遅咲きオレンジロード   作:迷子走路

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※きまぐれオレンジロードは関係ありません


『兄へ』

 いや、いやいや。ちょっと待って、待って。

 私はついさっきまではデビルーク星の自室にいた筈だよね?

 いったい、いつの間に地球に帰ってきちゃったの?

 

「オッケー。一度よく考えよ…あぁ、なんかまた、めんどくさい事になりそうで頭痛い…」

 

 そもそもの事の始まりと言えば、ララさんのお父さんと、お母さんのセフィさんにリトが挨拶に行ったことだった。

 とうとうララさんの熱愛攻撃にやられてしまって、そのまま婚約の報告に行って帰ってくるものだと思って二人を見送ったりもした。

 まさか翌日になってリトの全体的な能力の向上をさせたいとかで、そのまま強化合宿をするからしばらく帰ってこれないなんて事になるとは思わなかったけどね。

 強化合宿の内容と言うと…。

 

「リトさんが素敵な婿殿と言うのは承知していますが、夫ほど奔放で行動しても大丈夫とは思えないので最低限の知識を身につけて下さい」

「デビルーク星の王座に立つまでは暫くの間筋トレしていろ!」

 

 とか言われたらしく、交流の深い宇宙の人たちの星の知識や作法とかを勉強しながら余った時間は筋トレをしていたらしい。

 それから一週間くらいして、一緒に留守番していたモモさんとナナさんが様子を見に行くっていう話になったから、私もついて行くって言い出したんだっけ。

 そこからまた、あれやこれやと事件がたくさん起きて……うん、なんか済崩し的に住居を移転しちゃおうって流れになったんだった気がする。

 別に食事や環境に不満はなかったし、リトを一人で遠く離れた宇宙の彼方に置いておくっていうのも、きっと心細いだろうから私も引越しをする事に決めたんだ。

 

「なーんて言ったけど。結局、私がリトと離れたくなかっただけ…だったんだろうなぁ」

 

 あの時まで自覚なんて無かった。

 まだ純粋にリトの『妹』でいられた頃だったと思う。

 ほんと、私って素直じゃないなぁ………。

 ギュッと掛け布団の端を握りながら自分自身に嘲笑する。

 …って、そうだ。今はそんな事考えてる場合じゃない。

 ハッとして、現状の再確認に意識を戻す。

 

「つまり…私は間違いなく地球には帰ってないし、ホームシックになって見てる夢でもない」

 

 頬をつねって現実である事も確認した私はとりあえずその場にあった目覚まし時計を確認しようと手を伸ばした………けど。

 

「へ? っと、とと?」

 

 手を伸ばした先に時計はなかった。

 ううん、違う。手を伸ばした先の先に時計はあった。

 

「ちょっ! 何これ、どういうこと!?」

 

 違和感の正体。

 今の今まで、日常として受け入れているのが当然な腕のリーチが変わっているに気付いた。

 手を伸ばした先にあった物を掴めず、疑問符を浮かべている間も無く。手のひらの大きさも変わっていることで確信してしまう。

 時計に目もくれずに鏡へと一目散に飛びつくと、そこには小学生になったばかりの頃…なのかは見た目ではそこまでははっきりしないけど、明らかに幼くなっている結城美柑(わたし)の姿が映し出されていた。

 

「私、だ、よね? もとから年はとってなかったけど…。ち、小さくなっちゃった……」

 

 少しずつ現状を把握して、だんだんと血の気が引いて行くのがわかった。

 非常事態だ。

 いや、異常事態? そんなのどっちもだ。

 落ち着いて…無理。

 落ち着け…出来っこないって。

 落ち着かないと…って、

 

「そんなん出来るかーー!!!」

 

 私の心からの咆哮はそのまま部屋の壁を通り抜けて、家中と近隣一体に響き渡る騒音に……ならなかった。

 私の叫び声と同時に更に大きな轟音が被さる。

 一瞬目の前が真っ白になる錯覚を起こしながら耳に突き抜けていく炸裂音。

 それが雷の音だと気付くよりも先に身体に電気を流したようなビリビリとした痺れが襲う。

 その瞬間、背筋からゾワリとした感覚が体全体に浸透していく気がした。

 直後に追い討ちのように部屋の明かりが全て消える。

 

「…っっ!!??」

 

 停電だ何だと思うよりも速く、ベッドに潜り込む。

 昔より雷を恐怖するなんてことは少なくなった筈だったのに。

 もしも本当に幼くなってしまったのだとしたら、その分だけ心も昔に戻っちゃったのかもしれない。

 バクン、バクン、と(うずくま)る自分の体が跳ね上がるような気がする。

 勿論それは錯覚で、自分の鼓動が緊張と静寂から大きく感じ取れてしまっているだけなんだと頭では理解できた。

 でも、肝心の緊張はどうしても解れはしない。

 押し迫るのは、雷に怯える幼い体から来る不安。

 そして訳もわからずに今ここにいる成長している筈の心からの不安。

 その板ばさみに合っている事に、気付いたら嗚咽が漏れてしまっていた。

 

「っ…っ…ひっ、だ、れかぁ……っ!」

 

 もう余裕なんて無い。

 今の私は、触れば崩れてしまいそうな結城美柑という名の剥き出しの少女だった。

 

「リ、トぉ…っ、リトぉ…!リトぉ…!」

 

 きっと時間が経ってしまえば後悔しかしないくらい恥ずかしげも無く大好きな人の名を何度も呟く。

 

「誰も、居ないの…?」

 

 この家には今、私しかいないのかも知れないと不安になっていく。

 だったら一刻も早くこの時間が終わるようにと願った。

 ただそれだけを考えて、ほんの少しでも心が落ち着くように好きな人の名を呼ぶ。

 呪文のように何度も呟けば、魔法みたいにそんな事が起きるかもと思えてきた。

 あまりにも都合の良い、子供っぽい考えだけど…今の私はそんな事が起きるように何度も願いを重ねた。

 

 やがて魔法は起きる。

 

「みかんー? 起きてるかー…? 平気かー…?」

 

 ぎこちなく開くドアの音と共に、囁くように聞こえてくるのは少し声の高い少年の声。

 覚えてる。忘れるわけが無い。

 今よりも声は高いけど聞き間違える事は決してないあの日のリトの声。

 

「リ、どぉ…!! 遅、いよぉー!!」

「わっ、美柑!? ご、ごめんって!暗くて見えなかったんだよ~!!」

 

 小走りでこちらの方へ近づいてくる足音と、少し頼りない間の抜けた声色に安心感を覚えながら悪態をつく。

 本当は嬉しくて嬉しくて堪らないのに。私はどうしてこうも素直になれないのだろう。

 いつの間にかリトの体温がわかるくらい接近していて、リトの腕が手探りでその辺をペタペタと触っている音が聞こえてくる。

 

「リ、むぐ…!?」

「え? あ、あれ、美柑?」

 

 手探りで私を探していたリトの手が私の口に触れた。

 呼ぼうとした最中だったので変な声がでてしまう。

 むすっと、何となく頭にきたので口に触れている手をペロッと舐めた…何かリトの味がする。

 

「うひぃ!? な、何してんだよ美柑!?」

「……別にぃー」

 

 思えば大人気ない行動だったかも。

 もしかすると、目の前にいるリトは今の私よりも年下だって事もあり得るのに。

 さっきまで声を殺して泣いていた私を心配して助けに来てくれたリトを怒らせてしまうのは本意じゃない。

 少しだけしおらしく謝罪をして、私はリトをベッドへと招いた。

 って、あれ? 私、今結構スゴい事してない?

 暗くてよく見えないけど、幼さから来る遠慮の無さでリトも何の躊躇も無く一緒のベッドに入ってきた。

 今度こそ本当に吐息が鼻の辺りにかかるのを感じる。

 さっきまでとは別の意味で鼓動は高鳴っていき、徐々に顔と耳が熱くなっていく気がした。

 ま、まぁ、このくらいの? 年齢どうしの兄妹なら…ど、どど同衾くらい普通だよね? フツーふつー…うん、別に変な意味では無いんだし! 

 

「だいじょーぶかー? 兄ちゃんがついてるから寝てもいいんだぞー」

「ん、むぅ……うん」

 

 頭を優しく撫でられる。

 まだ若い頃のリトの手のひらの感覚はなんだか女の子みたいなやわらかさをしている…ような気がする。

 頭から伝わるのは体温が殆どなのではっきりはわからないけど。

 でもいつだったか、最後に頭を撫でて貰ったときはもっとゴツゴツとした男の人っぽい感じがしていた。

 リトのくせにって、あの時は思ったけど。こうして比べるとやっぱりリトもちゃんと男の人だったんだなぁと感じてしまう。

 

 やっぱり、私は昔に戻っちゃったのかな?

 

――――――

 

 暫くの間、大人しく頭を撫でられていると徐々にその手が動かなくなっていった。

 すると、規則正しい吐息が顔に少しだけかかるようになっていく。

 どうやら、リトは寝てしまったらしい。

 外もあれから雷はすっかりと止み、本当の静寂が訪れる。

 まったく…あれだけかっこよかったのに先に寝ちゃうなんて。

 

「私じゃなかったら減点だよ? お兄ちゃん」

 

 ふと『お兄ちゃん』という単語が出てきた。

 そうだ。この頃はまだ『お兄ちゃん』だったのかもしれない。

 いつの頃からか、『お兄ちゃん』は『リト』になった。

 だから、まだ今は私も普通の妹として『お兄ちゃん』が大好きなだけだった気がする。

 クスッと可笑しい様な…けれど、小バカにする様な声が漏れた。

 

「本当にバカだなぁ。今も昔も、ずーっとリトの事が大好きだったんじゃん」

 

 兄だとか関係ない。

 ただリトが好きなだけ。

 その気持ちはずっと変わらなかったんだ。

 今更、取り繕う必要なんて全然ないよね?

 

「リト、大好きだったよ…今も昔も。これからもずっと、お兄ちゃんの事が…大好きだよ」

 

 口に出した言葉はどこにも届かない。

 心を込めた初めての本音は自分の中にしか残らないから。

 それはきっと、これからどんなに時間が経っても届かない私の初めての告白。

 

――――――

 

 私はリトの体温を感じながら思考する。

 内容はもちろん。現状で自分は過去に戻ってきてしまったのかという事について。

 あれから随分と目も暗闇に慣れていくと、リトの顔が良く見えてくる。

 幼さの残る中性的な容姿は今も変わらないけど、この頃は余計にそれが際立っている気がした。

 女装とかしても違和感ないかな?

 そういえば女のコになっちゃったリトって、フツーに可愛かったし。

 …今は関係ないか。

 

 「私とリトが若返って、リトが違和感を持ってない…つまりここは過去の世界?」

 

 確証になる材料は少ないけど今のところ、そういう事でいいと思う。

 それ以上は考えても無駄だしね…それよりも。

 

「ここが『本物』の世界なのか」

 

 何らかの理由は必ずある。

 例えばララさんの発明とかで『過去に戻ってしまった』よりも『過去に近い異次元に飛ばされた』の方が多分難しくないと思う。

 現に、前に似たような発明はあった。

 いくらララさんでもタイムスリップなんて発明できるだろうか。

 もちろんあの人だったらそんな可能性もあるけど…違ってたら本当に宇宙の神秘とか奇跡になってしまう。

 

「もしくはモモさんの陰謀…とか。こっちの方がしっくり来ちゃうなぁ」

 

 例えばモモさんの策略で、常に監視されている状態だったら?

 今もこんな状況の私を見ているのかも知れない。

 理由は最近の私を見てリフレッシュして欲しかったとかそんな感じで。

 もしもそうなら、スゴイ悪趣味になるけど。でも違和感が無いのがモモさんというか…濡れ衣だとしてもそれは普段の行いだと思う。

 きっと「酷いです美柑さん~!」ってモモさんは言うんだろうけど。うん、仕方ないよね?

 とにかく、どっちにしても。

 

「判断材料が足らない…」

 

 仮に…もし仮に、本当に過去に戻っているのなら。私は…どうしたいんだろう?

 今ならリトを独占できるかもしれない。

 でも、そうだとして…それでどうするの?

 結局、リトは私なんか選んでくれないんかも知れない。

 

「だって、私は『妹』だ」

 

 きっと結ばれない。結ばれてもきっと上手くはいかない。

 だったらいっそ、最初から諦めてしまえば誰も傷つかない。

 そのはずだったのに。

 

「ん~…美柑~? 兄ちゃんが…ついてるぞぉ……」

 

 ギュッとさっきよりも強く抱きしめられると、リトの体温が心地よく私の決意を狂わせてくる。

 強張った私の足に、リトの足が絡まって更に強く結びつく。

 頬が、体が、お腹が熱くなった。

 このまま自分が無くなってしまう様な気がする。

 良く解らないけど、なんか蕩けそうな。そんな嬉しくてしょうがない…そんな、甘い? そう、甘くて仕方ない甘露の様な幸せ。

 ねぇ、リト。これ狙ってる? 狙ってるよね? せっかく、せっかく私が諦めようとしたのに。

 

「ねぇ、本気になっちゃうよ…?」

 

 昔は良く解らない理性があった。

 どんなにリトと触れ合っても『妹』というブレーキを掛けてきた。

 でも、望み続けた時間が今ここにある。

 今は。今だけは許して欲しい。もしも、ここが『ニセモノ』だとしても。

 

「リト、もういいよね?」

 

 こうなったら仕方ない。そう、仕方ないよね。

 ここはララさんが来るより、もっと昔の彩南町。

 当然、モモさんはもっともっと後にならないと訪れない。

 それまでにたくさん仕込みをしてしまえば…どうなっちゃうんだろうね、モモさん?

 だから。

 

 

「もう…どうにでもなっちゃえ」




   

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