遅咲きオレンジロード   作:迷子走路

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『臨海学校』

「うん……うん。ごめん、そういう事だから……うん。仕事頑張ってね、それじゃまたね」

 

 軽い息を吐きながら美柑は受話器を置く。

 さて、次は。と、もう一度受話器を取りながら頭の中で考えていた受け答えを繰り返す。

 先程の電話は父親である才培に対してだっただけに気兼ねなく会話する事が出来たが、次はそうはいかない。

 下手な言葉を使ってしまえば計画そのものに支障が出るだろう。

 元々美柑は不良のような行いを自ら進んでやった経験がない。そんな慣れない緊張を誤魔化すように深呼吸をしながら番号を押していき、覚悟を決めた。

 

「あ、彩南第一小学校ですか? 新田晴子先生をお願いします」

 

 ……その後、少々話を焦りすぎたかもしれないと思いながらも、体調が悪いので三日程休むという事を何とか伝え終えた美柑は胸を撫で下ろし、第一段階の成功を微妙な表情で喜んだ。

 全く以て今回の自身の人生は難易度が高すぎると、美柑は心の中で父と担任教師に何度も頭を下げながら自嘲する。

 今日から三日間。確実に自分にとって波乱になるその日々を想像すればするほど不安と恐怖を覚える…が、今更何を迷っているんだと、美柑は拳を手のひらに打ちつけた。

 才培には今日からリトが帰るまで友人の家に泊まるという事を伝えたので、無人になる時間が多くなるであろう我が家の戸締りを確認しながら、今回の計画の肝であるララの下へ美柑は足を運ぶのだった。

 

      ◆

 

「おはよー美柑! 今日からリンカイガッコだね♪」

「おはよ、ララさん。それで、完成したの?」

 

 未だに素っ気ない態度しか取れない私は少々申し訳ないと感じつつも、ララさんに今回の要である発明品の有無を確認する。

 もしも何事も無くこの一件が終わったら、少しくらい昔みたいにララさんと仲良くするのも悪くないかもしれない。

 …あんまりフラグ立てるのも良くないからやめよ。

 

「出来てるよ~、ジャジャーン! その名も~ってまだ考えてないんだっけ」

 

 ララさんの手元にある発明品をしげしげと見る。

 いつもの事ながら、こんな用途の解り難い形状のモノがよくあんな事やこんな事できるものだと感心するしかない。

 これで大体手のひらサイズより小さいくらいまで縮めるらしいけど…不安だ。

 確かに、小さくなれば一緒に付いて行く事も容易になるし、好きな時に大きくなったり小さくなれるなら見つかっても不審者として捕まる事も多分無いだろうけど……最悪これって死んじゃうんじゃないかな?

 リトと一緒に臨海学校に行けるということに夢中になって忘れてたけど、これってリスク高すぎるよね? 流石にこんな事で死ぬなんてイヤだし、考えられるであろう事故に足が震えてきた。

 もし踏まれたら? 置いてかれたら? 投げ飛ばされたら?

 でももう退けないし、やるしかない。

 そう、やるしかないんだ。他ならぬリト…と自分の為に!

 

「じゃあコレ、ララさん持っててね。首にかけてくれればいいから」

 

 私はこの日の為に作った巾着袋をララさんに渡した。これが暫く『私の部屋』になるなんて誰も思わないだろう。

 オレンジ色でハートマークのついたそれを見てララさんは目を輝かせる。

 

「わ~かわい~! なになに? コレくれるの!?」

「あげないよ…いい? コレに私が入るんだから、ゼッタイ! 踏んだり忘れたり落としたりしないでね!!」

「あ、そっか。なるほどね~美柑って頭良いね♪」

 

 ララさんにはその気はないんだろうけど、嫌味にしか聞こえないと思った。まぁいいや、気を取り直してもう一つ用意していたストローをテーブルに置く。

 この形状にした理由は別に持ち運びに向いているからだけじゃない。

 移動するなら当然、不自然な形のはダメ。ケージみたいなものだと外から見えるから、必然的に手さげのようなものになる。

 大きいと目立つし、小さいと不自然。

 なら、このくらいのサイズが一番目立たないくらいのチョイスだと思う。

 構造上紐を緩めないと中身は見えないし、完全に密閉にはならないからストローを一緒に入れておけば口の部分で呼吸は出来るだろう。

 となると一番の問題はやっぱりララさんだ。

 肌身離さず持ち運べるから物として無碍に扱われないように出来るけど、ちょっとしたミスで起こる危険は無くならない。

 だから何度も念押しして注意するように言った。完全に私のワガママだし、うるさいとは思うけど、このくらい言わないとこの人は普通に怖い。

 うん、帰ってきたら少しは優しくしよう。

 

「じゃ、そろそろリトが来ちゃうからやるよー美柑」

「ど、どうぞ……アレ? ちょっとまってララさん。これ小さくなったら脳とかだいじょ…」

「いっくよ~!」

 

 私の言葉も待たずにララさんの手によって私の体は縮む。意外にも服ごと小さくなったから恥ずかしい思いはしなくて済みそうだ。

 一瞬だけ、体が小さくなった瞬間に脳が小さくなって考える事も出来なくなったりはしないだろうかって考えたけど、それもなんとか大丈夫みたい。

 やっぱりこの人と関わるなら考えすぎるくらい考えて接した方が丁度いいのかもしれないなぁ……そうでないと、こっちの身が持たないや。

 

      ◆

 

 慣れない小さな部屋の中で美柑はじっと到着を待つ。目的地までの移動中は特に問題は無かった事に美柑は胸を撫で下ろした。

 上以外の視界を遮断された状態ではララの首にかけられた自分がどんな風に見られているかは分からない。しかし、思ったよりも振動が少ない環境にいられたのは主にララのふくやかな二つの袋のおかげだったりする。

 言い知れぬ敗北感を感じながら、彼女はただ一つ自らの首を絞めている当面の失敗を心から悔いる。

 

(あ、あっつい…!)

 

 季節は夏。空調の効いた車内を出ればそこはサウナのような空間だった。

 ここまで狭いとなると気温の高い環境ではあまりにも辛すぎる。強度を心配してやや厚めの布地を使ったのも祟ったらしく、おまけに背中からはララの体温が薄っすらと感じられるのだから美柑にはたまったものではなかった。

 しかしこれも我慢するしかない。

 夜になれば少しは涼しくなるだろうし、暗ければ外に出る事もできる。とにかく、少しでも気を紛らわす事だけを考えて乗り越えたその時間を美柑は忘れないだろう。

 …因みに帰りも同じ方法だということは今の彼女には考える余裕はなかった。

 

――――――

 

「ぶっはぁ! し、死ぬかと思ったァ…!!」

「あ、あはは、おつかれ美柑。だいじょうぶ?」

 

 到着して早々に人目のつかない場所へこっそりララを誘導して美柑は外に出る。

 ララの手の上で新鮮な空気をたっぷりと吸いながら、自然の風が上がった体温を心地よく冷ましてくれるのを美柑は感じていた。

 呼吸を整えながら彼女は思う。

 兎にも角にも、潜入は成功したのだから後は春菜とリトが接近しないように何とかするだけ…と、言ってもこの時点で実はノープラン。しおりを確認した段階では、もしも二人が仲良くなるタイミングがあるとすれば一日目の肝試しと二日目の海での自由行動だろうか。

 そう考えながら頭を悩ませる彼女をララはじっと見つめていた。

 ふと、突然ララは「あっ」という声を上げる。

 その声に釣られる様に美柑は顔を上げると、ポンと両手を合わせながら今思い出したと言わんばかりの表情でサラッと発言した。

 

「言い忘れてたんだけど、小さくなる効果って四時間くらいに一回強制でリセットされちゃうから気をつけてね」

「え、そうなの?」

「うん! 故障とかして戻れなくなったら大変だからね~。念の為にその機能付けといたんだ」

「…う~ん?」

 

 何か重大な事に結びつきそうではある…が、今の時点では特に危惧するような事では無いだろうと美柑は感じた。

 実際彼女の言う事は安全面という意味では正しいといって良いし、気をつけていればバレる心配も無いだろう。

 そう結論するとリトの声が近づいてきた。離れた先を見ると既に集まりが出来ていて、二人はそろそろ召集の時間だった事に気付く。小さな少女は見つかっては不味いと慌てながらもう一度、あまり気の進まない袋の中へ入っていく。

 

(とりあえず、注意するのは肝試しかな……あぁ、おフロに入りたい)

 

 美柑は諦めにも似た表情で若干涙目になりながら新鮮な空気を惜しみつつストローを咥えた。

 ふすー、はぁー、すぅー。

 ………はぁ。と、時折溜息が聞こえるのを察したララは今日は何か美味しいものでも残して置こうかと心の中で決めるのだった。

 

――――――

 

「さーてそれでは~肝試しのペアを今から決めてもらい~す!」

 

 それから先も特筆するような事は無く、今回の最初の山場となる肝試しの時間が訪れた。

 無事に夜を迎える事が出来た美柑は相変わらず小さな部屋の中で管越しに空気を吸っているが、昼間と比べて日光の直接的な暑さもなく、待望の入浴もする事が出来ただけに彼女の機嫌は幾分かマシになっている事にララは安心する。

 彼女は今日一日、わりと献身的に美柑に尽くしていた。

 入浴時にはクラスメイト達の様子を伺いながら小さな体が溺れない様に世話をし、限られた分の食事しか出来ない以上、小さな体で食を満たす事が前提となる美柑に軟らかくて美味しそうなものをこっそりと分けてあげたりした。

 流石の美柑もここまでされて心が揺れないほど冷淡な人間ではない。

 ララがどれだけ優しい少女であるか再び認識させられて、意味も無くストローの端を(かじ)ってしまう。

 

「…………………………」

 

 何度目の思考か。それでも彼女は同じ思考を繰り返す。

 

「美柑? 今なら皆校長のとこ見てるから顔出しても大丈夫そうだよ」

 

 囁くような小さな声で言うララの気遣いにハッとする美柑。

 思考から戻ったばかりで、深く考えずに言われるまま緩められた袋の口から顔を出すと蛍光灯の明かりが眩しくて思わず目を細めてしまう。

 やがてそれも無くなると、目の前には心配そうにする王女様の顔があった。

 

「だいじょうぶ? なんか全然動かなかったけど…」

「へーきだよララさん。ありがと、気遣ってくれて」

「えへへ~♪ これくらい当然だよっ」

 

 彼女にだって打算くらいあるだろう。

 美柑に優しくするのだって、彼女が結城リトの妹だからだ。

 だからといって、それが悪いなんて事がないのは美柑も理解している。たとえこの立場でなくとも…ララなら自分の為に頑張ってくれたかもしれないと思ってしまう。

 実際、ここにいる王女様はそんな人間だ。それを理解しているだけに本心に苦しめられる。

 

「ごめんねララさん」

「いいよいいよ、気にしないでってば!」

 

 ララの笑顔に美柑は今出来る最大限の微笑みで返す。

 そのすれ違いに気付いているのは美柑だけだった。

 彼女の「ごめんね」にはララの思う意味と、あと二つ謝罪の念が込められている。一つは現状のワガママに付き合わせてしまった事。二つ目は今まで冷たくしてしまった事。そしてあと一つ。

 

 何度も悩んで、悔やんで、表面上開き直ったりもしてきた彼女の本心。

 ()()()なんて言葉は嘘でしかない。

 本当はずっとずっと昔から、妹は兄をこんな風に独占して来たかった。

 既に最初と呼べる時間は過ぎてている。

 今の彼女は他でもない『自分のため』に此処に居た。

 

(やっぱりララさんにはリトをあげたくない…リトは私のだもん)

 

 それは、ララの望む『皆が笑顔になる未来』はきっと訪れないという事。

 

      ◆

 

 ララさんの番が回ってきた瞬間、私は顔を引っ込める。

 都合よくララさんがリトとペアになれればいいんだけど、コレばかりはどうしようもない。

 ララさんにリトの番号を調べるようお願いしたけど…やっぱり番号は違っていた。

 

「あれ? 結城くん…もしかして13番?」

 

 聞き覚えのある声がした。

 思っていたより防音の要素が無い此処からだとこもった様な声にしか聞こえないけど、間違いない。

 

「ちょ、よりによって春菜さんがリトのペアなの!?」

 

 本当に何もかもが上手くいかなさ過ぎて頭が痛くなる。

 このままだとリトと春菜さんが急接近してしまう可能性大な事実に私は必死で考える。どうすればいい? どうしたら二人を…。

 って、なんかちょっとウキウキした声が聞こえるんだけど?

 リト何だかんだ言ってやっぱり春菜さん気にしてるんじゃないの!?

 まずいまずい、このままじゃ…

 

『結城くん、たすけて怖いっ』

『お、おい西連寺っ!? ち、ちょっとくっつき過ぎ…』

『だって、私…私…』

『お、お、おう。わかった大丈夫だから、な?』

『結城くん……』

 

 ……って、ダメェーーー!!! こんなのゼッタイゼッタイ認めないんだからァ!!?

 

「ララさんっララさんっ」

「うひゃっ!? あ、あははちょっとごめんね~……もう美柑っいきなりおっぱい突かないでよ!」

 

 本当はかなり本気で叩いたんだけど、今はそれどころじゃない。

 ララさんに私をリトに貸す様に伝えた。当然、危険しかないけどもうこうするしかない。ララさんの心配そうな顔を見ると申し訳なさがこみ上げてくる。

 やがて折れてくれたララさんと口裏を合わせて再びリトの方へ向かう。

 リトにはお守りという事で渡して貰う事にしたけど、上手くいくかな?

 と、次の瞬間に急な浮遊感が私を襲った。

 そのまま凹凸の無い壁の様なものにぶつかる。

 

「へぶっ…う、上手くいった…のかな?」

 

 ララさんと違って柔らかさの一切無い温かい『それ』を感じる。

 さっきまでの快適さは完全に無くなっちゃったけど、これは間違いなくリトの温かさだと思った。

 暫くの間、向かい合うようにして私は動かない。一枚の壁越しであっても伝わる体温は待ち望んだものだ。さっきまでと違う温もりと匂いにくらくらする。

 本当に、くらくら…する。

 

「ハッ!? あぶないあぶない、息が止まるとこだった…!」

 

 息苦しさに我に返ってストローで空気を吸う。外に出れば暗くて顔くらい出しても気付かれないだろうからそれまでの辛抱だと諦めて私はしゃがみこんだ。

 

「中身は見ちゃダメだよっ。あと、すごいデリケートなものだから大切に持っててね!」

「じゃあ渡すなよ!」

「あ、あはは…」

 

 そんな会話を聞いて、今回は本当にララさんには頭が上がらないなぁって思う。ホントにありがとうララさん…ゴメンね。

 

――――――

 

「ギャーー!!?」「キャー!?」

「ひぃ~~!!」「うわぁーー!!?」

 

 これホントに肝試し…? さっきから聞こえてくるのは、まるで絶叫マシンにでも乗ってるってぐらいの悲鳴ばかりだ。

 幸い私は何も見えないけど、きっと脅かし役とかが居て、間近で見たら驚いちゃうんだろうなぁ…うん。別に怖くないけど、顔は出さなくても良いよね?

 

「うぅ。とは言ってもこのままじゃリトと春菜さんに付いて来た意味が無いんだよね」

 

 そうは言っても正直、怖い。怖いけど、覚悟を決めよう。

 ゆっくりと顔を出す。ずっと暗がりの中に居たからそこそこ夜目に慣れていた。最初に見えたのは壁…じゃなくてリト。

 じゃあこっちは? と見た先にはリトの腕にしがみつく春菜さんがいた。なんか泣いててかわいそうにも思うけど…それでもイライラは治まらない。

 なんといっても()()は私の特等席だ。まだ認めてもいないのに勝手に使わないで欲しい。

 でもどうしようか。

 この状態だと威嚇も出来ない。大声くらいは何とか出来るかも知れないけど、この状況だと更に強く抱きついちゃう可能性が高い。

 悩んでいたら叫び声と同時にリトが立ち止まる。

 その声にびっくりして後を振り返るとそこにはオバケ…のメイクをしたおじさん? が物凄い形相で立っていた。

 なるほど確かにけっこう怖いかも。ただの肝試しなのに気合入れすぎじゃない…?

 リトの驚く声に耳を塞いでいると、違和感に気付く。春菜さんの声が聞こえない。

 

 次の瞬間、私は足元から一気に中へ吸い込まれた。

 

 何が起きたか判断するよりも先に物凄い揺れが私を襲う。突然の事態に勢いのまま袋の口を掴んで何とか振り落とされないようにするので精一杯な状況に混乱するしかない。

 直後、何かにぶつかる様な鈍い音と、リトの短い悲鳴が聞こえる。

 一体外で何が起こっているというのか。それよりもリトは無事なのか。

 

「リト、大丈夫!!?」

 

 その声は激しい動きに掻き消えてしまう。

 まるで災害の様な揺れに必死に抵抗していると外から春菜さんの悲鳴が聞こえた。そういえばオバケとか苦手だったっけこの人?

 そう思っていると、はたと気付いてしまった。

 この揺れの正体。リトの声。

 これって春菜さんがリトを引っ張りまわしてる!?

 そんな異常な光景が嘘であるように願ったけど結果は察したとおり。

 やっとまともに動ける状態になって一番最初に確認したのはリトの姿。

 哀れなぐらいに砂塗れになったリトは、あちこちぶつけて部分的に腫れて膨れてしまっていた。

 我に返った様子の春菜さんが必死で謝っていて、リトは全然大丈夫じゃないのにカッコつけて「平気」といい続ける。

 

 ……なにこれ。なんなの?

 

 春菜さんが謝って、それをリトが許して。

 本当ならコレで終わり。何事も無く解決なんだろうけど…全然よくない。

 私はきっと怒っている。当然、目の前の春菜さんにだ。

 

「こんなのひど過ぎるよ、早く消毒して手当てしないと…。リトのバカっ! 全然平気そうじゃないじゃん!」

 

 目の前の光景が信じられなかった。

 私の知っている春菜さんは優しい人だ。たしかに怖がりだったのは知ってたけど、いくら怖いからってリトをこんな目に合わせる人だなんて思わなかった。

 私の中の春菜さんへの評価が一気に下に落ちる。

 また暗い気持ちが込みあがって来た時、この場に似つかわしくない明るい声が聞こえた。

 

「あれ~二人ともこんなとこにいたんだ~って、リトどうしたの? 大丈夫?」

「ら、ララ? そのカッコ…てか、後の方々は……?」

 

 声のする方を確認すると幽霊のコスチュームになったララさん。

 …と、その後にはどう見ても浮いているお侍や長い黒髪を垂らす人達がぞろぞろと行列を作っていた。

 あぁ、コレってララさんの発明品だ。

 すっかり冷めた頭の私には、それがララさんの発明だと瞬時に悟らせる。

 同時に背筋が凍った。

 

「リ…」

 

 思わず大きな声を出してしまいそうになる。

 だけど、結局その声すら出す事はできなかった。変わりに襲ったのは浮遊感。

 春菜さんの見た目からは想像も付かないほどの力で空中へ放り投げられるリト。

 私は無意識に体を引っ込めて丸くなったけど、この先に待ち受けるのはきっと……。

 

 あ、これ死んじゃうかも

 

 もしリトが上になったら私はペシャンコになってしまう。

 さっきリセットしたばかりだから都合よく体が大きくなるなんて事もない。

 死ぬ瞬間に人間は考えが一気に冴え渡ったりするらしいけど…本当だったんだと思い知らされた。

 冴えたところで体は動かない。運命は変わらない。

 一瞬、ほんの一瞬諦めた私は……まぁリトにだったらと思ってしまった。

 もしそうなったらララさんが説明してくれる。そうなればリトは一生私を忘れないと思う。嬉しくはないけれど、悪い気はしない。

 永遠に、リトの心でずっと。

 でも、やっぱり……

 

「…や、やだァーー!!!」

「っ!?」

 

 私が悲鳴をあげたのと殆ど同時、体全部が温かい何かに包まれる。

 がっしりと私を掴んで離さないそれはとても力強いのに、まるで壊れないように優しく包んでくれた。

 その直後、大きな大きな一回の振動と一緒に吐息が聞こえる。

 リトの声?

 もう浮遊感は無い。優しく包まれる感覚に時と場を弁えずに落ち着いてしまう。

 遠くからララさんと春菜さんの声が聞こえて来るのと同時に、別の声も聞こえてくる。まだ、思考が追いつかない…けど、リトが…守ってくれた?

 

 それだけは理解できる。大事に扱うよう言われたお守りをリトは守ってくれただけなのに。でも嬉しかった。緊張が解けると涙が出てきた。止める事なんて…出来なかった。

 

「おやおや? 今年の肝試しをゴールできたのは一人だけなのですかな?」

「あれ…ゴール?」

 

     ◆

 

 結城リトは首の『お守り』をララに返すと、深刻そうな顔でその中身が何なのかを確認した。

 

「なぁ、ララ。そのお守りの中身って何なんだ? なんか美柑の声が聞こえた気がしたんだけど」

「え、ええ!? や、やだなぁ~そんなワケ無いじゃんっ!! コレは~…そう! ボイス入り目覚まし時計だよ!」

「目覚まし…時計?」

 

 苦しいララの言い訳にリトは半眼になって怪しむが、やがて無理矢理納得したような表情で溜息を漏らした。

 

(ま、そうだよな…。いくらなんでも本人が入ってるなんて無いだろうし)

「なら良いケドさ、変な声だなそれ…『やだ』ってどんな声入れてんだよ」

「へ!? あ~…たぶん~最初にナイショで録音したときかなぁ~? やだーって言われちゃったやつ、かも?」

「そりゃ怒られるだろ」

 

 ポンポンと美柑の入った『お守り』を軽く叩くララ。そんな空気を呼んで美柑は「やだー」「やだー」と声を出す。

 そんな様子にリトは首をもう一度ひねりつつも軽く微笑んで心底安心したような表情で言った。

 

「ビックリしたぞ? マジで美柑が入ってるんじゃないかって思ってさ。声が聞こえた時、思わず何とかしないとダメだ! ってなったんだよな~…ま、壊れてないなら結果オーライだけど」

(…へ?)

 

 それはつまり、彼は()()()()()()()()()()その行動を取ったという事の証明だった。

 その言葉を。行動を知ってしまったら…当然、兄が大好きなこの妹は喜ぶしかないだろう。

 未だ小さな彼女は、誰にも見えない場所で熱くなっていく顔を押さえながら再び息苦しさに襲われていく。

 そのまま何とかララを誘導させてこの場から去ろうとする彼女が次に顔を出すときは耳まで真っ赤になっているに違いない。

 

 こうして、切っても切れない関係だった彼女達は再び出会いを果たした。

 春菜への評価をこの時は下方修正せざるを得ないと感じる美柑と、そんな彼女に認められようとするララ。

 離れていく二人の後ろでは、片思いの相手を傷つけてしまった事に涙目で謝りながら彼の手当てをする春菜と、彼女に対して抱いていた感情に自信を無くしたリト。

 そんな新たな出会いは、前とは全く違う尾を引きながら別の未来へ歩み始める。

 

 

 

 ………少し離れた先でララは思い出したように呟いた。

 それは入浴の時に周囲を気にしていた彼女が小耳に挟んだ情報で、特に深い意味の無いちょっとしたウワサ。

 

「そういえば、この肝試しでゴールしたペアは結ばれるんだっけ? この場合って美柑とリトが一緒にゴールしちゃったって事でいいのかな?」

 

 特に気にした様子の無いその声は暗がりと静寂の中へ消えていく。

 その言葉を聞いていなかった美柑がどう思うか。

 それもまた特に意味の無い出来事の一つだった。




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