「それで、タイラ……少佐の仕事の方の目処がついたから復帰したと」
「……ああ、中東での仕事が終わって最近帰国したんだ」
「中東!それまた随分遠くに行ってましたね」
「……僅かに残った化石燃料をどの国も狙っているのさ、それこそ死に物狂いになってな」
カルネ村へ戻るモモンとタイラントは薄暗い夜道を並んで歩いていた。
戦い後の余韻もあってかいつも以上に会話が弾んだ。
その内容もつい人間だった時の仕事関係の方向へ行ってしまう。
お互い世間で言う所の社畜と公僕。
職は違えど苦労の絶えない環境で過ごした経験はアンデッドと化した今でも鮮明に覚えている。
寧ろ、現在においてもその行動や思考の基準になっていると言っても過言ではない。
願わくば、この疲れ知らずの身体が元の身体であったらどんなに楽が出来たかと思ってしまうのもしばしばだ。
更に思い出してみれば、他のメンバーとの会話も職場での苦労話しが多かった気が……
定期健康の結果やサービス残業日数、果ては休日出勤etc……
特にヘロヘロさんのは鬼気迫るものがあった気がするなぁ。
目を閉じればほら、辛く苦しい記憶が鮮明に……
「……酷いもんだ、どこもかしこも汚れきってる。人も世界も」
天然資源の枯渇、壊滅的な環境破壊、大量破壊兵器の拡散、横行するテロリズム。
滅び逝く世界に思いを馳せるとドス黒い感情がにじみ出てくる。
保身しか脳のない政治家、平和に浸りきった愚かな民衆、そして世界に広がる戦火の渦。
自分の尻に火が着いている事に気が付かない、気が付けない。
そして土壇場になって己の非力を嘆き、呪い、死ぬ。
人類は自らの手で作り上げた悪意に飲まれ滅ぶ。
そう、滅ぶべくして人類は滅ぶのだ。
「何だか悪い顔になってるよ、少佐」
話しかけられ思考の海から引き上げらたタイラント。
どうも考え事をすると回りが見えなくなってしまうのは悪い癖だ。
「……顔はお互い様だろう?そのヘルムの下は骸骨じゃないか」
自虐的な中傷は同じ様な中傷で返すのが様式美だと思っている。
やれやれと言った雰囲気でモモンの肩を軽く叩き言い返すと何故か不思議と愉快な気分になった。
HAHAHAHAHAHAHAHA……
二人共普段キャラを作ってる為、滅多に声に出して笑う事は無い。
この身体になってから急激な感情の起伏は喜怒哀楽関係無しに、精神抑制が発動して一瞬で冷静になってしまう。
まるで死人に感情などは要らないと言わんばかりに容赦なく発動するのだから恐ろしい。
それ故に(まだ”笑う”事が出来る)と二人は内心ホッとしていた。
しかし普通に笑っているだけなのだが、地の底から聞こえてくる様な低い声の笑いは、知らない人が聞けば恐怖でしかない。
その上、声の主が完全武装の怪しい黒い男達ならば尚更笑わないで黙ってた方が姿相応と言えるだろう。
真夜中の森に不気味な声を響かせながら二人は村へと歩みを進めた。
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凱旋、そうこれは凱旋である。
大切な事なので二回言ったが何故そんな事を言ったのか?
それは現在進行形で起きている事態を言っているに過ぎない。
モチモチした大福の様な大きなハムスターの身体に跨がる黒い戦士。
相反する見た目の組み合わせたが、見方を変えればまるでスラ⚫ムナイトの様な凛々しさだ。
なんて素晴らしい光景なのだろうか!見ろ、人がゴミの様だ!
「これは羞恥プレイか何かか……?」
「……ああ、その認識は間違っていないよ」
道行く人の好奇の視線や微妙に聞こえる賛否の声に漸く自身の置かれた状況を理解し始めたモモン。
漆黒の剣のメンバーが妙にハムスケを絶賛するものだから我等のハムスターは愛玩動物と言う価値観がおかしいのか?と勘違いしてしまっていた。
如何に強力な魔獣と言えど見た目は非常に重要であると再認識せざるを得なかった。
「……ハム公も運が良かったな、森で俺と先に出会ってたら問答無用で蜂の巣だったからな」
ハムスケの頭をペシペシと叩きながらサラッと恐ろしい事を伝えるタイラント。
こんな愛らしいハムスターでも敵であるならば一切容赦しない、それが暴君クオリティ。
必要なら親兄弟、飼い犬とて容赦無し。
因みにハムスケの触り心地は、柔らかく仄かに暖かい毛並み、モフモフ好きにはたまらん肌触りだ。
「先に出会ったのが殿で本当に良かったでござるよ……」
タイラントの恐ろしい事実を聞いたハムスケは、先にモモンと出会えて良かったとしみじみ感じていた。
この人ならマジで殺るな、いや殺るね。
そう動物的、本能的な直感がタイラントが冗談で言っている訳ではないと告げていた。
そうこうしている内に街に到着、モモンは登録の為に組合へ、漆黒の剣面々は薬草の荷卸しで一旦別れる事になった。
タイラントはアインザックからの依頼、【森の賢王の討伐】は見て分かる様に完全に失敗である。
何故なら先にモモンが目標を生け捕りにしてしまったから。
代わりと言えば聞こえは良いが、果たしてこの妖巨人の頭が何処まで評価されるかが問題である。
無論、どんな言い訳をしようが目標を速やかに発見、撃滅出来なかったのは事実。
依頼失敗の結果は甘んじて受け入れなければならない。
「……依頼の期限は明日だが、この首だけでも組合に預けるか」
腐敗防止薬をかけた為にそこまで腐乱してはいないがそれなりの大きさの頭が入った麻袋は正直邪魔だ。
それにドス黒い血が滲んだ袋を持って街を歩くなど論外だ。
只でさえ不気味マスクと美人の目立つ組み合わせなのに、余計なトラブルを招く要素を追加する必要は無い。
そう判断するとハムスケに乗るモモンから少し遅れて組合へと向かった。
モモンを乗せてノシノシ歩くハムスケの後ろ姿は正に威風堂々たる佇まい。
だが乗ってる本人は何かの罰ゲームを受けている様な感じなのが残念だ。
ではタイラントが代わりに乗ればと言われたら丁重にお断りをするのは言うまでもない。
しかし、これがハムスターでなく同規格のトカゲや甲虫ならモモンも羞恥プレイとは感じる事はなかったのではないだろうか?
まぁ騎獣の王道と言えばやはりドラゴン、次席にグリフォンなどの幻獣、ユニコーンやペガサスも無論外せない。
このファンタジー世界ならば必ず何処かにいる筈、いつかキャプチャーして乗り回してやろうとタイラントは密かに決意を固める。
だが、先にモモンがこのどれかに騎乗していたらタイラントは嫉妬のあまり2~3日位自室に引きこもり、枕を涙で濡らす事になる。
「報告、【漆黒の剣】生命反応3消失」
不意にシズから告げられた不穏な報告。
生命反応消失=死、別れてからこの短時間で漆黒の剣PTがほぼ全滅した。
仮にも一端の冒険者3名がこうもあっさり殺られるものなのか?
少し腑に落ちない気がするが、いずれにせよ我等ナザリック宣伝用
「……シズ、此れを持って組合に行け。俺は少し”遊んで”くる」
「コピー」
そう手短に言うと手に持った麻袋をシズに渡し、今しがた歩いてきた道を駆け足で引き返した。
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「もう壊れたの?つまんなぁーい」
無惨に横たわる年少の亡骸に向かい不満を言う軽装の女。
常人なら直視出来ない様な拷問をしておいてこの言い種、根っからのサディストかサイコパスの類いなのは間違いない。
手に持ったスティレットをクルクルと回し、物足りなさげに目の前に広がる死体を見渡す。
この女が只の殺人狂と違うのは桁違いに強いと言う事だろう。
元漆黒聖典クレマンティーヌ、英雄級の実力を持った、生粋の殺人鬼だ。
「あーあ、もっと時間をかけたかっ……」
「……フム、中々派手に殺ったものだ」
その時クレマンティーヌは驚愕、そして戦慄した。
いつの間にか自分の目の前に黒づくめの男が居たのだから。
何の気配も音も無く、まるで最初から其処に居たかの如くしゃがんで死体を調べている。
このクレマンティーヌをもってしても、接近を全く探知出来なかった、そして今も自分などまるで眼中に無い様子の男に言い知れない恐怖を感じた。
「な、何者だ、テメェ!」
スティレットを構え、先ほどの声色とは違うドスの効いた声で誰何するクレマンティーヌ。
普段なら条件反射でぶち殺していた筈。
が、この妙な仮面をした男はいつもと何かが違う。
どういう訳か、攻撃するにも最初の一歩が踏み出せなかった。
今、踏み込んだら確実に死ぬ。
これ見よがしに隙だらけの背中と後頭部に踏み込もうとした瞬間、身体が急ブレーキをかけた。
このまま考え無しに刺突を敢行していたら、回転ハンマーの様に振られた拳が自分の首から上を吹き飛ばすビジョンが見えたのだ。
この男の必殺の間合いに入ったら死ぬ。
達人だからこそ分かってしまう彼我の実力の差。
圧倒的な殺意の塊を目の当たりし、金縛りにあっているかの如く、身体が動かなかった。
「……喚くな女、殺すぞ」
たった一言、タイラントは立ち尽くす女に言った。
ドス黒い殺意と憤怒を乗せて……
そんなに間開けないで書けました。
二巻もそろそろ終盤になります。
一気に行けたらいいなぁ……(遠い目
誤字脱字はご報告して下さると非常に助かります。
そして感想&報告ありがとうございます。