『妹の位置』
どうしてこうなっちゃったんだろう。
自分なりに努力はしたつもりだし、それなりの成果はあったと思っていた。
でもそうじゃなかった。
私のやってきた事は無意味に終わって、結果は散々…考えた中でも一番イヤな結末を迎えてしまった。
まぁ、それでも当人達は満足なのかもしれない。皆が幸せだと言うのなら、幸せになれるっていうなら私には関係ない……はず、なんだと思う。
でも今に至っては全然普通なんかじゃない。だったら、少しくらい勝手にしても問題ないよね?
そもそも、約束を破ったのはそっちなんだし。
今まで大目に見てきたけど、私にだって意思はある。
だからこれは悩みを抱えた女のコからのちょっとばかりの仕返しって事で。
「勘弁してよね? モモさん」
――――――
例えばのお話である。
この世界にはいくつもの『過程』と『可能性』の欠片が無数に存在していて、その結びつきによって生まれる、たくさんの世界が存在したならどうだろう。
今日一日、家でゴロゴロしている自分がいる世界。
家族と一緒に買い物に出かけている自分がいる世界。
そんな無数の可能性のひとつひとつが存在していたなら……間違いなく、今の世界はどんな可能性の中でも間違いに間違いを重ねた、間違いだらけの世界だ。
それだから、あのバカ兄貴が宇宙規模を治める星の次期王様なんて肩書きを持ってしまうなんて事になった。
そんなだから、知らない間にいろんな女の人と仲良くなっちゃってて、しかも全員と恋仲になるなんてありえない事になった。
それなのに。
そんなあり得ない環境だってのに、本人達は不満なんてないみたいに仲良く過ごしている。
たった一人、私だけを除いて。
◆
さて、現在全宇宙を統治しているデビルーク星の王に後継者が現れたらしい。
優れた容姿を持つデビルーク星の王妃の血を受け継ぐ三人の王女達。
その一人である第一王女、ララ・サタリン・デビルークが数多の婚約者候補の中から遂に一人を選び、婚約を果たしたのだとか。
このニュースは当然ながら全宇宙に波紋を生む。
相手は何処の星の人だろう?
一体どんな男なのだ?
どれだけ優れた人物なのか?
まさに一光年先でさえ、一瞬で伝わる勢いで時の人となった当の後継者はといえば…至って平凡な人物であった。
その人は全宇宙の生物達から見ても劣っているとしかいえない程に普通。
偶々彼を知る事になった、それなりの地位に立つ人物達からも疑問や侮蔑といった念を抱かずには入られない程度の価値しかないのも、残念ながら事実である。
そんな中で、彼をそれなりに知る事になった人物から違った方向性で彼の噂は多方面へ知れ渡っていく事になっていく。
次期国王様ですか? ええ、よく知ってますよ。とても人柄の良いお方です。
優れた箇所ですか、そうですねぇ、周りを惹きつける魅力を持っている…ですかね。
確かに能力や容姿は広い目で見ても平凡か、それ以下と言って良いかもしれません。
しかし、それだけで計れないのがデビルークの王女が選び抜いた器…とでも言うのでしょうかな。
ただ能力が優れている。見目が良い。それだけでは数多の候補者からもっと上がいるでしょう。
ですが、誰よりも真っ直ぐに恋愛と言う面で王女様を見てこられた方はいなかったのでしょう。
あれだけお美しい王女様が、次期国王様と連れ添いながら仲睦まじく寄り添われているだけで、まるで現王妃様にも劣らない輝きを出しているのですから。
確かに王の座はあの方には重荷になるかもしれませんが、王とは強さだけでどうにかなるものでは無いと私は思ってます。
長い歴史から見ても王とは武力で優れた者のみが立つというわけではありませんからね。
苦難や壁も多々あるでしょうが、彼は一人ではありません。
お互いが支えあい、きっと素晴らしい王様になられると信じています。
それに、支えてくれる方は大勢居られるみたいですしね。
人の評価は、誰かの言葉一つで二転三転するとはよく言ったもので。
このようにして"結城リト"という男は宇宙に名を広めていった。
◆
まぁ聞いた話だと、なんとかアイツもやっていけているらしい。
流石に批判ばかりだとかわいそうだとか、そんなレベルの話以上にいろいろ考えないといけない事が山積みになっちゃうしね。
ぶっちゃけて言うと、王族問題というのは物騒な話もあるという事だ。
リトの存在に賛否はあるみたいだけど、今の所そんな話が無いのはある意味奇跡なのかもしれない。
で、そんなこんなで高校を無事卒業。
紆余曲折の末にララさんと婚約してハッピーエンド~……だったらどんなに良かった事か。
事の発端を作り出したのはそのララさんの妹に当たる人物で、名前はモモ・ベリア・デビルーク。
つまり、モモさんさえ余計な事をしなければ私だって素直に祝福できたのに。
大胆にもバカ兄貴に迫りまくって、一緒に寝たり、おフロに侵入したり。
何を考えているのかと当時の私もムキになって大胆な行動に出たりもした。
あの時はモモさんの行動をどうにか止めてやりたくって、それで満足していただけだった気がする。
今になって考えたら、あの時の私はいろいろ知らなさ過ぎた。
全てわかってたら、こんな事にはならなかったハズなのに。
あのリトがハーレムなんてバカげた事を本気で創っちゃうなんて。
今でもそんなの信じられない。
信じたくなかった。
――――――
けたたましく響く電子音に私は覚醒する。
日常の始まりを告げる目覚まし時計を一発で止めて、すぐさまパジャマを脱ぎ、私服へと着替えた。
昔から変わらずにリトに朝ごはんを作るのは私の役割。
例え婚約しようと、恋人がいっぱい居ても、それだけは譲りたくない。
今日は誰が来る日だったかと、思考しながら支度に取り掛かるのが最近の日課になっていた。
リトに合わせた結城家の味も大事だけど、せっかくだから他所の家の好みの味付けとかもちょっと前までは純粋な好奇心で練習したりしたっけ。
それも今では、ただの作業になっているんだけど。
朝が終われば昼が来る。
お昼はとりあえず掃除やら家事全般の延長で時間がつぶれる。
結局、私は中学校を卒業した後は就職も進学もしなかった。
だってこれ以上リトとの間に溝が出来るのがイヤだったから。
だからリトが婚約すると言った次の年から、私とリトは地球と別の星を行ったり来たりするようになった。
ララさんと婚約するという事はララさんの星の次期王様になると言う事。
つまりはその為の勉強だったり訓練だったりをする事になる。
私は、なるだけリトの近くにいられるようにした。
妹というよりはまるで侍女とかメイドさんとかに近い役割かもしれないけど、生活するのに一生困る事はなさそうだったし、何よりリトの支えになれるならとその時の私は決意したんだっけ。
その少し後になって、モモさんのハーレム計画を知らされた。
見覚えのある人たちが続々と家に入ってくる。
混乱している私を余所に、リトやララさん達は至って普通にしていた。
え、何これ? みんな知ってたの?
私
「私って、リトにとってそれだけの存在だったの…?」
その日から、私の中でリトは『バカ兄貴』になった。
――――――
モモさんはずっと前から外堀を埋めていたらしい。
リトにとっての楽園を作るため。
リトに少しでも女の人に慣れてもらうため。
そして何より自分がリトに可愛がってもらうため。
それだけの為にあの人は中身も根本も環境も全部ひっくり返してしまった。
何で気付かなかったのか。
何で止められなかったのか。
全てはモモさんの手の中だった。
ある日、モモさんが珍しくお酒みたいなのを飲んで、少しほろ酔い気分になっている時に聞き出した事がある。
リトは最後の方までハーレムには抵抗があったらしい。
それが解かっていたから、リトさんの逃げ道を無くしたのですよ~、と。
答えを聞いて私は呆然と言葉を失った。
端的に言うと、『リトの前でララさんと春菜さんを含めた複数の女性に同時に告白させる』なんて荒業である。
自分を想ってくれているララさんと、自分の想い人である春菜さん。
そんな二人に告白されてリトはどう答えるか。勿論ハーレムを肯定させる言葉を添えた上で…それが更に複数である。
果たして優しいだけが取り得のリトが、こんな場面で一人を選ぶ事が出来るだろうか。
全員が一緒で良いと言っている状況で一人だけを選ぶ勇気は…きっとない。
そもそも必要だってないし、ここまで来たらむやみやたらに誰かを傷つかせる理由も無い。
愚直なまでに素直で、正直者なあの優しいバカ兄貴はもはや退路を断たれたんだって、私は知った。
そこまでを作るのに一体どれだけの時間があったんだろう。
それだけを完成させるまでどれだけ努力したんだろう。
どうしてそれだけの間に気付けなかったんだろう。
翌朝になっても、私は部屋を出る気にならなかった。
――――――
一日の半分が終われば長い一日が始まる。
夜が嫌いになったのはきっと、最近だと思う。
それはリトの部屋に毎日別の女の人が訪れる時間。
ララさんは今はまだ一応婚約者。それでいて唯一、絶対結婚しなければならない人だからその頻度は多かった。
そもそもこのハーレムだって世間的に見ても異常なんだもん。
だから、その下地としてリトにはララさんと結婚して王族になるのが絶対条件。
それまでに厄介ごとを造ってしまうのは計画のご破算に繋がってしまう。
でも複数の女性と繋がりを持つのは簡単な事じゃないみたい。
だって当然、それなりの時間と労力を裂いて、きちんとその人たちの相手を務めないといけないんだから。
さて、と…今日の相手は誰だったかな。
薄っすらと思考すると胸の中でモヤモヤと仄暗い何かが湧いてくるような気がした。
誰にも言った事はないけど、モモさんや一部の人には知られているこの想い。
それをリトが知らないのは、私にとって気が楽だった。
まだ幼い時、地球にいた頃はたくさん告白された。
同級生を筆頭に先輩からも告白されたりもしたけど、結局一度も誰かと付き合ったことは無い。
理由は特に無かった。
当時の私は少なくともそう思っていたんだと思う。
気付いたのはきっと最近で、それがどうしようも無くいけない事で。
だから本能的に気付かないフリをしていただけだった事に気付いてしまった。
私にとっての幸せは何だろう。
今の幸せは、偶に訪れるリトと一緒に夜の時間を過ごす事だけ。
なんか私もリトのハーレムの一員として数えられているらしく、だから私の番が回ってくる日がある。
そんな日は疲れきったリトに膝枕をしてあげたり、愚痴を聞いてあげたりする。
なんだかんだ言っても、結局リトは負担を背負っているみたい。
次期王様への不安や、慕ってくれる人達への不安。
その全てを私には打ち明けてくれる。
それがたまらなく嬉しくて、心地よかった。
どんなに取り繕っても、本音では私の所が一番リトが安心して素顔を晒しているのが感じて取れる唯一の時間。
だから私はそれでいい。
リトが最後に帰り着く場所でさえあれば…私はそれでもいいかって、思ってしまう。
ただ、それだけの時間。
私は。
私だけは特別。
私
昔からその気はあった。
普通の兄妹よりもお兄ちゃんの事を大好きで、普通よりもお兄ちゃんを独り占めしたくて。
あぁ、コレって全然普通じゃないんだって気付いた。
こんなの良くないって思った。だからリトが誰かと結ばれたらその人も好きになろうって決めた。
そうすればきっと普通に耐えられるから。
本能的にそうしてたハズだったのに、私のタガは外されてしまった。
リトが普通に恋愛して、普通に結ばれて、普通に生きてくれればそれだけで祝福できたのに。
リトは普通を選んではくれなかった。
たくさんの女の人と結ばれて、皆を幸せにするなんて普通じゃない事を選んだ。
だったらなんで、私は愛してはくれないんだろう。
わかってる。そんなのわかってる。
私は妹で。リトはお兄ちゃんで。
そんなの全然普通じゃない。
だから、わかってる。そんなのはイケナイ事なんだって。
けれどリトから優しくされている人たちを見ていると、私のキモチは妹としての特別だけじゃ満足できなくなってしまった。
どんどん私だけの特別が消えていくことに、私の余裕は昔みたいにまた消えてしまう。
リトは変わって、私も変わって……きっとその時から私たちはもう普通の兄妹じゃなくなっちゃんたんだと思う。
じゃあ、なんで普通じゃないのに私はダメなの?
普通じゃない道を選んだくせに、私だけはリトに選ばれない。
私はいつまでも特別で、私だけの特別な時間はいつの間にかどんどん皆に分けられていった。
それってやっぱり悔しいよ。
私だって、リトに抱きしめられたい。
前は理性で拒否しちゃったけどキスだって出来たらしたい。
まだ二人とも幼くて小さかった頃にやった様なのじゃない…あの頃よりも何歩も先に進んだ関係のだってやってみたい。
でも理解すればする程、成長すればする程にその理想は遠くなっていく。
こんなのって理不尽だし、ずるいと思う。
皆が幸せになるのがモモさんの言うハーレムなんじゃなかったの?
ずるい。ずるい。ずるい。
「あぁ、私って嫌な人だ」
一途で純粋なララさんを憎んだ。
あの人は、どうしてもっと嫌な人になれなかったんだろう。
リトに想われている春菜さんを羨ましいと妬んだ。
リトからも好かれていて、せっかく両想いだったのにどうして早く行動しなかったんだって。
大好きな親友のヤミさんを怨んだ。
あれだけターゲットとか言ってたのに、結局私よりもリトと深く繋がる事が出来るんだから。
みんな、みんな、凄く良い人ばっかりだ。
私だけがこんなに嫌な人間だ。
それが苦しい。それが辛い。
私だけ。私だけ。私だけ。
もういっそ、こんな私なんて…
「いなくなっちゃえ」
――――――
気付くとそこは見覚えのある風景だった。
ずっと暮らしていた、思い出の詰まった場所。
引っ越してからは忘れかけていた、ほんの少し懐かしい。
「あ、れ…? ここ…私の部屋!?」
世界は広い。宇宙人だっているくらいだ。
だから世界がたくさんあっても不思議じゃないし、気付いたらタイムスリップしていたなんて事があってもそれは宇宙的には、きっとままある程度の範疇だとしてもおかしくないのかも知れない。