The Song of Yggdrasil.   作:笛のうたかた

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序章 旅人

 遠く、色とりどりの花が炎を咲かせる、終わりの宴が始まった。

 DMMO-RPGユグドラシル、その最終夜を飾るイベントに背を向け、もはやモブモンスターの湧出さえカットされたフィールドをふらふらと歩む影があった。

黄金の稲穂に似た羽飾りが付き、湾曲する広い鍔を持つエメラルド色の帽子。それは、ひと目である職業を連想させる、特徴的過ぎる装備品だ。即ち吟遊詩人――バード、ハーピスト、ミンストレルなどを始めとした、音楽系職業の筆頭株であり、その証のように、歌声が夜の暗闇に透けていく。

 

 「ツワモノどもが、ユメのあと~……♪」

 

 じゃかじゃん! じゃん、じゃじゃん!

 腕に抱えた楽器は見るからにハープであったが、奏でられる音はなぜかギターのように軽快な音程を刻んでいた。細い指先が踊るように弦を爪弾き、即興の音楽に即興の歌を乗せ、吟遊詩人は観客もなしにいずこかへと向かっていく。

 

 「泡よ弾けて夢よ醒め、今ぞ帰るよ其はうつつ……♪ ……今日で終わりとなると寂しくなるねー」

 

 ポロロン♪ と今度は正しくハープの音色を奏でた弦から指を離し、そっと帽子の鍔を押し上げた。

 現実ではありえない金の瞳が夜空を見据え、システム的に動かしようがない表情に、どことなく哀愁を漂わせる。新緑の若葉に似た色合いの髪からつんと突き出た尖った耳は、森妖精(エルフ)や闇妖精(ダークエルフ)に特有の身体的特徴だ。

 キャラクターネーム、ファルン・アルン。〈旅人〉をテーマにロールプレイを極めた、エルフの吟遊詩人である。代償として個人戦闘能力は同レベル帯でも最低クラスだが、ユグドラシルの楽しみ方にルールはない。

 だが、散々楽しんだユグドラシルも今夜が最後。もうこのキャラクターにダイブすることもないと思うと、やはり寂しさは隠せない。

 

 「最後、最後か……。そう言えば、桃の助はイベントに参加するのかな?」

 

 旧友というべきか、悪友というべきか。サービス開始以来の馴染み深いプレイヤーをふと思い出し、その場で足を止める。

 桃の助、とはアルンが初対面の際に勝手に付けたあだ名で、間違いなくマナー違反なのだが、ロールプレイの一環として梃子でも敬語を使わないでいると、やがて溜息混じりに相手の方が折れた。諦めたとか放置されたとか割り切られたとか、表現はともかく、アルンのプレイングを最初に受け入れたプレイヤーでもある。斜陽もまっただ中のユグドラシルで、ギルドの運営費を稼ぐ冒険に何度か付き合った覚えはあるが、思えばここのところ顔も見ていない。

 

 「終了まであと三時間かー。……終わりが始まるその夜に、集え諸人過去を頼りに♪」

 

 ピーヒョロロ! ピヨピヨ、チュン!

 もはや弦楽器どころか鳥の声で歌い出したハープを片手に、アルンの足は自然と記憶をたどっていく。

 幾度となく訪れた彼らの居城。

 毒の沼地に鎮座する、ナザリック地下大墳墓に向かって。

 

 

 ――その選択が、一生を左右するとも知らずに。

 

 

 

 

 

 




初投稿。続きの第一話だけ投稿して寝ます……。

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