遅咲きオレンジロード   作:迷子走路

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『妹の違い』

 今更で当然の事だが、学生である兄妹は休みとなる日が同じである。

 その為、そうなると当たり前と言わんばかりにその時間は二人で一緒にいるのが普通となっていた。

 以前までは休日でも男友達と遊んだりしていたリトだったが、美柑による積極的なアプローチや直接的に甘えられる事を繰り返されたことで、すっかりと彼女の術中にハマってしまう。

 と、いうのも。

 もともとリトは兄として美柑の前ではしっかりとしていたいと思っていたのが大きい。

 結果的に出来た妹である彼女に甘えられて悪い気などする筈もなく、いつの間にか遊ぶ事よりも優先すべき事として今では思うようになってしまう。

 それを洗脳と呼ぶには過ぎた表現ではあるものの、ただ単に頼られる事を嬉しく思っていただけのリトが、彼女と一緒にいられる事そのものが最早嬉しくあり、楽しいものと感じるようになったのは効果が強すぎたといっていいだろう。

 もしかすると、彼にも心の奥ではそんな秘めた感情が存在したからなのかもしれない。

 そんな彼を余所に一方の美柑は今までの自分を悔やむようになっていた。

 理由は簡単。以前までの美柑は年齢不相応に大人びた性格をしていた為に、どんなに自分が兄の事を想っていても、素直になるより理性やプライドといった感情が表に出てしまっていた。

 しかしながら年齢的にも精神的にもまだまだ幼く未熟だった事もあり、リトに対する気持ちにも気付けていなかったのもまた事実。

 友人に兄の事を聞かれても。宇宙人たちのトラブルに巻き込まれながらも。

 どんな時でも理性的に妹として振舞い続けた事が結果として()()未来に繋がったのかもしれない。

 もっと今のように素直になっていたら。

 もっと早くこの気持ちに気付けていたら。

 もしそうなら、彼女は今ここには居なかったのかもしれない。

 それ故に、こんなにも簡単に手に入る幸せを以前は自らが放棄していた事に心から悔しく思ってしまっていた。

 

 しかし、未だに兄妹は互いの気持ちには気付いてはいない。

 

 お互いを求めるように、思うままに感じあう距離になってしまった事がそれを決定付けてしまった。

 

『このままでいい』

 

 その言葉に尽きる。

 これ以上望めば壊れてしまうかもしれない。

 今でも幸せなのだから、このままでも……。

 そんな想いが二人に芽生えてしまい、これ以上深く進む勇気が兄妹にはなかった。

 全ては、血の繋がった家族である為。

 互いを求める事で相手に拒絶され、二度と届かぬ存在になってしまう事を本能的に恐怖する。

 美柑にとって、それがどういう意味なのか。それをどう捉えるべきなのか。

 今はまだ、気付くには早いらしい。

 

      ◆

 

「あ」

「…あれ? もしかして結城くん…? え~と…き、奇遇だね?」

 

 今の私にとっての日常は障害物競走みたいなものだと思う。

 進んでも、進んでも、ゴールに辿り着くまでは何度だって邪魔が入ってくるんだから。

 ま、そうといって、ふて腐れても何も始まらない。

 だから、今のこの状況だってチャンスと受け止めるぐらいじゃなきゃダメなんだよね。

 はぁ~…せっかくのリトとの買い物デートだったのになぁ。

 

「お、西連寺じゃないか。 休みの日に会うなんて奇遇だな~」

「う、うんっ! ホントに…めずらしーね!」

 

 特に動じた様子も無いリトの姿を見ていると、軽く沈みかけていた気持ちがちょっぴりはずむ。

 本当の本当に。今のリトは春菜さんをなんとも思っていないんだって。

 前の普段どおりのリトなら『よ、よう! 西連寺!? い、いや~ホント、こんなトコで会うなんて奇遇だな~!!』とかそんな返し方をすると思う。

 毎週の恒例になっている休日デート(二人の時間)に現れたお邪魔虫(春菜)さんには悪いケド…今のリトは私のなんだからっ!

 …なんて思いながら緩んでしまう口元をギュッと引き締めて隣のリトの腕を抱きしめる。

 それだけじゃ変な人だって思われちゃいそうだから、口を隠すように顔をめいっぱい押し付けて、バレない様にそこにある大好きな体温を感じ取った。

 

「…ふへ」

「あれ…? えと、結城くん。そっちの子は…妹さん…とか?」

「ん? あ、あぁそうだよ。美柑って言うんだ…って、なに恥ずかしがってんだよ?」

 

 もうちょっと。

 ゴメン。もうちょっとだけこのままで待って。

 都合良くリトは私が人見知りしてるんだって思ってくれたみたい。でも今はムリ。顔を出したら緩みきってると思うからゼッタイ、ダメ。 

 そんな私をきっと春菜さんはもう変わった人だって見てるのかも。いや、もしかしたら私じゃなくてリトをずっと見てるのかも………よし、もう平気。

 リトの腕を掴んだまま、顔を離して春菜さんを見た。

 すると、軽く咳払いをするようなポーズをしていた春菜さんは、手を後で組んで真っ直ぐとした眼で私を見ながら軽く膝を曲げる。

 わざわざ目線を私に合わせてくれる春菜さんは、やっぱり私の知っている優しい春菜さんなんだと思いながら…そんな彼女は柔らかい笑顔で「初めまして」と言った。

 

「え~と、美柑ちゃんって言うんだね。私はお兄さんのお友……く、クラスメイトの西連寺春菜って言うの。よろしくね」

 

 そんな声を耳にしながら、眩しくて少しだけ目を細めていた私は一瞬思考する。

 大丈夫…コレも予想の範囲なんだし。その為の練習だって何度も頭の中でやってきたんだから。そう言い聞かせて、目の前にいる春菜さんを見て、いつかするであろうと用意していた自己紹介をした。

 

()()()()()、兄がお世話になってます。結城リトの…妹で、美柑って言います。どうぞ、お見知りおきを」

 

 少しでも大人っぽく見せるためにワザと堅い言葉を選んで、負けじと、笑顔で返しながら掴んでいたリトを更に引き寄せる。

 まだまだ小さいこの身体じゃ全然収まりきれない、リトの腕を抱きながらのちぐはぐとした挨拶は、常識人の春菜さんの目を驚きで丸くさせるには十分な様だった。

 リトは普段より積極的な私の行動に少し動揺しているらしい…うん、これは結構、悪い気はしないかな。

 何だか作戦が上手く言ったような気分になった私は、自分の笑顔がどんどん作っていない本物になっていくのを感じていると、ふと思い出す事があった。

 そういえば春菜さんとは臨海学校で会ってるんだっけ。

 でも、この反応を見るに覚えていないか、良く見えてなかったのかもしれない。その点は好都合だからいいケド。

 白昼の往来で三者三様、違った表情で見詰め合う。

 照れるリトと、その腕に笑顔で抱きつく私。そんな光景に春菜さんは驚いた様子で言葉を失っていた。

 それが今日の出来事の始まりで。私とリトの間に付け入る隙なんて無いって事を見せ付けて、思い知らせてあげる計画の始まり。

 たとえ、どんなに突然の出来事であってもそれを乗り越えてチャンスを掴む…そうでないと、モモさんにだって敵うワケない。

 私にとっての本当の障害物競走はいつもと変わらない、何でもないただの休日に突然スタートしたのだった。

 

      ◆

 

 ふと、結城リトは思う。今日は妹の美柑とただ一緒に買い物に出かけていただけではなかったのかと。

 自分の腕に妹の体温とやわらかさを感じながら、反対の位置には以前まで気になる程度に意識していたクラスメイトの女の子が半歩ほど下がった距離で付いて来ているのを確認する。

 こうなったのも全て、意外な事に美柑からの言葉がきっかけとなったからだった。

 

『どうせだし、今日は一緒に買い物に行かないか誘ってみる?』

 

 最近になってリトは美柑が実はそこそこ嫉妬深い性格なのではと思い始めていた。

 ララに対する態度も、妙に対抗するように自分とくっ付きたがるのもそんな性格からきているのではないのかと。

 だから、そんな彼女からの誘いに驚きはしたが、同時に自分が考えていたような事はなかったと安心もした。

 妹も日々成長しているのだと都合良く解釈したリトはこの提案に賛同し、早速春菜に提案する。

 そうなると、彼女は食いつくように「行きます!」と言い放ち、このような珍しい休日へ進んでいく流れになったのだった。

 だが、今の状況に微妙な居心地の悪さを感じながら思う。

 

(なんかオレ、間違ったかな……)

 

 水面下で交錯する彼女達の想いに挟まれた哀れな兄は、一先ず心を落ち着かせる様に傍らにある妹の笑顔を眺める事しか出来ないのだった。

 

「え~と、ところで西連寺は今日何を買うつもりなんだ?」

「えっ! え~と…ふ、服…かな?」

 

 ふと、会話に詰まった空気を変える為にリトは春菜にそう投げかける。

 リトの特別意味のあるワケでもない質問に春菜はとっさに無難な回答で受け流すが、彼女の内心は焦りという感情で渦巻いていた。

 実のところ、今日の春菜は暇を持て余していた。

 深い意味もなく、気になる意中の彼に会えたら良いな程度にその周辺を散歩していただけというのが事実である。

 正直に言えば半分ストーカーの様な行為にきっと退かれて、嫌われてしまう。そう予感した彼女は適当な答えを考え出してなんとかその場を切り抜けようとする。

 …もし相手がリトだけならそれも上手く言ったのかも知れない。

 顔を合わせて会話する二人の反対。その隣で目を細めながら、じとりとした視線を送りながら美柑は春菜の不自然さに何となくだが気付いていた。

 そこには彼女自身の勘と、今に至るまでに知っていた情報がそれを結論付かせている。

 

 それは美柑の知っている春菜は嘘を誤魔化すのが苦手という事。

 

 もともと正直な彼女は嘘をつく事が殆ど無い。あったとしてもそれは自分自身に付く嘘という感じのものばかりだ。

 だからこそそんな時の彼女の反応は意外と判りやすい。

 そしてこの事は今より、もっと後に知った事。当然ながらそれはこの時間のこの時期にも該当して然りだった。

 この一連の流れで既に美柑は春菜が何を思って一緒に来ているのか理解する。それは自分にとっても悪くない事で、今まで見えていなかったリトの周辺の情報の一部を確定させる根拠にもなると考えた。

 

(春菜さんはやっぱりリトの事が好きみたい。少なくとも、わざわざ休みの日に予定を変更して一緒にいたいと思うぐらいには。だったら……今日は直接いろいろ春菜さんの思ってる事とか聞けるかも)

 

 自分達の仲の良さを見せて、春菜がリトを諦めてくれれば尚良しなのだが…と、回答があるとすれば『春菜が予定を持っていた』という部分を除いて満点な洞察力で美柑は思うが、流石にそこまで上手くはいかないかと、その考えを棄てる。

 常識的な性格で、周りから見ても()()()な彼女ならば今の時点でも十分に諦める可能性はあるのかも知れない。

 だが、何だかんだで春菜もリトと仲良くなる為ならハーレムを許容した側の一人である。この程度で心からそうなるとは言い切れない。

 ならば今日出来る事は…そう美柑は相変わらずリトを抱きしめながら頭の中で考えていく。

 見えない角度でほくそ笑みながら、子羊となった春菜は一瞬だけ背筋を震わせた。

 

――――――

 

「リトーっ、どっちのが似合うと思う?」

「ん~、どっちも似合ってるけどオレは右のが好きかなぁ」

 

「ねぇねぇ、コレなんてリトにぴったりじゃない? ちょっと試着してみてよ!」

「何かハデじゃないか? まぁ、そこまで言うなら着てみるけどさ」

 

「リトちょっといい? 着るの手伝って欲しいんだけど」

「へ? え、いやいや流石にそれは…あーわかったわかった! そんな顔するなって!」

 

(え~と……本当に兄妹…なんだよね?)

 

 目的地に辿り着くと、そこで目を疑うような程に仲の良い二人を春菜が目撃する事になったのは言うまでもない。

 さっきまでの引っ込み思案的な様子の美柑はもう目の前には居らず、まるで自分など最初から居ないかの様に二人の世界が程なくして完成していた。当然、彼女はその置き去りにされてしまう。

 そんな姿をボーっと眺めていると、徐々に春菜の中で結城兄妹への感想がずれて行き出す。

 始めは『仲の良い兄妹』に過ぎなかった。

 少々恋愛マンガの様な光景に感覚がマヒして来そうではあったが、彼女自身も秋穂という仲の良い姉を持つ妹。兄と姉の差はあるものの、お互いで似合いそうな服を選び合うくらいの経験はしている。

 他の普通を知らない以上、そうなると必然的に判断基準は自分の経験談になってしまうのは仕方ない事だった。

 

(美柑ちゃんって本当に結城くんの事を信頼してるんだ)

 

 春菜は何となく自分の姉がもしも兄だったらと想像してみる。

 仮にそんな関係だったら今ほど姉妹仲が良かったかどうか、正直分からなくなった。目の前の光景を自分と置き換えてみても、あそこまで心を許せる異性というのがいまいちピンと来ない。

 それが父親だとしてもそれは同じ感想だった。

 性格の問題はあってもやはり恥ずかしいものは恥ずかしいと感じながら…素直に美柑の事を羨ましいと思ってしまう。

 やがて春菜は『仲が良過ぎる兄妹』と改めた。

 

(え!? 待って待って! さ、流石に着替えを手伝って貰うっていうのは……!?)

 

 ここで春菜がほんの少しでもズレた感性を持っていなかったなら『仲が良過ぎる兄妹』という過小な評価で済まされる事は無かったかもしれない。

 彼女の友人や他の女子ならば、下手をすれば行き過ぎたシスコンの烙印をリトは押されて周囲の女性からの評価は下がったりした可能性もあっただろう。

 正しく見ていれば今の時点では妹の方からのブラコン的行動なのだが、その誘いに嫌がった素振りもなく試着室のカーテンを潜るのは余程の関係で無ければなかなかに難しい。

 思春期を迎えて異性に興味や理想、期待といった感情を抱くであろう難しい年頃の時期。思うとすれば彼氏彼女にするならばとか、友達として等、様々な観点から誰かを多角的に判断できるようになる頃である。

 例えば友人ならば、まだシスコンやブラコン、マザコンやファザコンといった多少癖の強い一面を持っていたとしても、まだ許容できる人間は多い。だが、それが好意を持つ異性だったならばまた違った評価になるのは否定できないと言える。

 つまり、人によれば目の前で行われている光景は大きな()()()と言っても過言無い。

 

「…いいなぁ、美柑ちゃん。私もいっそ美柑ちゃんみたいだったらなぁ…」

 

 そして彼女はそれを難なくかわしてしまった。

 美柑の知らない春菜は、いっそ彼の猫(ペット)になってもアリかもしれないと一瞬でも思ってしまう程にリトを想える一面がある。

 このぐらいならば春菜にはまだ仲良し程度しか思わない。

 彼女の中では今、リトは『家族思いで妹にも優しい男の子』として映っている事だろう。そして異性としての恋よりも「結城くんと一緒にいれたら幸せだろうなぁ」と妹の立場を羨ましく思っている。

 やがて試着を終えた二人が出てくるまでそんな妄想は続いた。

 リトの声によって現実に戻されると慌てて春菜はお茶を濁すが、そんな彼女を見て溜息を溢す音がひっそりと誰にも聞こえずに散っていく。

 

(やっぱ春菜さんって一筋縄じゃいかないかも…)

 

 いっそ少し頑固で真面目が過ぎるほどの性格をした「ハレンチ」が口癖の彼女ならまだ違ったのかもしれない。

 美柑的にはこの場面では、いっそナシだと思われるくらいが望ましかった。

 彼女の計画的にもそれが大きく関わる。

 手っ取り早く、血の繋がった関係という圧倒的なマイナスを覆す方法の一つは『相手が諦める事』である。競う相手がいなければ、最後に勝つのは当然一生を添い遂げる事が出来る彼女しかいない。だからこそ、ここまでの準備はほぼ完璧に近い筈だった。

 なのだが……なかなか上手くはいかないのが現実というべきなのかもしれない。

 ここまで数々の障害にも美柑は諦めずに立ち向かってきた。

 結果的に、手に入る部分では美柑にとって十分に思い通りといって良い状態となる……しかし、それ以外は殆ど最初から彼女の敵として道を塞ぐ事ばかりだった。

 今回もそう…春菜がもう少しでも心が狭く、飽き易い性格だったなら。

 残念ながらそうではない。

 落胆はしないが、それでも上手くいかなければガッカリはする。

 そもそもの話。好きな男性が複数の女性と関係を持っても許容できる楽園のメンバーには効果が薄いのは予測できていた。ならば本命とする狙いはやはり一つしかないと判断できただけ収穫だと思うしかない。

 結局、残された道は当初からの考えの一つ…『リトからの感心を無くさせる事』しかないのだと改めて思い知るのだった。

 

「なぁ二人とも、次はあそこに寄ってもいいか?」

 

 それから、ある程度見終わって店を出ると、意外にもリトからの提案によって次の行き先が決定する。

 彼が指していたのは小物やアクセサリーといった物を多く取り扱う店で、これには美柑と春菜は一瞬だが驚いた。

 二人から見ても彼はあまり自分に頓着したり、主張したりするタイプではなく、それについて詳しく知らない春菜だけならまだしも、美柑でさえリトが装飾品の類を身につけているのを殆ど見た事がなかったからだ。

 勿論それだけを扱う場所ではないのでそれ以外の目的があるのかもしれないと訂正するも、それでも意外な選択だったという見解は無くなりはしない。

 

「リト。ここでなに買うの?」

「あ、私もちょっと気になる。結城くんってあまり、ああいうお店に来るイメージなかったから」

 

 そんな二人の当然のような質問にリトは明後日の方へ視線を向けながら、気恥ずかしそうに呟いた。

 

「あ~…やっぱそう思うかぁ。別にオレが欲しいものがあるってワケじゃないんだけど」

「?」

「これといって理由はないぞ? たまたま目に入ったから寄ってみたくなっただけっていうか」

 

 微妙に煮え切らない様な返事に二人は納得はしないが、自分の好きな人が行きたいと言っているのだ。余程の場所や事情が無い限りは断る理由などあるはずが無い。

 自分達だって理由なんていちいち持って行動するワケではないのだから、この場での返事に対して追求する事もないだろう。

 数メートル先の目的地へ移動するとキラキラというかジャラジャラというか、そんな曖昧で抽象的なイメージのする店内を三人は見渡した。

 美柑と春菜はそれぞれ興味のある物が無いかどうか確認をし、リトはとりあえず歩きながら何があるのかどうかを見ようと行動に移す。

 二人はそれぞれ自身のトレードマークとも言える髪留めのコーナーへ行くと、思った以上に品揃えの良い店だったようで、感嘆の声を漏らした。

 髪留めという枠は同じだが、美柑は髪を結い上げる為のヘアゴム。春菜は前髪を留める為のヘアピンと、同じ場所だが別々の方向に感心を向けてそれぞれの買い物を楽しんでいる様だった。

 特に二人にはこの分野には拘りがあるらしく、楽しみつつもじっくりと物色をしている。すると、お互い気に入った品が見つかったのか、振り返りながら一番に見て欲しい人の名を呼ぶ。

 

「ねぇリト、コレとか私に似合うかな?」

「あの、結城くんっ。こういうのって結城くんはどう思う?」

 

 だがそこに彼の姿はなかった。

 振り返ればそこには今日一日一緒に買い物をした相手の姿しかなく、お互い目を合わせた瞬間「しまった」という顔をした。

 一人は夢中になり過ぎて兄を見失っていた事に。

 一人はそんな意中の相手の家族に自分の気持ちを打ち明けてしまったような気恥ずかしさに。

 だが、そんな感情は近くを歩いていたリトの登場によって一瞬の事で済まされる。

 

「ん? 今呼んだ?」

「あ、リト良かった。もう、何処に行ったか心配したじゃん」

「流石にここで迷子は無いだろ…二人を置いてどっか行ったりはしないって」

 

 妹相手にそんな風に思われた事に複雑な表情を浮かべながら彼女に近づくと、顔を近づけて「どれどれ」と言いながら彼女の選んだ品に関心を寄せる。

 リト自身、妹の美柑の事を普段から見てきているつもりではあったからこそ、彼女のチョイスに思わず納得したように微笑んでしまう。

 種類こそあれど、彼女の身に付けている髪留めは基本的に色が違う程度の差しかない。よくよく見れば大きさや、特別な行事の時は違ったりもするのだがそれでも気になる程の違いはなかった。

 持ってきたそれは確かに持ってない色だったのだろうが、リトはそれなら…と手に持っていた別の髪留めを美柑に渡す。一色で統一されていた彼女の選んだ物とは違い、リトのはオレンジと黄の二色を使ったデザインで、形もそっくりな色違いの物だった。

 これには流石に美柑はキョトンとし、やがて手渡されたそれがリトが自分に似合うという意味で選んでくれた品なのだと理解する。

 鮮やかな暖色の髪留めは彼女の好みにも一致していて、まるでリトが自分を深く理解してくれているのだという風に思えてきた美柑は心臓を高鳴らせて胸の内で歓喜した。

  

「…へぇ~、イイねコレ。ま、まぁ? リトが選んでくれたんなら私もこっちを買おうかな~って気にはなるケド?」

「お、良かった。似合うとは思ったんだけどさ、何だか名前をいじってるみたいでイヤだって思っちまうかなってなったんだけど」

「そんなの気にしないって。言われて見ればたしかに…ミカンっぽいかもとは思えてきちゃったかも」

 

 そうは言いながらも、ふふ、と小さく笑う彼女の姿を見て本当に気にしていないのだとリトは安心する。

 それなら…という流れでヒョイと手に乗っていた髪留めを手に取ってレジへと歩き出して行った。

 

「え、リトいいよ、私が自分で買うから。てゆーか、リトの方の買い物はどうしたのよ」

「んー、やっぱ特に欲しいのなかったかなって。良いじゃんかコレくらい。少しは兄貴にカッコつけさせてくれよ」

 

 この時、この表情と声で妹は兄が最初からこの目的があったんではないかと思った。きっと言っても否定されるだけなのだから結論は謎のままとなるだろう。

 でも、そう思えてくるとやはり嬉しくなってくる気持ちは抑えようが無い。

 後を追うように彼の後を付いて行く姿は、まるでスキップをしている様に軽やかで弾んでいた。

 

 ……その更に後で「いいなぁ…」と羨む小さな声は店内で流れているBGMによって二人には届かなかった。

 

――――――

 

 流石に一日出歩いていれば疲れが出てくる頃。三人が店を出ると、美柑の提案で休憩をする事となった。

 季節は冬だが、店内であればそんなのは些細な事であるという理由で今度はアイスクリームショップへと赴き、リトの隣に美柑、正面に春菜の並びで席に着く。

 始め、春菜は「この時期にアイス?」という感想を抱くが、アイスは美柑にとっては好物の一つであると知ると、納得したように同席を決意する。

 その心中ではどんな事を思っていたのかはあえて伏せておくが、思い人の家族であり、今日一日を一緒にいて、その人と彼女の強い結びつきと絆を確信してしまった。だから、そんな相手の提案を断る様なマネは春菜には出来なかったとだけ言っておこう。

 ソフトクリームを食べている彼女は誰が見ても上機嫌で、ぴったりと隣のリトに肩をくっ付けて今日の成果に満足していた。

 

(今日は何だかんだ、いっぱいリトと楽しい事出来たなぁ…リトからプレゼントも貰えちゃったし、春菜さんにはまぁ…悪い事しちゃったケド仕方ないよね。だって今のリトってば私の事すっごく大事にしてくれるんだもん)

 

 じぃーっと羨望の眼差しで見つめてくる春菜を余所に、兄妹とは思えないオーラを店内に漂わせ、ご満悦の美柑は更なる一撃をお見舞いする。

 

「リト動かないで。クリーム取ってあげるから」

「…え? おう、ありがと」

(…? 付いて、無い様な?)

 

 大人しく食べていれば基本的にソフトクリームが口以外に付く事はないだろう。

 だが、妹はそんな好機は待たない。待っているよりも攻める方が効果的だということを彼女は既に覚えてしまった。

 リトにクリームなど付いていない。

 でも付くとすれば当然口周りだというのは誰もが思うこと…ここまでくればエンリョなどいらない。見られている事なんて承知の上。恥じらいよりも後悔しない選択を。

 

 頬を上気させ、吸い寄せられるように妹は兄の口元を小さな舌で掬い上げた。

 

 ガタンという大きな音が店内に鳴り響き、同時に蹲るようにテーブルに伏す春菜。目の前の光景にあまりにも衝撃を受けた彼女が思いっきり膝を打ってしまったのだという事は見ただけで正面にいた二人には解った。

 リトにとっては家の中では割と頻繁にされているものの、人目の付く外では始めての事に流石に声を上げてしまう寸前の出来事。

 驚きの声は更なる驚きによって完全に喉の奥へと飲み込んでしまった。

 

「ちょ、おい西連寺…? だ、大丈夫か?」

「~~~っ、~っっだ、大丈、夫…です…」

「ホントに? かなり痛そうな音だったよ?」

 

 想像以上に痛そうにする彼女を見てしまうと流石にやりすぎたと反省する気持ちになるのは仕方のない事だろう。

 今度から使う相手と場所は選ぼうと美柑は心に決め、溶け落ちそうなアイスに齧り付いた。

 

      ◆

 

「春菜さんってリトのこと好きなんですか?」

 

 今日だけで春菜さんは頭の中がパンクしそうな状態になっているんじゃないかって思う。

 でもこっちはそんな事で手加減なんて出来るほど余裕は無いんだからどうしようもない。

 案の定、口をパクパクさせて声を出せないでいる姿を見ていると、かえってこっちは冷静になっていった。

 

「な、ななななん!? どうして…!?」

「いや、今日見てたらそんな気がして。違いましたか?」

 

 さっきリトがトイレに行くと言って席を外した今こそが一番のチャンスだった。畳み掛けるように私は彼女を追い詰めていく。

 答えは解りきってる…でも念のために確認。あと、問題はそこじゃない。本当の目的は別だった。

 

「えと、その…ち、違わ…ない、です…」

「そうですか……それで、今日私たちを見てどう思いました?」

 

 返答を待つ。

 忙しなく視線があっちこっち動き回る姿をじっと見つめる。その動きが徐々に落ち着いてくると、春菜さんは口を開いた。

 

「上手く言えないけど、物凄く仲が良いんだなぁ~って思った…かな?」

「それだけ? 兄妹でベタベタして、気持ち悪いとか思わないんですか?」

 

 ……って、そんな小動物みたいに怯えないでよ春菜さん。

 別に怒ってるワケじゃないんだけど。もしかして私の顔って怖いのかな。

 はぁ、仕方ない。

 変に警戒されても困るし、告げ口されたら大変だ。

 さっき買ってきた二本目のアイスに口を付けながら心を落ち着かせて語りかける。

 

「すみません。私、なんていうか……ちょっぴりブラコン、らしくて。友人にそんな風に言われてしまったので、ちょっと気にしちゃってたとゆーか…ごめんなさい」

「へ。あ、い、いいよ! 全然っ! たしかにビックリはしちゃったけど…美柑ちゃんがお兄さん想いだって事は悪い事じゃないと思うからっ」

「そうですか? そっか、ありがとうございます。ちょっとだけ気が楽になりました」

「あ、あはは。あ、でもさっきのき、き、キスはやりすぎな気が……した、かな?」

 

 少しだけ警戒を解いてくれた春菜さんの言葉に考えを巡らせる。

 何て答えようかな……まぁ、春菜さんがやっぱりリトが好きだって知れたし、あまり深く考えなくてもいいかな。

 と、私は()()常識を言う事にした。

 

「え? 仲の良い家族ならアレくらいフツーですよ? それにさっきのはアイスが付いてただけでキスじゃないですし」

「…え? ええ? ま、まさかそんな事……それに、だって、さっきのは……」

 

 もしかして見えてたのかな…じゃあ、もうちょっと押しとこう。

 

「ほら、お弁当さんみたいなものですって。春菜さんは家族でああいうやり取りしないんですか?」

「ええ!? いや、私のところは……ど、どうだろう」

「家族間でのキスなんて愛情表現みたいなものだって思うんです。私はリトが好きだし、リトもきっと…私の事は好きでいてくれてると思います。だから…それぐらい大事にされるって凄い幸せだなって思えるんです」

「……あ。あう」

 

 春菜さん…目がグルグルして頭が揺れてるけど大丈夫かな。

 原因は私だけど、コレで納得してくれるかな。

 

「ゴメンな二人とも…ってどうかしたか西連寺?」

「うひゃあ!? …あ、や! え、えぇと、何でもないですっ!?」

 

 なんかばつが悪いなぁ。これじゃあイジメっこみたい。

 あんまり責めても逆効果かな…反省しないと。

 

「ゴメンね? 春菜さん」

「あぅ、あぅ…」

「ホントに大丈夫か…?」

 

      ◆

 

 今の次期はまだまだ日が暮れるのが早いので、そうなる前に今日の買い物は切り上げる事にした三人。

 休憩以降の熱に浮かされる様な状態の春菜に、最初とは裏腹に大人しくなった美柑に挟まれるリト。

 妙な居心地の悪さが再び戻ってしまった事に頭を悩ませながらも、ポケットに手を入れて、彼はとある機会を窺っていた。

 

(う~ん、どうすっかな。今は…無理だし。でも早くしないと)

「あ、じゃあ、私はこの辺で…結城くん、また学校でね」

「え、あ、あぁ。それじゃあな西連寺」

 

 気付けば既にそれそれの家路へと向かう分かれ道に来てしまっていた。

 

(仕方ない。ちょっと強引だけど…)

「あ、西連寺! いいか?」

 

 リトは振り返って春菜の方へに近づく。

 あくまで別れた後で振り返った後に。そうでないと、腕をしっかりと握っている美柑が付いてきてしまう。

 軽く腕を離してもらって足早に。手短に用件だけを伝える。

 

「その、今日はゴメンな? 西連寺には付き合せちまって」

「え、ベ別にそんな事…」

「その、コレ侘びといっちゃ何だけど。今日は楽しかったよ、ありがとな!」

 

 そう言いながらポケットから出して、予め手に持っていた小さな紙袋を春菜に手渡すと、手を振って「また学校で!」と、少しだけムッとした表情の妹の方へ去っていってしまった。

 春菜は手渡された紙袋とリトを交互に見て漸く状況を理解する。

 どうやら彼は自分の妹をよく理解しているのだろう。

 お詫びと言いながら渡したそれを見ながら春菜は思った。

 多分、深い意味は無く本当にお詫びとしてそれをプレゼントしてくれたのだ。態々そうしたのは、今日を省みるに彼の妹は少し兄を大好き過ぎるから。要するに、せっかく機嫌がいいところをクラスメイトの女の子にまでプレゼントしてしまっては彼女の嫉妬を買ってしまう。つまりそういうこと。

 既に遠くなりつつある二人の後姿は何やら一言二言と会話を重ねている様子。

 だが、次の瞬間には再び妹の方からリトの腕へ抱きついて歩き出す。どうやら彼は上手い事、美柑を諭す事ができたらしい。

 と、ここで春菜は貰った紙袋を開ける。

 そこには……。

 

「あ、これ……さっきのお店の!」

 

 手のひらサイズの袋の中には、自分が気になっていた髪留めが入っていた。

 一体いつの間に。そう思いながらも、心はポカポカと温かく嬉しい気持ちで満たされていく。

 彼女が家に帰って良く見ると、それは先ほど自分が気になっていた物ではなく、良く似た別のデザインの物だったのだが全然問題じゃない。

 きっと離れていたときにリトが自分で選んでくれたであろうそれが、春菜自身の欲しかったものにとても似ていた事が重要なのだ。

 

(ずるいよ結城くん…こ、こんなの嬉しすぎるよ~~!!)

 

 一生の宝物にしようか、それとも次の登校日に学校へ付けていこうか。

 とても乙女的な悩みに悶えながら、少女は今日一日の疲れさえ忘れていくのだった。

 

――――――

 

「春菜ただいま~! 今日はおみやげにケーキ買ってきちゃったから後で一緒に食べよっ」

「お姉ちゃんおかえり~」

 

 夜になり、西連寺家では珍しくない姉妹二人だけの時間がそこにはあった。

 仕事帰りの秋穂は春菜の用意していた夕食を食べる為に急いで着替えて食卓へ着く。そこには、いつもよりも笑顔な妹の顔があった。

 それを見て事情を察した彼女は悪戯心がふつふつと湧き上がって来た。

 

「ん~~? どしたの春菜~、なんかご機嫌じゃない」

「え? えへへ、そう?」

(これは男関係かな? 妹もそんな年になったか~…)

「見たら解るって。そんで? 何があったのか教えなよ~」

「え~と、プレゼント…というか贈り物を…欲しかったやつ。も、もらっちゃった♡」

「ほぉ~、ほぉ~~?」

「…って! もう、いいでしょ! ご飯食べよ!」

 

 そんな妹の反応を見て姉は楽しそうに、イジワルそうに笑う。

 妹はそんな姉を良く知っているので、これ以上からかわれる前に切り上げようとする。

 家族の形はその家それぞれであるというように西連寺家ではこの光景が普通で当たり前な、日常だった。

 

 ここまでは。

 

 春菜は舞い上がっていた。姉に言われたように、今日は普段の何割増しにも笑顔である。

 何が悪いかといえば、それは多分。冷静さが欠けてしまったからだろう。

 

「あ、お姉ちゃんクリーム付いてるよ。取ってあげる」

 

 家族ならこのくらい当たり前で普通の事。

 普段から素直な彼女が冷静さを失ったならどうなるか。

 おみやげにケーキを買ってきた姉と、贈り物を貰って舞い上がった妹。

 誤解とは何がきっかけで生まれるかわからないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん携帯鳴ってる」

「ん~? はいよーって、秋穂さん!? 俺に相談があるって…これはアピールするチャンスか!?」

「また女の人…はぁ、先にご飯食べてるから」

「なになに? 家族…例えば下の妹とのほっぺにキスって普通ですか? ってなんだそれ? う~ん……俺に聞かれても…いや、聞いてみるか」




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