「落ち着けっ!」
ロンデスは力の限り叫んだ。その叫びは部下の悲鳴を切り裂き、その場の時を止めたが如く、静寂をもたらした。不気味な静けさの中、間髪入れずに指示を出す。
「撤退だ!合図を出して馬と弓騎兵を呼べ!残りの人間で時間稼ぎだ!死にたくなければ動け!行動開始っ」
静寂からの動、弾かれた様に騎士達は動きだす。
先程までの混乱、恐慌が嘘の様な機敏な動きだった。精鋭の騎士も顔負けの勢いがそこにはあった。
訓練された兵士程、命令に良く従う。そう、兵士はある意味で【機械】に近い。彼等が熾烈な戦場で行動出来るのは【機械】的に【命令】に従う事で【個人】の思考を停止さているのだ。
洗練された奇跡の動き、一糸乱れぬこの動きは二度と出来ないだろう。
騎士達は自分がやるべき事を確認しあう。笛を吹く者、時間を稼ぐ者。後方に下がり笛を吹く仲間を守るべく、【肉の壁】になる為に残った者はタイラントに立ち塞がった。
「無駄ナ、足掻キダナ」
タイラントは決死の覚悟で向かって来る騎士を相も変わらず叩き潰して進む。特に急ぐ必要も無いし、後方に離れた騎士とてその気になれば蜂の巣に何時でも出来る。だからこそ、騎士達はが必死になって時間稼ぎをする様子が凄く滑稽に思えた。
成る程、これが【余裕】と言うものなのか。軍人として戦場において油断などはしていない。現に今も全く油断はしていない。あらゆる事態を想定し、最善の手段を講じている。それをもってしても、余計な事すら考えられる程の心の余裕。
だからなのか、死に物狂いで斬り付けてくる騎士の必死な様子に笑いがこみ上げてくるのは。
絶望しか無い戦い、化け物の巨腕に次々に仲間が殺られていく。
一人は兜ごと頭を握り潰され呆気なく死んだ。
一人はその剛腕が直撃し体をくの字にして吹き飛んで死んだ。
「あと少し、ほんの少しで良い!時間を稼げ!そうすれば俺達の勝ちだっ」
必死に仲間を鼓舞するロンデス。自らも構える剣に力を込める。前方に居る仲間が一息で肉の塊になるのを確認した。ロンデスの心は恐怖と戦慄に支配されているが不思議と落ち着いていた。ゆっくりと近付く暴虐の権化を前に剣を構えて待ち受ける。乾坤一擲の一撃を見舞う為に。
「うおおおぉぉ!」
雄叫びと共に駆け出す、逃れられない決定事項である死。だがそれを黙って受け入れる程、愚かでは無い。この【化け物】にせめて一撃、一矢報いてみせる。ロンデスは全力の一閃を袈裟斬りに振り抜いた。
極限の状況下、正に火事場の馬鹿力の一撃は生涯最高の一撃。
間違いなく、最高の一閃だと確信していた。
静寂の世界で不意にパキーンと甲高い金属音が聞こえた。
折れた刀身が回転しながらゆっくり目の前を落ちていく。まるで自分の時間だけが遅くなっている様だった。回転する刀身の向こうに立つ大男の姿にロンデスは改めて絶望した。
自身の生涯最高の一撃は男の【指】に、たった一本の【指】に弾かれたのだ。まるで子供が振った小枝を折る様に、片手間の遊戯をする様に、刃は折られた。
そして大男はその巨体を半身にし、腕と身体を弓の様に引き、捻り、絞る。巨体からミシミシと音が聞こえ、爆発的な力が収束しているのが容易に解った。早く此処から逃げなくてはと頭では解ったているが身体が動かない。大男の身体から赤黒いオーラが見える。まるで血が蒸発し湯気になっている様だった。足が地面に縫い付けられている、いや足だけでは無い。身体も心も自分の全てが縫い付けられているのだ。
やがて折れた刀身が地面に突き刺さる。その瞬間、ロンデスの意識は途切れた。
何故ならば爆発した剛腕に身体がバラバラに吹き飛ばされたからだ。それと同時に笛の音が吹かれた。皮肉な事に自身の死をもって【足止め作戦】は成功したのだ。
「タイラントよ、そこまでだ!」
修羅場に響く第三者の声は、騎士だけでなく村人も反応した。この凄惨な事態を全く理解していない様な軽い声、要するに軽い挨拶の様な感じである。
モモンガからしてみればタイラントが【
完全武装のアルベドと共に宙に浮かび、颯爽と村へと降り立つ二人。急転直下な状況が理解出来ない生き残りの騎士達は皆、立ち尽くしていた。
モモンガがカルネ村へと降り立ち、あっと言う間に事態を収拾させた。生き残りの騎士達に
団長はこの村の長の家に行き、この周囲状況とかを聞いている。特に周辺国家や通貨について調べるとの事だ。団長はサラリーマンで主に営業をやっていたらしいから聞き取りとかそう言うの得意そうだから任せた。俺だとまともに喋れないし、なんか村人達のトラウマになってるみたいだし……
ここは大人しくアルベドと外で待っていよう……。今日も空が綺麗だな……
「タイラント様、お聞きしたい事があります」
澄んだ青空をボケーと眺めていると隣に居るアルベドから声をかけられた。
珍しいな、アルベドから声をかけてくるとは……。でもアルベドとはちゃんと喋った事が無いからな、この機会にしっかりコミュニケーションを取らないと。
「ナンダ、アルベド」
「何故、タイラント様は長きに渡りお姿をお隠しになってしまわれたのか……臣下として知りたいと存じます」
タイラントは直ぐに答える事が出来なかった。【現実世界】で忙しくてプレイ出来なかったのが事の真意だが、どう説明すれば良いか解らなかった。
アルベド……NPC達は一人、また一人と消えていく主人達を見てどう思ったのだろう。忠を捧げた主、創造主たる者達が消えていく時の気持ちはどんなに辛かったのだろう。恐らくは俺が想像も出来ない位辛く、絶望した事であろう。
それなのにサービス終了間際にポッと現れた俺に不信感を持ってもおかしく無い。寧ろ、持たない方がおかしい。
「倒スベキ、敵ガ居タ」
「え……?」
「ソノ
「タ、タイラント様をもってしても強大な者とは……」
アルベドが凄く驚いている、フルフェイス故に表情は解らないが。
「矢弾尽キ果テ、コノ身モ、只、滅ビル、ノミ。ナラバ、我モ、敵ゴト
タイラントはアルベドに背を向けた。何だか喋っていて恥ずかしくなってきたからだ。言い訳するにしても、もっと上手く言えないものかと沁々思った。ボキャブラリーの少なさに嫌気がさす。もっと学生の時、真面目に勉強するべきだったな。
だから、やりたい事も見つけられずに逃げる様に軍に入ってしまった。自分で自分の可能性を捨ててしまったんだ。いや、ある意味開花したと言って良いかもしれない。滅茶苦茶な世界でしか通用しない才能だけど。
ヤレヤレと頭を軽く左右に振るタイラント。自分の中途半端さ具合を再確認してしまい気分が更に下がった。
俺はこの身体を、この分身を使うに値するのか、生きる【価値】があるのか……と。
「ダガ、俺ハ、今モ、コウシテ【生キ恥】ヲ晒シテイル」
「生き恥などと……タイラント様っ」
タイラントは近付くアルベドに手を出して止める。そして、しっかりとアルベドに、目の前に居る忠実なる臣下へ向き合う。
ドゴンと低く鈍い音がした。
なんとタイラントは頭を地面に打ち付けていたのだ。その衝撃たるや、カルネ村に軽い地震の様なものが起き、皆村人達はビビっていた。眼前で発生した珍事にアルベドは硬直している。おでこから煙が出ているタイラントを前に何をして良いか解らなかったからだ。
だからこそ、俺は誓わねばならない。忠勇なる臣下達、いや新たな【家族】に。
「許サレル、ノナラバ、拾ッタ命、オマエ達ノ為ニ、使ウ」
蒼天に拳を掲げるタイラント。大昔の漫画で見て、超カッコイイと思った世紀末覇王のポーズ。いつかタイミングがあったらやろうと暖めていた渾身のネタだ。
「コノ命ヲ、ナザリック、家族ヲ、守ル為ニ、使ワセテクレ」
言いたい事を言うだけ言ったタイラントはアルベドの方を見る。アルベドはその場にひれ伏し、本当に見事な臣下の礼をしている。
何故だ?何故にそんなに低い姿勢なのかな?結局、俺に都合の良い事しか言ってないのに……
「タイラント様の御心も知らずに不躾な事を……。この守護者統括アルベド、タイラント様に改めて絶対なる忠誠を誓います」
「良イ、頭ヲ上ゲロ」
タイラントはアルベドの両肩を掴むとその腕力を持って立たせた。高級将校じゃあるまいし、こう言った態度をとられると恥ずかしくなる。何て言って良いか解らないが、取り合えず元気が出る様な事言えば良いだろう。
「オマエハ、団長ヲ、支エヨ。オマエ、シカ、出来ナイ」
「くふー!私にしかで、出来ないにゃんて……」
めっちゃテンション上がったねアルベドさん。そりゃモモンガ愛してる設定にしちゃったからだと思うけど……。何だかタブラさんの作品を壊した様な……、汚した様な罪悪感が半端ない。設定変えた時はこんな事になるなんて知らなかった!って言うのは言い訳だよなぁ。いや、もうこうなったら毒を食らわば皿までって言うし徹底的にやるしかないな。団長&アルベドをこのまま……。いや、無粋な真似は止めておこう。
身体をクネクネさせるアルベドを見ながら、俺はこの容姿で結婚とか出来るのであろうかと真剣に考えるタイラントだった。
改行を現在模索中です。
読みづらさが際立っているかもしれません。
ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。
次回、カルネ村!戦士長が来たよ!あれ?タイラントは?の巻き