魔法少女の騎士   作:アンリ

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第31話 START

 剣を振るう、振るう、振るう…

 使い魔は瞬く間に細切れに切り刻まれ、その身を霧散させた。

 まるで剣舞の如く踊るように、真っすぐな立ち筋が敵を切り裂いた。

 剣を掴む手に力が入る。

 使い魔の密集地帯の中心で、回転切り。

 360°全ての使い魔を叩き切ると、それにより出来た少しのスペースを使い、助走をつけて前方の使い魔に突進する。

 ロボットのように角ばった使い魔の身体を通り抜けざまに一太刀。

 続けて前を塞ぐ使い魔をことごとく切り伏せ、そして密集地帯を強行突破で抜け出した。

 

「まどか、チャンス!」

「うん!」

 

 最高速に達した身体を、地面に足を突っ張ることで無理やり速度を落とす。

 身体に負担をかけながらも、立ち止まることに成功した。

 剣を横に振るように振り返る。

 目の前をそびえ立つように並ぶ使い魔。

 赤い眼が不気味に光り、突き刺さるような視線が向けられる。

 その数20程度。

 錆び付いた機械のように、使い魔が動く度にギチギチと不快な音が響いた。

 そして使い魔の群れが一斉に目を向ける。

 不快な音を響かせながら。

 不気味に光る赤い眼に睨み付けられ、更にはごつごつとした形と重量感、圧迫感が身をひりひりとチリつかせる。

 威圧感だけで、並大抵の人達は足がすくんでしまうだろう。

 

 …そんな状況で、剣の担い手は不敵に笑ってみせた。

 

シャッ…

 

 すると突如使い魔の群れの間を、蒼い何かが地を駆け使い魔を貫いた。

 使い魔の群れが爆発したように、瓦解する。

 スーパーカーが通り過ぎたかの様に、結界内に突風が吹き荒れる。

 剣のような、矢のような、どちらともとれる形のしていた蒼い何かが通り抜けた衝撃で、貫かれなかった使い魔も吹き飛ばされた。

 ドサドサと吹き飛ばされ地面に叩きつけられる十数の使い魔。

 シンっと結界内が静まり返る。

 数匹の使い魔を串刺しにした何かは、この場の使い魔を黙らせる程の恐怖を植え付ける程の一撃だった。

 …もっとも、使い魔に恐怖を感じる本能があるのかは不明である。

 

 矢の射線上、矢の放たれた先を見るとそこにはピンク色の髪の少女が蒼色の洋弓を構え立っていた。

 隣にはサーベルを腰に携えた美樹さやかの姿がある。

 

 突風により地面に叩き伏せられた使い魔を、瀬津そうまがズプリと突き刺し完全に息の根を止める。

 また鹿目まどかが矢に見立てた剣を美樹さやかから受け取り、再び使い魔に向けて射出した。

 空気の壁を貫く程の第二撃が、鹿目まどかの指から放たれる。

 矢は失速する事なく真っ直ぐと…見当違いな方向に飛び、使い魔を貫くことなく結界の壁に突き刺さった。

 

「あれ?」

「ちゃんと狙って、まどか。はい、もう一回ね。」

 

 鹿目まどかは首を傾げ、矢の飛んでいった方向を見つめる。

 美樹さやかもやれやれといった表情を浮かべ、新たな矢を創りだし鹿目まどかに手渡した。

 頷いて矢を受け取り、狙いをしっかりと定めもう一回矢を放つ。

 すると矢は狙い通り真っすぐと飛び…

 

「のわっ!?」

 

 瀬津そうまの近くに倒れていた使い魔を貫いた。

 強い突風を纏った衝撃に瀬津そうまの身体は飛ばされかけるも、剣を地に伏す使い魔に突き立てることでどうにかその場に留まる。

 鹿目まどかが見事に貫いた使い魔は霧散し、地面に深く突き刺さった矢だけが残っていた。

 

「まどかっ! ちゃんと周りを見てやれっ! 味方を撃ち殺す気か~っ!」

「ご、ごめんなさい、瀬津君!」

「あっぶな…てかよく反応できたわね…」

 

 瀬津そうまが鹿目まどかに説教中、美樹さやかは瀬津そうまの剣を突き立てたその反応速度や、先ほどの使い魔の群れに囲まれた時に見せた体捌きに胸の内で感嘆していた。

 この頃瀬津そうまの動きはより洗練されたものへと変わってきていることは美樹さやかも気づいている。

 本人曰く、ようやく左腕が無い上での動き方が分かってきた、というのだがそれにしても一つひとつの行動に無駄が無い。

 使い魔を相手にしつつ矢の準備を進める鹿目まどかの様子を確認し、準備が出来たと見るや自身を生贄に使い魔を密集させ、そして強行突破にも見える突撃で離脱する。

 魔法少女としてパワーもスピードも上の美樹さやかでもここまで上手く出来るか自信が無い。

 とはいえ今回の作戦は美樹さやかが、鹿目まどかの武器である矢と弓を用意する必要があったので、そもそも行う可能性がないのだが…。

 

 瀬津そうまが最後に残った使い魔に剣を突き立てる。

 すると結界がゆがみ始め、現実世界へと辺りの景色がシフトしていった。

 そうして美樹さやかは魔法少女になってから2回目の、直接的に魔女と戦うことのない、魔女退治が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第31話 START

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ降り出してもおかしくないような雲に空は覆われていた。

 街ゆく人も雨が降り出す前に用事を済ませようと普段よりも少しばかり足早で、どこか町がせわしない印象だ。

 そんな中、鹿目まどか達5人は喫茶店でのんびりと紅茶やコーヒーを飲みながら談笑している。

 6人がけの席に窓際から鹿目まどか、美樹さやか、瀬津そうま。

 そしてその向かいの席には志筑仁美と上条恭介の姿があった。

 全員が全員楽しげに笑い合う。

 そこには少しのためらいや憎しみも感じられない。

 

「恭介、本当に勉強してなかったのね。あんた、昔より頭悪くなったんじゃないの?」

「そういうさやかだって、今日の昼休み、仁美に宿題の答え聞いてたじゃないか。昔は僕の所に聞きに来てたしさ。」

「そういや俺の所にも来たことあるぞ。」

「私にも聞きに来たことあるよね?」

「さやかさん? どうして皆さんに聞いて回るのです?」

「いや~…毎回同じ人に聞くのが恥ずかしくてつい…」

 

 紅くなる美樹さやかに4人の表情が崩れる。

 こんな天気だからか客の少ない店内で、マナー違反ではあるがひときわ大きな声で話し、そして笑う。

 とても幸せな光景だった。

 

 あれから美樹さやかは志筑仁美と上条恭介のことを応援することを、志筑仁美に伝えた。

 上条恭介のことはすっぱり諦める、と言いきった。

 最初は志筑仁美もその言葉を信じられなかった。

 自分のことを思っての言葉だと、変に勘繰ってしまっていた。

 しかし、それが今では鹿目まどかと瀬津そうまを加えた5人で、こうしてお茶を飲みに来ることもするようになった。

 それどころか、美樹さやかのことを逆に応援するような気概にすらなっていた。

 やはり美樹さやかと志筑仁美、それと鹿目まどかはいつまでたっても親友なのだろう。

 昼食だけは志筑仁美と上条恭介の2人と鹿目まどか達3人に分かれるも、それ以外の休み時間はほとんどずっと同じ時間を過ごしていた。

 もちろん朝の登校は現在も3人一緒であることがほとんどだ。

 …美樹さやかが遅刻しない限り。

 

「それで、恭介はもうキスの一つでもしたの?」

「っ!? ごほっ! ごほっ! いきなり何言いだすんだよ、さやか!?」

「どうしましたの、恭介君?」

「な、なんでもない!」

「…この反応はまだみたいだな。」

「そうね…仁美かわいそう…」

「そこの2人っ! 何か良くない話題で盛り上がるんじゃない!」

「さやかちゃんと瀬津君は何を話してるの?」

「さぁ? 私にもさっぱり…。」

 

 美樹さやかが上条恭介に耳打ちすると、上条恭介は飲んでいた紅茶を盛大に吹き出してしまった。

 そのリアクションだけで、美樹さやかと瀬津そうまは同じ答えに辿り着く。

 話の内容が聞こえなかった窓際2人は、2人して首を傾げていた。

 年相応に大声を出してはしゃぐ(不平を言う)上条恭介の様子に、美樹さやかは楽しげな表情をこぼした。

 子供特有の笑顔に、何が何だか分からなかった2人も釣られて笑顔を見せた。

 

 美樹さやかは最近少し変わった。

 いや…戻ったというのが正しい表現だ。

 いたずらに辺りをひっ掻きまわし、それでいて辺りの様子に気を配りバランスをとる。

 いつも話しの中心にいた昔の美樹さやかなら自然と出来ていた、美樹さやかの人柄だからこそ出来ていたことなのだが、最近はこの5人の中で同じような姿が見られるようになった。

 また、それにもまして昔以上に心から笑うようになった。

 それはやはり美樹さやかの心境の変化に因るものだろう。

 まだはっきりとしない…つい最近は志筑仁美や鹿目まどかにいじられるようになった…気持ちが原因なのかもしれない。

 

 変わったといえば鹿目まどかにもそれは当てはまる。

 美樹さやかをいじり始めた時とほぼ同時期に始めたことだが、魔女退治に本格的に参加することにしたのだ。

 それも鹿目まどかが自ら強く提案した事から始まったことだった。

 これにはある事柄がからんでいた。

 それは美樹さやかの本心を悲しい形で聞いてしまったことである。

 

 このまま安全圏から2人を見守るのか…

 それとも魔法少女になって3人で戦うのか…

 

 美樹さやかの心から吐き出された言葉は、その分だけ美樹さやかの本心であり、鹿目まどかにとっては無視したくない言葉だった。

 だから必死に考える。

 自身に出来る、みんなのためになる選択を。

 そんな考えの中、それを瀬津そうまに相談したところ考えだされたのが『鹿目まどかの戦力化』だった。

 美樹さやかが剣と弓と矢を創りだし、それを瀬津そうまと鹿目まどかが使って使い魔を倒す。

 明らかに二度手間になってしまう戦法だが、この戦法には2つのメリットがあった。

 

 1つは、鹿目まどかに自信をつけさせることが出来る、ということだ。

 3人の中で唯一矢面に出ることのない鹿目まどかに、それゆえに自身を蔑んでしまう。

 1人安全なところにいるだけでは、美樹さやかの本当の気持ちなど理解できない、と考えてしまう。

 そこで瀬津そうまは『遠距離型の戦力確保』といった名目で鹿目まどかに活躍の場を作り、鹿目まどかにチームとしての責任と共に自信をつけさせるような立場を用意したのだ。

 美樹さやかとしても鹿目まどかには少し気まずいところがあり、また魔女退治についてきてほしい気持ちもある為、鹿目まどかの申し出に断る理由が無い。

 むしろ自分のことを考えての申し出だということがすぐに理解できたため、何か込み上げるものすらあった。

 瀬津そうまにしても、元来鹿目まどかは性格が内気すぎると思っていたので、それを少しでも改善できればいいか、と軽い気持ちで考えたため断る理由はない。

 第一、瀬津そうまが発案者のため断るわけがない。

 

 そしてもう1つのメリット。

 これが鹿目まどかが魔女退治に参加する一番の理由でもあった。

 それは、美樹さやかの魔力温存が可能、ということ。

 まず瀬津そうまが前線に出るため、それだけで美樹さやかの剣を創りだす数は大幅に減少する。

 さらに鹿目まどかと共に離れた位置に美樹さやかがいることで、怪我の治療による魔力消費を完全に抑えることが出来る。

 鹿目まどかのために創る弓や矢の分を削っても、余りあるほどに有効な魔力運用であった。

 

 こういった考えに至った経緯は最近の魔女退治にあった。

 美樹さやかと瀬津そうまのコンビネーションは日を追うごとに良くなり、既に巴マミと瀬津そうまのそれの域に達していた。

 そのため出会った魔女全てを難なく倒し、見滝原の平和を守ることが出来ていたのだが…

 ここで一つの問題が出てきた。

 それは魔女退治の報酬であるグリーフシードが全く手に入らなくなったことである。

 数にして3匹ほどの魔女を2週間で倒したのだが、グリーフシード取得数は0。

 それとは別に使い魔も倒しているのだから、美樹さやかのソウルジェムはどんどんと濁っていく。

 幸い1つだけストックがあったため何とか浄化出来ているのだが、このままいつグリーフシードが手に入るか分からない状況で、魔力を存分に使う戦術は危険である。

 魔力の消費を抑えなければいけない状況…

 そんな時に鹿目まどかの相談があったことで、この戦略が使われることになった理由である。

 

 新たな役割を得た鹿目まどかは自信をつけたのか、どこか頼もしく感じる時があった。

 それは志筑仁美や上条恭介にも分かるほどであり、美樹さやかや瀬津そうまにこっそり耳打ちして訳を聞いたほどだ。

 それを2人は苦笑いを浮かべて返すことしかできなかった。

 

「おっと…俺はそろそろ失礼するわ。」

「えっ? この後なんか用事あるの?」

「ちょっと病院に行かないといけなくってな。相変わらず傷口の様子を見たいんだとよ。」

「そっか…」

 

 時計の短針が4と5の間を刺した頃、瀬津そうまは自身の頼んだコーヒーを一気に飲み干して席を立った。

 美樹さやかが尋ねると、どうやら今日は定期健診の日だったらしい。

 

(大丈夫だ。夜にはちゃんと戻れるからさ。)

(別にそんなこと心配しているわけじゃないんだけど…)

 

 窓際で寝ころぶキュゥべえを経由して、念話による会話を行う。

 流石に魔法少女関係の事に関しては志筑仁美と上条恭介には未だに言っていない。

 

「そんじゃあお先。」

「またね、瀬津君。」

「そうまさん、また明日。」

「じゃあね、そうま。」

 

 瀬津そうまに鹿目まどか、志筑仁美、上条恭介の順で声をかける。

 瀬津そうまは手を振りながら店を出ていった。

 少しばかり楽しげな雰囲気が落ち着く。

 このタイミングに美樹さやかはコーヒーで少しのどを潤した。

 その様子を鹿目まどかはふと不思議に思う。

 

「あれ、さやかちゃん? さやかちゃんってコーヒー嫌いじゃなかったっけ?」

「嫌ですわ、まどかさん。それはもちろん、そうまさんがコーヒーを飲むからに決まっているじゃありませんか。」

「ぶっ!?」

 

 志筑仁美の言葉に、美樹さやかはコーヒーが気管支に入ってしまい勢いよくせき込んだ。

 ごほっ、ごほっ、っと苦しそうにしているのを無視して、上条恭介はやっぱり、と納得気に頷き、鹿目まどかはそっか、と頷いていた。

 

「違うわよ! ただ最近コーヒーにハマってるだけで…」

「でもその割にあまり飲んでいないんじゃないか。さやかは昔から苦いのが苦手だったから、コーヒーもあまり得意じゃないんじゃないのか?」

「そうなんだ。」

「だからピーマンが出た時はピーマンだけ残して、それでおばさんに怒られてたりしてたんだよ。その時のさやかはどんなに泣いてもピーマンを食べなか…」

「うわ~~~~っ!? 昔話禁止~~~~~~っ!!」

 

 瀬津そうまがいなくなっても、4人は楽しそうに会話を続ける。

 外はすでに雨が降り出しており、そのため逆に店内に客の姿が増えていた。

 そのため他の客からクレームでも出たのか、店員が4人の元に行き、大声を出さないように注意する場面もあった。

 

 

 

 見滝原は今日も平和である。

 


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