「なぁー、あの結城が好きな男ってどんな奴なのかな?」
「どーなんだろうねぇ。すっごいカッコいい人なんじゃないかなぁ?」
「結城さんに好かれるなんて羨ましいな~」
ある日を境に、ウチの小学校はこんな話題で持ちきりになった。
と、言うのも。全ては僕のラブレター騒動が原因だった。
あれは忘れもしない日の事。
いつものように登校し、いつものように友達と遊ぶ。
いつもどおり過ぎる平日に僕は運命の出会いをした。
僕と同い年の女のコで、絵に描いたようにカワイイ。
スポーツも出来るし、まさに高嶺の花のような憧れの女子。
心臓が高鳴って、一目で好きになった。
次第に気持ちを抑えられなくなった僕はラブレターを書くと決意したのだ。
その日は何時間も頭を抱えて寝不足になったのを忘れない。
どんなテストよりも難しい、当ての無い正解を考え抜く一問で百点満点の究極問題。
正解すれば心臓が嬉しさで破裂するかもしれない。
間違えたら心臓が悲しさで止まるかもしれない。
まさにイチかゼロ。
きっと、一生関わり続ける課題にこんなにも早く出会ってしまうなんて思いもしなかった。
溢れんばかりの想いを書き綴る。
たった一枚の紙にこの気持ちを収めるには全然足りない。
文房具屋とかで売っている大きくて厚い方眼紙にぎっしり詰めても足るかどうか分からなかった。
…当然、そんなストーカーのような選択は一発で却下する。
小さな小さな紙に丁寧に気持ちを書いた。
言葉を選び抜いて、間違わないように辞書をひいた。
ようやく完成した僕の想いは靴箱の中で彼女を待ち続ける。
その日は一日がとても長かった。
返事はいつ聞きに行こうか?
放課後ならきっと読んでくれてるだろうし、考える時間もあるだろう。
そして放課後。
衝撃的な告白と共に僕の想いは無残に弾け飛んだ。
今まで僕と同じ目に合った男子は数え切れないほどいる。
今日から僕も仲間入り。
でもそれ以上にショックだったのは結城さんの返事だ。
―――あ、あぁ…え~と、ごめんなさい。私、好きな人いるから
私、好きな人いるから。
私、好きな人いるから。
私、好きな人いるから。
一字一句忘れないその言葉を耳にして、それ以降の事はほとんど覚えていない。
彼女がそんな事を言ったのはおそらく初めての事だと思う。
言ってたら、もっと早くこの状況になってたと思うから。
次の日、沈んだ気持ちのまま学校へ行くと僕は質問責めにあった。
と、言っても。
質問内容はたったの一つだけ。
「結城美柑に好きな人がいると言うのは本当なのか?」
今日くらい勘弁して欲しかったけど、僕はありのままを力なく伝える。
無言でうな垂れる僕を見て、全てを察した男子達の悲鳴が校内を占拠した瞬間だった。
――――――
「チクショー…俺、めちゃくちゃ結城の事狙ってたのになぁー」
「いや、僕もだから。諦めるしかないのかな~…」
仲の良い友人の小菅くんとの会話は最近こんなのばっかだ。
もとから仲は良かったけど、運命の日を境に僕らは親友であり、同士になった。
そんな同士は未だにラブレターを送っているらしい。
羨ましいほどの鋼のメンタルに僕はいつも感心する。
そんな彼は一部の女子には粘着的と評され、ウケは良くない。
小菅くんの勇姿を思い出しながら、僕は決断をしなければならない。
僕に残された選択肢は二つだ。
『彼の様に外聞を捨て、本当の気持ちに従って結城さんを諦めない』
『潔く現実を認めて、スッパリと結城さんを諦めて次の出会いを待つ』
目の前で他の女のコと談笑している結城さんを見ながら、二問目の究極問題に意識を預ける事にした。
◆
「ね、ね、美柑って好きな人いるんだよね? それってやっぱりお兄さんの事なの?」
「美柑ちゃん、お兄さんの事大好きだもんね~」
いつまで経ってもごまかし続ける美柑の本音を探るべく、今日は友達の真美と二人で質問責めにしてやることにした。
まぁ十中八九、美柑の好きな人が実のお兄さんと言うことは理解してるんだけどね。
私の知る友達の美柑は、普段から自分のお兄さんの話しかしない。
同じ女のあたしから見ても、美柑は美人さんだ。
そんな彼女が好き好き大好きなお兄さんの話題を聞いていれば、嫌でもキョーミは湧く。
いったいどんなお兄さんなんだろう。やっぱイケメンなのかな~とか。
とにかくそんな面白そうな気になる話題、今こそハッキリさせるべきだとあたしは思った。
実の所、美柑は他人と深く関わろうとはしない。
特に、ちょっと前からそんな部分が色濃くなった気がする。
まぁ、関わろうとしないだけで全然コミュ障とかじゃないし問題は無いと思うけど。
前から仲の良かった私達二人以外とは大した話をする事はないし、盛り上がったりするのも見ない。
そんな彼女はウチの学校の高嶺の花と言うやつで、そんな友達を持つあたしもなんだか鼻が高いと思ってる。
だから、美柑の事を良く知ってるのは私達だけだった。
男子は勿論、そこらの女子すら知らない結城美柑の正体をあたしは知っている。
『結城美柑は超の付く程のブラコンだという真実をみんなは知らない』
「またそれ? どうでもいいでしょそんなの」
「いやいや、重大だって! 我が学校の高嶺の花が実は超ブラコンなんて一大ニュースじゃん!」
周りに気を配りながら、声を抑えた状態で会話をする。
せっかくのみんなが知らないヒミツだ。知らない人が多い方が楽しいに決まってる。
どうせ解ってるんだからさっさと吐いて楽になればいいのに。
と、いたずら心がふつふつと湧いてきたので、ちょっとからかってやろうかな。
「え~? 違うのか~残念だな~。じゃあ今度ゆっくり聞かせてもらおうかな~。美柑の家でじっくりと…」
「え、美柑ちゃんの家で遊ぶの? なら私も…」
ナイスフォロー、真美。
ま、このコは素だろうけどね。でも良い反応だ。
お、眉が動いたね? よ~しもう一声かな。
「待って。わかった、わかったから。言うから勘弁して」
「え~? 言うのー残念だなー」
よし! 釣れた!
あたしは心の中でガッツポーズをしながら勝利を喜ぶ。
ブラコンの美柑は家に来られるのを極端に嫌がる。
大方、お兄さんにちょっかい出されると思ってるんだろう…ま、ちょっかい出すのは正解だけどねっ。
だから、対美柑の最終交渉材料としてこの話題は鉄板である。
これもみんな知らないヒミツのひとつだった。
観念した美柑をワクワクしながら真美と見つめる。
真美は単純に彼女に憧れてる一面があるから、何かを知れる事が嬉しいのだろう。
さてさて、美柑がブラコンなのはいつもの態度や話題。あとその時の表情からまる解りだから知ってる事だ。
でも、本人からお兄さんの事をどう思ってるかを聞けた事はなかった。
まだあたし達は小学生なんだから自分の家族が一番好きなんてわりと普通の事だし、そんなに恥ずかしがる事なんてない。
そんな事で嫌いになるワケないんだから堂々とすればいいのに。
と、溜息を吐いて出された彼女の言葉は期待通りで、想像以上だった。
「うん、私はリトの事が好き。この世界で一番、宇宙一大好き」
『リト』というのがお兄さんの名前だと言うのは知ってる。
何故か名前で呼んでるというのも知っているけど、理由までは流石に知らない。
話を聞くに仲が良さそうなのに、名前で呼び捨て。
今まで気にならなかった答えが今、この瞬間わかってしまった気がした。
「わ~、やっぱり仲良いんだね、羨ましいな~。ね、サチちゃん」
「…え? う、うん」
今の美柑のお兄さんへの告白を間近で見た人は二つに分かれると思う。
美柑を恋愛的な意味で好きな人は、その固い意思にショックを受けると思う。
そして友達的な意味で好きな人は、あたしみたいに何か言葉にならない熱さを覚えるかだ。
今の告白は正直ときめいた。
頬を赤らめながら、でもハッキリと。本気の伝わる告白。
男子なら間違いなく飛び上がって喜ぶ。自分がそうなんだから異性ならなおさらなのは流石に理解できた。
…で、そんな本気な告白だけど、フワッとながら理解してしまった。
なんとなくだけど、これってガチなやつだよね? やっばー、どうしよー。
あたしは恋愛経験とか無いけど、漫画とかドラマは良く見るから今までの謎が解けていく。
これはアレだ。
一人の女のコとして見て欲しいから、あえて名前で呼ぶアレなのだと。
最近読んだ漫画で、久しぶりに会った年下の幼馴染の女のコが使ってた手段を思い出す。
それは二人の距離を縮めるためにワザと『お兄ちゃん』とか呼ばないタイプのやつだった。
お話とかでは血の繋がった家族が恋愛的な話で修羅場になるのを少しだけ見た事はあるけど…まさか自慢の友達がそんなお話のような世界に生きていたとは。
「…何、聞きたかったんでしょ? イイじゃん別に…好きでも」
「うん、いいと思うよ~? 兄妹で仲良しさんなんて素敵だと思うな~」
オッケー。真美が全く理解できてないのを理解した。
この場合、あたしはどうすればいいんだろう。
軽はずみで踏み込んだ彼女のセイイキは思った以上に純粋な、いばら道だった。
どうしよう、めちゃくちゃ混乱してる。
いや、でもこれ受け入れないと絶交とかになる?
流石にこんな不本意な別れは嫌だよ。
ふと、気付いたら二人がコチラを見ている。
え、もしかして試されてるの? どうすんのあたし…本当に!
今までに無いほど考えが纏らないのに、一瞬一秒が冴え渡るのを感じた。
早く出さないと、これはサヨナラされる。
その決断は早かったと思う。
美柑が実はこんな一面を持っていたなんて思わなかったが、あたしにとって彼女はまだ『親友』なのだ。だから。
「そだねーあたしもおーえんするよー」
めっちゃ棒読みだけど応援する事にした。
うん、今だけだ。きっと、お父さんと結婚する的なやつと同じだよ。
そのうち良い人見つけて、普通の感じになるよね。
…と、思う事にした。
「……本当?」
「うんうん、ほんとだよー」
「…ありがと、サチ。私、自信なかったから今まで言えなかったんだ」
ですよねー。
それはそうだろうね。言えないよね。マジでごめんなさい。
「これからも仲良くしてね?」
そう言いながら差し出された右手を反射的に掴んで握手した。
うん、そうだ。
美柑は友達だ。ちょっと変わっててもそんな事で友情が壊れるなんてない。
言いようの無い照れくささを誤魔化すようにあたしは言葉を探す。
今日は得るものが多い日だ。
親友の本音。親友の本気。本当の友情。
そして……
「あ、じゃあ今度、噂のお兄さんがどんな人か会わせ…」
「ん?」
「あ、なんでもないです。痛い痛い、ごめんってば!?」
好奇心は猫をも殺すのは本当の事らしい。
◆
放課後になってしまった。
結局僕は答えを見つけられないでいる。
何となく一人になりたかった僕は誰もいなくなった教室にずっといた。
空が紅い。夕焼けってこんなに綺麗だったんだ。
と、校門の方をぼんやり眺める。
そこには誰かがいた。
小学生ではなさそうな、中学生くらいの男の人だった。
「卒業生…かな?」
別に不審者でも無さそうなので放置する。
何が用事なのか、少しだけ気になっていると……。
「え、結城さん?」
僕の知っている彼女がその方角へ走っていくのが見えた。
何も考えず、僕も走っていた。
ランドセルをそのまま肩に担いで一目散に靴箱へ走る。
乱暴に靴を取り出して、カカトも出たままに外へ出た。
夕日がちょうど真正面にあって眩しい。でもしっかりとそこにある人影を見た。
あの結城さんが男の人と手を繋いでいる。
ちょうど周りには誰もいなかった。きっと、見ているのは僕だけだ。
そんな…結城さんは『年上』好きだったのか!?
顔はハッキリと確認してないけど、そんなに仲の良い関係を既に築いていたなんて…。
ショックすぎて僕はそのままその場にしゃがみ込む。
女子は年上に憧れるというのを噂で聞いた事があったが、まさか結城さんまでなんて。
「あれ、大好くん? 何やってんの、汚れるよ?」
「……小暮さん?」
後からの声に振り返る。
そこに居たのは結城さんと仲の良い、友達の小暮さんだった。
でも僕は立ち上がれなかった。
あの結城さんが触れる事を許す相手。悪い男の筈ない。
彼女への信頼からそう結論した。
年上好きなんてどうすればいいかわからない。
「美柑もう行っちゃったのかな? 急に走ってくんだもんなぁ~」
「結城さんなら…男の人と仲良さそうに帰ったよ…」
情けない声が出た。見られているのに、こんなに情けない声を出すなんて。
と、僕の心配を余所に小暮さんは悔しそうな声を漏らす。
「え!? 男の人!? あ~惜しいな~。それきっと美柑のお兄さんだったのに!」
「何だって!?」
僕の突然の復活に小暮さんは一歩退いてる。
でもそんなの関係ない。今はそれどころではない。
急に立ち上がったから目の前が一瞬白くなってふらつくけど、関係ない。
お兄さん、だって!?
「え、あ、うん。美柑って家族思いでさ、特にお兄さんと仲良いんだよ」
「じゃ、じゃあ結城さんの好きな人ってもしかして…」
流石にここまでは出来すぎだと思いつつも、ほんの少し、僅かの蜘蛛の糸に縋る。
そして、僕の願いを神様は受け入れてくれた。
「え、うん。そだよ? あ! でもこれナイショにしてよ!」
「…え?」
「ほら、美柑て恥ずかしがり屋だから…ね? もしバレたらあたし達絶対嫌われるよ?」
その言葉に僕は無心で頷く。
それ以上の喜びに、何に勝ってもいないのに大勝利したイメージが浮かんだ。
誰が言うもんか。小暮さんとの共有のヒミツを胸に僕は一心不乱に走って帰った。
相手がお兄さんなら、いつかは結城さんも普通の恋愛に目を向けるだろう。
僕はそれまで彼女を好きでいよう。
ほんの少しでも可能性があるなら諦める必要なんて無いんだから。
僕はそう決心して、良い汗をかきながら最高の笑顔で家に走るのだった。
◆
「リトが迎えに来るなんて思わなかったよ?」
「ん、こっちに用事あったからな~なら偶にはって。迷惑だったか?」
「ん~ん? 全然♪」
あの日から特別な接触事はしていない。
むやみに何か起こすより、これ以上はギクシャクしないように過度なスキンシップを抑える事にした。
結果は良好。
私達は今までどおりの関係を取り戻しつつあった。
「ね~リト。今日は温泉の素入れて良い?」
「ん~? いいけど。今日はどうするんだ?」
「もちろん、一緒に決まってるじゃん♪」
仕方無さそうな顔をしながらも受け入れるリトがいる。
だからリトの手をおもいっきり引っ張って、体勢の崩れたリトの首に抱きついた。
嬉しさを体で表す。最近はこれが普通の私だとリトに刷り込んだ。
…もう、いいかな。
リトはもう受験だ。あとは、特別な行動はしなくていい。
予定通りなら。
昔のままなら。
あと数ヶ月でララさんが来る。春菜さんともう一度きっかけが訪れるのもすぐだ。
もう一度リトと一緒に暮らすために、私は出来る事を惜しまない。
最悪、誰かの協力は必要かもとは考えてる。
モモさんに勝つためには、多少の我慢は必要だから。
「でも、その時は我慢できるかな?」
そこまで考えて、私はポツリと呟いた。
どんなに悩んでも時間が勝手に流れていってしまうのを止める事は出来ない。
私の大好きな日々はちょっとおあずけ。
いろんな思いを無視した二度目の始まりは、もうすぐだ。