オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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二話

 漆黒の剣の自己紹介が終わり、アインズが三人を代表して名乗る。

 

「こちらがナーベ、この子はバァル。そして私がモモンです。よろしくお願いします」

 

 互いに頭を下げあった漆黒の剣とアインズらだが、鎧に身を固めたアインズやいかにも戦士らしい佇まいのナーベラルと比べ、子供くさく緩い雰囲気のアッバルはやはり見劣りしてしまう。漆黒の剣メンバーの視線がアッバルに集まっていることに気づき、アインズは「ああ」とを上げて手をポンと叩いた。

 

「バァルは我々専属の錬金術師です。ポーションの作成などで私やナーベの支援をしてくれているのですよ。少々事情がありまして口が利けませんし仮面を外すことが出来ませんが、心優しくて良い子です」

 

 錬金術について詳しくない漆黒の剣らはなるほどと頷く。実はこの時、アインズの思惑から外れたところで、漆黒の剣がアインズらに対して下していた評価が急上昇していた。彼らは錬金術師の仕事について詳しいことを知るわけではないが、錬金術師がパーティーに入ることなど今までに聞いたことがなかった。この街には錬金術師が多いが、その誰も旅などしないし冒険者になってもいない。引き込もって研究することを良しとしている錬金術師がついて行きたいと思うほどの何かをアインズ――モモンが持っているのだろう。共にモンスターを倒すうちにその何かを知ることができるのではないだろうか、と。

 

「そうですか。仕事中に怪我などしたときポーションをお願いしても宜しいでしょうか?」

「仲間ですからね、喜んでお渡ししますよ」

 

 頷いただけのアッバルに代わりアインズが口を開く。ポーションの大盤振る舞いとはなんとも豪華なことだが、もちろん理由はある。アインズらの有能さを外に示すためだ。なにしろナザリックでは一山いくらであった下級治癒薬でさえここでは金貨八枚の価値があるのだ、それを簡単に生成するアッバルの能力と人へそれを譲ることを惜しまないアインズの懐の深さと強さ……悪評は一瞬で広まるが良い評価は堅実に積み上げねばならないもの、使えるものは使うべきだ。

 

 下級治癒薬(なかばゴミ)の価値が分かったのは盗聴の成果だ。実は昨日、陰ながら彼らを警護するナザリックのNPC・エイトエッジアサシンに命じ、ポーションを譲った相手を一時的ながら拘束していたのだ。彼女の口にした「ひとまず」とはどういうことなのか知るために。

 アインズにとって、先のポーション錬成は御披露目であった。叡智と慈悲を示すと同時に、どうだ、うちの子は凄いだろうと触れ回りたかったのだ。保護者の言うことをよく聞き素直で優しく頭も良い……アッバルが聞けば「それは誰のことですか」と真顔で聞き返すような完璧な子供像を、アインズ以下ナザリックNPC陣はアッバルに幻視していた。全く間違いというわけでもないのが曲者で、(そこらの生意気な小学生とは違って)保護者の言うことをよく聞き(小学生よりは物事の道理を知っているため)素直で(自分の損にならない・利益になると判断した相手には)優しく(小中学生よりも)頭が良い――間違ったことは一つも言っていないのだ、ただ比較対象のレベルが低すぎるだけで。そんな良い子が作った一山いくらの下級治癒薬(なつやすみのこうさく)を「それでいい」と言わんばかりの扱いである。アインズとナーベラルは「うちの子を馬鹿にするな」と憤った。当のその子が「あんた達こそ私を馬鹿にしてませんかね!?」と嘆いていることも知らず。

 

 女曰く、通常のポーションは青い色をしており、ポーションの効果は怪我が治る速度を補助したりする程度のものらしい。彼女は宿屋の主人に紹介されてこの街エ・ランテル一番の薬師たるリィジー・バレアレにアインズの渡した治癒薬を鑑定してもらおうと宿を出た……ところでエイトエッジアサシンの網に引っ掛かったらしい。もちろん記憶を操作して解放し、その後のリィジー・バレアレとの会話もばっちり盗聴した。そのうちバレアレ側から接触してくるようだが、それまでに冒険者らしい仕事を一つ二つこなしておこうと依頼を見に来た結果、今に至る。

 それまでは冒険者とはどういうものなのか学ぶため、この漆黒の剣を観察させてもらおう。

 

 

 アッバルは利かない視界の中、アインズらの会話を黙って聞いていた。もしアッバルが本音を言えたなら「ナチュラルに私をsageるのは止めてくれません!?」と叫んでいただろう。彼女はこれでも二十歳、まだ社会に出てはいないが、自分のことを一人の大人だと思っている。その大人を指して「この子は」やら「良い子です」やら、アッバルの自尊心は悪意のない刃に刻まれてキャベツの千切りより傷付いた。中高生へ対し「お客さんにちゃんと挨拶できるなんて偉いね!」と真剣に褒めてみれば分かるだろうが、普通なら縁を切られ家を出て行かれてもおかしくない。

 だが、この子供扱いというものは欠点ばかりではない。「子供だから仕方ない」「子供だから教えてやろう」といった緩い基準で言動を判断してもらえるという利点があるのだ。このように長短あるせいで、反発する気持ちと安心する気持ちが混ざり合い、アッバルはなんとも表現しがたい気持ちになっている。

 

 とはいえ、アインズが相手であれば、言えば子供扱いを止めてくれるだろう。悔しいと思っていること、しかしありがたいと思っていることを伝えれば、きっとアインズも理解してくれるはずだ。アッバルはアインズが狭量な人間ではないことを知っている。仲間に対して懐の広い性格であることも、他者を嫌な気持ちにさせないようにと気遣っていることも知っている。だが、アッバルはきっとこれを口に出すことはない。アインズはナザリックの主だからだ。アッバルはナザリックなくして生きていくことができない弱い個体だ。アインズの心一つで生死が決まる弱い立場だ。今の人間関係にヒビを入れることで、将来の死が決まってしまったら? 人間関係というものは積み重ねであり、現状を維持する努力なくしてはすぐに風化したり、思い出にされたり、恨まれたりもする。アッバルは考えた。アインズとの関係にヒビが入り、NPCらに邪魔だ・面倒だと思われて殺されるよりは、子供扱いされ続ける方がましじゃないか、と。それに子供扱いされることの利益だって捨てがたいではないか。アッバルは知っているのだ、変に期待され過ぎるとアインズの現状のようになる、と。

 だからアッバルは我慢する――石橋を叩いても渡らない性格がゆえに、暴走すると危険だとは自覚しながらも。

 

 話題はいつの間にか漆黒の剣の仕事……モンスターの駆除に移っていた。小鬼やら狼やらは美味しいのだろうか? アッバルはまだ守護者やメイドなどのアッバルよりも格上のNPCにしか会ったことがないが、格下のモンスターは美味しそうに思えるのだろうか。そしてその肉がどんな味なのかも気になる。とはいえ、どうせモンスターを倒すのはアッバルではなくアインズやナーベラルであろうし、漆黒の剣メンバーが共にいるためにバジリスクの体に戻るわけにもいかない。自然を見て回ることなどできるはずがないし、モンスターを食べるわけにもいかないだろう。つまり、アッバルがアインズについて来た意味は全くない。

 目か口のどちらか一つでもあれば楽しめたものを――そう考えたところで、種族進化時に容姿を弄れることを思い出した。美術の成績が先生の温情で水増しされてもアヒルの連続であったアッバルだ、容姿の設定に自信などない。だがアルベドら守護者ならばどうだろう? 彼女らならば素晴らしい顔を作ってくれそうではないか、鏡でいつも美しい自らの顔を見ているのだから。

 だが、一つ問題がある。どうすれば進化できるのか分からないという問題だ。ユグラドシルならばボタン一つで進化できたが、ここではタップすべきボタンがない。アッバル(人型)は明日も真っ暗だ。

 

「黙れ、下等生物(ナメクジ)。身の程をわきまえてから声をかけなさい。舌を引き抜きますよ?」

 

 突如始まった告白劇のせいで隣から溢れ出た冷気にアッバルは身をすくませる。種族として、その他色々な面でプレアデスに劣るアッバルにとってナーベラルは恐怖の対象である。アインズの方がより怖いのだが、だからといってナーベラルが平気というわけではない。どちらも怖いのだ。……彼女曰くのナメクジ(にんげん)が主食のアッバルをナーベラルはどのような存在だと思っているのだろう。怖くて聞けない。

 そして、さあ移動するぞと言われて立ち上がれば、自然にアインズと手を繋ぐよう促された。そして逆の手がナーベラルと繋がれる。連行される宇宙人の写真をアッバルは思い出した。もしくは仲良し親子の図であろうか。とても微笑ましい光景である、アッバルがもっと小さい子供であれば。何が悲しくて自分と似たような身長の女に姫抱きされたり、おてて繋いで幸せ家族の図を作らなければならないのか。餓鬼ではないのだ、餓鬼では。漆黒の剣から生暖かい視線を送られていることに気付き、アッバルは顔がないゆえ心で泣いた。

 

 指名依頼が予想より早くきたり、アインズ(パパ)ナーベラル(ママ)にチョップを入れたり、先ほどまでいたはずの個室にまた戻ったり……アッバルは凧のように右へ左へ移される。こんな目に遭うくらいならカルネ村で騒がしい餓鬼共の世話を見ていた方が何倍もましだったろう、なにせ口が利けないため発言権がなく、目がないため彼らの顔を覚えることも出来ず、ただひたすら椅子に座って子供扱いをされ(ようじプレイさせられ)続けるのだ。また、耐えるべきは恥ずかしさだけではない、アッバルの食欲を誘う(ひと)の匂いにもだ。想像してみてほしい。出来立てで湯気がもうもうとし、胃の腑が絞られるような魅惑の香りを放つ豚の角煮丼……を前にして、箸を持つことも許されないという状況を。もし先日食い溜めをしていなければ、この冒険者組合の建物内はバジリスクによる人間の踊り食い大会で阿鼻叫喚の騒ぎになっていただろうことは間違いない。そしてそのうち討伐されてデッドエンド。誰もが悲しむ結末である。

 

「あの、アインズさん。こんなに若くして一人前の錬金術師として働いているなんて、バァルさんもタレントをお持ちなんですか?」

 

 口が利けないとアインズが説明したため、ンフィーレアはアインズに質問を投げかける。顔が仮面で覆われているせいで年齢の分り辛いアッバルだが、漆黒の剣やンフィーレアはアッバルをまだ十代半ばかそこらの少女と判断していた。目も見えないとアインズが説明したため、彼女の手を引くのは年齢に関わらず必要なことであろうが、ごく自然にアインズとナーベラルは彼女のことを子供扱いしていた。

 身長と言うのはままならないもので、1.8メートル級の十七歳もおれば1.4メートル級の永遠の十七歳もいる。……つまり、ンフィーレアらがアッバルを背の高い子供なのだと判断したのも仕方がない話だった。

 

「いや、タレントを持っていませんよ。この子自身が努力を続けた結果です」

「へえ、凄い……」

 

 アッバルを褒められて鼻の高いアインズを他所に、ンフィーレアはアッバルの狐面をじっと見詰める。雑に切られた前髪の下、目付きは気狂いのそれに似ている。長期の餓えの末に獲物を手にした獣か、それとも自らの芯となるものを全て神に捧げた狂信者か――。数百年、やもすれば千年を超える時の間、薬師らや錬金術師らは神の血を求めてきた。その蓄積された狂気がンフィーレアにリィジーに澱のごとく溜まっている。知識を! 技術を! 時に磨かれた叡智を! その身に秘めた少女。智恵を求める獣は涎をしとしとと垂らし、か弱い少女を狙う。

 そのか弱さが擬態と知るのは、はたして。




 上記の中高校生を相手に~というのは兄と私の間で起きた実話です。当時、兄との縁を切ってしまおうかと思いました。それほどの屈辱ですから、アッバルの我慢もそのうちプッツンすることでしょう。男と一緒に家をd……ゴホゴホ。

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