The Song of Yggdrasil.   作:笛のうたかた

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旅人とナザリック―4

 ナザリック地下墳墓、第九階層――ロイヤルスイート。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーがリアル的な日常を楽しむための階層に、それぞれのプライベートな私室がある。当然、モモンガ個人の部屋もそこにあった。

 第六階層の円形闘技場から転移し、ペストーニャとプレアデスに指示を出したモモンガは、付き従おうとするメイドや護衛を部屋から閉め出した。「一人で考えたいことがある、と言っているのだが……理解できなかったか?」という台詞は我ながらいい出来だと思ったモモンガであるが、その場にいた全員が謝罪どころか懺悔を始め、涙を見せる者さえ現れる始末で大いに慌てふためく羽目になった。

 

 「支配者って、難しい……。理解できなかったか聞いただけなのに、何であそこまで過剰反応するんだ? 言葉には気を付けないとな……いや、今はそれよりアルンさん――じゃない、ええと、ア、アル……ゴホン。……アルンの方が気になるな」

 

 広い部屋の中央をうろうろしながら、モモンガはどうやって吐いているのか分からない溜息を吐く。

 

 「これが現実の世界なら、いつまでもネットマナーに縛られるのは確かによくないかもしれないけどさ……いきなり呼び捨てっていうのはどうも……こう、恥ずかし…………あ、抑制された」

 

 狙いはまあ、大よそ達成できたと言っていいのだろう。モモンガとアルンの種と身分の垣根を越えた親しさは、アルベドが故意に真実を捻じ曲げない限り遠からずナザリックの共通認識となるはずだ。彼らがモモンガを絶対者と仰いでいる現状、ナザリック内におけるアルンの身の安全は確約されたと判断していい。

 が、

 

 「心配だ……そりゃ確かに、べったりくっついて監視しているように思われるよりは、信頼関係の強さを見せつける目的でナザリックの中は自由に歩かせた方がいいんだろうけど……やっぱり、一緒に歩いて九層まで来てもらうべきだったんじゃないか? 支配者である俺が転移せず、わざわざ歩調を合わせる相手と思わせれば……いや、これだと俺が支配者の立場を軽んじているように受け取られる可能性があるのか? くそっ、分からん! 誰か手本にできる奴とかいないのか!? ……あ、抑制された」

 

 あっちへ行ったりこっちへ行ったり、頭を抱えて唸ったり。

 シモベたちには決して見せられない姿だが、全員追い出しているので問題ない。

 モモンガは一介のサラリーマン。それ以上でも以下でもなく、誰かを従えた経験もなければ、当然帝王学を学んだこともない。漫画やアニメの知識を総動員してそれっぽく振る舞っているだけで、どうにか見た目だけでも取り繕っている状態なのだ。

 

 「アルンさ――アルンとタメ口を利くのはもう慣れるしかないとして、支配者っぽい態度も練習しないとな。それとこの世界の情報収集に、ナザリックを維持するための資金や素材の確保と、もし知性体がいた場合の対処法と、俺たちみたいなプレイヤーが他に居ないか調べるのと……やること多いなぁ」

 

 特にプレイヤーの存在と、この世界における強さの平均を調査することは急務だ。重力十倍の惑星に住んでいるから筋力も十倍、というどこかで見たような設定もないとは言い切れない。仮にユグドラシルと同じで100レベルが最高だとしても、多くの配下に守られたモモンガはともかく、一人旅の好きなアルンは致命的な事態に巻き込まれる可能性が充分考えられる。

 ユグドラシルでも珍しいソロプレイヤー、ファルン・アルンのレベルは100。人間種であるため全てが職業レベルで構成されているが、そのビルドは大幅に偏っており、実に65レベルもの過半数を楽士系、旅人系のクラスが占めている。しかもそのどれもが素早さや耐性、特殊以外のステータスに大きく関与しない、つまり純粋な攻防力に欠けるクラスばかりで、直接戦闘には限りなく不向きなキャラメイクだった。

 それらが丸ごと〈ポーラスター〉の前提条件の一つであるのだから、運営の頭はどうかしている。……まあ、“五行相克”とか作ってプレイヤーに与える運営だから、頭にネジが残っている方がおかしいのだろう、うん。

 よって100レベルのアルンだが、戦闘に関わるステータスは50レベルの平均に何とか届く程度でしかない。ロールプレイを捨ててガチ装備で固めた上に、一時的な能力上昇系スキルを使ってようやく70レベルに並ぶかどうかだろう。

 

 「とは言っても、何だかんだでレベルは100。レベル差で補正が入るからプレアデス全員を相手にしても負けることはないし、〈支配の呪言〉みたいな一定レベル以下に効果があるスキルも無効化できる。……アウラとマーレも無力化してたし、弱くはないんだよな。だから安心できるかっていうと別問題なわけで……あーもうやめやめ! 生存能力と生還能力は折り紙付きだから、好きにさせよう。うん、それがいい! よーし、それでもしものことがあったらやまいこさんたちにボコられるわけだ、はっはっは! …………抑制しろよ」

 

 

 

 

    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 ナザリック地下墳墓、第六階層――密林。

 中央に建造された円形闘技場からモモンガという絶対者が去り、気配の残滓までが消え失せる。その段に至ってようやく守護者たちは詰めていた息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。だが完全に気を抜いたわけではない。彼らの支配者が友と断言したアルンがまだその場にいるのだから。

 デミウルゴスは厳粛な表情を崩し、友好的に見えるだろう笑顔の維持に努めながら、失礼にならない程度に――気分的には凝視のつもりで――何が楽しいのか分からないほどにこにこしているエルフを見つめた。

 

 (……やはり大した力を持っているようには感じない。装備品も、見た限りではあの竪琴ぐらいか? なぜモモンガ様はこのエルフを、これほどまでに厚遇するのでしょうね)

 

 それはデミウルゴスにしては珍しく、悪意の欠片もない純粋な疑問だった。自らの主人と比べて圧倒的に劣る存在を、ただ付き合いが長いというだけで友として遇する……? いいや、そんな浅い話であるはずがない。至高の四十一人のまとめ役であらせられる御方が、ただそれだけの理由で胸襟を開くわけがない。――ならば、その真意は奈辺にあるのか?

 

 「(……ドウスルノダ、デミウルゴス)」

 「(おやコキュートス。どうする、とは?)」

 

 背後から囁かれた問いに、デミウルゴスも声を潜めた。

 

 「(侵入者ナラバ斬ッテ捨テ、至高ノ御方々デアレバ忠義ヲ尽クス。シカシモモンガ様ノゴ友人二、ドノヨウナ態度デ接スルノガ正シイノカ、ソレガ分カラナイ)」

 「(ナザリックでの序列を持たず、しかし我らが絶対の支配者、モモンガ様に近しい者。……ふむ、君の疑念はもっともだねコキュートス。確かにそのような存在はこれまでいなかった。前例がない以上、手探りで様子を見ていくしかないが、普通に礼儀正しくしていればいいと思うよ)」

 「(ソレハドノ程度ダ?)」

 「(アルベドがまず我々を代表して挨拶をする。後は相手の出方でこちらの対応もまた変わるから、それ次第だね。……モモンガ様があれだけの好意を寄せる人物だ。まずはこちらも真摯な姿勢で臨むべきだろうね)」

 

 キチキチと口器を噛み合わせながら、納得したようにコキュートスが頷いた。元々武人気質の彼だ、礼節に関しての心配は無用である。同じような意味でセバスも問題ない。自分とアルベドなら一切の感情を包み隠したまま笑い合うことも可能だ。マーレと、アウラもまあ、大丈夫だろう。

 

 (一番の懸念材料はシャルティアですか。モモンガ様の命を違えることはないにしても、あのエルフを軽く見ているのであれば何かの拍子に表面化しかねない。……それに、〈血の狂乱〉が発動中にあのエルフが傍に居た場合、どうなるか分かりませんしね)

 

 戦闘中のシャルティアとエルフが行動を共にする、という条件はあるものの、可能性は考慮しておくべきだろう。

 

 (それと……そうですね、念のためモモンガ様に一筆お願いし、通行証のような物でも書いていただければ、問題が起こる確率はぐっと減少する。後ほど上申いたしましょう。恐怖公の守護領域、ニューロニストの拷問部屋など、近寄るべきでない場所も先に教えておかなければ。後は――)

 

 デミウルゴスは自身でも信じられないほど、人間種のエルフに対し心を配る。それはただ唯一、自らの支配者が“友”であると仰ったがため。自分に当てはめて考えれば――当てはめるだけでも畏れ多いが――友であるコキュートスと同程度には気を払う必要がある。友が不愉快に感じる趣味嗜好を、友の前ではデミウルゴスも自重するように。

 

 (……ん?)

 

 つらつらと思考の渦に沈んでいたデミウルゴスはふと、なぜか目の前で自分を見上げているエルフに気付く。その向こうには少しばかり困ったような表情のアルベド。中途半端に手を伸ばした姿勢で固まっているのは、声をかけようとしてかけ損ねたからか。

 守護者統括ではなく自分の元に来たのは、何か特別な理由があるためだろう。デミウルゴスは友好的な笑みを維持したまま、その理由を問うべく口を開く。

 が、それより早くエルフが竪琴に指を走らせる。ズキューン、としか形容しようのない効果音を轟かせ、目いっぱいに両手を振り上げた。

 

 「ハッピー・ハロウィンッ!!」

 「………………………………」

 

 意味不明。

 意図不明。

 理解不能。

 時間対策をしているその場の全員が、時が止まったような感覚を得てしばらく。ようよう、凍り付いた頭を解凍させたデミウルゴスは、どうしてかずり落ちていた眼鏡をかけ直す。

 

 「…………ああ、うん。ハッピー・ハロウィン」

 

 合わせた!? と再び全員が心を一つにする。

 だが爆弾は止まらない。

 

 「ハッピー・バレンタイン!」

 「そうだね。ハッピー・バレンタイン」

 「ハッピー・ニューイアー!」

 「確かに。ハッピー・ニューイアー」

 「ハッピー・イースター!」

 「……すまない、イースターをハッピーとは言えない」

 

 うんうん、と頷いたエルフが竪琴を掻き鳴らし、無駄に荘厳な音色を響かせて叫ぶ。

 

 「悪魔だね!!」

 「………………その通りだね。うん。ああ、アルベド? この場は任すから、後はよろしく頼むよ。では」

 

 

 

 

 デミウルゴス は にげだした!!

 

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 「あれ? 行っちゃった。もうちょっと色々お話ししたかったのになー」

 

 『…………』

 

 呑気なエルフの呟きに守護者一同は顔を見合わせる。どうすんのこれ? と全員の顔が物語っていた。

 

 「……ええと、セバス? 彼と二人で、少しの間お話ししておいてほしいのだけど、頼めるかしら?」

 「承りました。アルン様、少々こちらへお願いいたします」

 「なになに? あとね、様付けはいらないよー」

 

 パラリラパラリラ、と聞いたことのない音を奏でながらセバスに伴われて離れていく姿を見送り、アルベドは残る守護者を手招き。全員を集めて額を突き合わせる。

 

 「――焼け石に水だけど、セバスに時間を稼いでもらったわ。少しでも情報と認識を共有したいのだけど、どう?」

 「さ、作戦タイム、ですね?」

 「まさかデミウルゴスがああも容易く撃退されるとは……とんでもないエルフでありんすね」

 「……相性ガ悪カッタ。私デモアレハドウシテヨイカ分カラナイ」

 「情報を共有って言っても、あたしたちもちょっと戦っただけ性格とか知らないし……」

 「戦った? そう言えば私とデミウルゴスが来た時、妙な雰囲気だったわね。モモンガ様も不幸な行き違いと仰っていたけれど……何があったの?」

 

 そう聞くと、アウラとマーレが目に見えて表情を暗くする。それはもうどん底と言うしかない落ち込みようである。

 

 「……何となく想像は付いてると思うけどさ。あのアルン様――様でいいのかな? ええと、とにかくあの人がいつの間にかあたしたちの階層を歩いてるのを発見して、どう見ても侵入者だったから、思いっきり攻撃しちゃったんだよね。鞭でズバーン、って」

 「そ、そのあと、捕まえようと思って追い回したりもしました。……で、でも、負けちゃいましたけど」

 「モモンガ様のご友人だって一言言ってくれたら……いや、ううん、信じないかもしれないけど、確認ぐらいは取ったのに」

 「モモンガ様は、じ、事故だって仰ってくださったけど、後でやっぱり謝らないと……お姉ちゃん」

 「待って。ちょっと待って」

 

 アルベドは手を上げて双子の会話を止める。――少し聞いただけなのに問題が山積している。眩暈がする思いでアルベドは額を押さえた。

 

 「……整理するわ。まず一つ、第六層を彼、ファルン・アルンが歩いていたそうだけど、つまり第一層から第五層まで素通りさせたってことね?」

 「――あ」

 「――ム」

 

 今気が付いた、と言わんばかりに互いを見やる、第一から第三階層守護者と第五階層守護者。片やアンデッドで、片や昆虫型の悪魔だが、元から血の気のない両者の顔色が瞬く間に悪くなる。

 そう、事はアウラとマーレだけの問題ではない。自分たちの主人が友と呼ぶ相手だったからこそ不幸な行き違いで片付いたが、ともすれば第十階層玉座の間まで侵入を許し、至高の座に座る御方を害される恐れさえあったのだ。

 

 「モモンガ様はそう易々と後れを取る御方ではない。……でも、もし私たちが誰も気付かなかったら? もし、彼が遊びに来た友人ではなく侵入者だったら? もし――その刃が、モモンガ様に届いていたら?」

 

 誰もが、ナザリック最強の守護者たちが、恐怖を顔に浮かばせる。

 それは最悪の事態などという言葉では済まされない。ナザリックの住人は造物主である至高の四十一人に尽くし、その役に立つことを存在意義とする。奉仕と忠義こそが喜び。だが自分たちがお仕えすべき人は、もうたった一人しか残っていないのだ。

 その唯一絶対にして、かけがえのない御方を、自分たちの不手際が原因で失っていたかもしれない恐怖。守護者統括という立場のアルベドさえ、想像するだけで背筋が寒くなる。

 

 「モモンガ様の仰った通り、警戒レベルを見直す必要があるわね。じゃあ次に行くわ。……結果論とはいえ問題は起きなかったのよ。次に備えるつもりで皆、戻ってきなさい」

 「あ、はい」「ウム……」「で、ありんすか」「……はーい」

 「では二つ目。負けたという話だけど、第六階層守護者が二人そろって負けるほどあのエルフは強いの?」

 「強い……強い?」

 「よ、よく分かりません、でした」

 

 要領を得ない言葉に目を眇めると、双子はぱたぱたと両手を振って付け加える。

 

 「擁護してるとか隠してるとかじゃなくてね、あたしたちも何で負けたか分かんないの」

 「お、追い詰めたと思ったら、見えない壁にぶつかって、歌が聞こえて……気が付いたら、ね、眠ってたんです」

 「……二人トモ、睡眠耐性ノアイテムヲ外シテイタノカ?」

 「そんなことするわけないじゃん! ちゃんと装備してたのに効かなかったの。あ、それとも壊れてたとか?」

 「マジックアイテムでありんすよ? よほどの攻撃か破壊系のスキルでも受けない限り、壊れるとは思えないでありんす」

 「そうね……例えばシャルティアなら〈カースドナイト〉のクラスを持っているから、装備しただけで壊せるでしょう? 私たちが知る魔法にもスキルにもないなら、楽師系の特殊なクラスの効果だと思うわ。それが常時発動型のスキルか、何か条件があるのかは分からないけど……本当にマジックアイテムの耐性を打ち消す力だとしたら、彼は尋常ならぬ破格の能力を持つエルフということになるわね」

 

 最強の守護者である彼らが、わざわざマジックアイテムを装備してまで対処せねばならないほど、状態異常とは厄介であり、危険極まりないものなのだ。様々な種類があり、その全てに完璧な耐性を付けることは叶わなくとも、時間停止、麻痺、睡眠、行動阻害など、致命的なバッドステータスは防げるよう装備を整えている。

 だがその前提が崩れた。武人であるコキュートスの声が震える。

 

 「我々ノ警戒網ヲスリ抜ケ、アイテムノ効力ヲ掻キ消スナド有リ得ナイ……! ダガ、ソレヲ成シタトスレバ、アノエルフハ――」

 「――そう、モモンガ様が友と呼ぶのも頷ける存在。そうでないなら、絶対に殺さなければならない。そういう相手ね」

 

 静かな戦慄が広がり、張り詰めた糸のような緊張感が満ちた。セバスと和やかな様子で歓談するエルフに、視線が集束する。

 

 「……先に殺しておくべきではありんすかえ?」

 「ダメよ。モモンガ様は彼を非常に強く信頼しているもの。私たちより古い付き合いというのも頷ける。……ただその割には、私たちの誰も彼を知らないのが不思議だけれど」

 「ぼ、ボクたちの記憶や認識を、誤魔化す能力でしょうか?」

 「無イトハ言イ切レナイ。ムシロ、ソウデアレバ納得ガイク」

 「え? ってことはもしかして、モモンガ様だけでなく、ぶくぶく茶釜様たちとも知り合いだったり……?」

 「それも踏まえて後でモモンガ様に確認しておくわ。あれほど親しい間柄でお知りでないということはないでしょう。能力は可能なら詳細を教えていただき、対策を練りたいところね」

 

 あの、とマーレが手を挙げた。

 

 「能力も、重要だとは思いますけど、結局アルンさんとはどう付き合えばいいんですか?」

 「デミウルゴスハ礼節ヲ弁エレバイイト言ッテイタガ、ソレダケデハ二ノ舞ダ」

 「アルベド、守護者統括として何かいい知恵はありんすか?」

 「…………便利な言葉ね、守護者統括って。何でもできるように聞こえるのだから」

 

 そっと視線を外したアルベドに全員が押し黙り、はぁ、とそろって溜息。

 切った張ったや陰謀ならどうにでもなる。が、人間関係――それも奇矯極まるエルフとの接し方に妙案などない。

 

 「それもモモンガ様に聞いておくわね。……さて、ついでと言ってはなんだけど、モモンガ様のお言葉に添った計画をこのまま立案します。各自聞き逃しの無いように。アウラとマーレは彼に謝罪をしてから行動に移ること」

 「う、はい……」

 「が、頑張ります」

 「よろしい。ではまず――」

 

 

 

 

    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 モモンガの頭に声が響く。〈伝言〉だ。はっと顔を上げ、それまで話していたメイドに片手で待てと示す。ちなみにうろつき回るのはだいぶ前に終了している。

 

 《モモンガー、聞こえる?》

 「ああ……うむ、アルン、か。今どこに居る?」

 

 慣れない。慣れないが、今後も配下の前でアルンと話をする機会は多い。意識せずともタメ口プラス尊大っぽく見える言葉遣いが出るようにならなければ、困るのは自分だ。……でもやっぱり、ちょっとぐらい息抜きは欲しい……。

 

 《外だねー。星が凄いよ! こんなの見たことない……》

 

 どこか陶然としたアルンの声。うずうずと好奇心に輝く顔が目に見えるようで、モモンガは興味をそそられるが、釘を刺すのは忘れない。

 

 「分かっていると思うが、まだ勝手にナザリックの外まで出るなよ? どんな危険があるか不明だからな。お前の能力を思えばそうそう危険はないだろうが、せめて一日、二日は待て。ナザリックの住人と交流を深めるのも必要だろう?」

 《そっちも興味深いよねー。セバスと色々話したけど、忠誠心の塊だよあの人。さわりんの武勇伝をちょっと語っただけで、泣きそうになってたし》

 「たっちさんの? ワールドチャンピオンだから武勇伝は腐るほどあるが……泣くほどか?」

 《うん。……あのね、モモンガ。彼らにとって創造主である君たちは、親であり、神である、言葉通り至高の存在なんだよ》

 

 知らず、モモンガは姿勢を正していた。明るく賑やかなアルンの、常になく重い言葉と、口調。ロールプレイを重視するアルンがこんな声を出すのは、決まって重大な話をする時だ。前に聞いたのは、そう、ギルドのメンバーが一人ずつ抜けて行き、最後の一人が引退を口にした夜のこと――。涙を流すこともできないアバターで咽び泣くモモンガの、ぶつけどころのない想いを、激情を、余さず汲み上げてくれた。大の大人がみっともなく喚いて、叫んで、どうせお前も辞めるんだろ! と見苦しい八つ当たりまでした。

 今思い出しても恥ずかしい記憶だ。モモンガは溜息と共に苦い思い出を振り払い、聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

 《――セバスは、セバスたちは、全員が全員、いつの日か君たち四十一人が帰ってくることを願っている。それが叶わないなら、たった一人だけ残った君に全てを捧げ、尽くしたい。そう言っていたよ》

 「……そうか。本当に、生きてるんだな。俺たちの作ったナザリック、俺たちの作った……アインズ・ウール・ゴウンが」

 《……うん。アインズ・ウール・ゴウンは生きている。君がいなくならない限り、永遠に》

 

 ああ、くそ。目頭を押さえる。そこに眼球はない。涙腺はない。だのにどうして、こうも熱い。

 

 《君だけは彼らの忠義を疑ってはいけない。君だけは彼らを見捨ててはいけない。……僕はずっと見ていたよ。アインズ・ウール・ゴウンが生まれた瞬間、君たちが最強最悪のギルドとして知れ渡ったあの日……そして輝かしい未来が、思い出に変わっていくまで。僕は見ていたんだよ。これまでずっと――そしてこれからも、ずっと。僕は君たちを見ているよ》

 「俺たち、か。……俺たちで、いいのかな」

 《いいよ。いいに決まっている》

 

 胸に響く声。それはいつか聞いた、あの時のように。

 

 《思い出を光り輝く明日に変えよう。だから、さあ行こうよ――“アインズ・ウール・ゴウン”》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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