The Song of Yggdrasil.   作:笛のうたかた

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旅人とナザリック―1

 ナザリック地下大墳墓を作り上げたギルド、アインズ・ウール・ゴウンを一言で表すなら、プレイヤーでありながらラスボスの地位を欲しいがままにする悪の親玉、だろうか。プレイヤー間の対立が当たり前すぎるゲーム性であるし、そもそもゲームの中で善悪を論じても仕方のないことではあるが、やはり一般論としてアインズ・ウール・ゴウンはラスボスだった。それこそ、運営の用意したボスモンスター以上に。――墳墓に侵攻した1500人のプレイヤーをたった41人で殲滅してのけたのだから、ラスボス扱いも仕方ないだろうが。

 

 「光陰矢の如く、過ぎし時は戻らず、栄光は帰らず、過去に浸りて未来を失う……♪ ……んー、まずいね。歌ってる場合じゃないかな」

 

 ナザリック地下大墳墓、第五階層・氷河。

 吹き荒れる氷雪の世界を進みながら、アルンは時刻を確認した。

 23:51

 本当はこっそりと地下深くまで忍び込み「うらめしや~♪」と驚かせたかったのだが、どう考えてもサービス終了の午前零時に間に合わない。かと言って今更メッセージを出して迎えに来てもらうのも、慌ただしくて気に入らない。ファルン・アルンは旅人だ。何物にも縛られない生き方を体現したキャラクター。

間に合わないなら、それは縁がなかったということだ。一期一会。人生万事塞翁が馬。会えて悪いことが起きるかもしれない。会えなかったことが幸運に繋がるかもしれない。

人生なんて、そんなものだ。

 

 「とはいえ、行けるとこまで行こうかな」

 

 最後の一秒まで、歩き続けよう。

 思いも新たに行進と歌と演奏を再開させたアルンの索敵スキルが、雪原に潜む防衛用モンスターを感知する。しかし迎撃のために組まれたルーチンは起動することなく、何事もなかったようにモンスターの反応は沈黙を保つ。――否、本当に何もなかったのだ。少なくとも、彼らが認識する範囲では。

 ナザリックの法に照らせば異形種ですらないアルンは紛うことなき侵入者だ。配置されたNPC及びモンスターは侵入者を発見次第すぐさま敵対行動に移る。だが、比類なき伝説の地を、アルンはここまで一戦すら交えず進んでいた。

 それこそが〈旅人〉の粋を極めた者にのみ許された非戦闘系スキルの恩恵であり、最低限の戦闘力しか持たないアルンがどこのギルドにも所属せずソロプレイを貫ける理由でもある。――もっとも認識を欺けるのはNPCに限るうえ、敵対的行動を取ったが最後、二度目のスキル発動は制限されてしまうのだが。

 

 「我は思えど散りぬるを、ここよどこぞ常ならん……♪」

 

 意味不明な改造歌詞を爪弾きながら、アルンはとうとう第六階層にまで踏み込んだ。輝く転移門を通り過ぎると、大氷河が一瞬にして熱帯のジャングルに景色を違える。古代ローマのコロッセウムをモデルにした闘技場の外壁を視界に収め、ちらりと見上げた時刻表示は23:58。

 足を止めず、運指を留めず、歌声は高らかに。

 

 「無為の奥山今越えて、浅き夢より醒めゆく我ら……♪」

 

 23:59

 

 「果てなき旅路に、憂いもせず……♪」

 

 00:00

 

 「……………。……………?」

 

 00:01

 

 はて? と首を傾げた直後だった。

 神速の鞭が蛇のごとく鎌首をもたげ、視界の隅から躍りかかるのが見えた。

 

 

 

 

    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 ――ッッッパァン!!

 

 炸裂した大気の悲鳴と共に、よっし、とアウラは手応えを確信する。

 ナザリック第六階層を守護する双子の片割れ、アウラ・ベラ・フィオーラは己の武装の一つである鞭が期待通りの働きをしたことに満足し、同時に警戒を続ける。そのすぐ隣ではもう一人の守護者、マーレ・ベロ・フィオーレが杖を構え、いつでも魔法が放てるよう備えていた。

 

 「マーレ、どう?」

 「う、うん。三割ぐらいのダメージは、与えたみたい。あ、えっと、魔法で偽装してなかったら、だけど」

 「……え、そんなに? 思ったより弱くない?」

 

 アウラがそう思うのには理由がある。というのも、たった今先制攻撃を仕掛けた相手は自分たちの知覚領域の範囲内――それも恐るべき近距離に、前触れなく、忽然と、その姿を現したからだ。当然そのレベルに見合う実力を兼ね備えているに違いないとマーレ共々判断し、牽制の意味も込めて鞭の一撃をお見舞いした。

 警告? 第六階層まで入り込むような侵入者にそんなものは無用。

 同胞の可能性? ナザリックの住人がわざわざ姿を隠す意味などないし、そもそも階層守護者であるアウラやマーレに気付かれずここまで近寄れるような隠密性の持ち主は、至高の四十一人以外ありえない。

ならば至高の四十一人ということは? それこそ、絶対にありえない。なぜなら異形種のみで構成されたナザリック及びアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに対し、侵入者は間違いなく人間種のエルフだった。

 ――それに、今となっては慈悲深きただ一人の御方を除いて、至高の四十一人はお隠れになっているのだから。

 若干暗い方向にずれた思考を軌道修正しつつ、アウラは己が攻撃した方向にじりじりと足を進めた。威力がやや強すぎたのか、濛々と土煙が上がっている。魔法職であるマーレはその場で待機だ。前衛、後衛の理想的な役割分担。

 ここは闘技場の外壁と密林の中間で、見通しは非常に良い。土煙が晴れたら追撃するか、それとも今更だが誰何の声を投げるか、アウラは少し迷った。鞭による通常攻撃でごっそりと体力を奪えるほど弱い相手なのだから、どうやってここまで侵入したのか調べるため生け捕りにすべきだろうか。いやいや、栄えあるナザリックに忍び込むこそ泥など、尋問の余地なく殺してしまうのが一番だろうか。

 そんなアウラの逡巡を察したのか否か――まず間違いなく偶然だろうが、ほんの僅か足取りを鈍らせた瞬間、侵入者の気配が飛ぶような勢いで遠ざかった。自分ほどではないが、かなりの速さで離れようとする気配にアウラは舌打ちする。

 

 「マーレ! とりあえず殺しちゃったらごめんねってくらいの攻撃で!」

 「わ、分かりにくいよお姉ちゃん!」

 

 後ろから飛んでくる抗議には耳を貸さず、アウラは地面を踏みしめた。靴鋲がガリッと大地を噛み、たった一歩の内にトップスピードを叩き出すアウラの小柄な身体が、侵入者をも上回る速度で追走を開始する。

 密林にはアウラの従えるモンスターが数多く配置されているが、彼らの主人であるアウラが自ら出張っているのだ。邪魔するような真似はせず、むしろ慌てて距離を開け、主人が心置きなく戦えるよう気を配ってさえいた。

 そんなペットたちの心遣いにくすりと微笑み、アウラはその笑みを、すぐさま獰猛な肉食獣のそれと化さしめる。

 

 (見、つ、け、たっ!)

 

 侵入者は無謀にもアウラを撒こうとしているのか、でたらめに方向転換を繰り返していたが、地面どころか樹上さえも跳び回るアウラにそんな生兵法は通じない。ほどなくその線の細い背中を目で捉えた。グリーンの色合いで纏められた装備はともすれば密林の緑に溶け込んでしまいそうであったが、アウラほどの強者には関係のない話だ。

 だが今鞭を振るっても距離がある。走りながら出鱈目に動き回る目標に有効打を決めるのも難しい。弓など言わずもがな。であるならば、近付いてぶん殴るなり蹴っ飛ばすなりして足を止めるのが一番だ。

 もはや十秒と経たず追いつけるだろう背中を前に、アウラは一層の加速を自らに促し、

 

 ――ロン♪ という、澄んだ音を聴く。

 

 「ッ!?」

 

 まるで見えない壁にぶつかったように、アウラの全身に衝撃が走る。それほど強くはなく、透明な膜に衝突して突き破ってしまったような感覚だろうか。ダメージもない。が、僅かなりと減速してしまった。

 いや違う、減速させられたのだ。

 

 (今の攻撃……何? 音? 衝撃波? そういえば楽器みたいなの抱えてたけど、あれって武器なの!?)

 

 未知の攻撃というには弱すぎるが、少しばかり警戒を深めたアウラは戦法を変えた。ただ背後から追いすがるのではなく、自分の更に後方から一定の距離を維持するマーレと共に挟み撃ちにする。

 わざわざ声に出して打ち合わせする必要はなかった。アウラが侵入者の進行方向へ回り込むように転進すると、マーレの気配がその反対側に動いていく。双子ならではの阿吽の呼吸だ。

 これでもう逃がしはしない。さっきみたいに自分を攻撃すればマーレが魔法を放ち、マーレを攻撃すれば自分が距離を詰める。それでチェックメイト。久しぶりの侵入者だけど、意外と楽しめたなぁ――などと、再び標的の背を補足し、その向こう側で詠唱体勢に入ったマーレを見て、既に終わったつもりになっていたアウラはしかし、またもやあの音を聴く。

 

 ――ロン♪ ロン、ラ、ロン♪

 

 「あだっ!?」

 

 ゴチン、と先ほどとは比べ物にならない硬さの見えない壁に激突し、完全に足の止まったアウラは鼻を押さえてその場に引っくり返る。やはりというか、それでもダメージは微々たるものだが、どうやらただの攻撃でも行動阻害系スキルでもなく、実際に見えざる壁を作り出す魔法か何からしい。

 

 (楽師系とか吟遊詩人とか、そういうクラスがあるのは知ってるけど……戦ってるところ見たことないんだよね)

 

 ユグドラシルでは支援職として設定されていたが、余りの個人戦闘力の低さと使いにくさにほぼ趣味キャラとされていた。無論、ナザリックから出たことがなく、本来はNPCでしかないアウラにそこまでの知識はない。

 ん? とそこでアウラは何かが足りないような違和感を覚える。何か、いや何が――と、違和感が頭の中で明瞭な像を結んだ瞬間、アウラはバネの如く跳ね起きた。

 マーレが魔法を発動させた気配がない。

 胸をよぎる焦燥。が、しかし、見渡した視界に、自分と同じように鼻を押さえて引っくり返った弟の姿を見つけて、脱力ががっくりと胸の中に取って代わる。

 

 「――って、侵入者どこ!? ちょっとマーレ、いつまで寝てるの!」

 「お、お姉ちゃん……、う、上……!」

 

 上? と頭上を振り仰ぐが、特に何も見当たらない。それとも魔法職であるマーレには見えているのだろうか。

 その時だった。

 

 ――森の息吹にいだかれる……♪

 

 耳元で囁くような歌声に、アウラはぎょっと周囲へ視線を走らせる。だが、何も見当たらない。

 

 ――小鳥の歌は安らかに、しとねの花はおおらかに……♪

 

 韻を踏んだ、歌というよりは詩を吟じるような声音が、空間そのものを震わせている。

 じん、と脳髄が痺れるような感覚に、アウラは慌てて首を振った。戦闘態勢でありながら、気を引き締め直さなければ守護者である自分でさえ、陶然と聞き惚れてしまいそうに甘く、蕩けそうな、凄絶なまでに美しい、声。

 

 (何、これ……一体、何者……!?)

 

 歌声に軽やかなハープの旋律が加わる。春を祝う明るさと暖かさに満ちた音がゆったりと流れ、昂ぶっていたアウラの神経を宥めていく。あれ? と自分の中で起きている変化に首を傾げた時、アウラは不意に、猛烈な眠気に襲われた。

 

 (え……ちょ、何で……? あたし、アイテムで……睡眠に、は…………耐性……が)

 

 ぐらんぐらんと揺れる視界にこらえきれず膝を付く。もはや、地面の感覚すらない。

 

 ――愛しき子らよ、遊べ、遊べ、夢の随に……♪

 

 油断したから、配下のモンスターを使わなかったから、マーレと分かれて戦力を二分したから。そんな言い訳が通用しないのは分かっている。だが思わずにはいられなかった。

 意識が眠りに呑まれる寸前まで、アウラの胸中には圧倒的な後悔と謝罪の念が渦を巻いていた。そして、ただ一人残ってくださった慈悲深き御方を失望させてしまっただろうことに、黒々とした恐怖が心を蝕む。至高の四十一人の役に立てない守護者など、何の価値もない。いやそれどころか、自分の失態が原因でかの御方がナザリックを離れるような事態になれば、他の者たちにこの命で詫びても、決して足りない。

 

 (モモンガ、様……ごめん、な、さい……――)

 

 ――――どうか、どうかだから。

 ――――自分は、どうなってもいいから。

 ――――でも、お願い。どうか、どこにも、行かないで……。

 

 

 

 

    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 ――ロロン、と演奏の結びが宙に溶けるに至り、アルンはようやく、溜息の塊を吐き出した。

 透明な椅子に座るような恰好で虚空に腰かけ、子供じみた動きでぷらぷらと足を揺らす。

 

 「……何なんだろうね、この状況」

 

 ゲームのサービス終了間際に、古馴染みの友人に会いに行っただけ。……それだけの、はずだった。

 歌ったせいで少し渇いた唇を舐める。……この時点で、もう色々とおかしい。ダイブゲームは各種感覚が付随するとはいえ、結局は受け取った電気信号を脳味噌が処理しているに過ぎない。つまりどれだけ喋り倒したところで唇が渇くことはなく、それ以前に会話は可能でも、舌どころか唇さえキャラデータとして固定されているはずなのだ。

 それが今や口の動きが自分で感じ取れる上に、唾液の分泌まで克明に再現されている。しかも、と、それまでハープを支えていた腕の袖をまくる。とっさに鞭の攻撃を受けた腕は、骨にひびが入ったのか、赤く腫れ上がっていた。ユグドラシルでのダメージは数値的に表現されるに過ぎず、即ちHPの減少という形でプレイヤーは認識する。要するに、こんなリアルすぎるダメージの表れ方は絶対にありえない。

 

 「アイテムボックスは……」

 

 ゲームでそうしていたように腕を持ち上げると、指先の空間が独りでに開いた。ほっと安堵しながら赤いポーションを取り出し、使用――いや、これは飲めばいいのか、それとも振りかければいいのか。見知っているのに得体が知れないという矛盾した液体を、ひとまず傷に垂らしてみる。さすがに、口にするのは気が引けた。どちらでもよかったのかもしれないが、結果として見る見るうちに刺すような痛みは消えていき、痕も残さず治りきった。

 

 「……この痛み、まさにリアル。この治り、まさにゲーム……♪」

 

 チンチロリン♪ とトライアングルを叩いたような音色をかき鳴らしてみるが、どうも気が乗らない。もう一度深く溜息し、アルンは座っていた空中から地面に飛び降りた。

 その一動作で改めて理解するが、恐ろしいほど身体が軽い。そして力強い。同時に、五感も鋭くなっているようで、今なら百メートル先の新聞を読み上げることもできそうだった。でも、とアルンは思う。それはきっと、自分だけではない。

 

 「確か、アウラ……だったと、思うけど」

 

 倒れ伏すダークエルフのNPC――否、きっともう、この呼び方は正しくない。アルンはかぶりを振って、ダークエルフの少女に近付いた。強制的な睡眠状態に置かれた少女は安らかな寝息を立てている。少し離れた少年のダークエルフも同様だろう。

 アルンが知るこの地の主の一人、死の支配者たるを極めた友人は、特殊なクラスにより即死無効の装備や種族的耐性を有する相手だろうと、お構いなしに即死攻撃を与えられるチート一歩手前のスキルを隠し持っている。チートと言い切れないのは、それ以上に頭がおかしいレベルの強さを誇るワールドチャンピオンやらワールドアイテムやらが存在するせいだ。

 そしてアルンもまた旅の吟遊詩人というロールプレイを完遂し、恐らくはユグドラシルでもただ一人であろう特殊なクラスを得た。

 

 〈ポーラスター〉

 

 古来より人が陸で、海で、あるいは空でさえ指標とした北極星。そしてアイドルや歌手の頂点を意味するスーパースター。二つの言葉をかけて生まれたこのクラスは、趣味キャラを趣味キャラにあるまじき性能へ導いた。

 一つがこのナザリックを自在に歩き回るために使用していたスキル、“果てのその向こうまで”(Over and Alter)。効果は〈旅〉に類する行動の一切を制限されない、というもの。さすがにワールドアイテムで閉鎖されたフィールドへ侵入するのは無理だが、それ以外の場所――例えば氷河では魔法や装備による冷気対策が不要となり、マグマの海でダメージを受けることはなく、水中さえ魔法の加護なく進め、トラップ満載の迷宮はたった一つの罠さえ発動させず素通りできる。……本当に素通りできるだけで、モンスターへ攻撃したりすれば、一旦そのフィールドから出るまでスキルの再使用は禁じられるが。

 そしてもう一つが、吟遊詩人としての特殊技術。スキル名、“世界樹の歌を知らぬ者なし(Nobody doesn’t know The Song of YGGDRASIL)”。効果は音楽系スキルに限定した、耐性減少効果の付与。この減少というのが吟遊詩人の特性を大きく表しており、スキルを使用中、少しずつ相手の耐性を削っていくのだ。メモリは1%刻みで、演奏している間は五秒ごとに際限なく削っていく。しかも削ると同時に状態異常を掛け直すおまけつき。

 最初は100%の完全耐性だとしても、五秒後には99%、十秒後には98%。一分もすれば九割を切る。

 徐々に危険度を増す状態異常のロシアンルーレットだが、それだけでは使い道に困るのだとアルンはしばらく気付かなかった。数字の上の確率では50秒が経過した段階で1+2+3+……10/100 = 55/100、つまり二人に一人は状態異常に陥ると信じていたのに、何度実戦を繰り返しても成功率は想定を遥かに下回っていたのだ。

 

 『……は? いやいや、その計算間違ってるから。余事象知らない? ……え、知らないの!?』

 『いけませんね。まだ学生でしょう? 数学の基本ぐらい勉強しないと。そもそも数学は公式を覚えるのではなく、論理的思考力を鍛えるのが目的の科目で――』

 

 ……迂闊に藪を突いたせいでお説教という名の蛇を出してしまったが、プログラマーと教師の意見はとても参考になった。総括して曰く、1 ― (99/100×98/100×97/100×……11/100)で、ようやく50秒以内での正しい確率が出るのだとか。99の階乗を10の階乗で割った数字はなんと147桁であり、これを200桁の0で割るらしい。理屈は分かっても数字を見るだけでげんなりしてしまう。

 この時点でアルンは匙を投げた。とにかく極端に低い確率なのが分かればそれでいい。引き留めようとする二人を振り切り、ユグドラシルの基本に立ち返る。

 

 一つでダメなら、スキルを二つ使えばいいのだ。

 

 完全耐性でさえなければ一般的な状態異常成功確率上昇スキルが効果を発揮するはず。思い至るが早いが、アルンは即座に実験。ああでもないこうでもない、と攻略の議論を交わしていた暇そうな面子に叩き込み、その成果にアルンは満足した。上々の結果が出たのだ。言うまでもなく、後で怒られたが。

 何にせよ最終的にリアルラックが試されるため、廃課金者には別の意味でも悪夢的なスキルである。

 早い段階で二人とも睡眠状態に落とせたのは、アルンが幸運なのか、それとも双子が不運だったのか。

 

 「さて、ちょっと失礼」

 

 口で謝りつつ、ダークエルフの少女の傍にしゃがみ込み、その金色の髪を撫で、褐色の首筋に触れてみる。さらさらとした手触り。温もりと、鼓動。そして――アルンは、穏やかな寝息を立てている少女の目元に光る、小さな、だが確かな雫を目の当たりにした。

 

 「……」

 

 その雫が如何なる情動により流れた物かアルンには知る術がない。だから、ただ優しく、指でそっと拭ってやるぐらいしかできないのだ。

 何度目かの溜息を吐き、アルンは顔を上げた。

 ――無機的な爬虫類の目と、視線が合う。そのすぐ隣では、イヌ科の鼻面が息を殺すようにこちらを見つめている。アルンの記憶が確かなら、イツァムナーとフェンリル。共に高レベルの魔獣。ふと背後を顧みれば、ダークエルフの少年の更に向こうで、木々に身を潜めた巨大な影が、じっとこちらを窺っていた。

 やろうと思えば、独力で血道を開くのも可能だろう。アルンにはそれだけのスキルと装備、経験がある。それは戦って勝つのではなく、あらゆる死地から生き延びる旅人の業だ。……ゲームとの乖離がどれだけあるのか不明な現状、間違いなく悪手だろうが。

 だからアルンは、通じるかどうかはともかく、肩を竦めて提案する。

 

 「とりあえず、暖かいところにこの二人を運びたいんだけど……君たち手伝ってくれる?」

 

 

 

 

 

 




まだストックあるけど、至高じゃないキャラって受け入れられるのだろうか……。

追記:確率の部分を更新。……まだ何か違うような気がしないでもないorz

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