ストライク・ザ・ブラッド ー暁の世代ー   作:愚者の憂鬱

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実は第1話や第2話など、既に掲載している話の中でも、読み直して目についたところには修正を入れています。
しかし文を書くのって本当に難しいですね。
自分で自分の作品を読み返すと、それが痛いほど分かります。


異次元の真祖編Ⅱー②

「さーさー娘っ子たち! 集まれーっ‼︎」

 

「……何をするつもりなんだ、凪沙」

 

 遡ること数分前。

 仕事がひと段落ついたことだし、久々に読書でもしようかと思っていた古城の下に、突如開け放たれた自室の扉から、妹と娘たちが勢い良く雪崩れ込んできた。

 何事かと驚愕したが、萌葱が仕事机の中をごそごそと探り、亞矢音が机上のインクを倒し、奏麻がちょっと転んだだけで号泣したりと、あれよあれよと姦しい女性たちにわちゃわちゃと翻弄され、気が付けば何故か一人掛けの椅子に座らされていたのだった。

 

「先に言っとくが、この部屋の片付けは手伝って貰うぞ、凪沙」

 

 椅子の上で腕を組んで、少々威圧的に約束を取り付けようとする。

 

「えぇー……、それこそ娘に手伝ってもらいなよ、やったの私じゃないし」

 

「どんだけ大人気ねーんだお前は!」

 

 思わず声が大きくなってしまった。

 見た目はそれなりに成長したが、中身は全く変わらないな、と口には出さずに悪態を吐く。いや、成長というよりは単に中学生の姿を縦に伸ばしただけか、現に体の起伏は全く成長していない。第一そんな風にきゃっきゃと落ち着きがないから嫁の貰い手も出てこないん……

 そこまで考えて、視界を眩い閃光に遮られる。古城は突然の外的刺激に思わず身体をビクッと震わせてしまった。

 

「うおっ、眩しっ⁉︎」

 

「なんか失礼なこと考えてたでしょ、古城君」

 

「い、いや、別に……?」

 

 図星を突かれ、しどろもどろになって返答する。やはり女の勘とは恐ろしいものだ。その驚異的なまでの的中率は、ここ十年で周りの女性たちから嫌という程思い知らされた。

 しかしさっきの光はなんだったんだと、凪沙の手元に目をやると、そこには黒いカメラが握られていた。

 しかもプロのカメラマンが持っているようなしっかりした作りの一眼レフである。

 果たして妹にそんな趣味があっただろうかと記憶を遡るが、カメラが関係する事柄は何も思い出せない。ではまさか、わざわざ買ったというのか。

 

「今日から一週間、萌葱ちゃんと、亞矢音ちゃんと、奏麻ちゃんと、零菜ちゃん。全員ママが仕事だからいっぺんに預かることになったの! 私って信用されてるでしょ」

 

 はぁ、と間の抜けた返事で返すと、案の定気に食わなかったのか、凪沙は肩に掛けた一眼レフを構えて、再びフラッシュを焚いてきた。

 

「凪沙FLASH‼︎」

 

「うぉ! だから止めろって、目がクラクラするだろ‼︎」

 

「古城君があんまり失礼な態度とるからですぅー‼︎」

 

 大体ねぇ、と腰に手を当てて凪沙が説教を始める。それはまだ幼い頃から、妹がよくとるポーズだった。

 

「本当は父親の古城君が責任を持って面倒見なきゃダメなんだよ! いくら王様で忙しいからって! 萌葱ちゃんは最近落ち着いてきたけど、ほら、亞矢音ちゃんは紗矢華さんいないと直ぐに古城君のところに行きたがるし、奏麻ちゃんは一度泣いたら優麻さんか古城君がいないと中々泣き止まないし、零菜ちゃんだって……」

 

「……ああ、分かってるよ」

 

 自分よりも娘に詳しい妹に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 そう、言われなくても分かっている。

 凪沙は暗に、『何故娘と距離を置くのか』と聞いているのだ。忙しさにかこつけて育児をサボりたいわけではない、愛してないなどそれこそ有り得ない。

 ただ古城にも、愛しているからこそ思うところがあるのだ。

 ズボンの太腿の辺りを掴まれる感覚に気付いて、目線を向ける。どうやら零菜がしがみついてきたらしい。親指をくわえて、じっと古城の顔を見上げている。

 古城はそんな零菜を見て微笑み、撫でてやろうとして、僅かにためらい動きを止めた。

 

「…なんで撫でてあげないの……?」

 

「………………。」

 

「古城君は、何を怖がっているの?」

 

 少しだけ顔を歪めた凪沙の問いかけに、ふぅ、と小さく息を吐く。今度は躊躇してしまわないよう勢いを付け、零菜の腰の下に腕を通し、しっかりとした手つきで抱き上げた。すると零菜はキョトンとした顔を、花が咲くように笑顔に変えて、無邪気に笑い声をあげた。

 古城はそっと零菜の手を取り、何かを確かめるように何度か軽く握る。

 

 優しくて柔らかい。

 自分とこの子が、同じ生き物とは思えない。

 

「…こんなに小さくて柔らかい体を抱く度に、いつも思うんだよ。俺が触れるだけで、一歩間違えるだけで、この子はすぐに死んじまうかもしれない。今まで、自分の力に戸惑いこそすれ、ここまでの恐怖を感じたことはなかった」

 

 それは古城が五年間ずっと胸の内に抱えて、妻の誰にも言い出せていなかった想い。

 凪沙がそれを聞くことができたのは、一重に兄妹の絆が成せたものか。

 

「いつの間にか当たり前になってたんだ。人間なんて簡単に殺せる力を振るうことが。初めて萌葱を、小さな命を抱いた時にやっと思い出したよ……忘れてただけだ、俺はずっと、バケモノだった」

 

 だから、

『守らなければ』、と。

 それは自ら皇帝になる決意をした時よりも、ずっと重い誓いだった。

 娘たちに害を成す存在を全て遠ざけて、ひとつ残らず潰す。幸せな人生を送らせてやる。たとえその「害を成す存在」が、「自分自身」であっても。

 その誓いこそが、バケモノがその子供たちに示すことのできる唯一の愛の形だと、古城はいつの日かそう考えるようになった。

 

 気付けば、抱き抱えている零菜以外の娘たちも古城の周りに集まっていた。

 萌葱は本棚を荒らして落ちてきた文庫本のせいで髪の毛がボサボサに乱れているし、亞矢音は頰に黒いインクを付けている。奏麻は泣き腫らして真っ赤な目を、古城のシャツの裾で拭っていた。それでも今は皆一様に、あふれんばかりの笑顔だ。

 嗚呼、なんと愛おしいのか。今この一瞬の笑顔を守るために自分は命も投げたせる、そう思わせるほど心は震えているのに、古城が浮かべた哀しげな顔は、むしろさらに悲痛で歪んで行った。

 喉をせり上がってきた暗い想いが口を突いてしまわぬように、奥歯を力強く噛みしめていると、突如重く鋭い衝撃が体の中心を貫く。

 

「……っが‼︎?」

 

 その衝撃の正体は直ぐに判明した。

 凪沙の正拳突き、しかも鳩尾にだ。

 学生の頃はずっと貧弱だったはずの妹の、正確かつ抉るような威力の拳に、零菜を床に降ろしてから、古城は膝を折って地に伏し、そのまま悶絶し始めた。

「ホンットに今までの古城君らしくない! ようは親バカ拗らせちゃってるだけじゃない!」

 

 またも腰に手を当てて怒鳴る凪沙。

 

「お、お前こそ……そんなに直接的な武力を振るってくる奴だったか……ッ‼︎?」

 

 全く痛みが引かずに床にうずくまったままの父親の姿を流石に心配に思ったのか、四人の娘たちは戸惑いながらも、一斉に古城の背中をさすり出した。

 

「ぱぱ、だいじょうぶ?」

 

 姉妹の中で一番年上の萌葱が話しかける。

 

「あ、ああ、凪沙おばちゃんが突然空手王に目覚めたりしなかったら、大丈夫だったかもな…」

 

「あれ、ダメだよ萌葱ちゃん! さっき教えた通りパパじゃなくて『古城君』って呼ばなきゃ」

 

「あ! そうだった。こじょーくん」

 

「おい⁉︎ 俺の娘に変な洗脳教育を施すな!」

 

 俺はお父さんかパパって呼ばれたいんだよ、と抗議の声を上げながら、未だガクガクと笑う膝を無理矢理押さえつけて立ち上がった。

 非常にまずい。このままでは他人に、娘たちから名前を呼ばれたところを見られた時、「この国の皇帝は家内になめられている」とか思われてしまうかもしれない。

 なんとかして止めるさせるよう凪沙を説得しようとする古城。しかし先の一撃でかなり弱体化させられてしまった第四真祖は、あれよあれよと気付けば再び椅子に座り直させられていた。

 

「もうっ! 動かないの! 何のためにわざわざ椅子に座らせたのか察してよ」

 

「何のためって……何のためだよ?」

 

「……あんなに沢山奥さん娶ったのに、恋愛面では成長してても鈍感なのは変わらないんだね」

 

 やれやれ、と大袈裟なジェスチャーで諦念を示してくる妹に若干イラッとしながらも、あえて無視を敢行する。

 凪沙は手元の一眼レフをバシバシと叩いて、その存在を強調した。

 

「か・ぞ・く・しゃ・し・ん‼︎ 萌葱ちゃんから聞くところによると、拗らせ系子煩悩 暁古城君は娘たちとあまり写真を撮らないんだって⁉︎ 今アルティギアにいるクロアちゃんとリリアナちゃんには悪いけど、今から一枚撮るから!」

 

「あぁ、そういうことか」

 

 ようやく納得した。

 凪沙はわざわざ、これから撮る親子の写真のために、あれほどに本格的なカメラを購入したのだ。

 

「ほら、萌葱ちゃんが五歳で、零菜ちゃんたちもだいたい三歳でしょ? 七五三も兼ねてさ」

 

「でもいいのか? クロアとリリアナを待ってからでも……」

 

「ラ・フォリアさん今ちょっと国のことで忙しくて、次コッチに来れるのいつになるか分からないんだって。二人もお母さんと一緒に行きたいって言うだろうし。いいの! 今度は古城君の子供たちフルコンプリート版で撮り直すから!」

 

 えへへ、といつまでたっても変わらない明るい笑みをこぼす凪沙。

 申し訳ないような、ありがたいような、もう少し金の使い方を考えろと言いたいような思いになる。

 普段はそんなもの、使わないくせに。

 本当にこいつは……。

 

「凪沙」

 

「? なぁに?」

 

「ありがとう」

 

「……本当になによ、もう」

 

 凪沙は気恥ずかしさから微かに頬を赤く染めて、小さくそう呟いた。

 やはり買ったばかりで慣れないのか、色々なボタンを無造作に押されたカメラが、レンズを伸ばしたり変な音を出したりと目まぐるしく変化する。

 しばらくしてようやく準備ができたのか、よしっ、と言って、古城たちに向き直りカメラを構えた。

 

「はーい! みんなもっと寄って寄って!」

 

 その言葉を受けて、きゃっきゃと声を上げながら娘たちが古城に身を寄せる。古城もまた、それをそっと受け入れた。

 しかし、やがて聞こえるであろうシャッター音に身構えた古城であったが、五秒待てど十秒待てどフラッシュは焚かれない。訝しげに凪沙に視線を投げかけるが、凪沙は凪沙でカメラを構え、レンズを覗き込んだまま動かなかった。

 

「……おーい、凪沙?」

 

「古城君」

 

「ん? お、おう」

 

「……古城君の気持ち、分からなくもないよ」

 

「………………。」

 

「だから、いつか。この子たちが一人前になった時には」

 

 そこで一度、凪沙は息継ぎをする。

 その指は力がこもりすぎて白く滲み、

 その声は何かを堪えるように微かに震えていた。

 

 

 

「ずっと……ずっと一緒に居てあげて」

 

 

 

 

 数秒後、軽快なシャッター音と暖かな光が、古城の世界を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼い頃の夢を見ていた気がする。

 叔母と姉妹たちと、そして父の夢。

 茶色い革張りのソファーで目を覚ました零菜は大きく伸びをして、無理な体勢での睡眠で負荷をかけていた体を解した。

 昨日の朝、初めて母と本気の喧嘩をした零菜はあてもなく走り出し、王宮が保有している首都の外れの高層ビルに逃げ込んだ。

 元々萌葱がメインで使用しているそのビルの最上階にある研究室まで、主である姉にこっそりコピーしてもらった本人認証カードでセキュリティを解除して忍び込んだ零菜は、外れに置いてあった仮眠用のソファーを見つけ、泣き疲れと全速力でそこまで走ってきた疲れもあって、直ぐにそこで泥のように眠りについたのだった。

 

「あーあ、今日どうしよっかな」

 

 部屋を出た時のままの姿の零菜は、現在下着の上からタンクトップとホットパンツを着ただけの非常に露出度の高いものだ。

 よくこれで街中を走り抜けたものだ、と自分で昨日の自分に感心する。

 今居るこのビルも、偶々昨日今日と建物全体で休業だったから良かったものの、もし研究員たちが絶賛勤務中だったらと思うとゾッとした。

 着替えを求めて、ソファーの隣に無造作に置いてあったロッカーを開けてみる。運がいいことに、そこには恐らく萌葱の予備と思われる彩海学園高等部の制服がハンガーにかけてあった。

 

「……でも服があったところで、家に帰る気にはならないなぁ」

 

 零菜自身、既に昨日ほど気持ちが落ち込んでいる訳ではなかった。

 だが、あれだけのことがあってのだ。ほんの一日やそこらでは、この気不味さが拭えるとは到底思えなかった。

 家には帰れない。だが止む終えず制服を着るのなら、皇女である零菜が一人で街中に繰り出していては目立ってしまい、引いては捜索に来た邸の使用人たちに直ぐに見つかってしまうかもしれなかった。そうなると、必然的に今日の行き先はほぼ一つに絞られるのだが。

 

 ふと脳裏に、何故かは分からないが昨日の母の姿が浮かび上がった。

 その口が放った言葉も、一つ一つハッキリと思い出せる。

「あなたに話があったのに……。」

 確か、そう言っていた。

 一体話とは何だったのだろうか。

 そこまで思い出して、そんな母の涙の映像まで連鎖で掘り起こされ、一気に気分が落ち込む。このままではいつまでも嫌な気分のままだ、と自分で自分の頬を張って気合を入れた。

 そうだ、有耶無耶にしなくていい。

 自分の中で気持ちの整理を付けてから、ちゃんと自分の意思で謝りに帰ろう。

 

 零菜は手早く制服に着替えて、夏休み真っ只中の彩海学園に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁零菜がビルを出たのと時を同じくして、ある『物体』が、暁の帝国東海岸に流れ着いた。

 半ばまで砂に埋もれた、直径一メートル程の黒い球体。

 深く海底を潮の流れにのってやってきたそれは、ただの鉄の玉などではなかった。

 球体が、ぐにゃりと歪む。ドロドロの溶岩のように姿を変えたそれは、やがて全長一・七メートル程の、細身な人の形に再形成された。その体表は、分厚い雲のかかった夜空のように黒かった。

 凹凸のない顔面に、クレヨンで表面に書き殴ったような丸い双眸が浮かび上がる。その間を分かつように、今度は縦十字に伸びた鋭利な口が開いた。黒い人影はギョロリと、眼球のない眼で辺りを見渡す。動き、姿、雰囲気の全てが、言語化できない異質の恐怖を醸し出す。

 この物体が現れたのが、一般開放されていない海であったのが幸いだった。もし魔族に耐性がない一般人がこの黒影の姿を見たのなら、その異様な光景は一生記憶の中に鮮烈な恐怖として、消え去ることはなかっただろう。賑やかな海水浴場は、阿鼻叫喚の嵐になっていたはずだ。

 

「ぉ…おおぉお……ぉお…ぉ……」

 

 黒影は、地の底から響くような呻き声を発してながら、西に向かって歩き始めた。

 緩慢な動きながら、その歩みには一切の迷いが感じられない。まるであらかじめ目的地が決められているようだ。

 

「ぉぉおぉ……ぉおぉ…お……ぉ…」

 

 砂浜を抜け、森に入っても、その歩みは常に一定の速さで続けられる。

 やはり黒影は、どう歩けば『目的』に最短で到達できるかを全て理解していたのだ。

 全ては、宿主たる男の思惑。

 (つわもの)たちへの小手調だった。

 

「あ……ぁぁあ…か………っ…つ……き…」

 

 漆黒の隷獣 『天之常立(アマノトコタチ)』は、やがて森の闇の中に溶け込み、そして姿を消した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あぁ、また戦闘か、次は。
本当に書きにくいんだよなぁ。
まぁんなこと言い出したら、常に書きやすいと思って文を書いてることなんてないんですけどね。

因みに隷獣は、眷獣の表記間違いとかじゃないです。
あえて名称の違いを出しました。

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