遅咲きオレンジロード   作:迷子走路

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『元の鞘ヘ』

 対峙から何秒経っただろうか。

 少なくとも、その光景を見ることしか出来ない兄妹には数分にも感じられる時間だっただろう。

 だが、剣士と殺し屋が動き始めてからの流れは速かった。

 地球という星に生まれ、平和な日常を生きてきた二人には全く縁の無かった世界。

 その攻防はどんなにリアルな演出よりも現実(リアル)に感じられた。

 映画やドラマの様な映像では決して表現できない非日常が此処には在る。

 つい最近までリトも美柑もそれを受け入れていたはずだった。

 突如として現れた宇宙人のお姫様。

 そのお姫様を巡って、存在すら知らなかった別の星の婚約者候補達が襲ってくる日常。

 もうとっくに彼らの世界は、平穏から手の届かない程に離れている…そう思っていた。

 兄妹の走り去った後には見慣れたはずの商店街や道路が無残に破壊されている。

 建造物の壁は瓦礫の山を積み上げ、誰の持ち物かも分からない車やバイクは人を乗せる役目を二度と果たす事は出来ないだろう。

 無意識に人気の無い方向へと先頭を切っていたリトだったが、嵐の様な金色の闇の攻撃を目の当たりにした一般人は既に保身の為に避難している。

 無論、それを責める事は誰にも出来ない。

 たとえ普通の高校生と小学生がその嵐に巻き込まれているとはいえ、見方を変えれば彼らがその嵐を先導しているのだ。

 後に様々な宇宙の災害(トラブル)に巻き込まれる、地球で最も宇宙に近い場所となる彩南町。

 この時、その片鱗は既に形を見せ始めている。

 そんな中。つい最近、リトがザスティンに襲われた辺りの横断歩道橋で四人はその日常(死闘)を繰り広げていた。

 

――――――

 

 金と銀の閃光は風を斬り、地を鳴らした。

 金色の闇の必殺をザスティンは自身の持つ光子剣によって防ぎ続ける。

 彼の強さは目の前の殺し屋に決して劣っている訳ではない。むしろ、純粋な戦闘力ならば勝っていると言える。

 だが、剣士は攻めあぐねている。

 理由は簡単、彼の後にいる兄妹を守るためだった。

 歩道橋の上は所謂、一本の隔離された道。今やそれは細く長い戦場である。

 普通ならばザスティンは二人を逃がす為に叫んでいただろう。だが、そうする事は出来ない理由があったからこそ彼は自分の後ろから離れぬよう命令を下す。偏に、二人を守るために。

 

「二人とも私から離れるんじゃないぞ! ララ様とはぐれてしまった今、君達を目の届かぬ所へ行かせてしまうのは危険なんだ!!」

「ど、どういう事だよ!?」

 

 止む事の無い斬激の中でも手心を一切加えない目の前の殺し屋に、一種の感心すら抱き始めていたザスティン。その一振り一振りに注視しながら彼は叫ぶ。

 

「私が駆けつけたのはっ、この殺し屋を仕向けた男がララ様に通信をしてきた…からだ!!」

「おしゃべりをしながらとは余裕ですね」

 

 チリと、金色の闇の攻撃が鎧に触れた箇所から音を立てる。

 一秒、二秒と時間が経つ毎にその音と痕は数を増やしていき、ザスティン自身も限界までこの守りの型を崩さぬように集中を深めた。

 

「ヤツはこちらに訪れると言っていた! 見てのとおり何を仕掛けて来るか分からない、だからっ! ララ様がここを見つけてくれるまでは私が何とかする!!」

「ど、どうしようリト…?」

「どうするって言っても……」

 

 どうみても自分達のせいでザスティンはピンチになっている。

 その事を解っていてもどうする事も出来ない。

 元々、このような荒事には二人は無力だった。故に、たとえ危機感を募らせていても決死で守っている彼の意思を無視する事ができない。

 だが、そんな焦りを感じているリトと美柑とは裏腹にザスティンは内心でほくそ笑んでいた。

 確かに今は防戦一方で状況は良くない。

 しかし、地の利や運は自身に傾いていると感じていた。

 今、自分達が戦っている場所は一本の道。リトを狙うには何処から攻撃するにしても、必ず見通しの良いこの位置から大きく立ち回らなければならない。

 上なら打ち落とせば良い。

 下には秘策がある。

 横からは下へ降りなければならない。

 町内に場所が絞られている以上はララが自分達を見つけるのは時間の問題だった。

 そして彼女が来ればすぐにでも兄妹を逃がし、敵を倒す。

 あとは自分がそれまで耐えれば良いだけのこと。

 

「は、どうした金色の闇! 伝説とやらも大した事無いようだな!!」

「ちっ…減らず口を…!!」

 

 実際の所、見た光景よりも二人の攻防の流れは逆に傾いていた。

 そもそも、彼の剣が彼女の変身(トランス)能力に耐える硬度であった時点でこうなる事は決まっていたのかもしれない。

 元々暗殺者である金色の闇の戦いは当然、暗殺向きであり、真っ向からの戦闘に特化しているわけではない。

 事実、彼女の身体能力は並みの宇宙人より遥かに上ではあるが、幾多の戦地を戦い抜いたザスティン程ではない。

 勝つ見込みがあるとすれば、剣が折れるか、変則的な軌道で狙い打つぐらいでしかないのだが、この男の集中力はその上をいく。

 何より変身(トランス)能力は万能ではない。

 現実、例外はあるものの、基本的にはそのリーチは決して長くは無い。だからこその暗殺なのだ。

 故に……彼女は距離を取って呼吸を置いた。()()を使うために。

 

(なんだ…? 翼…飛んで上から狙うつもりか? いや、違う!!?)

「まともに殺り合うのは不利のようですね」

 

 彼女の腕から翼が生えるのを確認したザスティンの判断は一瞬遅れた。

 それは飛ぶ為ではなく、あくまでもコチラを攻撃する為のものだと、後のリトに警告する。

 

「そっちへ行くぞ!! 気をつけてくれ!!」

「……へ?」

 

 その声にリトは反応する。が、気付けば目の前に向かってくるのは羽根の弾丸。

 針のように鋭い尖端がザスティンの背中を抜けて襲い掛かる。

 振り遅れた剣撃によって墜ちなかった数本の羽根は狙い済ましたような線を描き、標的を撃ち抜かんとした。

 

「危ない!!」

 

 目で確認するよりも早く。美柑はザスティンの声に反応し、リトを突き飛ばす。

 お互いが後へ倒れこむのと同時、羽根の弾丸は目の前を抜け、標的を失い消滅する。

 その光景にリトは呆然とした。

 今の攻撃が、羽という見た目からは想像できないほどの威力で、今、自分は死にかけていたのかもしれないと理解するまで時間がかかったのだ。

 一瞬の殺意は平凡な高校生でしかないリトには理解する事が出来ない…が、自分を助けてくれた妹の安否は真っ白になった頭を現実へ引き戻すには十分過ぎる材料だった。

 尻餅をついた状態から立ち上がりもせずに駆け寄るようにそのまま美柑へ近づく。

 

「美柑!? 大丈夫か!? 怪我は無いか!?」

「あ…ヘ、ヘーキだよ。あたた、でもちょっと腰が抜けちゃったみたい。手、すりむいちゃった…カッコわるいね私」

「そんな事あるか! ほらっ手、見せてみろ!」

 

 真剣な顔で力強く手を握られ、美柑はこんな状況であるにも関わらず喜んでしまう。

 守られるばかりだった自分が、リトを守れたことに。

 そして、リトに比べたら大した事もない怪我に真剣になってくれる本人に。

 

(こんなに真剣になってくれるなんて…大事にされるって、こんな気持ちになれるんだ)

 

 嬉しい。

 そう思った気持ちを胸に秘めて、未だに戦闘を続ける二人に美柑は()()した。

 歪んでるかもしれないとは思いつつも、リトに心配される事に悦を感じてしまったのだから。

 誰にも見えない角度で、小さな手のひらを見ているリトを見ながら、美柑は口元を綻ばせていた。

 

      ◆

 

 まるで背筋に電気でも流れたみたいだった。

 リトは昔から心配性で、私になにかあったら真剣にどうにかしようとしてくれていた。

 きっとこんなにリトが真剣なのは私のせいだ。

 私が、リトを守ってしまったせい。

 リトは自分のせいで私が怪我したって思ってるんだろうな。

 コレくらい、いくらでも出来る。そう思っていてもなかなかそんな事は出来なかった。

 でもこれはマズイ。良くない。

 こんなに気持ちいい感覚、クセになったら絶対に良くない。

 リトが私を頼ってきた時の何倍もゾクゾクするこの気持ちは…出来る限り知らない方が良い。

 本能的にそう感じた私は、かぶりを振って無理矢理現実に帰還する。

 ザスティンを見ると、ヤミさんの出す羽の雨を持っている剣で薙ぎ払っていた。

 ザスティンってこんな強かったんだ…ララさんのインパクトに完全に負けてたけど、こんなに頼りになるなら今後もちょっといろいろして貰おうかな?

 だってザスティンならリトとフラグ立たないし。もしかして今日一番の大発見かも知れない。

 

「は…やりますね。流石はデビルークの親衛隊長といったところですか」

「ふん、君もな。まさか飛び道具まで扱えたとは…だが、どうやらここまでのようだな金色の闇!! このイマジンソードの力を味わうがいい!!」

 

 …って、ザスティンがヤミさんに勝っちゃったら色々マズイんだけど!?

 思わず「待った」と声を上げそうになった私は息を吸った瞬間。

 吹き上げるような風が辺りを襲った。

 

『コラーー!!! 金色の闇!!! いつまでそんなのとあそんでるんだもーん!!!』

 

 また見た事の無い宇宙人が出るのかと思うと、私は溜息を思わず吐いてしまう。

 そう思いながら上を見ると、テレビで見るような本物のUFOがそこにはあった。

 

      ◆

 

 突如として降り立った未確認飛行物体から聞こえた大音量の声に全員が空を見上げる。

 その声に聞き覚えのある、先程まで戦闘を繰り広げていた二人は揃ってその正体を悟った。

 声の主…ラコスポはそのまま光と共に地球へと降り立つ。

 自分達の反対方向へ現れた、その姿を初めて見るリトと美柑は揃って同じ感想を抱いた。

 これだけ離れていても分かる程に幼児サイズの身長にいやらしげな眼。

 宇宙人といっても、ザスティンやララと比べると天と地ほどの差を感じられるその容姿。

 ハッキリ言えば、どうみても強そうには見えなかった。

 

(これがラコスポ…よ、弱そうだ…)

(同じ婚約者候補って言ってもこんなのもいるんだ…リトの方が絶対強いと思う)

 

 そんな二人の視線に気付いているのかいないのか、ラコスポは目の前の彼女に怒鳴り声を上げる。

 

「なに遊んでるんだもん、金色の闇!! もう予定の時間はとっくに過ぎてるはずだろ~!!? せっかく来たのにララたんも見つからないし!! お前はお前で油を売ってるし!! こっちは高い依頼料払ってるんだもん!! 早くするんだも~ん!!!」

「ちょうどよかったです、あなたに話がありました。あなたの用意した結城リトの情報…どうやら全く違うように感じます。まさか、契約を破って私をだました…ワケではありませんよね?」

「ッ!? な、何のことだもん!? ボクたんがウソ言ってるとでも!? ボクたんは依頼主だもん!! 早く終わらせるも~ん!!」

 

 誰がどう見ても動揺している様子に金色の闇は黙って依頼主(うそつき)を見据えた。

 その眼に思わず冷や汗をかくラコスポ。

 この男自身は見た目どおりの強さでしかない。それ故に財力を使って目の前の殺し屋を雇ったぐらいなのだ。

 その相手を欺いた事を言及されれば、当然身の危険を感じざるを得ない。

 後ろめたい事は山の様にあり、事実、自分のやった事は真っ黒。

 そんなラコスポにザスティンは止めの言葉を刺した。

 

「いい加減にしろラコスポ!! リト殿は正面からララ様に向かい合い、その心を射止めた立派な御仁だ!! 嘘の情報で殺し屋を雇い、自らは何もしないお前とは比べ物にもならない!!!」

「な、ななな…!!? お、お前! ただのララたんの世話係のクセに~!!」

 

 いつに無く、本気で激昂するザスティンに対して、声を震わせながら逆上する男を見て金色の闇は審判を下した。

 

「どうやら、違反があったようですね。安心してください。私は仕事は完遂します。たとえ嘘であっても…」

「も、もん? は、ははは!! そうだもん、なら……!」

「ですが、その前にあなたをどうにかしないといけませんね」

 

 伝説の暗殺者である彼女の冷ややかな声にラコスポは血の気が引いた。

 だが、諦めの悪さから、このまま終われないと自らを奮い立たせて、渇いた喉から声を上げる。

 無論悲鳴ではない。作戦が上手くいかなかった時のために連れてきた最終手段を呼ぶためだ。彼は一歩引いて、自らが乗ってきた、未だ浮遊を続けるUFOに大声を上げる。

 

「が、ガマたん!! 出てこーい!!!」

 

 再び光が放出され、今度は誰がどう見ても危険を感じるほどの巨大で、威圧感すらある大ガエルが姿を現す。

 その宇宙生物はギリギリ歩道橋の幅に収まりながら「ニ゛ャー」という似つかわしくない声を上げた。

 すっかりと金色の闇の眼光に余裕を無くしたラコスポはカエルの背に乗り、彼女に向けて攻撃を命令する。

 

「ガマたんやれーー!!!」

「!?」

 

 その命令に対し、大ガエル…ガマたんは口から粘液を吐き出した。

 巨体に見合う大口から放たれた大量の粘液の塊は、危険を察知し、数歩下がる前の彼女の立っていた位置に着弾する。

 だが、避けた彼女に飛沫を上げた粘液が微量付着した。

 すると、まるで蒸発するように粘液が付いた箇所の()()()が溶けおちている。

 珍獣イロガーマ。

 この場にいる全員がその光景を見て察したとおり、都合よく衣服のみを溶かす粘液を吐くカエルである。

 スカートの端と脇の付近に付着した粘液は、彼女の透き通るような肌に一切の傷も痕も残さずに隠れていた箇所を空気に晒させる。

 その光景に思わず生唾を飲み込むラコスポ。

 先程まで感じていた恐怖など無かったように今は目の前にいる少女を素っ裸にひん剥く事だけで頭がいっぱいになっていた。

 

「…そんなえっちぃ生物、認めません!!」

「もう一度だーーー!!!」

 

 今度は地面を弾く飛沫にも気をつけながら彼女は右手を刃に変身(トランス)させ、手すりを渡りながら目の前の敵へ斬りかかる。

 だが彼女にとってそこは場所が悪すぎた。

 なまじ高い位置にいる為、下に降りては攻撃は避けれても、する事が出来ない。

 それを知ってか、そこから微動だにせず、顔のみを動かしながら粘液を吐きだし続けるガマたん。

 逆に金色の闇は狭い場所で狙わなくてはならない為避けるのが困難だった。

 後に回り込めればと楽観できればどれだけいいだろう。

 敵が高い位置にいるという事が彼女にとって最大の不運といえる。

 下りて、上る。

 ラコスポが指揮している為、そんな自殺行為は出来ない。下手に跳び上がれば…間違いなく空中を狙い打たれる。

 粘液を掻い潜りながら、翼で飛ぶことに集中し、更に武器を変身(トランス)させる事はこの状況では非常に困難だった。

 

「くッ」

 

 斬りかかった彼女をガマたんは舌を使って弾き返した。

 舌にも粘液は付いているので、触れたお腹の辺りが今度は露わになる。

 後へ投げ飛ばされた彼女は体勢を整えようと体を捻り、滑るように着地するが、当然、今度は着地箇所に向けて粘液は飛んできた。

 だが、粘液は彼女へは届かない。

 

「敵とはいえ、女性に対し不埒な行い…! 到底、許されぬ行為だなッ!!」

「ぶぅおえ~~!! ガマたん危ないもん!! 男の裸なんて見たら目が腐るとこだったもん!!」

 

 間に入ったザスティンによって粘液は阻まれる。鎧は衣服と識別されなかったのか、マントのみが溶けた形で彼は金色の闇の前に立った。

 彼女は驚愕する。

 先程まで死闘を繰り広げた相手が自身を守ったことに。

 

「勘違いするなよ。コレが普通の攻撃なら見過ごしたところだ。今回だけに過ぎん」

「余計な真似を…。退いてください」

 

 そんなザスティンを突っぱねて再び彼女は向かう。

 再び走り出した金色の闇だったが、ここで予想外の事態が起こる。

 敵を目前にして、その切り伏せようとした相手が突如ダウンしたのだ。この場の誰もが聞いたことの無い怒号が沈黙していた戦場に響きわたる。

 

「お前!! ウチの妹の服溶かしやがってッ!! 何してくれてんだ!!!」

 

 結論から言うと、ラコスポ達まであと数歩という地点で、後からもう一人の標的(ターゲット)である結城リトが激怒しながらラコスポに殴りかかったのだ…飛来して。

 

      ◆

 

 これどうしよう。ヤミさんとの出会いがこんな波乱だとは思わなかった。

 なんか蚊帳の外だし、ホントにこんな感じだったのかな?

 どうも違う歴史を見てる気がしてならないと感じながら目の前の光景を見ていると、リトの視線がヤミさんを追っているのを見てしまう。

 今のヤミさんは、かなり際どいカッコウをしている。私から見ても下着がさっきからチラチラ見えてるくらいだ。

 モヤモヤした私は思わずリトの手を力の限り掴んで気持ちを表す。

 

「ふん」

「いたたた!! 何だよ美柑!?」

「目、あっちの宇宙人みたいだったよ」

 

 実際はそこまではないけど効果はテキメンだった。

 かなりショックを受けた様子のリトを見て、言い過ぎたかなとちょっぴり反省する。あくまで『ちょっぴり』ね。だって悪いのはデレデレしてたリトなんだから。

 正直そんな事を考えていたのが失敗だった。

 リトを見ていて、近くまでヤミさんが跳んできた事を何も思わなかった私は次の瞬間に声を上げてしまう。

 今狙われてるのはヤミさんだ。つまりヤミさんがこっちに跳んできたという事は…?

 

「…ひ、ひゃああ!?」

「美柑!?」

 

 油断した。というか、運が無さ過ぎた。

 偶々、当たってしまったのが真下から弾いた粘液。

 とどのつまり、パンツに命中してしまった。

 スカートや靴下は若干溶けちゃったけど、無事ではある。でも問題はそこではない。

 原型は残っていても、大事な部分を隠せていない穴の開いたパンツなんて穿いている自分を客観的に想像してしまう。

 恥ずかしすぎて、しゃがみ込む私をリトは心配そうに見てくる。

 や、やめて…今だけはなんかスゴイ変態みたいだから!!

 

「み、見ないでリトぉ…」

「ま、まさか…」

 

 きっと耳まで赤くしている私を見たリトは気付いちゃったんだと思う。

 俯いてしまう私にリトは確認する。

 顔を見てなかったけど…声が怒っていた様に感じたのはきっと勘違いではない。

 

「やられたんだな?」

 

 その言葉に思わず無言になってしまう。

 リトは「解った」とだけ言って…ザスティンの所へ走っていった。

 見て欲しくは無いけど、傍には居て欲しかっただけにちょっぴり寂しく思ってしまう。ワガママだって思うけど、今の私はリトが必要だった。

 

「何を言ってるかわかってるのか? 出来る事は出来るが、着地は面倒見れないんだぞ?」

「いい。アイツを一発殴らないと気がすまない、頼む」

「…いいだろう。受け身は出来るな?」

 

 何か不穏な声が聞こえた気がする。

 え、待ってリト? ウソだよね? そんな素っ頓狂な作戦、私の為にしないよね?

 ちょ、ザスティン!? 何リト掴んでるの!?

 

「まっ…!!」

「どぅおりゃーー!!」

「お、お、おおぉおおおお!!?」

 

 その瞬間、リトは弧を描いて宇宙人にタックルをして、思いっきり叩きのめした。 

 自由を失って空中でもがく姿はあんまりカッコよくはないけど、まぁ…私の為だし、嬉しくない事はないかな?

 

      ◆

 

「ぶへ~~!! ちょ、やめ…!? が、ガマたん逃げるもん!!?」

 

 頬の腫れたラコスポは涙目になりながらガマたんを先導する。

 理解が追いつかず、呆けていた金色の闇はここに来てようやく自分を騙した依頼主が逃げる事を察した。

 ピョインとカエルらしい跳び方でガマたんは歩道橋を跳び下りる。

 それを追おうと、変身(トランス)で背中に翼を生やした金色の闇は手すりに手をかけた。瞬間、腰と腕に負荷を感じる。

 振り向くとリトが腕を、そしてその妹、美柑が腰に抱きついていた。

 

「何のマネですか…まだやる事があるんです。先に死にたいんですか?」

「ち、違う!? 放っといていいんだ、今は!!」

「そうだよ、ヤミさん!? とにかく今だけはちょっと待って!!」

 

 彼女はまだこの地球に来て日が浅い故に理解できない。

 この地に存在する『普通』と『危険』の光景に。

 訝しげな表情で体に触れている二人を見ていると、その後で剣士が呆れたような声で溜息を吐いていた。

 

「まったく、命を狙われていたというのに二人は甘い」

「何のことですか? 意味が……」

 

 その声はけたたましい音で掻き消える。

 音に驚き、下を見る。

 そこには巨大な鉄の塊…つまり、電車が彼女にとって危険と判断する速度で走り去っていた。

 同時に轟音と悲鳴を残し、先程までいた宇宙人とそのペットが消えて二つの星が遠くで輝く。

 

(これは…なるほど、この男…コレも狙ってましたか)

 

 彼女は鋭い視線でザスティンを見ると、本人は何でもないような顔で無関心に言い放った。

 

「これがこの星の地の利だ。君が下に行っていれば容赦なく利用していただろう」

「あの程度なら軽々と避けて逆にあなたにぶつけていたでしょうね」

 

 バチバチと視線が交差する。

 なぜここまで相性が悪いのかは誰にも分からない。きっと二人にも理解できない何処かで何かが起きていたのかもしれない。

 金と銀は互いに鼻を鳴らしながら反発し、そっぽを向く。

 と、ここに来てようやく金色の闇はいつまでも自分に触れている二人を振り解いた。

 

「いつまで触ってるんですか! …まぁ、今回だけは今のに免じて見逃します」

「え、本当か!?」

 

 若干嬉しそうなリトを見て、彼女は思案顔になる。

 依頼された仕事は完遂する…しかし、それとは別に目の前の二人に興味があったからだ。

 金色の闇は、寄り添って怪我の心配をしあう兄妹に質問をする。特に気になった小さな少女に視線を向けながら。

 

「そういえば、名乗ってませんでしたね。私は"金色の闇"と呼ばれています」

「え、あ。う、うん! 私は結城リトの妹で結城美柑っていいます」

「結城…美柑ですか。ところであなた、私のことを"ヤミさん"と呼んでいましたが?」

「そうだっけ? でも金色の闇ならヤミさんでいいよね?」

 

 驚くほどに自然に美柑はそう言った。

 だが、金色の闇…ヤミにとって名前などどうでもよかった。

 この標的の妹は、()()()()自分をヤミと呼んでいたか。

 別に、ララがいるのだから知っていてもおかしくはないのかも知れない。だが、彼女の勘が何かを感じ取る。

 何よりも狙われて尚、自分を助けようとするこの兄妹の存在が気になった。

 二人を見ていると、ヤミは記憶の奥に忘れていた家族の事を思い出す。

 自分を犠牲にしても、救いたい命とは何か。

 ついでに、まだ目の前の男との決着もつけていない。

 自分がどうしたいのか。その答えを満更でもない表情で彼女は口にした。

 

「あなた達に興味が湧きました。それまでは結城リト…あなたを始末するのを保留しましょう。なので、しばらくこの地球に留まる事にします」

 

――――――

 

「やっと見つけたー!! もう心配したんだよ~!!?」

 

 ヤミが去って数分。疲れからその場で動けなかった三人を空からララは見つけて駆けつけた。

 遅すぎる登場に全員が苦笑いをする中、ララは理解が出来ずに不満気な声を上げる。

 何はともあれ、紆余曲折の末にヤミは地球に留まる事になった。

 その事に微笑む少女が一人いた。

 

(良かった…ヤミさんが来てくれて。正直、今まで失敗ばっかだったし、ヤミさんには協力者になって貰わないと困ったんだよね)

 

 美柑の計画に必要な人物、その一人がヤミである。

 自分の一番の親友であり、仲良くなれる要素が多い。リトへの恋心も今の時点では殆どない。

 そして恋愛に詳しくないので偏見があまり無い。つまり…染めやすい。

 ふと、美柑は思い出す。

 前は知らぬ間に抜け駆けされ、誰よりも一番前へ。兄の隣に走っていった親友の姿を。

 今度は、しっかり見ておかないと。と、口元を歪ませた。

 

(そしたら今度は私の楽園で、ヤミさんと仲良くしたいな)




おまけ
『とある未来の夫婦』

 王宮で大きな溜息が聞こえた。
 その主こそ全宇宙の王たるギド・ルシオン・デビルークであり、その傍らで妻であるセフィは夫の溜息の理由を問う。

「珍しいわね、そんな溜息なんて」
「これが吐かずにいられるかよ、リトのヤローとうとう俺達の娘全員に唾つけやがったんだぞ?」
「あらあら、別にいいじゃない。あの娘達は自分達なりの幸せを選んだんだから」

 悪態をつく夫に対して、妻はあくまで穏やかに娘達の判断を肯定する。
 それに対し疑問を抱いたのはギドだった。

「だいたいよー、セフィ。お前ハーレムなんて認めないっつってめちゃくちゃキレてたじゃねーか。なんでアイツらを認めた?」
「別に私はハーレムにアレルギーとかを持ってるわけじゃないわよ? それにリトさんのこと名前で呼んでるって事はあなただって認めてるって事じゃない?」

 見透かされたような返事に王は言葉を詰まらせる。それを見た妻は一気に言葉を畳み掛けた。

「そもそも、あの娘達と私とじゃ考え方が違うわ。私は愛する人が他の女の子にデレデレしてるのを許せるほど寛容ではないもの♪」
「……ケッ、なに言ってんだバーカッ」

 そんな妻なりの答えに、今までの認識が間違っていた事に気付かないほど、宇宙の王はニブい男ではないようだった。

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