遅咲きオレンジロード   作:迷子走路

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『運命の少女』

   ◆

 

 月明かりが足元を仄かに照らし出す夜。

 とある高層ビルの屋上で、二つの影が苛立たしげに揺らいでいる。

 やがて影はその場で止まり、直立の姿勢で何かの機械を取り出した。

 二つの影の正体…黒服の男達は申し訳なさげに、しかしはっきりとした口調で手元の通信機に向かって何かを話し出す。

 

「申し訳ありません、ザスティン様。ララ様を取り逃してしまいました」

 

 男達のその報告に、通信機の向こうから溜息の様な吐息が聴こえてくる。

 やがて、その報告を受けた男…ザスティンはゆっくりと口を開きながら解決策を考え出す。

 

「そうか、まったくあのお方は…。で、その後の行方は?」

「…申し訳ありません。逃げ出したコスチュームロボの行き先から凡その見当は付いているのですが」

「なるほど、やはり辺境の小さな星とはいえ、一度逃げられると厄介だな」

 

 一瞬の思考の末、ザスティンは男達へ指示を出す。

 ある程度予期していた事だっただけに、彼の行動は素早かった。

 

「わかった。お前達は引き続きララ様の行方を追え。私もそちらへ向かう」

「ザスティン様が、ですか? しょ、承知いたしました。あの、見つけた場合の措置は…」

「ララ様もそう易々とは別の星には行かぬだろう。見つけ次第、私に報告をしてお前達は待機だ。くれぐれも手を出さずに私が到着次第、確実に連れ戻す」

 

 その言葉と同時に通信は途絶え、その場が静寂に包まれる。

 次の瞬間には男達の姿は消え、始めから何も無かったかのように本当の静寂が屋上に蘇るのだった。

 

   ◆

 

 衝撃的かつ運命的な風呂場での出会いの後、着替え終えた3人は居間で食卓を囲んでいた。

 あの後に遅れるようにしてやってきたコスチュームロボットのペケを加え、三人と一機は食事をしながら、突如として結城家に現れた少女について事情を把握していく。

 まず彼女は自らをララと名乗り、自分の身の上と共に何故ここに来たのかを話した。

 簡潔に言えば、ララと言う少女は要するにデビルークと言う星の王女様で、後継者だの結婚だのという話にうんざりした挙句、家出をしたとの事らしい。

 あまりにもあっけらかんとしたララの態度に結城兄妹は同時に溜息を吐きながら今の事態を受け止めるしかない。

 彼女が宇宙人であるということは、既に風呂場で出会った瞬間にある程度の会話をした事で認めざるを得なかったので、この場ではすんなりとその事を受け止めるリトと美柑。

 と言うのも、出会って早々に「私、デビルーク星から来たの。あ、信じてない? じゃあほらこれ尻尾っ♪ 地球人には無いでしょ?」などと言いながら丸出しのお尻を見せ付けられたのだから疑う余地は無かった。

 その時に美柑につねられた左手をさすりながら、リトは目の前の美少女宇宙人の先ほどまでの姿が薄っすらと脳裏を過ぎるのを我慢しながら何とか現状を把握する事に集中する。

 そんな彼を見つめる二人は全く真逆で、地球に来て早々に主人であるララの身を案じたくなるペケだけがこの場を一番把握していた。

 裸を見られた事などまるで気にした様子の無いララと、悶々としている兄の心を見透かすように半眼になりながら今度はララの方を睨む美柑。

 早くも一筋縄ではいかない家庭に厄介になってしまった事を察したロボットは、どうしたものかと考えながら何事も起こらぬよう祈るしかないのであった。

 

   ◆

 

「ん~♪ それにしても美味しいね、この料理っ♪」

「そりゃね、私が作ったんだし。作った人のウデの違いってやつだよ」

 

 予定通りにおフロでララさんに出くわしてから、私とリトはララさんの事情を聞きだして居間で晩ご飯を食べる事にした。

 本当ならこの場で事情を聞くのが正しいのかもしれないけど、とにかく食い違いを防ぐ為にも早めにこういうのは聞いてしまった方が良いと思う。

 この場でララさんの事情を知らないのはリトだけなんだから、もしも私がララさんが名乗る前に名前を呼んじゃったり、家出の事を知ってたら変だしね。

 

「でも運がいいよね、もし今日が魚とかだったらララさんの分なかったかも知れないし。()()()()カレーでよかったよ」

「うんありがと~。もう必死だったからお腹ぺこぺこだったんだぁ~」

 

 当然偶然ではない。

 もし分け合うのが必要になったらリトとララさんが接近してしまうかもしれない気がしたから万全の準備をしただけの事だ。

 ある程度予期していた私の作ったカレーを食べながらララさんは私とリトの質問に答えていく。

 本当に。なんて美味しそうに食べるんだろうとほんの少しだけ気が緩んでしまいそうになる。

 相変わらず、この人はこちらの気持ちなどお構いなしに自分を魅せてしまうのだから質が悪い。

 こんな調子ではせっかく固めた決意が揺らいでしまいそうだ。

 

(もちろんそんな事はしないけど)

 

 心の中に薄暗い気持ちが湧いてくるのを自覚しながら彼女を睨む。

 リトを一瞬にして虜にしてしまいそうになったこの人はやっぱり危険だと判断せざるを得ない。

 目の前で首を振るリトは今頃ララさんの裸を思いださないように必死である事が丸分かりだ。

 そんなリトを分かっているのか笑顔を絶やさずにニコニコと見ているララさんに私は一言尋ねた。

 

「ところで、ララさん今日はどうするの? 家出って事は寝るとこないんじゃない?」

「むぐ? んぐんぐ…ごっくん。うんっ、そ~なるのかな?」

 

 緊張感のカケラもない…この人はこの時から相変わらずマイペースだと思いながらも心を鬼にする。

 

「じゃあ食べたらホテルなりなんなり早めにした方が良いんじゃない? ララさん美人だし、外は危険かもしれないよ」

「え? いや、美柑それは流石にどうかと…」

 

 案の定、優しいリトは反応してくる。

 でも今の私にはやらなければならない事があるのだから心苦しいけど抵抗するしかない。

 

「リト、この人を疑うワケじゃないけどさ。会ったばっかの人を信じすぎじゃない? 宇宙人なのは本当なんだろうけど、正直不審者なのは変わらないでしょーが」

「フシンシャ?」

「いや、言い過ぎだって。俺と美柑が一緒に寝れば片方の部屋が空くんだし一日くらい良いんじゃないか? もう遅いんだし」

 

 

 そう言われるのは、ある程度の覚悟をしていたとはいえ、やっぱこうなるのかと現実を受け入れるしか私には出来なかった。

 一緒に寝れば部屋が空く。

 言われてしまえば当然で逃げ道なんて無い。

 ララさんが悪い人でないのは知ってるワケだし、リトが認めた以上はワガママを言い続けるのは私にもマイナスだ。

 勘繰られるのも面倒だし、リトの中の私がそういう人間だと改められても困る。

 こうなったら詰みだ。仕方ない。

 

「はぁ…わかった。じゃあ今夜は私がリトの部屋に行くから、ララさんは私の部屋で寝ていいよ」

「別に私がリトの部屋でもいーよ?」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 この一線は絶対譲らない。

 たとえ死んででもこれは死守すると、私の心は静かに燃え盛るのだった。

 

   ◆

 

 普段から二人の食事ではリトの正面に美柑は座る。

 これは美柑が自分の作った料理をリトが食べる姿を見るためだったり、お互いが話しやすいように対面の席を進んで選んでいるからだった。

 今日もその形に変更は無い。

 したがって、ララが座るのはリトか美柑の隣になる。

 迷わずにリトの隣を陣取ったララは、食事をしながらある程度の方針が決まった所で疑問に思っていた事をリトに投げかける。

 

 

「ね、ね、リト。みかんって怒りっぽいの?」

「んぇ? な、なんだよ急に。え~と、いつもはこんなんじゃない…んだけど」

「ん~、そうなの? なんか嫌われることしたかなぁ」

 

 突然の来訪と、どの角度から見ても美少女な容姿をしているララに隣から触れそうなほどに接近されてリトは思わずどぎまぎしてしまっていた。

 先程までの風呂での事を再び思い出すリト。

 思春期の男子が、初めて見る妹以外の女性の裸を見て緊張しないはずが無い。

 加えて特に石鹸など使っているわけでもないはずのララからはびっくりするくらいの甘い香りがすることにリトの心拍数は上がっていく。

 そんな彼を呼び戻すようにテーブルを叩く音が居間を支配した。

 思わず小さな悲鳴でも出してしまいそうな程の大きな音の出所をリトとララは同時に見つめる。

 

「あ、ごめん虫がいたからつい。ところで、くっつきすぎじゃない?」

「え、あ、うん。ララ離れよう」

「え~」

 

 有無を言わせない雰囲気に気付いたのはリトだけだったようで、不承不承と言った態度でララは仕方なくリトから離れる。

 何故美柑がここまで怒っているのか。

 以前、冗談のように告白された事をリトは思い出す。

 

(もしかしてヤキモチやかれてる…? いや、まさかな)

 

 リトは本能的に美柑とそういう関係になることを否定しているだけに気付かない。

 それだけに、美柑の感情を悟れても、行動の理由が掴めないでいた。

 本来なら既にギクシャクしてしまいそうな関係でありながら、そうならないのはお互いが心から想い合ってるからなのかも知れない。

 

(今日は寝ながら頭を撫でてやろう。少しはキゲンよくなれば良いんだけど)

 

 美柑は機嫌が良い時と悪い時によく一緒に寝たがるのをリトは知っていた。

 そんな時は寝ながら体に触れられると彼女は喜ぶ事も知っている。

 機嫌が良い時も悪い時も。

 美柑からすればリトともっと触れ合いたいだけというのが彼女の本心である事は…リトは知らない。

 

――――――

 

 翌朝、美柑の機嫌は良かった。

 単純な自分自身に苦笑しながらも、体に添えられているリトの手を愛しげに自分の顔に持っていく。

 

(本来なら私がララさんに気付くのはもう少し先だったはず。ここからどうなるかは知らない)

 

 起きたばかりでありながら冷静に考えを巡らせる美柑。

 だが、どんなに冷静になろうと知らないものを把握する事等できない。

 不安は募るばかりだが、ここはなる様に任せるしかないと無理矢理納得するしかなかった。

 

 結果は当然と言えば当然。

 分かっていた事だっただけに、彼女は落胆しない。

 それだけに、彼女の闇は増していく。

 

   ◆

 

「どうしてこうなった」

 

 結城リトは頭を抱えていた。

 理由は単純に先程から自分に突き刺さる視線が原因である。

 嫉妬で人は殺せないが、嫉妬の炎でリトは押し負けそうになっていた。

 

 時間はある程度、遡る。

 

 いつもどおり登校したリトは教室について早々、友人の猿山の熱のこもった言葉を聞かされる事になった。

 曰く、昨日の夜に空を飛ぶ美少女にあったらしい。

 夢でも見ていたのだろうと結論付けたリトは話半分に聞く事に徹し、その場の時間をしのぐ事にした。

 猿山はその場の思いに任せてラブレターまで書いたのだと見せびらかす。

 

「いや、名前も知らないのにどうやって渡すんだよ」

「それなんだよなぁ…いやでも地上から言葉を投げかけるより遥かに想いは届くと思わねーか!?」

「いや、だからどうやって渡すんだよ…」

 

 そんなこんなで時間が過ぎ、休み時間。

 まさか、友人の夢だと思っていた空を飛ぶ美少女が昨日知り合った相手だと思っていなかったリトは盛大に噴き出す。

 何気なく窓の外を見ていると、ふわふわと空を飛びながら学校の方へ接近してくるララを見かけた瞬間だった。

 気のせい気のせいと暗示をかけるように目を逸らすリト。

 しかし、無常にも彼女はすぐ傍までやってきてリトの教室の窓を叩いた。

 コン、コンと叩く音にその場の全員が注目する。

 コスプレかと思うほどに奇抜な姿でありながら誰もが魅入ってしまうほどに整った美少女が窓をノックしている事実に周囲がざわめいた。

 

「ねーリト~、あけて~」

「何やってんだララァ!?」

 

 こうなってしまっては仕方ないと窓を開けるリト。

 好奇心や奇異なものを見るような視線を背中に浴びながら目の前の厄介事に集中する。

 

「いや~実はお願いがあったんだけどね、昨日は言えなかったから」

「そんなん帰ってからでいいだろ!?」

「だって起きたらリトいないんだもん」

 

 どこからどう聞いても下世話な内容を彷彿とさせる会話に周囲の反応は大きくなっていく。

 次第に耐えられなくなったリトはそのままララを引っ張り出して廊下へと出て行くことを決めた。

 しかし、全くの逆効果。

 ララの見た目に吸い寄せられるように、廊下では更なる視線を集める結果となるだけでこれでは何の意味も無かった。

 とにかくララを帰らせようと外を目指すリト。

 持ち前の運動能力で、息を切らしながらなんとか人目のつかないところまでララを連れて来る事に成功したものの、ここで思わぬ壁に阻まれる。

 引っ張っていたはずのララが突然止まった。

 ぐいっと引っ張ってもララは微動だにしない。

 

「ね、リト。私と結婚してくれない?」

「は、ハァ!? 何言ってんだよっ、お前、ぜぇ、そういうの嫌だったから、家出、したんだろうがっ」

「うん、でもこのままじゃずっと追われちゃうじゃない? だからリトとそうなっちゃえばいいじゃん♪って思ったんだけど」

「おまっ俺を口実にする気か!?」

 

 酸欠気味になりながらも彼女の考えている事に察しが着いたリト。

 つまり、自分に形だけの恋人になってなんとかその場をやり過ごそうと言う魂胆だった。

 何で自分がそこまでと思いながらもリトは目の前の少女を動かす事ができない。

 

(ちょ、何でコイツ動かないんだ!?)

「良いって言ってくれるまで帰んないよ? ね、お願い?」

 

 いつまでもここでこうしているわけにもいかない。

 最悪、承諾してもフリで済むなら何とかなる。

 そう思ったからこそ、この場を乗り切る為にリトは仕方なしに了承した。

 

 して、しまった。

 

 彼女がどれだけのトラブルを持ち運んできた運命の少女であるかも知らずに、リトは彼女の我が侭を聞き入れてしまう。

 もしも、とある運命のとおりに黒服たちが彼の部屋に攻め入って来て、それをとんでもない発明品で撃退する事実があったなら。

 もしも彼がどこかの運命のとおりにクラスメイトの少女を好きでい続けたなら。

 ここまであっさりと地雷を踏み抜く事はなかったのかも知れない。

 着々と、歯車は歪んだ音を鳴らしながらも再生を始めていく。


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