今まで私は誰かを殺す事に疑問を抱こうとは思わなかった。
いつからか、自身の持つ能力を遺憾なく発揮出来るこの仕事に何らかの感情を持つ事をしなくなる。
別にそれで良いと私は思う。
得意だから。そうせざるを得ないから。仕方が無いから。
そんな言い訳すら私にはする権利などあるはずが無い。
だから、今回の仕事だって普段と変わらない一つに過ぎない。
気まぐれでもなく、自然にいつもと同じ様に受け持った依頼。
地球という辺境の星の極悪人"結城リト"という人物の抹殺。
…のはずでした。
どうしてか、私は今回の依頼を保留という形で延長させてしまう。
勿論、今回の依頼にはウソがあったのだから相応の対応はする価値があるかも知れません。
でも今まではそれでも受けた依頼は完遂してきたはず。
引き返すことなんて出来ないほどに私の手は既に汚れきっている。
何を期待しているんでしょう? 何を知りたいんでしょう?
結城リトも、その妹の結城美柑も本当の私を知らない。
彼らは途方も無いお人よしで、だからあの時だって目の前の私を守ろうとしたに過ぎないはずなのに。
それが誰であっても彼らは助けたはずなのに。
私はあの二人のことをもっと知りたいと思ってしまった。
特に結城美柑…彼女は何かが他とは全然違う。
その正体を知る為にも、結城美柑とは接触をこれからも行う必要がありそうです。
お人よし…には違いないはず。
これでも他人を見る目はある方だと自負してます…が、何かそれだけではないような。
あの年齢でそれだけの闇を彼女は持っているのか。それが非常に気になってしまった。
私の暗殺者としての勘が正しいのか、ただの気のせいなのか。
この星に来て数日が経ちましたが、どうやら退屈する事はなさそうですね。
――――――
「ほらほらっヤミさん。あそこが、おすすめのたいやき屋だよ」
「…はい」
それでどうして私はこんな事になったんでしょうか?
確かに私は結城リトと結城美柑に興味があります。
今日だって、ひとまず地球の文化を知ろうと本屋を巡りながら偶々会うようなことがあれば観察するくらいの事は考えていました。
ですが予想外にも先に結城美柑の方から私にアクションを起こしたかと思いきや、気付けば彼女に連れられながら、たいやき屋に来てしまうはめに。
…まぁこのたいやきという食べ物はなかなか美味しいと思うので構わないんですけど。
「今日は私が付きあわせちゃったからお金は全部払うね、何味が良いとかある?」
「別に気にすることはありません。その気になれば換金した通貨を使って余生をたいやきで過ごせるくらいの蓄えは持ってます」
「さ、流石にそれは何か他の食べ物とか食べないとダメだと思うなぁ…」
「そうですか? まぁそう言うのであれば…味は特に気にしません」
私がそう言うと、結城美柑は笑顔で店の方へ走っていきました。
誰かに尽くす事で自分が笑顔になれる…私には理解できない感情です。
結城リトも彼女と同じなのでしょうか…?
あの時の戦闘を思い出す。
私の
体力や身体能力はまあまあ有る方でしょう。
優れているという程では無いにしても、あの時は決して遅れを取ることなく自分の妹を守りながら逃走できる力を持っているレベル。
無論、
でも動き回る相手を狙うのは簡単ではない。
だから逃げるというのであれば、多少の被害はあって当たり前。
……しかし、それすら全くといって良いぐらいに、彼女へ攻撃が当たる事は無かった。
何故なら、明らかに意図して結城リトは、
左右のどちらかに避ければ、隣にいる結城美柑に攻撃が当たると思ったのかもしれません。
引っ張っている手も決して離さなかったのは結城美柑を守るため…そんな意図がその背中からは透けているように感じた。
彼女は結城リトに大切に想われている。少なくとも自分を犠牲にしてもいいと思えるくらいに。
だから…なのでしょうか?
結城美柑もまた、その後に足を止めて私の前に立ち塞がったのは。
普通はあんな状況で殺し屋の私に面と向かって話しかけるなんて出来るはずが無い。
それはたとえ自分が傷を負おうと、自身の兄に…家族のために自らが盾になろうという覚悟を感じた。
この瞬間、私は気付いてしまう。
この兄妹は今までに見た事も無い程に強固な絆によって結ばれているのだと。
「羨んだ…? まさか。私にそんな…今さら、過ぎます」
でもその姿を見て手加減をしてしまったのも事実。
今までの何よりもやり難い相手。それが目の前にいる非力な……。
「ヤミさんお待たせ~。なんかたくさん買っちゃったからドンドン食べてよ!」
「どうも。では、いただきます」
今はやめましょう。コレを食べている間は…美味しいものを食べるならばそれに集中しなければ勿体ない。そうでないと味が曇ってしまいますから。
そういえば、彼女にはナイショにしていますが実はこの店には既に来た事があります。
近辺のたいやき屋は既に網羅済み。ここは確かに他より豊富な種類に加え、スタンダードなあんこのたいやきにも力を入れている場所です。
彼女の持ってきた紙袋から一つたいやきを手に取ると、出来立ての熱気で思わず取りこぼしてしまいそうになりながらも、しっかりと掴んで口へと運ぶ。
程よく焼けた生地の表面は歯切れの良い硬さ。
でもその向こうにはふわふわとした柔らかい感触が広がり、中のあんこをしっかりと包み込んでいる。
甘くて熱いあんこが口の中を刺激するので、火傷しない様に気をつけながら舌で味わい、歯で生地とあんこの感覚を楽しむ。
美味しい。
この星の食べものは本当に変わっている。
魚の様な見た目のクセに、それは甘いお菓子。
地球で始めて食べた、地球の食料。動くために、生きるために必要なだけの栄養を摂取する行動。
結城リトは、何を思って私にたいやきをくれたんでしょうか?
ただのきまぐれ? それとも厚意?
…私が理解するにはまだ、情報が足らないようです。
ただ一つ、言えることがあるとすれば。このたいやきの味くらいでしょう。
「やはり甘いですね」
「たいやきだからね、甘いのがフツーなんだよ」
ちらりと結城美柑の方を確認すると、彼女の食べているたいやきはどうやらカスタード味のようだった。
邪道とは言いませんが…たいやきはやはり、あんこが一番だと思いますよ。
◆
ヤミさんと早く仲良くなりたかった私は、今日の休日を使ってどうにか少しでも昔の様な関係に近づけようとヤミさんの行きそうな場所を探していた。
本屋か、たいやき屋か、人気の少ない静かな場所。
少しずつ時間が経っていき、お昼が近づくに連れてだんだんと不安になっていく。
せっかくの休日をリトと過ごせないだけでも心がザワつくのに、これで成果がなければショックで落ち込んじゃいそうになる。
ちなみに、今日は最近のお礼も含めてララさんにリトを任せているのがその原因の一つでもあった。
今までは私がいたんだから、ララさんに大事なリトを独り占めさせるなんて事はさせなかった。でもやっぱり、いじわるしすぎるのも何だか心苦しくなってきたんで今日くらいは許可してあげようと思ったんだ…けど。
「うぅ…早まっちゃったかな。ヤミさん、どこ行ったんだろう?」
不安になるのは単純に今までがリトと一緒という事に慣れすぎていたから。
まさか一日程度でララさんとリトが急接近するなんて微塵も思っていない。
この程度の時間で仲良くなれるなら、前の世界でハーレムなんてものが出来上がる前にとっくに恋人にだってなれたはずだし。
でも今、もしララさんがリトにあの大きくて魅力的な二つの塊を押し付けているんじゃないかと思ったら……あ、まずい。何か胸が痛くなってきちゃった。
「………………」
少し休憩しよ…。
ベンチならすぐ近くにあるし、休むにはちょうど良いかな。
俯きながらずるずると歩いていくと目的地が見えてくる。その時には既に私の歩くスピードは明らかに速くなっていた。
だって目的地が目の前に、喜ぶべき事に
「ヤミさん!!」
偶然にも探していた彼女は私が目指していた場所にちょこんと座って本を読んでいた。
そんな私にとって見慣れた光景をようやく見つけた事に、さっきまでの暗く沈んだ気持ちは無くなってしまう。
ああ。やっぱりヤミさんが近くに居ると何だか落ち着くな~。
かつての親友の姿に、思わず私も昔の様にいっぱい話してしまいそうになる。
言いたい事はたくさんあった。でも言う事はできない。
目の前のこの人は、ヤミさんであってそうでないヤミさんだ。
私の事も全然知らない、私と一緒に愚痴を言い合ったり出来ない…昔のヤミさん。
だから今からは気をつけないと。
知らずに仲良くなった私を演じないと、きっと警戒されてしまう。
殺し屋として生きてきた目の前の彼女は、仲良くなるまで時間の掛かったあの頃のままのはず。
いろいろと知っている私が出てしまったらきっと気味悪がられる。
ただでさえ警戒心の強いヤミさんだ。
もしも一度何かがきっかけになってしまえば…最悪二度と仲良くなる未来は訪れない気がする。
そういえばフルネームじゃなくて"美柑"って呼んでくれるようになるまで結構時間が掛かったっけ。
懐かしいなぁ。あの頃に、戻りたい。
ううん、戻らなきゃ。
その為に今日は頑張らないと。
「結城…美柑? 何のようですか?」
「ここで会えるなんて奇遇だねっ。せっかくだし今から時間あるかな?」
ウソはつかない。自然に彼女を誘う。
なんだか知っているのに知らないフリをするのはちょっぴり変な気持ちになる。
罪悪感もあるけれど…でも仲良くなりたい気持ちはホントだから。
だから…それまでは許してね? ヤミさん。
ヤミさんにとってリトは一つの希望だった。
暗い世界を生きてきた"金色の闇"を"ヤミさん"に変えたのはリトのおかげ。
恋も愛情も、普通の女のコとして生きる道に導いたのはリト。
私の知っているヤミさんは、私に対する負い目を感じさせる表情をする。
私が知らないと思っているヤミさんは、リトの傍で穏やかに幸せそうに微笑む。
両方知っているからこそ、胸が痛いんだと思う。
何も知らなければ、きっとまたヤミさんと仲良くだってなれるけど、私は今さら退くつもりはない。
たとえ、今のヤミさんの意思を無視してでも。
悪い言い方をするなら利用してでも…いつかそれがプラスになるんだから。
…だから、その代わりに私は
だってヤミさんはいつまでも暗い顔していたらいけない人だもん。
私と一緒に笑って、妹のメアさんとも仲良くなって、それで、それで…。
『美柑、私なんかの友人になってくれて…その、何と言うか。ですからっ私は今…し、幸せですっ! だから、これからも……』
そう。ヤミさんは…ここで変わらないと、変えないといけない。
もしかしたら根本的な部分が似てたから、私たちは仲良くなれたんじゃないかなって思う。
だって、この人は私と同じ。
リトがいないと…ダメになっちゃう人だから。
◆
隣り合わせで長い間、会話を続けていると次第にヤミの警戒は薄れていく。
美柑がヤミの話しやすい内容を選んで会話した事もあるが、もともと二人は前の時間では親友同士であり続けた関係であった。
美柑の方はコミュニケーション能力が低いわけではないが、ヤミの方はお世辞にも高いとは言える方ではなく、言ってしまえば、ヤミ本人が仲良くできる相手というのが限られているのも大きい。
ヤミはどちらかといえば自分から他人へ接しに行くタイプではないが、彼女自身の雰囲気や魅力から、周りの人間が向こうから歩み寄ってくる事が殆どだった。
故に、地球に来てからのヤミが孤立する事は無かったが、それでも本当の意味で向き合って話すことの出来る関係を築けたのは一握りである。
その一人が美柑だった。
意外なことに本質的な部分や、細かな共通点の多い二人は一度きっかけがあってからは互いを友人と認め合えるほどの関係になっていく。
だからこそ、今もこうして仲良くなるのに時間は大して掛からなかった。
むしろ、始めからリトと美柑に興味を持った事で地球に留まる事を決めた今回の世界。
前の様に相手を避ける理由がヤミには無いので、だんだんと会話も積極的になっていく。
好物を間に挟んで向かい合う彼女の姿は、明らかに以前の頃よりも早いスピードで美柑に気を許しているのが窺えた。
「結城美柑、あなたは結城リトを随分と慕っているんですね」
「そう見える? あはは、改めて言われるとちょっと恥ずかしいな。でも、うん…リトの事は大好きだよ」
「大好き…ですか。私には良く分からない感情です」
美柑が積極的にリトの事を話す事でヤミは"結城リト"という人物像を頭の中で作り上げていく。
きっと美柑の友人であるサチあたりがこの会話を聞いていたら、げんなりとした様子でお腹をいっぱいにさせていたに違いないだろう。
そう言えるほどに彼女の会話の内容はリトの事に満ちていた。
好きな食べ物の話し一つからでも「リトが美味しそうに食べてくれるから私も好き」という感じに繋がり、色一つでも「リトが…」という言葉が何回も出てくる。
普通の人間ならウンザリするほどのブラコンっぷりに色々と思うことだろうが、二人に興味を持つヤミからすれば貴重な情報源である故に気にした様子も無く彼女の笑顔を見ながら耳を傾けていた。
そういった調和が取れる姿は既に、在りし日の親友同士の光景の様にも見える。
「ヤミさんもいつかは解るかも知れないよ? だってこうして話してても全然ヤミさんって普通の人って感じだし、今までが特別過ぎたんじゃないかな?」
「理解できる必要なんてありません。私はこの手で数え切れない罪を犯しています。理解できた所でどうにもなりませんから」
美柑は今まで自分を見ながら会話をしていた相手が表情を殺して、遠くを見つめている事に気付く。
ここだ。
そう思った美柑は言葉を紡ぐ。
様々な過去を背負い、心を凍らせている彼女の闇をどうにかしないといけない。
「じゃあさ、今度ウチに泊まりに来ない? リトがいるから恥ずかしいって言うなら仕方ないけど…せっかくこうして話せるようになったんだから。私はもっとヤミさんと仲良くなりたいな」
「…正気ですか? たしかに今は結城リトの抹殺を保留していますが、一度はあなた諸共結城リトを手にかけようとした相手を家に呼ぶなど…」
「そういうことなら今こうやって話す事だっておかしいじゃん? ヤミさんがリトを殺してない。ヤミさんと私が仲良くなれるかもしれないってだけでいいかなって思うんだケド」
その言葉に、いつもよりも無表情で彼女の顔を覗き込むヤミ。
感情より理屈を取る彼女は、美柑の言葉の真意を探る。
だが、彼女には美柑の事を測ることはきっと出来ないだろう。少なくとも今の彼女では。
どんなに見つめてもウソを言っているようには感じられないと判断したヤミは内心で混乱する。
結城美柑は兄の結城リトを慕っている。なのに、自らその兄を危険にさらす様な提案を何故するのか?
彼女は本当に仲良くなろうとしているだけなのか。本当に。
(わかり、ません…結城美柑の考えが。彼女は本当に私と仲良くなろうなどと、意味の無い事をしたいのでしょうか)
一方で美柑も内心では、どう事態が動くかに緊張していた。
というのも、何度も会話に登場している兄の存在が気にかかったのだ。
美柑にとっての一番の不安材料がリトにある。
知り合った女性の殆どは、その魔の手の被害にあったと言っても過言無い唯一の欠点…トラブル体質。ラッキースケベ。
いかなる状況からも手や顔は的確に女性の恥ずかしい部分に触れる事の出来た、恐ろしい彼の呪われたステータス。それこそがヤミとリトにとって最大の壁になるという事を美柑は知っていた。
彼女はえっちぃ事やハレンチな行為をされるのを嫌がる。
無論、それは当たり前であって当然の事。むしろ正常な貞操観念と言える。
リト自身はわざとやっていないが、どうしてもその事だけは障害となるのが目に見えていた。
他の女性の誰よりもその事に関して厳しい彼女がリトになかなか素直になれなかったのはそれが一番の原因である。
しかし、この世界では一つ大きな違いが存在した。
それがこの一件。あまりにも普通にその事は美柑に疑問を残している。
『結城リトのラッキースケベが未だに起こっていない』
誰かにとっては好都合で、また誰かにとっては物足りなさを覚えるであろうその状況は彼女にとっても悩みの一つとなっていた。
本来なら少しずつではあるが、その前兆や前触れはとっくに起きていたはずなのだ。
それが今はまだない。
むしろ、今無いからこそ今後に影響が出てくるのが一番懸念された。
(リトのアレが無いから、逆にヤミさんと仲良くなるには好都合…なのかもしれないけど。でもいきなり目覚めてもマズイし…)
美柑からすれば物足りなさ半分と、まともな状態になったリトを褒めてやりたい気持ち半分といったところで複雑な感情が胸中に渦巻く。
(とにかく、今はリトもしっかりしてるから大丈夫だよね?)
気持ちを切り替えてヤミからの返事を待つ。
流石に急ぎすぎたとは理解していたが、これでヤミがリトへ何らかの想いを抱けば美柑の計画は更に一歩進める。
ヤミがリトを好きになれば、万が一にでも在り得るかも知れない殺しの可能性はゼロになるし、彩南高校へ通うようになればモモが来ても安心出来る材料が増える。
後は『好き』の具合を調整すれば良いだけ。最悪ヤミならば我慢できる。
美柑にとってはこの一歩が自分の理想とする楽園への第一条件だと判断した。
「結城美柑、質問しても?」
「え? なにかな」
ここに来ての質問はヤミも悩んでいるという事で間違いないはず。
つまり、この質問への回答次第で彼女が自分へ歩み寄ってくれるかどうかが決まると判断した美柑は息を呑んで言葉を待った。
「もし私が結城リトを殺していたら、結城美柑…あなたはどうなっていましたか」
「リトは生きてる。それでいいと思うんだけど…それじゃ納得しないんだよね?」
コクリと可愛らしく頷くヤミを見て美柑は考えた。
といっても、それはものの数秒ほど。
彼女にとって、この質問への答えは難しいものではなかった。
「もしそうなってたら、今こういう風にヤミさんと仲良くたいやき食べて…お話するなんて出来なかったかな」
「…まぁそうですよね」
「もしリトが死んでたら…そうだなぁ。きっとヤミさんを別の用事で探したかも」
今度はヤミが考える。
おそらくは自分への報復をする為なのだろうと。
そうなったところで返り討ちにしてしまうだけ…なのだろうが。と、ここでヤミは思考を止める。
一瞬、胸が締め付けられるような思いに目を背ける。
あくまで過程の話なのだからと、この一日でほんの少し心を開きかけた隣の相手の憎しみと悲しみに歪める表情を思考から切り離す。
だが、その相手はヤミの考えを簡単に裏切った。
「多分、私はヤミさんに殺して欲しいってお願いするよ」
「……は?」
「だって、ヤミさんにそうして貰ったら…同じ所にいけそうじゃない?」
あまりにも想定していなかった答えに思わず素の声で反応してしまう。
いたって真面目な表情の美柑の横顔を見ていたヤミだったが、視線だけが交差すると同時に控えめな笑い声でヤミは現実に引き戻された。
「あはは、冗談だよっ」
呆然とするヤミを尻目にして、美柑は立ち上がって振り返る。
ヤミには目の前の相手がどれだけ兄を慕っているのか。その片鱗を覗いてしまった事に気付いてしまった。
「ね、ヤミさん今度どうかな? 私はもっと仲良くなりたいって思うんだけど」
「私、は…」
何かを言おうとするヤミだったが、気の抜けるような穏やかな声に遮られる。
「お~い美柑~」
美柑は突然表れた兄に驚きを隠せず、それでも溢れるような喜びの表情で彼の元へ走っていった。
どうやらララが春菜たちと遊ぶ約束をしていた予定をすっかりと忘れていたらしく、急に暇になったリトは適当に外をぶらついていたのだとか。
先程までの沈みかけた空気が一瞬でなくなり、腰に抱きつく彼女を優しく抱きしめ返す元
何故だかこちらが恥ずかしくなるような光景に思わず目を背けるが、好奇心からかチラチラと横目で二人の抱擁を見てしまっていた。
「あれ、ヤミもいたのか。美柑と遊んでたのか?」
「うん! あ、ねぇリト。今度ヤミさんをウチに呼んで良い?」
「ん? 俺は別に気にしないけど…え~と、俺の事はまだ保留…なんだよな?」
「な、結城リト! あなたも結城美柑のようなことを言うのですか!?」
兄妹揃って同じような反応に困り果てるヤミ。
それも当たり前だ。今の彼女にとってはこのように親しげに誰かから接して貰った事など皆無に等しい。
その上、相手は自分の狙った殺しの標的だ。
まともな神経をしていれば警戒する方が普通だというのに、標的だった本人ですら気にしていないかのような態度を取る事が理解できなかった。
「ど、どうしたんだよ、いきなり…なんか変だったか?」
「変に決まってます!! あなたは一度殺しに来た相手を保留したからという理由だけで家にあげるつもりですか!?」
「え~と、だって美柑と友達になったんだよ…な?」
「それがなんですか!」
ヤミは柄にも無く大声を上げてリトに詰め寄る。
揃いも揃って、この二人の異常性に冷静な思考が悲鳴をあげて飛び去ってしまっていた。
それはリトの言う『友達』というワードにすら間髪いれずに返す程に。
「だったら俺は気にしないよ。美柑の友達が悪いやつなはずないからな」
その言葉に遂には伝説の殺し屋も諦めてしまう。
信頼だとか、信用だとか、この兄妹にそんなものは既に在って無い様な意味のないものなのだと。
たしかにこの二人について知りたい事は山ほどにあったが、流石にいきすぎであると気付くと同時に溜息も零れる。
世間の兄妹はこんなにも互いを信じあえるものなのか…そんなワケない。目の前の二人が異常で特別なのだと。この瞬間、ヤミは正しく理解した。
◆
人を愛するという事は難しい。
今日一日でそれがわかってしまった気がする。
何と言うか、あんな人目の付く場所で抱き合ったり、腕を組んだりなんて…私には出来そうにもない。
でも二人の関係は溜息が出るほどに呆れるのと同時に胸が熱くなった。
今まで、殺し屋として生きた私にはよく解る。
『死』とは『終わり』なのだと。
結城美柑は…彼女はそれすら恐れないのでしょうか。
仮に結城リトが死んだならそれを追うと言った時の表情は真剣そのものだった。
自殺志願者でもなく、ただ結城リトと共に居られればそれでいい…それが結城美柑の本質。
理解出来ません。
結城リトも彼女の意思さえあれば自分は構わないという様子でした。
…こうなったら、今度は結城リトを調べる必要がありそうですね。
結局、彼女たちの家に行くと言ってしまいましたし…ちょうどいいかも知れません。
結城リトが抹殺を保留するに足る人物なのかどうか。
出来ればそうであって欲しいものです。
話の中で書きましたが、この世界でのリトさんはラッキースケベが殆どありません。
このあたりは後々の話に書こうと思います。