仮面少年★クウガ   作:快傑あかマント

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 この作品には、「ARMS」(原作・皆川亮二)をオマージュした場面があります。作品への敬意を込めて。


2:忍び寄る蜘蛛★黒い凶獣

 無数の黒い触手が、《怪人》の足元のアスファルトを砕き飛び出し、その身体を締め上げる。

まどかの首を絞めていた右腕にも二本、三本、と絡み着き、その握力を奪う。

《怪人》の手から まどかが解放された瞬間、落下する彼女の身体を、やはり黒い触手が受け止めた。

 

『さっさと立てよ! 女に惚れられるチャァンスだぜ? 中学生♪ くははは!!』

 

「か、鹿目さん!」

 

 中沢は、目の前に現れた物に驚きつつも、触手からひったくるようにまどかを受け取った。

 

『しばらく食い止めてやっから、とっとと逃げな!!』

 

 アスファルトを突き破り、背中から触手を生やし、巨大な尾を持った奇妙な黒い小動物が姿を現した。猫のようにも、兎のようにも見えるが、そのどちらでもない。

 

 小動物は、青い瞳を獰猛に光らせ、皮肉気に歪めた口から牙をむき出しにして叫ぶ。

 

『無抵抗な雌ガキ一匹殺るだけより、楽しめるぜぇ! 俺はぁ!! えぇ兄弟!? くははは!』

 

 身体中の毛を逆立て、頭上の《怪人》を締め上げて小動物は狂ったように笑った。

 

「鹿目さん、大丈夫!? 走れる!?」

 

 中沢は、呼吸と正気を取戻し、咳き込むまどかを気遣いながらも、一刻も早くこの場から離れるべく、彼女を抱き上げるように立たせた。

 

「う、うん……。何とか……、大丈夫……」

 

「ごめん! でも今は逃げないと!!」

 

中沢はまどかに肩を貸し、できる限りの速さで逃げ出した。

 

『よぅし……、こっから先は大人の時間だぜぇ! 兄弟!!』

 

 小動物は、二人が走り去るのを見るや、《怪人》を手近な街灯に頭から叩き付けた。

 火花を飛ばしながら、街灯が爆ぜた。それと同時に小動物の触手がちぎれた。もちろん火花で焼き切れたわけではない。

 触手から解放され、驚異的な体捌きで着地し、体制を立て直した《怪人》の手に何時の間にか握られた鈍色の爪が小動物の血液で、不気味に光る。

 

『やった! カッコイイー♪ そう来なきゃなー! ようし!! 殺せぇ、殺してみろぉ!! くははは!!』

 

 小動物は歓声を上げ、身体中から生えた触手の数を増やした。そして、無数の触手が豪雨の如く『怪人』めがけ降り注いだ。

 《怪人》は凶器の雨を物ともせず、駆ける。駆ける!

 電光石火の反射神経と身体能力で、触手を切り飛ばし、躱し、小動物との間合いを一瞬で潰した。

 

『やるじゃねえか! 兄弟! くははガハァ!!』

 

《怪人》の爪が距離を取ろうと、飛び退いた小動物の胴体を横に両断した。

 

『……なぁんてなぁ! くはは♪ 悪りぃんだけどよお、兄弟! しばらくここらに埋まっててくんねぇか?』

 

 胴体を二つに切り離されたにも関わらず、小動物はせせら笑いを浮かべた。

 

 切り離された小動物の下半身は一瞬で崩れ、大量の触手に変化し素早い動きで再び《怪人》を二重三重……幾重にも拘束する。

 

 怪人は拘束を引き千切らんともがくが、触手にはならず元の形を保っていた小動物の大きな尾が、槍の様にアスファルトへと突き刺さった。

 

 その次の瞬間、尾は削岩機のごとく高速回転しアスファルトを砕き、刹那の内に地中へと姿を消した。

当然、怪人もまた尾に引きずられる形で、アスファルトの破片に埋まっていった。

 

『地底世界へ、ごぉあんなーい! ってかぁ? くははは。さぁて……あのガキども何処行った? あの野郎、トロそうな奴だったからな、その辺にハマってねえだろうな? くははは!』

 

 小動物はせせら笑いを浮かべ、残された前足と、側頭部から垂れ下がる大きな耳のような器官を器用に使い

歩き出した。

 

 

 

一方、まどかと中沢は廃ビルの中に身を隠していた。あちこちの道が白い壁で塞がれており、中沢一人なら、いざ知らず、まどかを連れた状態では隠れるしか道はなかった。

 

二人が入ってきたドアは、壊れたベットやテレビをバリケードにして塞いでいた。

 

まどかは、廃タイヤに腰を下ろし、落ち着かない様子で携帯電話を操作しているのだが……。

 

「……やっぱり、ダメみたい……。どこかでブツけちゃったのかな……? 壊れちゃった。中沢君のは……?」

 

「ごめん。オレ、ケータイ持ってなくてさ……。ジイちゃん、バアちゃんは『もしもの時のために持っておけ!』って言ってたんだけどね。でも……オレ、学費だけでも迷惑かけてるからさぁ。」

 

と話しながら、中沢はナップザックの中身を広げ、ハサミやテープでなにかを作っている。

 

「失敗した。やっぱ年長者の言う事は聞かなきゃだね……この辺交番も公衆電話もないからなぁ……。アナログ人間にはツライ世の中だよね? そういえば鹿目さん、カバン置いて来ちゃったね……? 逃げ切ったら、オレとってくるよ。愛車のついでにさ! あ、それよりケータイのが問題かな?でも、今時のケータイのデータ復旧ってスゴイらしくて、かなり戻るらしいよ」

 

 中沢は苦笑いしたり、眉を寄せたり、と饒舌に話ながらも、手を止めず何かを作り続けている。

 

「中沢くんはスゴイね……」

 

「んん? ナニが?」

 

 唐突に、まどかが呟く。

しかし、中沢は訳が解らず首を傾げる事しかできない。

 

「えと、その……ほら、すっごく落ち着いてるって言うか?」

 

「そう……かな? 多分だけど、驚き過ぎてバカになってるだけじゃないかなぁ?一周して?」

 

 首をひねりながら少しおどけた調子で、まどかに笑いかける中沢。

 

「一周って……? なるほど、そっか。えへへ」

 

「うん。まぁ多分だけどね。ハハハ」

 

 血の気を失い表情の抜け落ちていた まどかの顔に少しだけ笑顔が戻った。

 

「ところで中沢くん、さっきから何を作っているの?」

 

 まどかは中沢との会話で緊張がほぐれたのか、彼の手元を覗き込む様にして尋ねた。

 

「何って……弓だけど。弓矢だよ。ほら」

 

 ボロ自転車のタイヤの枠やチューブなどでデッチ上げられた弓と矢を、中沢は少しばかり自慢気に、まどかに掲げて見せる。

 

「ホントは、こんなの遊び以外で使わない方がイイんだろうけどさ、無いよりはイイと思ってさ……」

 

 中沢の笑顔が一瞬くもるが、それを振り払う様に努めて明るい調子で彼は続ける。

 

「それよりどうかな? 上手いモンでしょ? オレ中学に入るまでこんな物ばかり作って遊んでたんだよね。木の上に基地造ったり、枝から木刀削り出したりしてさ! 石槍作った時なんか家の壁に穴開けちゃって、ジイちゃんのゲンコツ食らった時は、石槍は家の中で振り回す物じゃないなって、学習したよ!」

 

 中沢の無邪気な笑顔に、まどかは苦笑いで答えた。

 

「ごめん。バカ過ぎてつまらないかな? ハハハ。」

 

「えっ? ちがうよ! そんな事思ってないよ!」

 

 照れたように頭を掻き、謝る中沢を、まどかは慌ててフォローした。

 

「ハハハ、イイって。バカなのは本当だしね。それより、鹿目さんはオレが家まで送るからさ。約束する。バカでも約束は守るよ!」

 

「うん……」

 

 中沢は、笑顔とサムズアップをまどかに送り、まどかも笑顔で頷き、それに答えた。

 

「ところで……、中沢くんは、……えと……あの“怪獣”? あれ何だと思う? どうしてわたしを……」

 

 すこし晴れかけたまどかの顔に再び影が差す。

 

「多分だけど……、アレ《グロンギ》なんじゃないかな?」

 

「ぐろ……? なに?」

 

中沢は推測を口にするが、まどかには聞きなれない単語であったらしく首を傾げた。

 

「《グロンギ》だよ。それとも《未確認生命体》って言った方が分りやすいかな? ほら、年末の特別番組とかで観た事ない?]

 

「なんとなく……。パパとママは、そういうの観ないようにしてるみたいだし、ワタシもあんまり……」

 

「そっか、そうだよね……」

 

 中沢の捕捉に、まどかは曖昧にだが頷き、中沢もどこか曖昧に納得し頷く。

 

「でも……えと、《4号》? って人が、皆やっつけたって……」

 

「うん。そうらしいね。きっと生き残りがいたんだ……」

 

『うーん、残念! 不正解だ。ハワイ旅行は無しだな、くはは!」

 

 突如、二人の間に第三者の声が響いた。

 

「だ、誰だ!」

 

 中沢は、まどかを後ろ手に庇い、弓に矢をつがえ声の方向に構えた。

 

『おぉ~ココかぁ? 化け物に正拳突きかました鉄砲玉の新居は~? イイ感じの部屋じゃねぇかぁ? 退廃的で埃っぽいし、陽当たりも悪そうだぁ。もろ俺好み♪ くははは!』

 

壁の亀裂から突如、黒い液体が染み出し、小動物の形を取ると、ケタケタと身体を揺すって笑った。

 

「あなたは……!?」

 

 闇が溶け出したような黒い毛並、側頭部から生えた大きな耳(?)、異様にギラついた青い瞳に、中沢は見覚えがあった。

 

『よう、さっきぶりだなぁ。それより、そんな素敵なモノ向けんなよ。迂闊にも好きになっちまいそうだぁ! くはは!』

 

「あっ! すみません!」

 

 小動物は、気さくに耳(?)を掲げて、中沢に笑い掛けた。

 

「な、中沢くん。この人(?)はいったい……?」

 

 まどかは、突然の闖入者に困惑した表情で中沢の制服の裾を控えめに引き、尋ねた。

 

「大丈夫。さっき、鹿目さんを助けてくれたのは、この人(?)なんだ。味方だよ!」

 

 中沢は笑顔で頷いたが、まどかが聞きたいのは、『洋画の吹き替えのように喋る不思議な生物』の正体であったのだが、ひとまず、それは置いておき、

 

「ありがとうございました。危ないトコロを……」

 

と、お礼を言う事にした。

 

『ぐうう! なんなんだ、その曇りのない瞳は!! 俺をそんな眼で見るんじゃねぇ、こんガキャア!!』

 

 小動物は、突然黒い顔を真っ赤にして、怒り出した。

 

「ひっ! ご、ごめんなさい!」

 

 まどかは思わず、謝ってしまった。

 

『はっ! 悪りぃ悪りぃ。怯えらるか気味悪がられるのが、「常」だった物でよ……。取り乱しちまったぜ。しっかし、お前らよぉ……、よく他人から、「お人良し」って言われんだろ……?』

 

 小動物は、呆れ顔で、耳(?)で頭を掻いた。

 

「え?、そう……ですね。どちらかと言えば……。」

 

「わたしも時々……。」

 

 小動物の言葉に二人は頷く。

中沢は、彼は何故そのような事がわかったのだろうか?人間にはない第六感のような物があるのかも……と思った。

 

ちょうどその時、中沢の後ろにいたまどかが、前に出て意を決したように、小動物に問いかけた。

 

「あの……えと……」

 

『ん? そうだな……『サンじゅうロ』とでも呼んでくれや。くはは!』

 

「さんじゅうろ……? サンじゅうロさん……ですね。わたしは鹿目まどかって言います。」

 

『“円か”の“要”……ねえ。良い名前じゃねえか。くはは!』

 

 サンじゅうロは自己紹介するまどかを見て、なにが可笑しいのか、「ぬたり……」と口の端を吊り上げた。

 

「あ、ありがとうございます? えと、あの……それで、サンじゅうロさんはあの“怪獣”が何なのかご存じなんですか?」

 

『まあ、それなりにはな……。奴らは、《使徒》《御使い》《ティアンスゥ》《アゲロス》《マラーク》、土地や時代によって、色々だな。まあ、好きなように呼べよ。』

 

 サンじゅうロは、まどかの質問に適当な調子で頷いた。

 

「それは、未確認生命体とは違うんですか?」

 

 中沢が口を挟んだ。

 

『“壊す者”ってくくりなら、違わねぇな。だが、グロンギ共が“狩られる側”とするなら、奴らは“狩る側”だな。なかなか見ものだぜ、あの連中の対戦カードはよ! くはは!』

 

 サンじゅうロは、面白い映画の話でもする調子で説明する。

 

「でも、グロンギなんて十四年も前に……。なんで今更?、そもそも、そのマラーク? がなんで鹿目さんを……?」

 

『死んだぜ、《4号》以外はな。それから、俺の言い方が悪かった。奴らが狙うのは、グロンギみたいな分りやすい化け物だけじゃねぇんだよ。』

 

 中沢の疑問に、サンじゅうロは冗談にでも応じるような調子で説明する。

 

『姉ちゃんみてえな“特殊な因子”を、持った人間も狩るんだよ。才能と言ってもイイかぁ? 殴り付けたのに、兄ちゃんの事はシカトだったろ?』

 

「……因子……? でも、なんでいきなり……?」

 

 中沢は捻っていた首を、さらに捻った。

 

『知らねぇよ。アミダかなにかで、テキトーに決めてんじゃねえのか? くははは♪』

 

 中沢の様子を見ていたサンじゅうロウは、面白そうに笑った。

 

『あるいは……。』

 

 サンじゅうロウは笑うのを止め、

 

『真っ先に狙わなきゃならねえ“何か”が、これから現れんのかもな……。』

 

 無表情な青い眼でまどかを見つめた。

 

 


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