ナザリックの核弾頭   作:プライベートX

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王都に向けて

 タイラントは夜道を歩く、女二人を抱えてひたすら歩く。

 一人を脇に抱え、一人を肩に担いで、暗い夜道を歩き続ける。

 ザッザッザッっと、無機質な足音だけが聞こえる夜の静寂が支配する世界。

 

 いや、皆まで言うな。

 言われなくとも分かっているさ、この状況が異常だと言う事くらい分かっている。

 怪しい男が、夜道で、婦女子二人を担いで歩いている。

 

 「……完全に不審者やんけっ」

 

 見たら分かる、駄目なヤツやん。

 どう見ても完全に誘拐犯です、本当にありがとうございました。

 と、一人でノリ・ツッコミをするが虚しいだけだった。

 面倒事に首突っ込んでしまったと、後悔するが所詮後の祭り。

 通りすがり上の成り行き、若者風に言えば"その場のノリ"で助けたまでは良い。

 だが、こんな状況に陥るとは考えが及ばなかった。

 この姿を誰かに見られたら大変な事になるのは言うまでもない。

 確実に、通報案件である。

 

 「……野営するつもりはなかったが、仕方あるまい」

 

 街道沿いの少し開けた所で、急遽野営をする事を決めたタイラント。

 自分の迂闊さで招いた事態、この程度のペナルティは甘んじて受け入れなければならない。

 下手に誰かに見られて、より面倒な事に巻き込まれるよりはマシだろう。

 王都到着が遅れるだけ、只それだけだ。

 

 「……何故俺が人の目を気にせねばならんのだ」

 

 不本意、甚だ不本意だからこそ出る不満。

 もしシズがこの場に居れば、面倒な女二人丸投げして俺はふて寝を堂々とかましていただろう。

 まぁ、ふて寝と言っても眠れはしないのだが。

 実に大人気ないと、世間の大人達は言うだろうがそんな事はクソ食らえだ。

 一度嫌だと思うと、とことん嫌になってくるのだから仕方ない。

 しかし悲しいかな、全くやる気の無いのに野営の準備は滞りなく終わってしまった。

 軍隊生活で身に染み付いた事は中々抜けないようだ。

 あの毒ガス並みのスモッグの中、上の連中馬鹿じゃね?と思いながらテントを設営していた頃が懐かしい。

 暴力とパワハラが支配したブートキャンプ。

 そこで学んだ事が、よもやこんな所で生きるとは。

 いや、あの厳しい基本教育だったからこそ残っていたのかも知れない。

 全く、人生とは摩訶不思議アドベンチャーだぜ。

 

 「……後は、焚き火か」

 

 厚手のポンチョを毛布代わりに敷いた所に気絶した二人を移動させ、集めた枝の束にマッチで火を着ける。

 パチパチと音を立てて燃える枝を見ていると、これが何だか妙に落ち着く。

 まだ深刻な環境汚染が始まる前は、一般人の間でもキャンプが流行っていたそうだ。

 喧騒な都会から逃避し、大自然の中で身体と精神を癒す。

 敢えて不自由な事を進んでやる、軍人でもないのにご苦労な事だと、到底理解出来ない趣味だと思っていた。

 しかし、こうして体感してみると中々悪くない。

 正に、百聞は一見に如かずとはこの事を言うのか。

 

 「こ、此処は……一体」

 

 焚き火を前に暫く黄昏ていると、貴族の令嬢が目を覚ました。

 うるさい侍女の方でなくて良かったと、タイラントは思った。

 漸く落ち着いた気分を、あの女の金切り声で台無しにされたら最悪だ。

 

 「……起きたか、生憎今は夜だ。お子様はそのまま、寝ろ」

 

 「こ、此処はどこ?貴方は……誰?」

 

 「……場所はエ・ランテル近郊の街道、俺は只の冒険者だ」

 

 「あれ、何で私、馬車に乗ってた筈じゃ……」

 

 「……おま、いや"お嬢様"は盗賊に襲われたんだよ。護衛と御者は、皆死んだ」

 

 「サ、サラは!爺は!生きてるの!?」

 

 「……サラが誰だかは知らんが、付き人だったら隣で"静かに"寝ている」

 

 混乱する令嬢、回りがあまり見えてない様なので親切に、かつ皮肉たっぷりな物言いで教えてやるタイラント。

 どうやら寝ている女がサラで合っていたらしく抱きついて泣いている。

 年端もいかない少女が盗賊に襲われ、九死に一生を経験したのだ。

 加えて親しい人間を目の前で殺され、自分も陵辱されかけた。

 泣いて、喚いて、壊れて、当然だ。

 

 「爺が死んじゃった……、ずっと一緒って言ったのに……」

 

 年端もいかない子供が背負うには重すぎる現実。

 だが、現実と言うものはいつだって残酷だ。

 甘くはないのだ、都合の良い夢のようには。

 

 「……泣くな、とは言わん。それで気が済むならば、好きなだけ泣け」

 

 「うぅ……えぐっ、えぐ……」

 

 雑、端から聞いても雑な慰めである。

 泣いている子供に対して言うべき慰めではない。

 もっとマシな言い回しが出来ないのだろうかと思うだろう。

 しかし、カルマ値が極悪の生物兵器にこれ以上の気遣いを期待しないで欲しい。

 伊達にカルマ値最底辺じゃないんだぞ。

 

 「あ、貴方と言う人は……!」

 

 いつの間にか起きていた侍女が、今日一番の憤怒の顔でタイラントに詰め寄ってきた。

 まぁ、あんな雑な物言いをすれば、当然と言えば当然の反応であるが。

 また、この女の金切り声を聞かなければならないと思うとイライラしてきた。

 

 「……何だ?」

 

 「貴方には……心が無いのですかっ!もっと気を使いなさい!」

 

 「……フム、"お可哀想でしたね、お嬢様"とでも言えば良かったか?」

 

 怒る侍女を逆撫でするように、わざと小馬鹿にした物言いをする。

 実際、この五月蝿い女にもウンザリしていたし、この位言っても良いだろ。

 大体、何で俺がこんな女に説教されにゃならん。

 盗賊から助けてやって、此処まで運んでもやった。

 別に"感謝しろ"と、そんな恩着せがましい事を言うつもりはない。

 だが、手前勝手に怒られる謂われなどもっとない。

 これはもう、必殺「黙れ!」とドンッと(威圧感)の3点セットで行くしかない。

 

 

 「……殺すぞ(黙れ!(威圧))

 

 はい、異常なく数段上位の言葉に自動変換されました。

 これぞ"タイラント・忖度"。

 自分の本当の気持ちを推し量って変換してくれる。

 やはりカルマ値極悪は伊達ではないぜっ!

 

 「ひっ!」

 

 何の抑揚もない一言、だが侍女の背筋を凍り付かせるには十分過ぎた。

 そして、それを裏付けるかの様に襲い来る殺意の波。

 只其処に居るだけで息は詰まり、心臓の鼓動が早くなる。

 止めどなく吹き出る冷や汗、寒くもないのにガタガタと震える身体。

 目の前の男は、間違いなく怒っている。いや、怒っているなんてものではない。

 

 殺意、それも特大級の。

 

 所詮は少し腕が立つ冒険者と、只の平民風情だと、どこかで侮っていたからだ。

 それが根本的な間違いなんだと、何故気がつかなかったのか。

 どんな人にも、どんな職業にも最低限敬意を払う。こんな簡単な事が、何故出来なかったのか。

 自分は、この男に"怒り"ではなく"殺意"を抱かせてしまったのだ。

 この段階において、甚だ愚かで身勝手な自らの言動を後悔する侍女。

 貴族故の、馬鹿げた選民思考が招いた結果だが時既に遅し。

 先程の魔物なんかとは比較にならないドス黒い殺意の塊。

 決して敵にしてはいけない者を敵にしてしてしまったのだと、やっと気が付いた。

 そもそも自分達とこの男の関係は、只の利害関係でしかなかった。

 しかも、嫌がる彼に無理やり依頼した立場だと言うのに。

 辛うじて繋がっていた護衛対象としての"利害関係"と言う糸を、自ら切ってしまったのだ。

 

 

 「あ、あ、いや、わた、わたしし……」

 

 あわてて謝罪しようにも呂律が回らず、言葉が出ない。

 何とか誤解を解こうと頭を下げようとするが、身体が動かない。

 

 絶対的な死の権化。

 

 否が応にも理解してしまう、自らの死。

 引いては、仕える幼い主人も間違いなく殺されてしまうだろうと言う確信。

 全ては自分が招いた事、迂闊な行動や言動によって起きるべくして起きた事なのだ。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 「……いや、もういい」

 

 タイラントの苛つき度数が危険域に入った瞬間、例の如く精神安定が強制発動。

 一気に沸騰した怒りは、これまた一気に鎮静化。

 ほんの一瞬、本当に殺してやろうかと思ったドス黒い殺意も綺麗さっぱり消えた、ような気がする。

 

 

 

 「あ、あの……」

 

 自分でも怒り成分が残っているか否かは、はっきりとは分からない。

 しかし、不機嫌なのは一目みれば分かる程には態度に出ていた筈。

 そんな中、不意に声をかけられた。

 

 「……何だ」

 

 再度気絶しそうな侍女を押し退け、先程まで泣いていた貴族の娘がタイラントの前に居た。

 焚き火の明かりでは顔色までは分からないが、どうやら泣いてはいない様だ。

 

 「助けてくれて……ありがとう。それと、サラが失礼な事言ってごめんなさい」

 

 深々と頭を下げる貴族の娘に、精一杯の誠意を感じたタイラント。

 最早どうでも良いと思っていたので、これ以上の謝罪は無用だった。

 

 「……お前は"まとも"な様だ」

 

 「サラも悪い人じゃないの。だから、どうか許してあげて……」

 

 「……分かった」

 

 「良かった、本当に良かった……」

 

 本当に安心しているのだろう。その姿は年相応の少女だった。

 

 

--------------※

 

 

それから暫くは無言の時間が過ぎていた。

 間違っても自動対人コミュ障のタイラントが自分から話しかける事など無い。

 そもそも侍女に至っては"殺意の波動Lv1"に当てられ、あの後直ぐに気絶した。

 まぁ、非戦闘員の女相手には少々刺激が強過ぎたかと思うが、怒ると自動的に発生してしまうのだからしょうがない。

 俺を怒らせる方が悪いのだ。

 

 パチパチと枝の燃える音と、夜鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 そんな完全に夜も更けた頃、タイラントが焚き火に新たな枝をくべていると唐突に喋りかけられた。

 

 

 「あ、あの……起きてますか?」

 

 「……何だ」

 

 「あの、えっと、眠れなくて……」

 

 「……明日も早い、休める時に休め」

 

 相変わらずの端的かつ、機械的な物言い。

 子供の扱いに慣れていない大人の典型であると言わざるを得ない。

 唯一、先程と違う所を上げるとすれば多少の気遣いが含まれていた事だろうか。

 

 「おじ様は……どうして顔を隠してるの?」

 

 この娘、寝る気無いなと瞬時に判断したタイラント。

 こうなった手合いの子供は、もう一度睡魔に襲われなければ絶対眠らない。

 幼少期の経験上、間違いないだろう。

 

 「……おじ、様?お、俺の事を言っているのか」

 

 「はい、おじ様」

 

 自分に向けられた"おじ様"と言うワードに少しショックを受けるタイラント。

 幼いが故の無自覚な口擊、その口擊はおっさんの心に確実なダメージを与えていた。

 自分の中では、まだ"お兄さん"と呼ばれて良い年齢の筈だと思っていた。

 断じて"おっさん"ではない、と。

 だって、まだ"おっさん"ではない筈だよ……多分。

 

 「……ひ、人前に出せる"顔"ではないからな。だから、コレで隠している」

 

 「ケガ、してるの?」

 

 「……見せれない程度の、な」

 

 「どうしてケガしたの?」

 

 くっ、お子様の"どうして"攻撃が始まってしまった。

 無限に涌き出る子供の好奇心は、とどまる事を知らない。

 くそっ!コイツを満足させるまで、俺は答えてやるしかないのか!

 何か、何か良い方法は無いのか!

 考えろ、考えるんだ"タイラント・コンピューター"。

 俺に最適解を……導いてくれっ!

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 まぁ……暇だから良いか。

 俺、寝る必要ないし。

 

 「……話が終わったら、素直に寝ろ」

 

 そう言うとタイラントは、焚き火を前に柄にもなく静かに語り始めた。

 消えかけた己の記憶を、土の中から掘り起こすかの様に。

 マスクでぐぐもった声は相変わらず酷く不気味であったが、貴族の娘は只黙ってタイラントの話に聞き入っていた。

 

 語るもおぞましい化け物の討伐、クラン同士の大規模戦争、荒野での防衛戦、伝説の秘宝の事等、嘗てユグドラシルでプレイした事を多少濁しながらタイラントは話した。

 そのどれもが現実離れしたお伽噺話の一節の様だが、実際にプレイしたからこそ語れる非常に濃い内容の話しだった。

 吟遊詩人の歌の様なざっくりとした物語ではなく、異国の戦士が語る本物の冒険章。

 子供を夢中にさせるには十分過ぎた。

 

 

 (いかんいかん、少しお喋りが過ぎた……)

 

 

 殺伐とした現実から逃れる様にやり込んだゲーム。

 良い大人がゲームに没頭する。それを、みっともない、恥ずかしいと言う奴も居るだろう。

 だが、こうして誰かに話していても"楽しい"と思える事は得難いものだと思う、本当に。

 

 「……これで、話は終わりだ。寝ろ」

 

 一通り話し終えた頃には、日付が変わる時間帯に差し掛かっていた。

 まぁ、体内時計の感覚なので正確な時刻ではないが、大体そんな感じの時間帯である事は間違いない。

 話す前と同じ様に、タイラントは焚き火に枝を投入する事に没頭する。

 なんせ睡眠を必要としない故に、不寝番には最適の身体だ。

 だから、余計な心配などせずお子様はさっさと寝てくれたまえ。

 

 「また……お話し、してくれますか?」

 

 「……さぁな」

 

 その夜は、それ以降タイラントが口を開く事はなかった。

 

 

 

 

-------------------※

 

 

 

 

 東の空が朝日で明るくなる頃、足早にキャンプ地を出立する。

 程なくして王都へ向かう商人の馬車を見つけると、臨時の護衛を格安で請け負うを条件に荷台に乗せて貰う事になった。

 半分脅して、いやいや真っ当な交渉の上での契約である。

 流石、ミスリル級冒険者の肩書きは伊達ではないと言った所か。

 だが途中のエ・ぺスペルとか言う都市を経由して王都に向かうので、多少時間が掛かる。

 何ともまどろっこしい事だと思うが、これも現地偵察の一環だと思えば良い。

 "急ぐ乞食は貰いが少ない"とも言うし、そもそも[ノープランぶらり旅作戦]で言えば当初の予定通りではないか。

 最近はどうも"せっかち"な思考になっていかん。

 これは厳に、自分を律しなければならないな。

 

 「……現在地が、分からん」

 

 商人から平和的な交渉の上、合法的に掻っ払った高級地図。

 それをまじまじと見て、溜め息混じりにそう呟いた。

 しかし、この世界の地図の大雑把さはどうかと思う。

 冒険者組合の地図と正直あまり大差がない。強いて違いを言えば地図の材質だろうか。

 内容はほとんど同じで、大きな都市や山脈、都市や集落に繋がる道しか書かれていない。

 これで最高級品の地図と言うのだから驚きである。

 まぁ時代相応のクオリティだから仕方がないが、これで大規模な軍事作戦を実行するとなると色々と問題があると言わざるを得ない。

 所謂"人海戦術"兵力の多さが物を言う戦術思考がこの時代の戦争の常識。

 ならば、この程度の情報量で十分なのだろう。

 

 「だ、旦那!空にハーピーの群れがっ」

 

 血相を変えた商人が叫びながら荷台を覗く。

 先程からどうも外が喧しいと思っていたが、やはり害獣の類いだったか。

 

 「……そのまま、馬車を走らせろ。絶対に止めるなよ」

 

 「はい!でも、どうするので……?」

 

 「……なに、有害鳥獣は駆除するだけだ」

 

 そう言うとタイラントは、腰から水平2連ショットガンを取り出し空に向かって銃を構える。

 

 「……お前達は、耳を塞いで頭を低くしていろ」

 

 「は、はいっ」

 

 !!!!

 

 一応、同乗者の二人に警告をしてから発砲した。タイラントにしては珍しい気遣いである。

 

 「ンギャ!!」

 

 馬車を襲わんと急降下した先頭の半人半鳥の化け物は、ダブルバレルから発射された12番の散弾をモロに浴びる。

 特に、強化された散弾が直撃した上半身はそのほとんどが吹き飛んでいた。

 僅かに残った半身が、重力に従い地面にベチャリと落ちる。

 臓物を派手にぶちまけ、ピクピクと痙攣する足。

 その死骸の様は、端から見てもグロテスクと言わざるを得ない。

 ショットガンを警戒したのか暫く様子を伺う様に馬車の周りを旋回していた群れが、リーダーの鳴き声を合図に上空のハーピー達が次々と急降下を始めた。

 

 !!!!!!!

 

 「ひ、ひぃぃ!だ、旦那ぁ!!」

 

 あまりに絶望的な状況を前に半狂乱な声を上げる商人。

 まぁ、魔物の群れが自分の馬車に向かって一斉に急降下してくるのだから商人のオヤジがビビるのも無理はない。

 しかし、半分人間の姿をしているが所詮は低俗な魔物、数で押せば何とかなると思っていやがるな。

 

 甘い、全くもって甘い。

 

 この俺のリロード速度は、"レボリューション"。

 水平2連だが、自動ショットガンと同等の発射速度なのだ。

 

 「……来いよ鳥頭、鉛弾を食わしてやるぜ」

 

 迫り来るハーピーの群れに向かって、タイラントは容赦なく引き金を引いた。

 

 




次回漸く王都に到着予定。
遠回りし過ぎてすみません。
そして、毎度の誤字脱字の修正報告ありがとうございます。非常に助かってます。

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