エンリ・エモットは森林の中を走っていた。一人ではない、妹のネムを連れてだ。何故彼女たちはこうして走っている?簡単だ、命を狙われているからだ。
エンリとネムは何時もと変わらない平穏な日常を送っていた、筈だった。村人の一人がバハルス帝国の紋章を鎧の胸元に刻んだ騎士に殺された。そして家族の下に逃げたが騎士達は家にも迫ったいたのだ。父と母はエンリ達を逃がすために騎士の進行を阻んだ、その命と引き換えに。
だが逃げ切れなかった。ネムが体勢を崩したのに釣られ、彼女も転んでしまう……直ぐ側には騎士達が。殺される、父や母のように。妹だけでも守らなければ。庇う様に騎士に背を向けると
「くぅっ!!」
背中が熱くなる、それと同時に心臓の鼓動が早くなる、熱さから激しい痛みへと変わる。死ぬだろう、騎士達に切り殺され無残にも、妹を守れずに。目を閉じ覚悟をする。
(せめてネムだけでも……けど、もう……駄目なのかな……?私、死ぬのかな?)
違う、彼女はまだ死にはしない。何故なら───
「心臓掌握グラスプ・ハート」
「かぁっ」
騎士は息を吐き出すような声を上げその場に崩れ落ちる。エンリは何が起こったのか顔を上げるとそこにはこの世のものとは思えない者が居た、死神だろうか、自分と妹を死へと誘う。死神はこちらに向かって歩き出す、気づけば妹の身体が震えていた。目の前に居る圧倒的な存在に恐怖を感じない方が妙な話だ。
だが死神は自分たちに目もくれず横を通り過ぎる。
「ふむ……」
死神……いや、モモンガは心臓掌握が成功した事に、というより自分の魔法自体が相手に通用した事に喜ぶ。この世界は未だ未知数だ。敵となる者が自分よりも10、100倍近い力を持っていれば太刀打ち等出来ないであろう。今回は襲われていた村を助けに来たついでに自分の力を試す意味合いもあった。そして解ったことはもう一つ、自分の内面的な事だ。先程自分が殺した騎士を見る。
――人を殺してもなんとも思わない。
何故か、やはり肉体がアンデットだからであろうか。まあいいと内心呟き、残った二人の騎士に視線を戻す。
「ば、化け物!!」
「そうだ、化け物だ。それで?その化け物相手に貴様等はどうする?」
その気迫に圧され一歩後ずさる。さあ次はどの魔法を試してやろう、そう思ったのだが騎士達の背後の木陰からもう一人騎士が増える。増援かとモモンガは考えるが何やら様子が可笑しい。肩で息をし何から逃げるような……騎士はモモンガに目もくれず仲間に
「おい!逃げるぞ!奴が追って──」
影が騎士を覆った。その瞬間──
「ぎゃあっ!!」
突如として飛来した何かがよって、地面に身体を括り付けられるように倒れる。
「ぐぁあ……だず、げで……」
死に物狂いで助けを求める騎士。胴にはその身体以上の長さはある大剣が突き刺さっており、それがずるりと持ち上がると一気に
「ぎゃっ!!!!」
先程よりも深々と突き入れられた大剣。騎士の身体はビクッと跳ね上がり遂には微動だにしなくなった。剣の主である者はゆっくりと顔を上げ、向けられた視線は騎士達に恐怖を覚えさせ慄き始める。殺される、間違いなく、勝てるはずも無い。そこに居る骸骨の化け物は何やら動かない、逃げるならば今だ。
「にげろぉ!!」
「ひぃいい!!」
逃走、背を向け今まで出した事の無い速度で走る。逃げれればこっちのものだ、味方を引き連れて……その甘い考えは容易く崩れ去ることになるであろう。
「ぬうん!!」
剣を突き刺さった騎士の亡骸ごと持ち上げると、そのまま一気に振るう。亡骸は剣より離れ凄まじい勢いで逃走する騎士へと
「があっ」
短い悲鳴と共に激突し吹き飛ぶ。首は在らぬ方向へと曲がり確実に死を迎えた。
「まさ……か……」
モモンガは驚愕する。そこに居るのは間違いなくユグドラシルの最後を共にした友、そして此方の世界は来ず元の世界で幸せに暮らしているだろうと思った者だ。
「アルさん……」
「ん?ああ!モモンガさん!」
見た目から想像出来ないような軽い反応に彼が間違いなく、彼はアルトリウスだと解る。喜びのあまりアルトリウスの元まで駆け寄った。
「アルさん何で此処に──」
「モモンガさんストップ」
手を上げ待てというジェスチャーを取るアルトリウスは、剣を村の方角へと向ける。
「あそこの村、今どんな状況になってます?」
「鎧を着た騎士みたいな奴等が村人を殺しに回ってます」
「やっぱりか……モモンガさんが此処に居るということは、あの村を助けに来た……ってことでいいんですね?」
何時にも無い真面目な、表情は兜で解らないがその声から察することが出来た。肯定の意を示すようにモモンガは首を縦に振る。向けていた剣は次に彼の肩の上に行く。とんとんと数回剣で肩を叩き
「再会を喜んでる暇はありませんね、アルさん。先にやるべきことをやりましょう」
「賛成です、私は先に村に行って奴等掃討してきます」
「あ、少し待ってもらえます?」
「?」
心臓掌握によって殺した騎士に視線を向け
「中位アンデッド作成……デス・ナイト」
黒いドロドロとした物が現れそのまま死体へと覆いかぶさる。靄は死体へと溶け込んでいくと身体が一度跳ね上がり、ゆらりと立ち上がる。鎧の隙間などから黒い液体が溢れ始め、全体を包み込む。モモンガは「げっ」と若干引いた素振りを見せ、アルトリウスは「お~」と感嘆の声を上げる。
「アルさん何だが楽しそうですね……」
「こんな時に不謹慎かもしれませんが、こういうの結構好きなんですよ」
アルトリウスはダークファンタジー物に目が無い。こういった死体を操る魔法や魂を呼び覚ます魔法、それらに強く関心を持っている。昔モモンガの使う魔法を見て何時も目を輝かせていた。そして死体は姿を変えた。2mを越す身長へとなり姿だけではなく、鎧も武器も何もかもが変わり中位アンデット、デス・ナイトへと変貌した。
「よし、アルさん、デス・ナイトと共に奴等を殲滅してもらえますか?俺はあの少女の傷をどうにかしてから行きます」
脅え二人のやり取りを見ていることしか出来ない少女達の方向く。
「解りました、任せてください」
「お願いします。デス・ナイトよ、アルさんと共にこの村を襲っている騎士を殺せ!」
そう命じると
「オオオオォォォォォォ!!!!」
けたたましい咆哮を上げ、標的を殲滅せんと駆ける。アルトリウスもくるりと方向を変え今も尚殺戮が行われているであろう村へと向かうために、彼は森林の中をデス・ナイトを追うように駆け抜けていく。
※
仄暗くとても広い空間。灯りは中心にある、焦げた捻じ曲がった刀身の剣が立てられた篝火だけだ。そこには大きさはバラバラだが三つの影がある。一つは女性特有の細さを持った人影。一つはその影よりも大きく炎によって照らされる、その身体に纏った黄金の輝き。そしてもう一つはそれよりも巨大で野性味溢れる防具、肩には何かの骨だろう肩当てが装備されている。
「アウラ様とマーレ様から報告があったが、このナザリックは別の場所へと転移したらしい」
「別の場所だと?」
「ああ、何処に転移したかはまだ解らないが、ナザリック周辺は草原になっている」
「それは妙な話さね、大地下墳墓の周りは毒の沼地であろう」
兜によって顎は摩れないが、それに近い動きで「う~む」と野太い声を上げる巨人。
「周辺がどうなってるかはどうでもいい、我等がすべき事は一つ。最後に残ってくださった至高の41が一人……モモンガ様から受けた御命令。この領域を、ナザリックを守護する事だけだ」
「そうだなあ……アウラ殿やマーレ殿の気に入っているこの、あの者が帰るであろうこの場所を守る。それが私達が作られた意義であろう?」
小さな人影は立ち上がる
「そうだ……何時になるかは解らない、だが我等はそれでも待とう。彼が愛したこの地で……」
その言葉を皮切りに空間は闇へと閉ざされた。
この作品を見てアルトリウスに興味を持ってくれた方々が居て嬉しいですね~。
今回の騎士、私的にガッチガチに武器と防具固めて戦う、北の不死院の亡者ですね。つまりチュートリアル!!