魔法少女の騎士   作:アンリ

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第6話 飛べない鳥

 美樹さやかの横にある扉を抜けるとそこは夕焼けに染まる広い個室へと繋がっている。

 病室とは思えないほど床がカラフルで、大量の書物が収まった本棚と一つのベッド。

 それ以外にはただ空間が広がっているだけの病室だ。

 美樹さやかは一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 病室に入る時に行ういつもの動作で、それは普段より少し鼓動を速める心臓を落ち着かせる効果があった。

 窓を開けているため、心地よい秋の風が窓から廊下へと吹き抜けている。

 そして美樹さやかは、その柔らかな風を全身に感じながら病室へと入っていった。

 靴がローファーのため足音がコツコツと鳴り響く。

 その音に導かれ、ベッドの上から窓の外を眺めていた少年が病室の入口に目を向けた。

 

「やぁ。」

 

 軽やかなあいさつ。

 まるで気軽に話し合える仲のようなあいさつではあるが、それはその通りである。

 ベッドの上に横たわる少年、上条恭介は美樹さやかの幼馴染である。

 それを示すかのように柔らかな笑顔とまなざしが、美樹さやかを迎え入れていた。

 

 幼少の頃美樹さやかの両親が、自分たちの娘、美樹さやかの男勝りな性格を改善すべく、ヴァイオリンの稽古に通わせたことが2人の出会いの始まりであった。

 当時より、これまた両親の影響でヴァイオリンを学んでいた上条恭介がその教室に通っていた。

 友達と遊べない不満や精密な動作を嫌いとしていた美樹さやかはともかく、上条恭介のフィンガリング技術は同年代のそれをはるかに凌駕するほどだった。

 『天才』

 2人が小学校に入学する時には、すでに上条恭介にはそんな俗称が付いていた。

 美樹さやかよりも小さな体躯から奏でられる旋律。

 それはヴァイオリンの稽古に嫌気がさしていた美樹さやかを、ヴァイオリン教室へと向かわせる一つの要因になりうるものだった。

 

「はい、これ。」

「わぁ…いつもありがとう。さやかはレアなCDを探す天才だね。」

 

 その頃から上条恭介は美樹さやかにとって、単なる同じヴァイオリン教室に通う同い年の男の子…ではなくなっていた。

 聞く人を魅了するヴァイオリン技術と表現力。

 練習の合間には優しく懇切丁寧に教えてもらうこともあった。

 …しかしそれよりも美樹さやかが教室に来ると向けられる柔らかな笑顔。

 美樹さやかはこの笑顔が大好きであった。

 そしてその笑顔は今も変わらず美樹さやかの胸に語りかけてくる。

 胸の奥に潜む心をときめかせ、顔を紅くさせる。

 幸い夕焼けが差し込んでいるため、紅潮する表情をごまかすことが出来た。

 

「あはは…そんな運がいいだけだよ、きっと。」

 

 運良く三件目のCDショップに置いてあった、上条恭介が大好きなヴァイオリニストのCD。

 多い時には十件以上、遠い時には一時間以上かかる県境にまで足を運ぶことを考えれば、本当に運が良かった。

 上条恭介はCDを受け取ると近くに置いてあったCDプレーヤーを手に取り、早速新品のCDをセットする。

 柔らかな笑みを浮かべながらイヤホンを片耳に付けると、もう片方のイヤホンを美樹さやかに差し出した。

 

「この人の演奏は本当にすごいんだ。さやかも聞いてみる?」

「いっ…いいのかな?」

「本当はスピーカーで聞かせたいんだけど、病院だしね。」

 

 残念、と言いたげな表情を浮かべる上条恭介。

 その手に握られていた片方のイヤホンが美樹さやかの耳へと収まる。

 お互いの距離があるために耳に収まるイヤホンを引っ張り合う。

 それを上条恭介が美樹さやかに頭を近づけることで、イヤホンのコードをたわませた。

 一つのイヤホンを2人で聞く。

 お互い頭を近づけ、奏でられる音に耳を傾けた。

 しかし美樹さやかにとってはそれどころではない。

 紅潮していた顔がさらに熱を帯び、もはや夕焼けではごまかせないほどに紅くなっていく。

 音楽など到底耳に入らない。

 

 夕焼けが差し込む病室。

 そこには夕焼けのように顔を真っ赤にした美樹さやかと…

 CDを聞きながら窓の外を眺め、1人涙を流す上条恭介の姿があった。

 

 涙を流す上条恭介の左手には…天才的なフィンガリングを支える左手には包帯が何重にも巻かれていた。

 

 

 

 

 

第6話 飛べない鳥

 

 

 

 

 

「さてっ…それじゃあ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか。準備はいい?」

 

 4人はそれぞれが注文した飲み物に手を付ける。

 先日巴マミの家で飲んだ紅茶に比べ手軽でチープな紅茶ではあったが、簡単に紅茶の香りと味を楽しめるとあって店内にはそれなりの人でにぎわっていた。

 ゆえに巴マミは放課後ここに集まるように3人に先に言っていた。

 周囲の雑音により、普段通りのトーンで話をしても周りを気にする必要が無い。また紅茶も飲むことができ、その後の用事に出向きやすい点も巴マミにとって良い待ち合わせ場所と判断された。

 白い蓋つきのカップをそれぞれのトレイに載せ、巴マミが口を開く。

 その表情は幼稚園の先生が見せるような、とても温かく柔らかな笑顔だった。

 

「準備になってるかどうか分からないけど…持ってきました!」

 

 美樹さやかは机の下から勢いよくテーブルの上に、長さ1メートルほどの細長い棒のようなものを取り出す。

 それは黄土色の布に巻かれていて、なぜか登下校中から常に持ち歩いていた一品だった。

 巻かれてある布を引っぺがすと、その正体はすぐさま現れる。

 

「何もないよりはマシかと思って。」

「なんでそんなの持ってんだよ…」

「まぁ…そういう覚悟でいてくれてるのは助かるわ。」

 

 中身は少年野球などでよくつかわれる金属バット。

 幼いころ近所のわんぱく男子小学生に混じって野球をしていた美樹さやかならではの準備の仕方であろう。

 瀬津そうまと巴マミにとって、本気なのかふざけているのか分からないところがたちの悪い。

 ちなみに鹿目まどかは心構えとして、自身の魔法少女コスチュームを考えてきていたのだが、男子である瀬津そうまに見られるのが恥ずかしくて、ノートをカバンの中にしまったままキュゥべえを抱えていた。

 

「それじゃあ簡単におさらいね。魔女や使い魔を倒すのにはこれを使うの。」

 

 2人の意思を確認した後、巴マミは金色の宝石を取り出した。

 ウズラの卵ほどの大きさのその宝石は、内側から光を放つように燦然と輝き、温かみさえ覚えるような光を放つ。

 

「昨日も説明したと思うけど、これがソウルジェム。魔法少女の魔力の源でもあり、魔女と魔法少女を引き合わせる戦の石。これが強く発光すると近くに魔女の気配があることを意味しているの。」

「簡単にいえばひたすら街を歩き回って、ソウルジェムが反応する場所を見つければいい、ってことだね。」

「げぇっ…当てもなく歩き回らなきゃいけないんだ…」

 

 テーブルに肘を突いてため息を吐く。

 

「呪いによる影響は交通事故や暴力事件に発展することが多いの。そういったことから大きい道路や歓楽街に魔女が潜んでいることが多い、って目星は付けれるけど…とにかく足を運ばないことには見つからないわね。」

「えっと…それで魔女は人に変な呪をかけるから、それを防げばいいんですよね、マミさん?」

「そうね。人に呪をかけた魔女を倒せれば、その人にかかった呪も解けるから速やかに倒さなきゃいけないの。」

「…もし放っておいたら…」

「その人たちは死ぬだろうな。」

 

 残酷なまでに突き放すような瀬津そうまの一言。

 その一言は鹿目まどかの心に深く刺さった。

 日常をただ全力で過ごしている普通の人が、運悪く魔女の結界に入り込んでしまうビジョンが次々と浮かび上がった。

 そのビジョンには鹿目まどかの両親や弟の鹿目タツヤも例外なく映し出される。

 …急に鹿目まどかは震えが止まらなくなった。

 

「まぁそうはさせないようにするのが、俺達の仕事なんだ。とりあえずどんなものか、今日は観客気分で楽に見ててくれよ。」

「あっ…うん。ありがとう、瀬津君。」

 

 その怯えを見せる鹿目まどかを心配して、瀬津そうまは笑みを浮かべ声を掛ける。

 前日も身を呈して自身を守ってくれた瀬津そうまが言う言葉には、不思議と人を安心させる雰囲気を秘めていた。

 …しかし身体の震えは治まることはない。

 

「でもそうまは魔法使えないんでしょ? どうやって戦うのよ?」

「基本的に私が前衛で魔女を倒して、そうま君が2人を守るような陣形をとるから安心して。それにそうま君だって男の子なんだから、やるときはやってくれるわよ。」

「マミ…相変わらずプレッシャー掛けるのが巧いな…まぁ女の子を守るのが男の使命だからな。精一杯頑張らせてもらうさ。」

「もちろん本当に危なくなったらいつでも言ってね。僕と契約すればすぐにでも魔法少女になれるから。」

「こらっ、女の子を急かすんじゃないの。」

 

 こうして鹿目まどかと美樹さやかの魔女退治体験が始まった。

 

 

 

 

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「ティロ・フィナーレ!」

 

 巨大な大砲のような形をしたマスケット銃が、目玉を身体の至る所につける大きなコインのような使い魔に向けて火を噴く。

 巴マミの必殺技とも言ってもいい巨大な銃撃に、数十匹いた円形の使い魔は跡形もなくその姿を消した。

 

「ほいよっ!」

 

 巴マミが数十のマスケット銃を扱っている後ろで、鹿目まどかと美樹さやかを守るように、集まる使い魔を文字通り蹴散らしていく瀬津そうま。

 蹴り飛ばされた使い魔は、数十メートル先の虹色の壁まで転がるように吹き飛ばされていく。

 

「マミ! ラスト右に八匹だ!」

「任せて、そうま君!」

 

 巴マミが右手を横に薙ぎ払う。

 するとそこにはいつのまにか銀のマスケット銃が八丁並んでいた。

 銃口はそれぞれが一匹ずつを狙い澄ますように向けられている。

 そして撃鉄は瀬津そうまが指を鳴らす音を合図に、残る使い魔全てに向け発射された。

 銃撃は見事全弾命中し、円形の使い魔に野球ボールほどの穴が空いていく。

 そして形の崩れた使い魔たちは砂のようにさらさらと崩れ落ち、地面へと消えていった。

 それと同時に辺りを包んでいた目に悪いカラフルな空間は音もなく崩れ去っていく。

 数秒後には辺りは暗いコンクリートの壁に囲まれた光景に戻っていた。

 

「あっ、戻った。」

「使い魔は一掃できたからね。とりあえずもう安心よ。」

 

 巴マミのソウルジェムに導かれやってきたのは廃墟のような一つのビル。

 『貪欲』を宿す魔女の手下である『硬貨』の使い魔が生み出す結界に入ってから十五分ものの間で、四人は再び現実世界へと戻ってきていた。

 

「なんか意外とあっさりしてるね。全然危険、って感じもしなかったし。」

「そう? 私はなんか不気味ですごく怖かったよ…」

「俺もさやかに金属バット向けられた時は死ぬかと思ったな。」

「それはそうまが急に前に出てくるから~」

「俺が受け止めてなかったら、隣にいたまどかにも当たってただろうが!」

「いや~さすが男の子だね~。私のフルスイングをいとも簡単に受け止めちゃうんだもん。さやかちゃん感動しちゃったよ~。」

「あのときが一番冷や汗かいたわ!」

「あはは…」

「はいはい、じゃれあうのはそこまで!」

 

 魔法少女のコスチュームから見滝原中学の制服に戻った巴マミは、仲裁するように手をパンパンとたたきながら瀬津そうまと美樹さやかの間に割って入る。

 

「今日は魔女じゃなくて使い魔だったから簡単だったけど、気を抜かないでね。今後魔女が出てきたらもっと危険な目に遭うかもしれないんだから。」

「今日のは魔女じゃなかったんですか?」

「いわば魔女の手下ね。こいつらは魔女ほどの呪を持っているわけではないんだけど、それぞれが人間を捕食して魔女へと成長するこれまた厄介な存在なの。」

「何か明確な違いがあるんですか?」

「はっきりとしたものはないけど、使い魔は基本的に私たちくらいの大きさで、魔女は10メートル前後の大きさなことが多いかな。もちろん例外はいくらでもあるけど。」

「あとは結界の最深部にいるのが魔女の可能性が高いね。」

 

 鹿目まどかは魔女と使い魔の違いを感覚的に理解した。

 それを今後使う機会があるのかはまた別の話だが…

 

「それじゃあ今日はこのくらいにすっか。暗くならないうちに帰ろうぜ。」

 

 時刻は18時を回り、夕焼けを侵食するように夜が街には広がっていた。

 前日巴マミの家で魔法少女について簡単な説明を受けていたため、帰宅時間が20時を越えていたことで、母親に一言苦言を呈されていたことを鹿目まどかは思い出す。

 

「そうね。それじゃあ今日はこのくらいにしましょう。鹿目さん、美樹さん、良かったら明日も魔女退治をするけどどうする?」

「もちろん俺もいるからな。」

 

 2人は目をあわせる。

 その目にはすでに答えが出ているような真っすぐな目をしていて、お互いがそれを読み取ると、2人はそろって勢いよく首肯した。

 

「分かったわ。それじゃあ明日も今日と同じ場所で待ち合わせね。それじゃあ私はこっちだから。そうま君、ちゃんと2人を家まで送り届けるんだぞ?」

「分かってるって、マミ。」

「うふふっ、それじゃあまた明日ね。さようなら。」

「あっ、はい! 明日もお願いします!」

「さようなら~マミさ~ん!」

 

 そして金色の髪を持つ少女は1人大通りを曲がり、小道へと入っていった。

 去り際の巴マミの表情はほほ笑んでいるように嬉々としたものであったが、それを感じ取れたものは瀬津そうま以外にいなかった。

 

「それじゃあエスコートさせて頂きますよ、お嬢様方?」

 

 そして巴マミの姿が見えなくなったのを機に瀬津そうまが2人を帰り道へと誘う。

 夕焼けがわずかに残る世界を歩いていく3人と一匹。

 こうして魔女退治体験の一日目は終了した。

 

 


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