匠を慌てて止めるモモさん。

 

「あぁいいから!この3人の時はそのままでいてくれないか?その方が助かるから。」

 

「モモンガ様の助けになるのであれば、分かりました…いや、分かった。」

 

 師匠は常日頃から私の師匠を演じている所為か、モモさんの砕けた感じで話せという命令にも割と抵抗なく従っていた。それが以外とモモさんには高評価の様だ。

 

「ふぅ。アーロンさんがクラーナを選んでくれて助かりました。堅苦しい態度じゃないだけでも、少しは息抜きが出来そうです。」

 

「そう?それなら良かったよ。」

 

「さてと、それじゃあ市場にでも行きましょうか。仕事は明日からにでもしましょう。」

 

 

 

 

 

 

 明朝、再び三人で組合に向かった。入ると奥にカウンターがあり、そこでは組合の受付嬢が三人、冒険者達の相手をしていた。フルプレートを着用する戦士に、弓矢を持つ軽装の身軽そうな者、マジックキャスターの姿もある。

 

 左手側には大きな扉があり、左手側には羊皮紙を張り出した大きめのボードがある。これがなんだかは、ゲームをやった事がある人間なら大体予想がつくだろう。

 

(あちゃー、クエストボードか。文字読めないけどどうしよう…)

 

 ボードに張られている羊皮紙には恐らく仕事の内容や、条件などが記されているのだろう。この世界の文字が読めない私達にはかなり嬉しくないシステムだ。とりあえずボードの前まで来てみるが。

 

「「うん、読めない。」」

 

「…だな。」

 

 悲しい事にユグドラシルにも古代文字などを読み解く為の、文字解読魔法などは普通にあるのだがモモさんは取っておらず、同じ効果をもつアイテムはセバスに渡してしまった。つまり現状どうしようもない。

 

「どうする、モモン?」

 

 こういう時はとりあえずモモさんに任せればいいって前に誰かが言ってた気がする。

 

「そうだな…クラナ、何か良い考えは「良い女じゃねぇか、カッパーか。何なら俺達の仲間に入れてやるよ。」…ん?」

 

「うん?」

 

 後ろを振り向くと、師匠が3人の男たちに囲まれていた。三人とも戦士風の屈強な男で、プレートメイルを着用しそれぞれバトルアクスにハルバード、剣と盾などを背中に装備している。どうやら変なのに絡まれてしまったようだ。

 

「お前達の仲間になるつもりは無い、すまないな。」

 

「おいおい、俺たちはゴールドの冒険者だぜ。その誘いを断ろうってのか?」

 

「あぁ。」

 

 男の言葉通りに三人の胸元では金のプレートが光っている。成程、性格はともかく腕はそこそこという訳だ。だが、流石にこのまま見ている訳にも行かない。モモさんに目配せをし、男達に近寄っていく。

 

「申し訳ないがクラナは我々の仲間なのでな。放してもらえると助かるのだが。」

 

 モモさんの言葉を聞いた男達がこちらを向くと、鼻で笑ってきた。

 

「はんっ。カッパーのくせに立派なもんつけてるじゃねぇか。大方貴族のボンボンが道楽気分で来たんだろ。ねぇちゃん、こんな奴ら捨てて俺らの所に来いよ。丁度マジックキャスターを探してた所なんだよ。仲間になんだから夜も一緒に寝てやるぜ!」

 

 ぎゃははっ!大声で笑い出す男達。周りの連中は遠巻きに見るだけで特に何もする様子は無い。確かに冒険者としては先輩にあたるが、昨日の男といい流石にこちら見下し過ぎではないのかと疑問に思うが、あまり言われっぱなしというのも気分が良くないな。

 

「これから仕事を探す所なのでな、女漁りなら余所でやってくれないか。」

 

「なんだとテメェ…喧嘩を売るのは構わねぇが実力の差ってのをちゃんと理解した方が身の為だぞ。」

 

 明らかな敵意を向けてくる三人。モモさんもやれやれといった様子で一歩前に出る。

 

「実力の差なら理解しているさ。怪我をしたくないならさっさとそこを退くんだな。」

 

 これが決まりだった。

 

「上等じゃねぇか!表に出やがれ!」

 

 

 

 

 

 

「組合の中で殴りかかってこない程度の常識は持ち合わせているのか。」

 

「すまない二人とも。一度ならず二度までも面倒事を引きこんでしまった。」

 

「気にするなクラナ、これはある意味好都合だ。これだけの観衆の中で、強さを見せつける事が出来る。」

 

 組合の前は広場になっていて、この区画の中ではもっとも広い場所だ。外周に沿う様に露店が立ち並んでおり、その中央に人だかりが出来ている。その多くは冒険者で、先程の一件を見ていた連中だろう。よく見れば昨日の酒場にいた男もちらほらと見える。

 

「さっさと出て来いよ、びびっちまったのかぁ!?」

 

 男達のリーダーらしき、バトルアクスを持った男が挑発してくる。残りの二人は後ろに下がってうすら笑いを浮かべている。一対一を御所望のようだ。

 

「さて、誰が行く?」

 

「私が行こう、二人は下がっていてくれ。」

 

 真っ先に名乗りを上げたのは意外な事に師匠だった。

 

「原因はあの馬鹿共だとしても引きよせてしまったのは私の責任だ。二人の手を煩わせる気は無い。」

 

 今はフードを目深にかぶっている為表情は分からないが、声に込められた怒りは理解できた。

 

「そうだな…ならばクラナ、任せるぞ。実力の差を分からせてやれ。あぁだが、一応第三位階相当以上の呪術は使うな。まぁ使う必要も無いとは思うがな。」

 

「師匠、死なない程度にボコボコにしていいからね。剣も使っていいから。」

 

「ありがとう、二人とも。」

 

 そう言って前に出る師匠。

 

「あん?おいおいねぇちゃんがやるのか?テメェじゃ相手になんねぇよ、後ろの二人と交代しな。」

 

「安心しろ、お前程度では私の相手にもならん。後ろの二人も呼んだらどうだ?」

 

「て、テメェ…舐めた口聞いてんじゃねぇぞぉおおおおおお!」

 

 師匠の言葉が余程頭に来たのだろう、男は顔を真っ赤にしてバトルアクスを抜き放ち師匠に襲いかかる。

 

 ガンッ!と甲高い音が響き、振り下ろされた斧は師匠がいつの間にか手にしていた硬い甲殻と棘を持った異様な魔剣によって受け止められる。

 

「な、なんだそれは!?」

 

 攻撃が受け止められたと理解するや後ろに下がり距離を取る男。

 

「これか?そうだな…これは私の妹の魂で出来た魔剣だよ。私の為に、馬鹿な弟子が態々作ってくれたのだ。さて、今度はこちらから行くぞ。」

 

 魔剣という言葉に一瞬怯んだ男目掛けて斬りかかる師匠。男は慌てて斧で受け止めるが、師匠の振った魔剣の刀身は炎に包まれ男に襲いかかった。

 

「あちぃ!くそっ!なんだってんだ!」

 

 炎を帯びた刀身を受け止める事は出来ない。一方的に斬りつけられかわすのに精一杯になる男。そして、ついに業を煮やし声をあげる。

 

「お、お前らも見てないで手伝え!」

 

「お、おう!」 

 

 男の切羽詰まった声によって観戦していた仲間の二人も加わる。盾を持った男が前に出てきて魔剣を受け止める。その隙を突いて斧を持った男が斬りかかり、かわした所にハルバードで追撃をしかける。

 

「ほぅ、ただの脳筋集団かと思っていたが、存外に良い連携じゃないか。クラナでは少し厳しいか?」

 

「いや、問題無いだろう。そもそも師匠は呪術師、曲剣を使って戦う剣士じゃない。」

 

 ハルバードを剣で弾き大きく後ろに後退する師匠。そして、その左手が赤く光り出す。その光はどんどんと大きくなり、しだいにそれは揺らめき始める。

 

「炎を畏れろ。それがお前達の、すべてを失わない道だ。」

 

 握りしめていた左手を浅く開くとそこには揺らめく小さな炎の塊。それを男達目掛けて投げつける。連携のとれた動きで盾を持った男が二人の前に躍り出てその小さな炎の塊を盾で受け止める。だが、受け止めた瞬間炎の玉は爆発する。爆発の衝撃で男は後ろに飛ばされる。受け止めた盾の表面は丸く焼け焦げている。

 

「なんっ!おいテメェ、詠唱も無しに何故魔法が使える!?」

 

「簡単な話だ、これは魔法では無く呪術。呪術とは炎の業、炎を熾し、それを御する業だ。」

 

 師匠のクラスは『呪術師(ソーマタージ)』このクラスは、一属性に限り最大第7位階魔法相当の呪術を使用回数制限はあるが、MP消費無し、詠唱無しで使う事の出来るクラスだ。これだけ聞くとかなり強く感じるが、実戦で通用する相手は精々60~70レベルまで、それ以上となると普通に魔術師の方が強くなる。なので、呪術のみを使って師匠がナーベラルと戦った場合、レベルではそう大差ないが確実に負けるだろう。

 

 再び師匠の左手に光が宿る。だがそれは先程の光よりもより大きく、作りだされた炎は大きく、さらに紅蓮に染まり混沌と渦巻いている。それを使う事無く男たちに少しずつ近づいて行く。

 

「く、来るんじゃねぇ!」

 

 いくつもの死線をくぐってきた男達は、その炎がただならぬ気配を発している事に感づいた。だが、師匠は止まる事無く男たちに歩み寄る。

 

「私は何と言った馬鹿共。思い出せ、まだ間に合うぞ。」

 

 そう言ってまた一歩、また一歩と近づく。男達はもはや先程までの威勢はどこかに行ってしまい、完全に意気消沈して膝をついている。だが、それでも師匠は止まらなかった。

 

「私は言った筈だ、炎を畏れろ、それがお前達が全てを失わない道だ、とな。…さぁどうする?」

 

 目の前に立った師匠は最後の警告を下す。揺らめく炎は男達の怯えきった顔を照らしだし、その熱は男達のプライドを溶かしつくした。

 

「ま、負けだ。俺達の…負けだよ…」

 

「…ふむ、いい答えだ。喧嘩を売る相手はちゃんと選ぶんだぞ。かけた時間が無駄になる。」

 

「「「「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」」」 

 

 左手に宿した炎を振り向きながら握り消すと、周囲から歓声が上がる。いつの間にやら気づけば凄い数の人だかりになっていた。店を放って見に来ている者もいるようだ。いや、考えてみれば当然か。師匠のランクは最低のカッパーで相手は格上のゴールド、しかも三人だ。それを圧倒してしまったのだ、見世物としてはこれほど面白いものは無いだろう。

 

 勝利を誇りもせず淡々と歩きながらこちらに戻ってくる師匠に、人だかりの中から賞賛の声がかけられる。

 

「見事だクラナ。これで、我々の事が少しはこの町に広まるだろう。」

 

「やっぱり師匠は優しいですね。」

 

「優しい?何を言ってるんだこの馬鹿弟子は。実力の差を見せつけてやっただけだ。」

 

 そうして、ひとしきり賞賛の声がかけられた後皆それぞれの仕事に戻っていく。私達も当初の目的の為に組合に戻ると、そこには受付嬢が立っており私達を見つけるなり駆け寄って来た。

 

「モモンさん。」

 

「うん?」

 

「ご指名の依頼が入っています。」

 

「一体どなたが?」

 

 受付嬢は自らの左手を出し、その人物を示す。

 

「ンフィーレア・バレアレさんです。」

 

 示された先にいたのは長い金髪で顔を半分ほど隠し、所々に緑色の染みを作った作業着に身を包んだ若い男だった。




今回は完全に師匠の為の回です。

これから少しオリジナル展開になるのでおかしな点などありましたら御指摘お願いします。



師匠の顔、クラスは捏造です。けど師匠はクラーグさん同様ポニーテイルの美人だって確信してます!

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