幕間のお話は本編とは離れたものになりますので、あまり時間軸はありません
とある日曜日の昼前―――
休日になると学園には生徒の半分以上が友人と遊びに出かける。全寮制といってもやはりそこに通う学生は皆年頃の少女。学園の小島に籠らず、皆それぞれやりたいことを楽しんでいる。今ここに残っているのは部活に所属している者。教師。そしてその他の人たち………例えばアリーナを借りて模擬戦しているような人のことを指す。
「このくらいにしよっか。お腹空いたし」
「そうですわね。私も賛成です」
「腹が減っては戦はできんからな」
「疲れた………」
つい先ほどまで三人に代わる代わるフルボッコにされた一夏はようやく来たお昼に感謝しながら深く溜め息をする。着替え、3人と合流し食堂へ向かう。道中、何を食べようか話しながら食堂の前につくとある異変に気が付いた。
「何だこのスパイシーなニオイは」
食堂から溢れだす刺激臭。ニオイを嗅いだだけで分かる。この独特な香りのする料理はあれしかない。中に入るとそこにはシャルロットとラウラが座っていた。
「一体なんなのこれ?」
「新メニューだって」
「新メニュー?」
何のことか分からない一夏たち。そんな彼らに誰かが『新メニュー』を運んできた。
「お待たせ~。て、鈴たち来てたの」
二皿の麻婆豆腐を運んできたのは、エプロン姿の白野だった。
調理場で豪快な炎を自在に操りながら食材を炒める白野を見ながら会話する。なんでも、以前白野が調理場を借りて麻婆豆腐を作ったのを食堂のおばちゃんたちが試食したらしく、これがものすごく美味しかったそうだ。これをメニューの一つとして出したいと思い白野から教わっていたらしい。学生がおばちゃんたちに教える光景を思い浮かべるが、珍しい光景だ。耳を澄ますとおばちゃんたちの会話が聞こえてくる。
「ほんと、白野ちゃん泰山で働いていただけにいい腕してるわ~」
「え!? ハクのやつ泰山で働いてたことあるの!?」
「どうした鈴? 泰山ていうお店知ってるのか?」
「知ってるも何も、中国で有名なお店の名前よ」
紅洲宴歳館・泰山。お店は中国四川省にある本店と日本のとある町にある二店舗のみ。簡単に説明するなら大衆中華料理店。だがそんな生易しいものではない。確かに中華料理は出てくる。ありとあらゆる食材を唐辛子まみれにすることで有名なのだ。
辛い
とにかく辛い
舌を楊枝で千本刺しにしたあと塩をぶっかけたくらい辛い。
一般的に甘い系の中華料理は大丈夫だがそうでないもの全て辛い。
本来辛くないはずの青椒肉絲(チンジャオロース)や回鍋肉(ホイコーロー)がことごとく唐辛子に犯される。そのお店を酷評する人たちから地獄料理との評価が出ている。ましてや麻婆豆腐なんてもってのほか。だが、その辛さが人気の秘密になっているのもまた事実。世界の辛党好きに愛されるお店だ。
その店の、しかも看板メニュー(と言う名の地獄料理)である麻婆豆腐を教わっているということはお店の方から認められたことを意味する。
すでにラウラに中辛。シャルロットに甘口を作り2人は先に食べていた。感想は美味しいの一言。
「見た目が赤いから甘口も辛いのかと思ったけど、ほんのりした辛味だね」
「私のは花椒(カホクザンショウ)のピリッとした辛味が効いていい。スパイスの調整が美味い証拠だ。さすが姉さんだ」
バイトで働いていた泰山(日本店)のレベルでいうなら甘口は市販品の中辛レベル。中辛は辛口レベルだ。(辛口:日本平均での激辛。激辛:本場四川省レベル)もちろんその上が存在するわけだが……
「はい。麻婆豆腐お待たせ」
完成した麻婆豆腐が出される。一夏たち四人に出された。
甘口、セシリア
中辛、箒
辛口、鈴
激辛、一夏
「ちょっと待てェェェェエエエエ! なんで俺だけ激辛なんだよ!? 赤いっていうか若干黒くないか!?」
「なんでって言われても、『初めての男性客は激辛』がお店の教えだし」
「ここ店じゃねーよ!」
「それにそれが本場の麻婆豆腐の姿だよ」
良く勘違いされているが、麻婆豆腐のスパイスは唐辛子だけではない。他に豆板醤、花椒(山椒の同属異種)を使用する。花椒は黒い実で仕上げに粉状にしたものを大量にかけるため見た目が黒くなる。唐辛子と花椒。二つの辛味が揃ってこそ本当の麻婆豆腐である。
「じゃあ自分用にまた作るから先食べてて。あ。辛いの無理ならご飯と一緒に食べるといいよ」
離れていく白野を見ながら一夏は目の前の皿に盛られているものを見る。赤いのもそうだがそこに黒が混ざったことでどこか禍々しさが見えてくる。ほんとに食べられるのかこれ?
「姉さんが作ってくれたものを食べないとは言わせないぞ」
「頑張って一夏」
「一夏。思いっきり逝け」
「応援してますわ」
「一気。一気。一気」
「お前らいい笑顔でよく言えるな! それと箒と鈴あとで覚えておけよ!」
人を他人事みたいに見やがって、と思いながらそれを見る。意を決してレンゲにすくい口に運んだ。
……………
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「むおぉおッ!?一口で激辛つーか痛い!!!」
額から汗を滲ませ悶絶する。本場なだけあるもう辛いしか感じ取れな、い?
「いや……………これ美味いぞ」
一夏の言葉に皆が「えっ」と声を揃えて言う。辛いものが大丈夫な鈴でも避けたい泰山の激辛麻婆豆腐。しかし、皆が思い知らされることとなる。この激辛が泰山の頂点ではないことに。
「お待たせ~」
「白野やっときた……ん……だ……」
自分の分の麻婆豆腐を持ってきたのだが、白野が持っている麻婆豆腐を見て皆が引いた。
「ん? 何?」
当の本人は皆が硬直しているのが分かっていない。彼女の麻婆豆腐。それは一夏が食べているものよりものすごく辛いのが見て分かるほどだった。
(なんだよこれ!? 同じ麻婆豆腐だろ? )
(何故あんな煮立った麻婆豆腐なのだ……)
(まさか、あれが噂の麻婆豆腐ッ!)
(知っているのか。鈴音!)
ISのプライベートチャンネルを使い、本人に聞こえないように話す。
(噂だけどね。泰山には激辛よりも辛い麻婆豆腐が存在するって聞いたことあるわ)
(それは……)
(本店の方はお店の名前を使った“麻婆豆腐・泰山”そして日本店の方は……)
ごくりとどんな名前なのか耳を澄ます。そんなこと気にせず白野は自分の麻婆豆腐を食べる。
(愉悦)
(なんだよそれ!?)
愉悦ってなんだよ!? 辛さに私情の喜びがあるのか!? 絶対辛さでもがき苦しむ客を見て笑うために付けられた名だろ!
(もしや、美味いのではないか? ラー油と唐辛子を100年煮込んだパンドラの釜には旨味が宿ると聞いたことがあるぞ)
(ラウラ。あれはパンドラの箱じゃない。地獄の釜だよ)
少し目を輝かせるラウラをシャルロットは止める。そうしている間にも白野は既に半分を食べ終えている。
「どうしたの。手が止まっているけど、もしかして口に合わなかった?」
「あ、いや。うん。美味しいよ」
「そっか。よかった」
言ってすぐレンゲを動かす。
……すごい。あと少しで完食する。ゴクリ。と喉を鳴らしたとき、不意に白野の手が止まった。
「―――――」
「「「「「「―――――」」」」」」
視線が合う。
白野はいつもの、普段通りの目で彼女たちを眺めて
「食べる――――?」
「「「「食べるか――――!」」」」
「姉さんが勧めるのであれば」
「ラウラ。それ以上はダメだよ」
全力で否定した。
その後学園の食堂に麻婆豆腐(中辛)が正式に定着した。