The Song of Yggdrasil.   作:笛のうたかた

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活動報告更新しました。……ガゼフ登場までたどり着きませんでした(;一_一)


閑話  旅人と支配者

 一夜が明けた。

 ナザリックの地表部分を曙光が照らし、メイドたちが朝食を終え、マーレから幻影魔法の維持に瑕疵がない報告を受け、転移による異常が九階層では見受けられないとの言葉をプレアデスから聞き、一度六階層に赴いて魔法やスキルの確認を終え、玉座の間でのみコンソールが開けることを発見し、その他諸々の雑事を睡眠不要、飲食無用、疲労は言うに及ばずなアンデッドの身体でこなしたモモンガが、自室に戻って一息入れようとした時のこと。

 

 「アルン様がお目覚めになったようでございます」

 

 セバスの報告で即座に席を立ったモモンガだが、そこに待ったをかけたのはメイドたちだ。「モモンガ様がわざわざ出向かれるのですか?」とプレアデスの一人、ナーベラルが難色を示せば、一般メイドも「呼びつければよろしいのでは……」と顔を見合わせる。

 アルンが友人であり客人だと昨夜説明したのだが、言葉だけでは実感が伴わないのだろう。その感覚は理解できるため、モモンガは鷹揚に頷いた。

 

 「お前たちの気持ちも分からなくはない。だがアルンは、この私がわざわざ足を運ぶほどの相手だと思え。……敬え、と言っているわけではなく、奴の意思を尊重し、礼を逸した態度を取るな、という意味だ。メイドであるお前たちなら仕事用の顔で接していれば問題はない。私に恥を掻かせるな?」

 

 はっ、申しわけありません! ――と、メイド即ち侍女なのに時代劇で見る家臣のような返事を返され、その場で跪かれ、内心たじろぐモモンガだったが、骸骨に表情筋はないのでノープロブレム。

 

 「……分かればそれでよい。セバス、私はアルンと二人で話したい。室内での護衛は外すが、扉の外はお前が守れ。ナーベラルはセバスの補佐だ」

 「承知いたしました、モモンガ様」

 「先ほどの失態、償わさせていただきます」

 

 執事らしく、メイドらしく。それぞれの礼を見せる二人に満足げな頷きを返し、モモンガはいそいそとアルンの元へ向かう。

 廊下を進む足取りが若干浮き足立って見えることに、本人だけが気付いていなかった。

 

 

 

 

    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 ナザリック第九階層はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが暮らす居住空間をコンセプトに設計されている。現実での生活レベルとかけ離れた王宮と神殿と最高級ホテルを掛け合わせたような造りは、そのままリアルでは実現不可能な暮らしへの憧れでもある。

 無論、客間にも手抜かりはない。モモンガは胸を張ってそう断言できる。

 が、あくまで憧れは憧れであり、実際にそこで生活するとなれば、ちょっと豪華すぎるよな? しかも広すぎて落ち着かない……というのが、モモンガではなく鈴木悟としての本音だったりする。

 元一般人からすれば分不相応なのだ。ぼろく安っぽいかつての我が家が恋しくなるほど。

 

 「の、はずなんだが……くつろぎすぎだろ?」

 「そう?」

 

 テーブルを挟んで向かい合うアルンはのほほんとした笑顔でハープの弦を張り直していた。外套を脱いだラフな格好。アンティークチェアに腰かけ楽器をいじくる姿は、部屋の豪華さと比較しても見事なまでに違和感がない。……神級アイテムに分解清掃が必要なのかはさておき、朝食でメイドに給仕されたらしいのだが、緊張の残り香さえ見当たらない自然体は見習うべき点だろう。自室にメイドが控えているだけで窮屈に感じるモモンガとは大違いだ。

 

 「……まあ、それはともかくだ。今のところ特に目新しい報告はなかった。ナザリック内部にも異常はない。あと、アウラに手伝ってもらって耐性やら魔法の確認をしてきたが、間違いなくフレンドリィ・ファイアは解禁されているな」

 「ゲームならではの仕様だしねー。仕方がないというか、むしろ当然だよね。……昨日は気付かなかったけど、僕の演奏スキルも少し変化してたよ。ユグドラシルじゃ一定範囲内の敵に無差別で効果を発揮してたのに、今は敵だと思って使わないと何の意味もないみたい」

 「それは、便利なのか不便なのか……。でも敵味方関係なしにバフとデバフを撒き散らされるよりはずっとマシですね」

 

 うんうん、と頷いたアルンが、悪戯っぽく唇を吊り上げた。

 

 「ですね?」

 「……マシだな」

 

 よくできましたー、うるせー、と軽口を叩き合い、本題に返る。

 

 「ナザリックはこのまま周辺の調査を進めながら今後の方針を探っていくつもり……なんだけどさ、問題は俺たちみたいなプレイヤーが他にいるかどうかだよな。それ次第で前提条件が変わるだろ? アインズ・ウール・ゴウンは基本的に嫌われ者のギルドだったしさ」

 「弁護の余地がないねー。……でも他のプレイヤーは、どうなのかな。この世界にユグドラシルが丸ごと転移した、って考えるのは無理があるし」

 「……ん? どの辺が無理なんだ? ほら、亜空間とか異空間とか、ファンタジーには付き物だし、そういう形で現実化してる可能性もあると思うんだが」

 「だったらナザリックだけ切り離されてる理由が分からないよー?」

 

 小首を傾げてみせるアルンに、モモンガはポンと手を打つ。

 それは確かに、その通りだ。ユグドラシルがそのまま現実化しているなら、ナザリック地下大墳墓が見知らぬ草原に転移するわけがない。

 ド、レ、ミ、と音程を確かめながらアルンが続ける。

 

 「仮想空間だと位置座標の変更で済む話かもしれないけど、ここは現実。じゃあナザリックが転移した場所に元々あった地面はどこに行ったんだろうね? 消滅したのか、押しのけられたのか、それともナザリックの外壁にでも使われたのか……そうやって考えると、ユグドラシル全土の現実化はやっぱり無理だよね。大陸どころか惑星がゴロっと形を変えちゃって、地軸がずれて今頃異常気象の嵐だよ。多分」

 「最後の多分がなければ完璧だった」

 

 うるさいなー、ふふん、と立場を変えて再びの軽口。

 

 「えーと、とにかくそういうわけだから、プレイヤーが転移しているとしても少ないんじゃないかなー……。この惑星の許容量がどの程度かは分からないけど、限界は絶対にあるはず。……サービス終了と同時に現実化したってことは、原理は不明だけどユグドラシルの終わりがきっかけで、トリガーだった。仮想空間は電子データ、電子は量子でもある。量子コンピューターが未来に干渉するとか平衡世界と影響し合うとか、SFじゃある話だけど、今の状況を科学的に説明付けるには足りないよね……。うん、論理的思考は無理!」

 「最初っから無理だろ?」

 「人生チャレンジだよ桃の助! ……チャレンジこそ人生だよモモンガ!」

 

 あ、言い直した。何だかんだでこいつも間違えるのか。ちょっと安心する。

 そんな生暖かいモモンガの視線に気付いたのか、膨れっ面を作ったアルンが調律の道具をアイテムボックスに放り込み、空いた手で丸めた羊皮紙を引っ張り出した。

 

 「スクロールか?」

 「ぶっぶ~、ハズレ。お手付きで一回休み!」

 「はいはい。他に回答者はいないんで答えをお願いします先生」

 「えー、仕方ないなぁ」

 

 ふふふん、と得意げに笑ったアルンが、まるで見せびらかすように羊皮紙を広げる。

 ……が、はっきり言って、見ても分からない。大きな円の内側を紺色で塗り潰し、そこに白で大小様々な点を打っているだけ。他には何もない。

 

 「何だこれ?」

 「分かってよ! これ僕が昨日頑張って描いた星図だよ!?」

 「分かるかっ! ていうか何で星図なんだよ、百歩譲って地図ならまだ理解できるんだが!?」

 「その地図を使うために作ったの!」

 

 バンバンとアルンがテーブルを叩く。

 

 「北極星がどれか分からないと夜の旅で困るって、一発で理解してよ!」

 「無理言うなこの旅バカ! 星図作る前に地図作れよ! そっちが先だろ!?」

 「分かった。じゃあナザリックから出て地図作るね♪」

 「別問題だ! 遠くを見るアイテムか魔法で我慢しろっ! ……あー、もう、沈静化が追い付かない……」

 

 頭を抱えて大きく溜息。疲労は感じないはずだが、こうも感情の起伏が激しいと精神的に疲れた気がする。

 

 「……その身体も不便だか便利だか分からないね?」

 「全くだ。食欲と睡眠欲がないのはともかく、性欲は……っと」

 

 愚痴りかけたところで口を手で押さえ、顔を上げる。ちょうど、羊皮紙を丸め直したアルンがアイテムボックスに仕舞い直すところだった。

 

 「ん? 何か言った?」

 「いや、あー……そうだ、話は変わるが、アルベドから提案があってな。お前が滞在している間はプレアデスを一人、側仕えとして置くべき、だそうだ。メイドの彼女たちなら世話役として充分かつ、案内役としても申し分ない。それに客人の傍付きとしての格も不足なし、と言っていた」

 「アルベドが? ふーん……なるほど」

 

 そう呟いた一瞬、黄金色の瞳が深淵を覗き込むかのように深い色合いを湛えた――ような気がした。まあ、見間違いだろう。いつも通りの呑気極まる笑顔だ。

 

 「傍付きでも側仕えでも何でもいいよー、ってアルベドに伝えといて。けどソリュシャンはともかく、エントマにその役目は可哀そうじゃないかな? 美味しそうなお肉が目の前にあるのに食べちゃいけないって、ずーっと我慢させることになるし」

 「お肉って……いや間違ってはないが、自分で言うか? でも確かに一理あるな……。よし、それも伝えておく。お前も恐怖公とか、食人キャラの居場所にはできるだけ近付くなよ? 今日は取り敢えず、扉の外にナーベラルがいるから彼女に任せるとして……シフトを組むより、手が空いた誰かに任せるべきか」

 「がんばれー、おうえんしてるよー」

 「棒読み止めろ。一介のサラリーマンに期待するなよ畜生……」

 

 ぐでっと片腕を枕にしてテーブルに倒れ込む。年下相手に疲れ切った姿を晒すのは情けなくもあるが、他に本音をこぼせる相手もいない。至高の四十一人の纏め役だの、ナザリックの最高支配者だの、NPCからの期待が本当に重いのだ。

 モモンガの重圧を理解したわけではないだろうが、アルンが調律したばかりのハープを手に取った。ポロン、ロン♪ と音の調子を確かめ、ゆっくりと弾き始める。

 

 「……しずかさや、骨にしみ入る、槌の音――ボーン♪」

 「ぶふっ……!」

 

 変にツボった。骨かよ、と噴き出そうになった笑いを堪える。すぐに沈静化されたが、たったそれだけで肩が軽くなったように感じた。

 アルンがくすくすと笑って、目を閉じ、爪弾く。緩やかな曲調。春の日差しを感じさせる暖かな音が、モモンガの骨身に沁みていく。――スキルやアイテムの力ではない。真面目に演奏すれば、アルンはコンサートを開けるレベルで上手いのだ。

 睡眠欲が喚起されることはなくとも、まるで微睡むような気分に浸れる。夜通し働いた疲労感やストレスが、雪のように溶けていく心地よさに、モモンガも視覚的な目を閉じた。

 

 (あー、癒やされる。でも、ハープはあくまでロールプレイなんだっけ……。五線譜があったら楽器なんて全部同じとか、言うだけあるよなホント。……いやでも打楽器、弦楽器、ピアノにフルートにトランペットもできるって実際どうなんだ?)

 

 リコーダーさえ覚束ない身としては、すごいのは分かるが、どこまですごいのか実感しづらい。

 

 (未成年だったと思うが、年齢は確か高校生以上……だよな? 教師のやまいこさんと通信教育の話をしていた覚えがある。うん? あれは中学の卒業に必要な単位の話だったか? 昔過ぎて覚えてないが……取り敢えず、さっき言いかけた性欲云々の話は止めておこう。ああ、ペロロンチーノさんがあることないこと吹き込もうとして、茶釜さんにぶっ飛ばされてたっけ……)

 

 大切な仲間たちとの記憶も、虫食いのように欠けた部分はある。だが強く残り続けている部分もまた、ある。

 思い出は美しい。アインズ・ウール・ゴウンの全員が揃っていたあの日、あの時、あの頃。鬱屈した現実さえ煌めくように見えた日々。最高の友人たちに囲まれた、鈴木悟の黄金時代。――だが時は移ろい、黄金はくすむ。

 それでも、もう迷うつもりはない。不変の過去。なれど未来は定まらず。どんなにくすんで見えようと、磨けばきっと光り出す。

 だからこそ。

 あの輝きをこの手に―――もう一度。

 

 「……ありがとな、アルン」

 「よしてよいきなり。恥ずかしい」

 「いや本気で感謝してる……。お前がいてよかった」

 

 本心だ。美辞麗句を並べ立ててもいい。

 だがなぜだろう。頭が回らない。

 

 「そうだ、一つだけ、聞きたいことがあって……」

 「……うん」

 「……いつまでも、アバター名じゃ……困りそうな、気が……」

 「……うん」

 「…………えっと、あれ。何で、こんなに…………」

 

 眠いんだ。

 そう、最後まで言い切ることなく、モモンガの意識は安らかな暗闇へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おやすみ、モモンガ。少ししたら、ちゃんと起こすよ」

 

 身じろぎ一つしない骸骨を前に、竪琴は静かに揺り籠を押し続ける。行きつ戻りつ、死者さえ微睡む、夢の園。

 

 「僕はエルフになった。エルフの自分が、本当の自分みたいに感じている。……じゃあアンデッドになった君は、どうなんだろうね。君はいつまで、君でいられるんだろうね」

 

 それは祝福か。それとも呪いか。アルンには分からない。

 でも。

 

 「アンデッドは眠らない。眠りは生ある者の特権。……それなら、眠る死者は生者の夢を見るのかな」

 

 矛盾だ。矛盾、だけど。縋ることしか、できないのなら。

 

 「……本当の怪物に、ならないでね、モモンガ。それが無理でも、人間だった頃を忘れないで」

 

 天を仰ぎ、生者の音色を響かせる。

 

 

 

 

 ―――君の夢が、幸せなものでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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