魔法少女の騎士   作:アンリ

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第28話 異界の彼方

『さやかの好きなようにすればいいよ。』

 

 瀬津そうまはあの日、魔女退治の帰り際、突然そんなことを呟いた。

 美樹さやかにだけ聞こえるように、それでいて意識の隙間にそっと入り込むタイミングで。

 その言葉を聞き、そういえば瀬津そうまの前で泣き顔を見せてしまったことを思い出し、少し恥ずかしくなってしまった。

 

(ありがと…)

 

 その時は素直にその言葉を受け止められなかった。

 相変わらずキザなことを言っているな、とか考えていたのかもしれない。

 

(でも…無理だったよ…)

 

 そして後になって後悔をする。

 最近の自分はこの繰り返しだった。

 思えば、いつも瀬津そうまは的確な言葉を紡いでいた気がする。

 ハッキリと自分の意志を告げ、私の歩む道を指し示す…というより細かな選択肢を省いてくれた、というのが正しいのかもしれない。

 

(私って…こう…何をやってもダメな星の下に産まれたのかなぁ…)

 

 もし過去に戻れるのなら、私は間違えなく自身の行動を正すだろう。

 先ずは…魔法少女になろうと考えた所から。

 

(もう…限界だよ…そうまぁ…)

 

 夕暮れの町。

 笑顔で話す一組の男女。

 そんな楽しげな幼なじみと親友の姿を、美樹さやかは遠くから見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

第28話 異界の彼方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瀬津そうまの身長を遥かに超える観賞植物が左右に並び、1つの道を作っていた。

 空は黄土色の砂を撒いたかのように明るく、そして少し暗い。

 結界の中はミント系の香りが漂い、そのためか鹿目まどかの身も引き締まる。

 先頭を歩くのは美樹さやかとキュゥべえ。

 そして、その後ろを並んで歩くのが鹿目まどかと瀬津そうまだ。

 通常どす黒く禍々しい気配が漂っている筈の結界が、まるで喫茶店のような雰囲気を醸し出している為か、鹿目まどかはいつもの魔女退治よりも不安は湧かなかった。

 それどころか、少し居心地が良かったりする。

 しかし、敢えてそれを口にする事はない。

 隣を歩く瀬津そうまの表情は固く、常に辺りの警戒をしている。

 鹿目まどかが話し掛けた時でさえ、表情は笑顔なのだが、意識は辺りに分散して向けられていた。

 

 それでも話の受け答えが普段通りなので、瀬津そうまと付き合いが短い人なら気付きもしなかったことだろう。

 それだけ、鹿目まどかと瀬津そうまの付き合いは長くなっている。

 

 それが、鹿目まどかが話すことを憚っている理由なのだが、原因はそれだけではない。

 もう一つの理由…それは前を行く美樹さやかにあった。

 結界を見つけるまでは話せば笑い、楽しげな表情を浮かべていた。

 いつもの美樹さやかに見えた。

 しかし、結界の中に入ると全く雰囲気が変わってしまった。

 他人を寄せ付けようとしない雰囲気。

 周りに見向きもせず、キュゥべえに指示されるがままどんどんと結界の奥へと進んでいく。

 常に前を歩くため、表情を窺うことも出来ない。

 まるで張り詰めた風船のような緊張感を、鹿目まどかは感じていた。

 何故か…とても不安な気持ちになる。

 

 数分歩き続けると、辺りは少し開けた場所へと変わっていた。

 平たい木のテーブルや丸太の椅子がずらりと並び、それこそ喫茶店の店内を広くしたような空間。

 テーブルの上には巨大なティーカップやケーキが、所狭しと置かれている。

 これには瀬津そうまも少し驚愕の表情を浮かべたが、やはり美樹さやかは真っ直ぐと前だけを見つめている。

 

 甘ったるい空間を抜けると、急に何も装飾されていないトンネルが続く。

 天井は灰色に水色の水玉が点々と浮かんでいて、足元はコンクリートのように固い。

 ローファーを履く3人の足音が妙に響き渡った。

 

「此処だよ。」

 

 誰一人として話すことの出来ない緊張感を全く気にすることなく、キュゥべえが突然足を止め、話し始める。

 目の前にはコンクリートの壁。

 そこにひっそりと存在するクリーム色の扉。

 長方形で縁は鉄で覆われ、取っ手は簡素なドアの物と遜色ない。

 此処だけやけに現実感を漂わせた。

 キュゥべえに指示されるがまま、美樹さやかが銀の取っ手を掴み、そして畏れることなく足を踏み入れた。

 その後にキュゥべえ、鹿目まどか、瀬津そうまも続いた。

 

「…何ここ?」

 

 結界の最深部に辿り着いた美樹さやかはつい、そんな疑問を口にしていた。

 そこは白と黒しか存在しない空間だった。

 扉を開けた先に続くのは、先に行くほど道が細くなる断崖絶壁の崖…のように見える黒。

 空は雲すら浮かばない一面の青空…のように見えなくもない白。

 崖の先に広がるのは波打つ海…に見える黒。

 この世界を構成するのはたったそれだけだった。

 いつの間にか、美樹さやか達の姿も黒一色に染まっている。

 どうやらこの世界に白と黒以外の色は存在していないらしい。

 

 やけに不安に駆られる世界に、美樹さやか、鹿目まどか、瀬津そうまの3人にキュゥべえ。

 そしてその4つの影とは別に、もう一つ影が存在していた。

 

 崖の先端、常人であれば足が竦んでしまいそうな場所に、何かが立っていた…いや、建っていた。

 周囲の黒よりも更に濃い黒の十字架に、打ち付けられた人型。

 まるでキリストの磔刑を模しているようなオブジェだ。

 人型の背中からは羽根のような何かが生え、鹿目まどかにはそれが妖精のようにも見えた。

 それも…孤独に顔を俯かす妖精に。

 

「…さっさと終わらすわよ。」

「ちょっと待てっ!?」

 

 そんな事は気にも留めず、美樹さやかは剣を握り十字架へと真っ直ぐ向かう。

 白と黒しか存在しない世界にある奇形。

 それならば必然的にそれがこの結界を形成する魔女である、と美樹さやかは考えたのだ。

 そしてそれは正解。

…しかし不正解である。

 

 瀬津そうまの制止を振り払い、剣を構え真っ直ぐと魔女へと滑るように飛翔する。

 美樹さやかの身は風を切り、刀身は魔女を斬る一太刀となる。

 剣を振りかぶり、十字架ごと魔女を叩き斬る。

「やった!」

「…いや、まだだ!」

 

 鹿目まどかは感嘆の声を上げるが、瀬津そうまがそれを否定する。

 遠くから戦況を見ているためか、詳しい状況は分からない。

 しかし、美樹さやかの剣が魔女を斬る直前、触れるか触れないか、という所でピタリと太刀筋が止まっているように、瀬津そうまからは見えた。

 そしてそれを肯定するかのように、美樹さやかの表情が驚愕を浮かべる。

 剣を押すことも引くことも出来ず、それでも慌てて剣をがむしゃらに引っ張る。

 しかし剣はピクリとも動かせない。

歯噛みしながら空いている手に新たな剣を創り、二刀で魔女に迫る。

 

「さやかっ! 一旦離脱しろ!」

「えっ?」

 

 正に剣を振り上げた時、後ろから声が聞こえた。

 瀬津そうまの声に顔を上げる。

 すると妖精の形を保っていた魔女がギチギチと音を立て、形を変えていく。

 口が裂け、顎が外れ、美樹さやかを飲みこめるほど、巨大な口が開かれる。

 全てを飲みこむ深い黒、喉の奥は全てがその一色で表現出来た。

 刹那、美樹さやかの背筋にぞくりと悪寒が走る。

 

「逃げろ!」

 

 瀬津そうまの悲痛な声が結界に響く。

 美樹さやかは剣から手を離し、離脱を試みる。

 しかし時すでに遅し。

 魔女の口から吐き出された黒球。

 消しゴムほどの大きさのそれは、最速を誇る美樹さやかにさえ咄嗟に避けることのできない速度で美樹さやかの身体を捕えた。

 

「ぐっ!?」

 

 避けようとする美樹さやかの脚を捉えた弾丸は、いともたやすく美樹さやかの柔肌を貫き、瀬津そうまと鹿目まどかの間を一瞬のうちに通り過ぎ、そして美樹さやか達が入ってきたドアに当たるや、吸い込まれるように融けた。

 そんな異常に気付くこともなく、鹿目まどかは短い悲鳴を上げた。

 美樹さやかの膝が崩れ、身体を震わしながらうずくまる。

 降り下ろす筈の剣を落とし、歯を食いしばり痛みに耐え、身体は痛みに完全に支配されていた。

 額には脂汗が滲み、腹部は熱い鉄の棒が刺さったかのようにじくじくと熱い。

 魔法少女の身体ですら致命傷の一撃に瀬津そうまは驚愕を、鹿目まどかは美樹さやかを遠くから見つめる事しかできない。

 動くことのできない美樹さやかに向け、再び魔女は口を開く。

 照準は美樹さやかの頭部に定められていた。

 

「っつ!」

 

 腹部を貫いた黒球により、美樹さやかの腹部には貫通した穴が魔法により見る見る塞がっていく。

 血液で汚れた外套も、すっかり純白な物へと元に戻っていた。

 しかし、それでも痛みはいまだ引かない。

 魔女に再び狙われていることに気付いてすらいない。

 瀬津そうまは限界を超えるほどに地を強く蹴り、魔女へと近づいていく。

 すると魔女は近づいてくる瀬津そうまに脅威を感じたのか、美樹さやかに向けていた照準を瀬津そうまに向けた。

 すぐさま射線上から外れ、再度魔女に向けて突進していく。

 

「さやかっ! いったん引け!」

 

 宙で制止している剣を握り、そのまま魔女に向けて押し込む。

 魔女はいまだ瀬津そうまに照準を向け直すことが出来ていない。

 隙を突いた一瞬の攻撃。

 …しかし、やはり剣はピクリとも動きはしない。

 その隙に魔女の口は瀬津そうまを捉えていた。

 なんの呼び動作もなく発射される黒球。

 狙いは瀬津そうまの眉間。

 

「瀬津君!?」

「…っと、あぶな。」

 

 それを口の角度や黒球の大きさなどから射線を正確に判断し、首を傾けることで間一髪回避する。

 すぐさま剣から手を離し、離脱する。

 美樹さやかもようやく痛みが引いてきたのか、鹿目まどかの位置まで一歩で後退した。

 

「やばいな…あれの対処方法が全くわかんねぇ…」

 

 瀬津そうまは魔女を睨みつけながら、悪態吐いた。

 剣は今もなお魔女に届かず、宙で制止していた。

 どういう理屈で剣檄が届かないかは分からないが、いずれにしてもあの絶対防御を打ち破らないことには魔女を倒すことはできない。

 瀬津そうまの額に冷や汗がたらリと垂れた。

 鹿目まどかは2人が無事だったことに安どの表情を浮かべている。そして美樹さやかは…

 

(あの痛み…どこかで…)

 

 ドクンッ…

 

 

「しょうがない。ここはいったん引くぞ。」

「…冗談じゃないわ。私はまだやれる。」

「…さやか。あれは俺達と相性が悪すぎる。なんでか遠距離からはあの球を発射してこないが、それもいつ始まるか分からない。俺やさやかは大丈夫でも、まどかが狙われたらどうすんだ?」

「それならまどかのことはそうまに任せる。…あいつは私一人でやる。」

「ちょっと待て!」

 

 美樹さやかは再度剣を握りしめ、魔女に向かい飛翔する。

 すると魔女は近づく美樹さやかに向け口を大きく開き始めた。

 宙に浮いていた剣がポロリと落ちる。

 

「っ!? まどか、悪い!」

 

 瀬津そうまは慌てて鹿目まどかを引き寄せ、2人して横に飛び込む。

 魔女と美樹さやかの射線上にいた鹿目まどかだけでも最低限守るための行動だった。

 つまり、それは美樹さやかを守るためのものではない。

 そして照準を定め、黒球が飛来する美樹さやかめがけて発射された。

 

(あの時の痛み…キュゥべえが言ってた…)

 

『慣れてくれば完全に痛みを遮断することもできるよ。』

(…どうせ…恭介はもう、仁美の…)

 

 黒球が美樹さやかの左肩を撃ちぬく。

 ぐらりと美樹さやかの身体は傾くが、美樹さやかは声を出すこともしない。

 むしろ視線は魔女から一片たりとも離れはしなかった。

 

「あぁぁぁぁぁっ!!」

 

 両手でしっかりと剣を握り、打ち抜かれた左肩を気にすることなく、力強く剣を振るう。

 美樹さやかの全身全霊を込めた一撃。

 しかしそれでも届かない。

 魔女の口が再度、美樹さやかに向けられる。

 

「逃げろ! さやかぁぁ!」

 

 ピクリとも動かない剣を手離すことなく、魔女に向けて押し込む。

 完全に美樹さやかの動きは止まってしまった。

 

 

 …そして魔女は再び黒球を発射する。

 

 

 

 斬っ

 

 黒球は美樹さやかの右わき腹を貫いた。

 ごぷっと血液がわき出てくる。

 ぼたぼたと血液が足元に落ちていく。

 地面には色の無い世界では黒色の血液と、そして魔女の右腕が転がっていた。

 

「なっ!?」

 

 美樹さやかの剣は完全に止まっていた筈だ。

 それなのに、美樹さやかの剣は魔女の腕を撥ね飛ばした。

 剣を振り切ることが出来、美樹さやかの口角がニヤリと上がる。

 

「…もしかして攻撃される一瞬だけ、攻撃が通るってことか? …さやか! それさえ分かれば後は俺でも大丈夫なはずだ! 下がってゆっくり休…」

「あははははっ!」

「えっ…さやかちゃん…?」

 

 突如、美樹さやかが笑いだした。

 その表情は満面の笑みであり、頬には自身の血が付いている。

 瀬津そうまが退くように言った言葉など耳に入っていないかのように、再び剣を握り再度魔女に振り下ろした。

 

「おいっ!? さやか!?」

「心配いらないよ! こんなやつ私一人で十分なんだから!」

「さやかちゃん!」

 

 魔女は再び美樹さやかに向けて黒球を発射する。

 それは美樹さやかの心臓を打ち抜いた。

 ホースから流れ出る水のように、血液が美樹さやかの身体から流れていく。

 そして魔女の腕をまた1本切り落とした。

 

「最初っからこうすればよかったんだ…! 痛みなんか全部感じなくしちゃえば…! あははっ!」

 

 美樹さやかは構わず剣をふるい続ける。

 魔女が攻撃するたびに美樹さやかの身体に一つ穴があき、そして魔女の身体を1回切り裂く。

 美樹さやかの表情は笑顔のままだ。

 やがて瀬津そうまも鹿目まどかも声をかけることが出来なくなっていた。

 鹿目まどかは鼻を衝く血の臭いと、目の前で繰り広げられる惨状に、吐き気を耐えることで精いっぱいだった。

 そして十数回、美樹さやかと魔女の我慢比べは続いた。

 美樹さやかが剣を振り下ろすたびに、まるで鉄パイプで殴っているかのような音が結界に響いたため、視線をそらしていた鹿目まどかでも何度繰り返されたかは分かっていた。

 聞こえる音はガンッガンッとなる剣の音と、美樹さやかの笑い声だけ。

 

 そして…我慢比べは美樹さやかに軍配が上がった。

 


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