魔法少女の騎士   作:アンリ

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第33話 beyond the time

「くそっ! 数撃ちゃ当たる戦法かよ!」

 

 野球ボールのような形の使い魔を叩き落とし、続けて飛来してくるもう1匹の使い魔を身体をひねることで避けた。

 速度はあまりない。

 しかし同時に飛来してくる数が厄介だ。

 こぶし大の使い魔が80km程度の速度で縦横無尽に飛び交う。

 瀬津そうまの周りにだけでも、その数はざっと30匹を越えていた。

 今度は同時に4匹。

 両肩を狙う2匹をしゃがんで避け、両脚を狙っていた2匹を右腕を裏拳で吹き飛ばす。

 息つく暇もないまま、続けざまに使い魔は群れをなして飛んでくる。

 瀬津そうまはちらりと2人の様子を見る。

 美樹さやかが鹿目まどかを担ぎながら逃げ続け、鹿目まどかがその体勢のまま矢を放つ。

 2人の方は何とかなりそうだ。

 

 同時に跳んでくる5匹の使い魔を、1匹は右手で握りつぶし、2匹は避け、1匹は蹴り飛ばし残りの1匹ごと吹き飛ばす。

 かれこれ30分は続く緊張感。

 野球場のような黒土のグラウンドのど真ん中に立つ瀬津そうまに休む暇はない。

 結界内だからか、真夏のような暑さと照りつける太陽もどきが、瀬津そうまの体力をより一層削っていく。

 体中から汗が噴き出ている…にもかかわらず、瀬津そうまの息はいまだ乱れていない。

 少しばかり息遣いが速くなっているだけだ。

 肩から息をするほどではない。

 あと少し…あと少し耐えれば2人が加勢できるはず…

 状況を冷静に判断した上での結論だが、半ば他人任せな考えを頼りに身体を負けじと縦横無尽に動かしていく。

 

 5匹がまとまって飛んできた。

 それを横に跳ぶことでかわす。

 グラウンドを転がる瀬津そうまに向かって、2匹の使い魔が飛んでくるも右手と左足で何とか弾き飛ばした。

 体勢を立て直す暇もなく正面から5匹の使い魔がまとまって飛んでくる。

 さらには後ろから3匹、右から2匹も同時に迫っていた。

 

「ここは…っ!」

 

 その状況で瀬津そうまは敢えて右に跳ぶ。

 前後から迫りくる使い魔を避け、さらに右から来る使い魔を身体のひねりだけで避ける。

 そしてその瞬間、左側の空いていたスペースに6匹の使い魔が次々と地面に突き刺さった。

 バスケットボールが跳ねたような音が大音量で連続的に響き渡る。

 もしも左に避けていたら、頭上から迫る6匹の使い魔にやられていただろう。

 計16匹の使い魔による連携攻撃。

 その目論見すらも一瞬で看破する。

 

「ふぅ…」

「そうま!? 大丈夫!?」

 

 大きく深呼吸をして未だに周りを囲うように飛び続ける使い魔に視線を配ると、丁度その時美樹さやかの声が遠くから聞こえた。

 振り返ることをしなくても分かる。

 どうやら2人は使い魔と魔女を退けたらしい。

 つまりはあとは目の前にいる使い魔だけだ。

 2人も援軍として加勢してくれる。

 今宵の魔女退治も終幕だ。

 …しかし、窮鼠猫を噛む、という言葉も存在する。

 

 1匹の使い魔が顔面めがけて飛んでくる。

 速度は今までのより幾分か早い。

 しかしその程度では瀬津そうまにとってはどうということはない。

 飛んできた使い魔を伸ばした右手でいとも簡単に掴み、そして握りつぶす。

 その時だった。

 掴んだ使い魔の影に隠れて、もう1匹の使い魔がコースを変えて瀬津そうまに襲いかかったのだ。

 狙いは瀬津そうまの右わき腹。

 野球で言うところの、まるで変化球のフォークのようにコースを変えた使い魔は、吸い込まれるように瀬津そうまの右わき腹に迫り…

 そして瀬津そうまの右肘と右ひざによって潰されることとなる。

 咄嗟の判断、咄嗟の機転。

 これだけの策を持ってしても、使い魔程度では瀬津そうまの身体に傷一つ付けることは叶わない。

 

 …しかしそれは瀬津そうまが万全の状態の時に限る。

 

「そうまっ!?」

「くっ!?」

 

 右わき腹にコースを変えた使い魔のさらに後ろ…

 影から現れた3匹目の使い魔が、今度は瀬津そうまの左足の太ももにめがけコースを再度変えた。

 瀬津そうまは確かに3匹目の存在を理解していた。

 しかしそれを理解したのが、右腕と右足で2匹目の使い魔を倒す瞬間…

 丁度使い魔の様子を見下ろせる状態になった時になって、初めて3匹目の使い魔がいることが分かったのだ。

 右腕で1匹目、右足で2匹目を倒すまではまだ良かったのかもしれない。

 しかし…左足一本しか動かせない状態では、いくら反応速度が常人離れしている瀬津そうまといえど避けることは叶わない。

 3匹目の使い魔が左の太ももに迫る。

 …瀬津そうまは短く舌打ちをした。

 

 そして結界内に鈍い音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第33話 beyond the time

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあお大事に。」

「ありがとうございました。失礼します。」

 

 一礼した後、診察室を出る。

 すっかり通いなれた病院であるが、今日になって初めて別の科の医者に患うこととなった。

 全ては自分の不注意…と瀬津そうまは柄にもなく反省しきりだ。

 病院のロビーにもどると鹿目まどかと美樹さやかが心配そうな表情で迎えてくれる。

 大丈夫だ、と一言告げるとすぐさま受付で支払いを済ませ3人肩を並べて病院を出た。

 

「肩、貸そうか?」

「ははっ、この程度の怪我で女の子に力借りちゃ、男失格だよ。」

「そんな…瀬津君は1人であんなに頑張ったのにそんなことないよ。」

「そうそう。たまには私たちに世話焼かせなさいっての。」

「イタッ!?」

 

 ひょこひょこと左足をかばうように歩く瀬津そうまに心配しきりの鹿目まどかと美樹さやか。

 男のプライドを見せると、女子である2人は一蹴し、美樹さやかに至っては怪我している左足の太ももを軽く叩いた。

 つい声を上げてしまう。

 

 

 あの後、使い魔の群れは美樹さやかが全て一掃した。

 近づく使い魔を眼にもとまらぬ速さで切り裂き、隙を突いて鹿目まどかや瀬津そうまを狙う使い魔すらもその隙すら与えず切り伏せた。

 瀬津そうまはそのまま病院に直行。

 なんとか骨折までは至らず、やや重症な打ち身程度で済んだ。

 今現在も湿布と塗り薬で療養中だ。

 それを説明すると、鹿目まどかの表情も幾分か晴れる。

 

「やっぱり、あたしが治してあげるって。」

「こんぐらいの怪我ならすぐに治るって。人間楽しすぎちまうと、すぐ堕落していくんだ。だから宿題の答えを人に聞くのはほどほどにしろよ?」

「それとこれとは関係ない! 今回は他人のために、あたしから動くんだから別にいいでしょ!?」

「なんだか今日はやけに熱いね~…良いんだよ、このくらい。」

 

 それでもなお心配を続ける美樹さやかに、ひょこひょこと歩きながら瀬津そうまは満面の笑みを浮かべる。

 太陽は姿を隠し月が顔を出している世界に、瀬津そうまの表情がやけにしっくりときた。

 不意に美樹さやかの心がトクンッと揺らめく。

 慌てて顔をそむけ、脊髄反射で何か言葉を返す。

 意識をせずに紡がれたその言葉は刺々しさを含んでいたようで、瀬津そうまはそんな美樹さやかの一言を聞いて苦笑いをしていた。

 鹿目まどかも何やらびくりと肩を震わす。

 

「とにかく、今日はもう帰ろう。明日の数学の宿題もやんなきゃなんないしな。」

「えっ!? そんなのあったっけ!?」

「…まさかまどかまで、さやかみたいになっちゃったのか…」

「ちっ、違うよ! ちゃんとやるつもり…だったよ?」

「…まぁ俺は先生でも何でもないし、こんなことで口うるさく言ってもしょうがないか。そんじゃあ今日は悪いけど先に帰らせてもらうわ。そんじゃ。」

「じゃあね、瀬津君!」

「…バイバイ。」

 

 左足をかばうようにして、瀬津そうまは自宅へと帰っていった。

 そこがまた誰も待つ人がいない部屋だと思うと、美樹さやかの心は再び震える。

 

 また独りきりにしてしまう…

 

 ふと瀬津そうまの背中に向けて右腕を伸ばした。

 もちろんそれは届くこともなく、すぐに下ろされる。

 決して触れることのできない距離。

 瀬津そうまのことを深く知れば知るほど、その背中は遠くへと消えていってしまう。

 路地を曲がるまで、視線はその背中を無意識に追ってしまう。

 鹿目まどかと2人で瀬津そうまの様子をうかがっていると、それに気付いた瀬津そうまはもう一度安心させるように満面の笑みで腕を上げ、そして住宅街へと入り込んでいった。

 どうやら脚のことを心配していると思ったらしい。

 事実、鹿目まどかはそのような感情を持って、瀬津そうまを気にしていたのだろう。

 しかし美樹さやかは…

 

「それじゃあ私たちも帰ろうか?」

 

 鹿目まどかが声をかける。

 その言葉に反応し、2人して並んで帰路に着いた。

 鹿目まどかは心配そうな瞳をしながら、何か笑顔で話している。

 心やさしい親友のことだから、きっとそれは瀬津そうまのことについての話だろう。

 

 瀬津君なら大丈夫だよね…

 瀬津君も無理しちゃうから心配だね…

 

 耳には入ってこないが、きっとそんなことを話していたに違いない。

 何となく相槌していたら鹿目まどかは少し納得した様子を見せ、別れを告げ交差点を右に曲がっていった。

 鹿目まどかを習い、その姿が見えなくなるまで大きく手を振り返すと、またもなにも掴むことはできなかった右腕を下ろし左へと曲がっていく。

 

 家に入ると母親の姿がそこにはあった。

 美樹さやかと同じ蒼色の髪を片方のサイドに纏める、所謂サイドポニーの髪型はどこか子供らしさを残す母親にとても似合っている。

 今日はちょっと奮発して、外に食べに行こうか! という美樹さやかのリアクションを求める母の言葉を聞き、おっ、良いね!、と返す。

 それじゃあどこに食べに行こっか?、と少しの間をおいて話を続ける母。

 

(…きっと無理をしていることに気付いたんだろうな。)

 

(…無理?)

 

(…無理って…なにを…?)

 

 

 

 

 父親の土下座しかねないほどの勢いに母娘ともども押される形で、今晩の食事を近くの焼鳥屋に決定した美樹家は、22時を回ってようやく帰宅することとなった。

 父の背中には母の姿。

 顔を真っ赤にし、ぐったりとしたその様子は…まぎれもなくただの酔っ払いだ。

 普段は一家の大黒柱の様な母だが、お酒が入るとこのようにみっともない姿を見せることが多い。

 いや、むしろ100%と言っても過言ではないだろう。

 母のことをよくあらわしているサイドポニーも、お酒を飲むとクッタリと元気が無いように見えた。

 またこういうときだけ、父がとても頼もしく見えるのもきっとお酒のせいなのだろう。

 いつも自信なさげな父の表情が、2割増しぐらい締まって見える。

 母親の言う、頼りになる人だから、という結婚の理由もこの時ばかりは頷けた。

 

 風呂に入り身体を十分に温めると、すぐさまベッドの中へと入る。

 今日は幾分か疲れていて、身体の中心がやけに重い。

 家族との食事の時間は本当に楽しかったのだが、それゆえに後々の疲れは大きいものとなる。

 ベッドに横たわった時には、指の先まで身体が鉛のように重たく感じた。

 前まではこの疲労も魔力で回復していたのだが、それは瀬津そうまに魔力の無駄だから止めるよう言われている。

 どうせ寝れば体力は回復するのだから、その人間の神秘に身を任せればいい、ということらしい。

 実はこれも美樹さやかの精神的なケアで行ったということは…今の美樹さやかは気付いている。

 前までは気付けなかった。

 疲れを溜めこんだまま眠りに着く幸福感。

 その日起こった出来事を疲れと共に振り返る充足感。

 人間としてごく当たり前の感覚を意識させるために、魔力の節約という大義名分のもと行わせていたということに、以前の美樹さやかは気付くことが出来なかった。

 だからこそ、今感じている感覚すらも瀬津そうまが与えてくれたものだと感謝し、自身は人間だと感じることが出来ていた。

 

 そこで…そのまま眠りにつければよかったのだが、今日は少し余計なことを考えてしまう。

 それはありもしないことをただ漠然と、ifのことを考えてしまう人間特有の悪癖だ。

 

 こうだったら…

 ああだったら…

 

 決して変わることのない現実に目をそらし、理想の世界を求め続けてしまう、人間だれしもが一度は行うであろう行為。

(あたしがリホさんと同じ願いをしていたら…)

 

 一度考えだすとすぐに頭から離れることはなく、また就寝直前という静かで考えごとのしやすい空間だとそれは無限に広がっていく。

 

(リホさんがもし魔女にやられなかったら…)

 

(あたしがもっと早く魔法少女になっていたら…)

 

(あの時、そうまのことを止めていれば…)

 

(マミさんが油断しなければ…)

 

(マミさんが一人でやられてたなら…そうまの左腕は無事だったのに…)

 

 

 

 

 

 次の日、瀬津そうまはまたしても魔女の攻撃を受け怪我を負った。

 


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