遅咲きオレンジロード   作:迷子走路

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前編〈1〉First mission~背徳へ至るまで~
『胃袋を掴む』


「ふぁぅ…おはよーみかんー…ってアレ?」

 

 早朝七時十二分。

 今朝方の天気は良く晴れていて、日曜日という事も合わせれば絶好の日和である。

 昨夜の雷雨が嘘のような風景に、結城リトは背伸びをしながら陽の光を浴びて覚醒した。

 

「ん~、もう起きたのか?」

 

 彼の妹である美柑の部屋で夜を明かしたリトは、現在その部屋の主がいない事を確認する。

 兄からの贔屓目だとしても非常にしっかりとした妹で、小学三年生という幼さでありながら家事のスキルは自分以上というデキた妹だとリトは思っていた。

 

 元はと言えば、彼らの両親である結城夫妻が仕事で多忙の為に家を離れがちという、世間的に見ても、なかなか込み入った環境にいるのが原因である。

 長男であるリトがまだ幼かった頃は、比較的に近場で漫画家という職をしている父…結城才培の仕事場に美柑と共に生活をしたり、幼い我が子達を心配した才培が家に足を運んでいた。

 当時は現在よりも仕事である漫画の連載数が少なかったり、時間に比較的余裕があったのも大きな理由であるが、リトが大きくなり、美柑の面倒を見れる様になったのを機に以前よりも仕事に熱が入ったのだとか。

 

「妹の面倒を見れる様になったら兄貴として一人前だ! もう大きくなったんだし、兄として男としてしっかり美柑の事を守ってやるんだぞ!」

 

 まるで漫画の熱血キャラの様な豪快なセリフを残し、それからは仕事の量を倍くらいに増やしたらしい。

 また、母である結城林檎もその頃から仕事による海外の暮らしが多かった為、結局のところ結城家ではリトと美柑の兄妹での共同生活が普通の光景となる。

 

「よいしょっと。お~い美柑~? もう朝ごはんの用意してるのか~?」

 

 残念な事に兄であるリトは特に料理の腕があまり良くなく、それ故に幼い妹の美柑がその穴を埋める事になったのだった。

 しかし、だからと言って最初から刃物や火を扱う料理等は殆どしない。

 流石に小学校に入学したての少女にいきなり危険な事をさせる訳にはいかないとリトが止めたのだ。

 始めは惣菜等を買ってきたり、レンジのみを扱うような簡単な食事に始まり、たまにリトが気合を入れた失敗料理を振舞ったりしていた。

 一方の美柑はといえば、そんな兄を見ながら自分に出来ることはないだろうかと、幼心ながら模索し出す。

 料理本を読んだり、洗濯機の説明書を読んだりと。不得意な事に一生懸命な兄の姿を傍で見ながら勉強した。

 やがて時間が経ち、遂に傍目で見ながらという条件付きで台所に立つことを許可された美柑は今まで勉強した事を思い浮かべながらリトに料理を振舞う。

 その時出したのは、味付けも殆どない卵焼きと、焼いただけのトースト。

 本で勉強したものはどれも難しく、結局出来るものといったらこの程度。それに、見た目は不恰好で、想像していたよりも更に焼き焦げていた。

 初めてであればこんなものと思える出来には違いない。

 でも、最初の頃の自分より遥かに上手に作られてしまった料理を見て、リトは苦笑した。

 

「俺より全然上手いし、美味いよ。美柑の方が才能あるみたいだな」

 

 自己評価としては全く満足していなかった美柑だったが、兄の為に精一杯作った料理を、その本人が認めてくれて、残さず食してくれた事が何よりも嬉しかった。

 だから「これからも私が作るから」と言う妹の願いに、兄は屈しざるを得ない。

 こうして、結城家の料理全般を妹の美柑が行い、リトはその補佐へと降格した構図が完成した瞬間である。

 

「妹に家事を任せっきりってのもやっぱり考え物だよなぁ」

 

 私服に着替え、リビングへと向かいながらそう呟くリト。

 ふと、向かう先から食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。

 

(あれ? なんかスゴイ美味そうな匂いがする…)

 

 意味も無く足音を消しながら、そろりそろりと、香りのする台所へ近づき、顔を覗かせる。

 そこに居たのは先ほどまで彼の頭を悩ましていた妹の後姿があるだけだった。

 

   ◆

 

「~♪ ~♪ ~~♪」

 

 私は鼻歌を歌いながらリトの為に料理を作る。

 昨日の夜にあった事を思い浮かべながら上機嫌で包丁を握った。

 

「ん、少し重いかな?」

 

 記憶にある重さよりも少しだけ腕にかかる負担を感じながら、コレくらいなら大丈夫と軽く包丁を上下させてみる。

 

「…うん、大丈夫」

 

 結局、朝になっても現状は変わりはしなかった。

 私は幼い姿のままで、それでも記憶ははっきりしていて。

 でも、大好きな人に抱きしめられながら目覚めの良い朝を迎えた。

 名残惜しい温もりからこっそりと抜け出してランドセルの中身を確認すると、出て来たのは『三年○組 ゆうき みかん』と書かれた教科書とノート。

 つまり、今のこの世界…もしくは時代では、私が小学三年生だということが、これで証明された。

 そんな風に情報を整理しながら、小さくなったせいで大きくなってしまった世界に少しの不便さを感じながら手を動す。

 そういえば、この頃のリトはあまり手癖が悪くなかったかも。やっぱりモテ期に入ってからおかしくなったのかな?

 何も無かった事を少しだけ残念に思いながらあの頃を思い出す。

 記憶に新しいのは、寝ボケながら女性の体中を余す所なく的確に触ったり、舐めたり、嗅いだりするリトの姿。

 普通に寝るだけで、アレだけの事を出来るようになったのは最早神業だと思う。

 神業と言っても、極めて冗談に近い分類のイタズラ的技術だけど。

 二人で一緒に寝る事は沢山あったけど、実の妹(わたし)にすら、その技術は遺憾なく発揮された。

 …その結果として、寝るだけで物凄く疲れる時があるんだけどね。

 もっと言えば、必ずと言っていい程その日の朝は起きてシャワーを浴びるまでがセットだ。

 そんな事をしても許されるのは、皆がリトを好きだからという揺るぎない事実があるから。

 一応、彼女達の名誉の為にも言っとくけれど、あくまで()()()好きだから許すのであって、その技術に反論が出来なくなったなんて事はない…はず。

 ちなみに、私自身は触られる事に対しては、とっくに諦めてしまった。

 ううん、むしろそうされる事に喜びすら感じてたのかもしれない。

 理性の強いリトは起きている時にはこんな事ゼッタイにしてくれない。

 あの手に無遠慮に、そして力強く、でも優しく。

 頭が真っ白になって何も考えられなくなるくらいの幸福と背徳感を感じられる時間だったから。むしろ…す、好きだったんだと、思う。

 ……しかし、それにしても。

 

「入学したてくらいだと思ったのに…私ってやっぱり幼児体形だったんだ…」

 

 他人からの評価はされた事はないが、何度かナナさんと胸の大きさとかでいろいろ話し合った事がある。

 周りが凄すぎて、いつの間にか、そうかなって言う程度には思ってたけど、やっぱりショックはショックだ。

 リトって結局大きいのと小さいのどっちが好きだったんだろう。

 お尻とかは結構自信あるんだけどなぁ。

 やっぱり見て、触れて欲しい人がどう評価してくれるかは気になる。

 

 …って、いけない、いけない。落ち着け私。料理中に怪我なんてしたらリトにご飯作れなくなっちゃうかも知れないんだから。

 私は怪我をしないように包丁を置いてから、首を振って邪念を払った。

 

――――――

 

 さて、今日の朝ご飯のメニューは白米のご飯とお味噌汁だけ。

 でも、コレだけのものとはいえ余念を残すような半端なデキには出来なかった。

 

「う~ん、せっかく気合入れてリトを喜ばせたかったのに。もっと早く起きれば良かったかなぁ」

 

 今がいつなのか確認して台所へと向かい、冷蔵庫を開けると沢山の調味料が出迎えてくれた。

 ……どうやら、この頃の私たちはまだ、ちゃんとした料理が出来ていなかったらしい。

 私がまだしっかり練習出来ていなかったのが原因だけど。

 まさか材料がほとんど何も無いなんて思わなかった。昨日はリトを起こさないように、こっそり目覚ましを消しちゃってたし…。

 加えて、いきなりの事で精神的な疲れもあった。

 条件が重なって、朝起きるのが遅くなってしまった事に後悔する。

 でも、本当の理由は他にあった。

 

「まさかリトの腕の中が気持ち良すぎて二度寝しちゃうなんて思わなかった…!」

 

 らしくないって思う。

 こんな不純で情けない理由…リトに知られたら恥ずかしすぎて顔が見れなくなりそう。

 でも、ここでへこたれては目標へは到底辿り着けないと私は気持ちを切り替えた。

 

 昨日の夜に自分自身に誓った願い。

 ララさんにも。

 春菜さんにも。

 そしてモモさんにもリトを譲らない。

 今度は絶対にハーレムなんて創らせはしない。

 皆が仲良くリトを分け合うなんてやっぱり良くないよ、リトは一人しか居ないのに。

 たくさんの重荷を背負わせるくらいなら…いっそ私がリトを離さない。

 だから、二度と思惑通りにはさせない。

 だから、今度は私がリトを幸せにするんだ。

 だったら…楽園には私とリトだけでいいと思う。

 私だったらリトを苦労させたりはしない。

 その為に私とリトの……二人の楽園を今度は私が創るんだ。

 

 その為の第一歩。腕によりをかけて作ってやったんだから。

 さぁ、リト。とっとと起きて来なさい!

 

 すると、ペタリと後ろから聞こえた。

 そんな間の抜けた足音に気付いた私は、振り向きながら笑顔でリトを迎えてあげた。

 

   ◆

 

「お、おはよう美柑。なんか良い匂いするけどコレって…」

「おはよう! もうすぐご飯も出来上がるから座って待ってて!」

 

 昨日の泣き顔がまるで嘘のように、晴れやかな笑顔で返される。

 言われるがままに席に座るリトは昨日までの美柑と何処か様子の違う今の美柑に違和感を感じた気がした。

 やがて、数分と経たない内に献立は運ばれてくると、そこには食欲をそそる匂いと見た目。

 そんな何の変哲も無い普通の朝食をリトはまじまじと見つめる。

 何度見てもソレは()()()()()()と比べたら本当に普通に完璧な朝食だった。

 

(コレ作ったの美柑…だよな? な、なんか一気に上達したような……)

 

 昨日の朝も美柑が朝の支度をしていた。

 しかし、今日のは見ただけでわかる程に別物だと誰が見ても解る。

 具の切り方とか匂いとか。絶対においしいと見て判るぐらい上達している事に流石にリトは疑問を抱いた。

 

「どうかした? 早く食べようよ」

「え、あ。う、うん。いただきます」

「はい、召し上がれ♪」

 

 どことなく雰囲気も大人びたような?

 そんな風に考えながら食事に手をつけるリト。

 

「うまッ!? 何だこれ、米も硬くないし、べた付いてないし、スゲー美味しいぞ美柑!」

「そ、そう? 喜んでもらえたなら嬉しいけど…」

 

 美味い美味いと食事をするリトを尻目に、美柑は内心でほんのりと焦り出す。

 まさかここまでの反応が返ってくるとは予想していなかったのだ。

 

(この頃の私ってそんな感じだったっけ!? やば…気合入れすぎたかも。昨日の今日で一気に上達したら変に思われるんじゃ?)

 

 宇宙の果ての星からララ・サタリン・デビルークが来るまであと二年余り。

 それまでにリトには『美柑(いもうと)を好き』になって貰わなければならない。

 以前よりももっと強く、深く。ライクよりもラヴに近く、だ。

 その為の当初の目標としては、まずはリトの好感度を上げる為に昔の様な位置関係を作るのが彼女の目的だった。

 だからこそ、こうして美柑は気合を入れたのだったが……。

 

「きょ、今日は上手くいったみたいだねっ! 私だってこれくらい出来るんだから!」

「すごいなぁ、もう追いつける気が全然しないよ」

 

 唯一の救いは材料がなかった事だろう。

 これで当時のような完璧な朝食を作ってしまっていたらどうなっただろうか?

 流石のリトでも疑うだろう。無論、何に対してかは本人にも解らないだろうが、変な目で見られる可能性は大いにある。

 そうなったら美柑にとっては後々面倒だ。

 自分のファインプレーな行動に内心でホッと息をつく美柑。

 それからは何事も無く、普通に食卓を囲みながら二人は談笑した。

 何の変哲も無い、ただの兄と妹の団欒風景。

 それでも妹の中では、ぐるぐると、幸せと戸惑いがごちゃごちゃと混ざりながら押し迫る。

 

 『懐かしい』

 

 何もかもが、だ。

 美柑にとっては、こんな当たり前の事がずっと恋しくて、求めていて、待ち遠しい得難い宝物の様な時間なのだった。

 そんな『当たり前』の光景をヒシヒシと心に刻みながら美柑はリトの言質を取る。

 

「じゃあ、これからも私が一人でリトにご飯をつくるから。いいよね?」

「え、まぁ…そう、だな。うん、任せるよ」

 

 これでひとまず最初の目標達成(ミッションコンプリート)

 まだまだ時間はある。少しずつハードルを上げて、そして逃げられなくすればいいのだ。

 リトに強引に迫っても意味が無い事を彼女はよく()()()()()

 彼女が創るのは二人の楽園。

 彼女にとって、リトに襲われるのは全く問題ない。

 だが逆に、我慢できずに襲ってしまい、ギクシャクして距離を置かれては本末転倒だ。

 少しずつ、(リト)としての倫理観を壊せばいい。

 

(そうすれば、今度は私を美柑(おんなのこ)として見てくれるよね?)

 

 今日は休日。

 食べ終わったリトは何となく妹の予定を尋ねてみる。

 

「ごちそうさま。美味かった~…あ、今日は何するんだ美柑?」

「おそまつさま。うーん、じゃあリトと一緒に遊びたいかな」

 

 心の中で決意を固めた美柑は笑顔でリトを求める。

 先程は失敗しそうだったが、今度は大丈夫だと心に誓う。

 なぜなら彼女はもう目標を決めたのだから。

 

(リトの為なら。リトが望むなら。私は何だって出来るし、どんな願いだって叶えてあげるよ? 絶対に私が幸せにしてあげるんだから)

 

 それまでは兄妹として。こんな風に過ごしても良いかも知れないと美柑は心が温まっていくのを感じた。

 彼女にとってこの決断は前途多難な道ではあるが、諦めたりはしないだろう。

 既に、彼女の心は再び目の前の男性に虜にされてしまったのだから。

 

「へ? 別にいいけど。じゃあ何して遊ぼうか?」

「えーと、そうだな~…」

「あれ? ところで今、俺の事リトって……」

 

(またやっちゃったーーー!!!??)


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