艦隊これくしょん〜ブラック提督(笑)の奮闘 作:SKYアイス
何故だろうか、何かが可笑しい。思考ができるのにできない、自分で物を考えられるのに考えられない。矛盾しているけど実際にそうなっているのだなら仕方が無い。
体を動かそうとしても体が動かない、意識はハッキリしているのに何も出来ない。
なんで?
右腕を上げようとしてもピクリとも動かない、動かせない。腕が上がらないなら足を動かそうとするけど一緒だ、足も動かない。
なんで?
まるで金縛りにあったようだ……いや、実際に金縛りにあった事は無いがもし金縛りにあったとしたらこんな感覚なのだろうか?
意識もハッキリしているのに、きちんと自分で考えられるのに、体が言う事を聞かない。俺の体じゃないみたいに動いてくれない。
なんで?
声を出す事もできない。簡単なあいうえおや、かきくけこといった言葉すらできない。
腹に力を込めて思い切り叫び声を上げようとするけど、口すら動かない。
怖い。
何なんだこれは、初めての感覚だ。こんな事は知らない……一体俺はどうすればいいんだ?そもそもどうしてこんな状況になっているんだ?
理解ができない、こんな状況になる前後の記憶が欠けている。いや、冷静になるんだ。落ち着け……
そうでないと、この恐怖に押し潰されそうになる。
順番に思い出していこう……俺は鎮守府の提督をしていた、といっても着任したての小さな鎮守府だけれども、初期秘書艦は五月雨、右も左も分からない俺に色々な事を教えてくれた明るく可愛らしい少女、ちょっとおっちょこちょいな所もまた愛嬌があって、そんな彼女に良く癒されていた。
鎮守府で生活するうちに仲間も増えていった、五月雨の姉妹艦も加わって彼女が喜んだのを覚えている。
覚えて……いる。
俺が鎮守府に着任してから暫くして、大規模作戦付近の比較的深海棲艦の守りが薄い海域の調査を任されていた、鎮守府に着任してから初めての大仕事に興奮して大淀にその時の気持ちを話したのを覚えている。
おぼえて……いる。
けど、何やら他の鎮守府が一悶着起こしたせいで、大規模作戦に少なからず影響が出た事を知った。何でもとある鎮守府の感娘を欲した提督が馬鹿な事をやらかしたと……そう聞いていた。
それを聞いて俺は、面倒な事になっているなと……思って……それで……
それで、どうなったんだっけ?
あれ?俺は何をしていたんだ?
駄目だ、ぷっつりと記憶が途切れている、そうだ、五月雨なら何か知っているかもしれない。
おーい、五月雨ー、どこだー?返事してくれー。
あ、そっか、声が出ないんだっけ?
体も動かせないし、声も出せない……でも意識はハッキリしているんだ。
あぁ……でも自由になれる所はあるな。それは耳だ、心地良い海水の音が聞こえるのが分かる。
「嫌ぁぁぁぁぁ!!!!!提督ぅぅぅぅ!!!!!」
何だ?誰かが叫んでいる、うるさいなぁ……てかこの声は五月雨じゃないか。良かったそこにいたんだな。五月雨が傍にいるなら安心だ……さっきまでの恐怖も嘘のように消えた、やっぱりお前は最高だよ。
「嫌!嫌!目を開けて下さい!死なないで!提督!」
おいおい、死なないでって何言ってんだよ五月雨。まぁ確かに色々と変な所はあるけどさ、それに死ぬ訳無いだろ?意識はハッキリしてるんだから。
もし死ぬ寸前なら意識はハッキリしてる訳無いじゃないか。だから……
そんな、声を出すなよ……俺もなきそうになっちゃうじゃないか。
「駄目、止めて!神様提督を連れて行かないで下さい!お願いします!お願いします!お願いします!」
かみだのみなんて、さみだれらしいな……てかおれはなにやってんだよ、さみだれをなかすなんて、おとことしてさい、ていだ、な、そうだ、おれがわらえば、さみだれも、わらって、くれ、るよ………………な…………………
「あ、あぁ……だめ、いや、ていと……っ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「初めまして、本日付けで当鎮守府に着任した雨音雫と申します……とまぁ堅苦しい挨拶はこの位にしてと、これから宜しくな五月雨!」
初めて会ったときは明るい人だなと思いました。聞いた話によると民間からの募集で提督になったとの事で、軍の規則や鎮守府の運営もまだまだ分からない事だらけとの事でした。
「うーん、目上の人に対して……先輩とか先生に対する態度よりも気を付けないといけないんだよな……大淀、何か変な所があったら教えてくれよ?」
「私は提督の先生ではありませんよ?それにそう言うのは事前に研修で完璧にしたのでは?」
「そ、それはそうだけど……どうしても不安なんだよね」
「仕方無いですね……ふふっ」
「わ、笑うなよ!」
提督は分からないことは素直に聞く人でした。提督が言うには俺は分からない事が多いから、勉強するんだって言っていました。
「なぁなぁ!聞いてくれよ!この間佐世保の天色陸斗って提督と一緒に飲みに行ったんだ!凄く良い人だったぜ!まぁ俺未成年だしまだ酒飲めないけど、そんな事気にしないで俺に良くしてくれたんだ!」
楽しい事や嬉しい事があったらすぐに私や他の感娘に嬉しそうに話してくれました。その時の提督の表情はキラキラ輝いていて……私も一緒に喜んじゃう事もありました。
「今回の海域で保護したって?……白露?へぇ、姉さんなのか!良かったな五月雨!再会できてさ!そうだ!お祝いしようぜお祝い!金は大丈夫かって?これでも俺の給料って良いんだぜ?奢りだ奢り!」
初めての姉妹艦との再会の時も、提督は自分の事のように喜んでくれて、私と白露姉さんを連れて美味しいご飯を食べさせてくれました。
「え?何時も失敗してごめんって?気にすんなよ!というか俺も失敗ばっかだしさ……あぁ……その、何ていうか……失敗は成功のもとって言うじゃん!俺も失敗をして勉強しているし、五月雨も勉強すればいいんだよ!失敗は繰り返さなきゃ失敗じゃない!初めての失敗は人生の勉強だ!俺はそう考えている!」
私がドジをしちゃっても、提督は笑って許してくれて……本当に、良い人で……
「俺さ、好きなんだよ……この海が、お前達に俺の知っている海を見せたい、深海棲艦との戦争ばっかりじゃない綺麗な海。お前達に知って欲しいんだ、とても……言葉じゃ表現出来ないくらいに綺麗な海をさ、そう思ったら力が湧いてくるんだ、それが俺の夢……あーもう!恥ずかしい!今のナシ!忘れろ!」
「提督、流石に寒いよ……」
「白露ぅ!忘れろって言っただろぉ!?てか五月雨笑うなよ!」
「あははは!」
「白露も笑うんじゃねぇぇぇ!!!うがぁぁぁぁ!!!」
良い人……で……
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
私の目の前には血塗れの提督が横たわっていた。
たまたまだった。私と白露姉さんで街にお買い物に行っていたら、鎮守府の方から煙が出ている事に気が付いて……急いで鎮守府に向かったけど、そこにあったのは燃える建物と瓦礫の山。
白露姉さんと私は一緒に行動して生き残っている人がいないか……提督は無事なのかを確かめた。
そして、見つけた……四肢が千切れて、全身に酷い火傷を負った提督の姿を……変わり果てた提督の姿を。
それを見た白露姉さんは気を失ってしまった、私も溢れてくる吐き気を抑えきれずに吐いてしまった。
でも、それでも私は提督の元へ向かった。
提督の側に来たら、私は提督に必死に呼びかけました。心臓の音も確かめました。神様にもお願いしました。でもどんどん心臓の音が小さくなっていきます。
必死に叫びました、喉が張り裂けそうになるほどに痛みます、でも声を出すのを止めません、止めたら提督が遠い所に行ってしまう気がして……なのに
どうして、私を置いていったんですか?
「ていとく………!」
なみだが、とまらない。
「ていとくっ、ていとく!ていとく!やだ……やだ!やだやだ!やだやだやだぁ……いやぁ……あ、ぁぁ……!!」
だって……わたし、あなたのことが……!!
「うわぁぁぁぁぁぁん!!!!!うぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ずっと、すきだったのに…………
うん、五月雨、白露、ごめんな。