魔法少女の騎士   作:アンリ

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第22話 October November

 美樹さやかは1人ベッドに横たわっている。

 目覚めは最悪。

 気だるさが全身を覆い、風邪でも引いたかのように脱力感を感じていた。

 横たわる美樹さやかの目の前には蒼のソウルジェムがあった。

 ソウルジェムは昨日よりも若干澱んでいる。

 佐倉杏子との邂逅で溜まった穢れは目に見えるほどだった。

 美樹さやかは自身の悪癖に溜め息を吐いた。

 

「魔法を使うのには魔力が必要…そして魔力はグリーフシードでしか補充出来ない…」

「だから君達魔法少女は魔女の取り合いをするんだよ。」

 

 独り言のような呟きをキュゥべえは聞き逃さず補足する。

 美樹さやかは机の上を定位置としているキュゥべえを見上げた。

 

「君はまだグリーフシードを手に入れたことがない。それはとても危うい状況だ。いずれ魔法も使えなくなってしまうかもしれない。」

「だから…魔女を倒さなきゃいけない。」

「そうだ。幸い君には良い理解者、協力者がいる。」

「まどか…そうま…」

 

 頭に浮かんだ顔を順に呟く。

 キュゥべえは肯定するように頷いた。

 

「でもさ、また昨日みたいに他の魔法少女にちょっかい出されたらどうする?」

「それは君達が選択することだ。巴マミのように共闘するのもいいし、反対に突き放してグリーフシードを得てもいい。」

「…私で勝てるのかな?」

 

 消え入りそうな声を絞り出した。

 昨日の一件で美樹さやかの自信や慢心は完全に折られた。

 自分1人ではどうすることも出来なかった事実が重くのしかかる。

 魔法少女は一般人とは明らかに戦闘力が異なる。

 先程キュゥべえが言ったように、美樹さやかには協力者がいる。

 しかし純粋に魔法少女と対抗できるのは美樹さやかただ1人だ。

 そんな事を考え、美樹さやかはまた人一倍背負い込んでいた。

 しかしキュゥべえは事も無げに話を続ける。

 

「厳しいだろうね。佐倉杏子はもう立派な魔法少女だ。新人のさやかには実力も策も足りないよ。」

「そっか…でもさ~…」

「それならまどかと共闘すればいいんじゃない?」

「まどか? そうまじゃなくて?」

「まどかの魔法少女としての素質は計り知れないものがある。僕にもどの程度のモノか把握出来ないよ。彼女が協力してくれれば、君達はどんな魔女にも魔法少女にも対抗できるだろうね。」

「まどかが…」

 

 視線を落とせば黒ずんだソウルジェム。

 自然と右手がシーツをキュッと握りしめる。

 

「…いい。これは私の問題だから。巻き込むのはそうま1人で十分…ううん、そうまにも頼らない。」

「それが君の考えなんだね、美樹さやか。それよりそろそろ学校に行かなくていいの?」

「…分かってるよ。」

 

 気だるい身体を無理やり起こし、パジャマを脱ぎ制服へと着替える。

 姿見にはいつもと変わらない、寝癖がぴょんと立っている美樹さやか本人の姿があった。

 カーテンを開けると何処までも広がる蒼い空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第22話 October November

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかもやもやが治まらない。

 そんな気持ちを表すように美樹さやかは憮然とした態度を取っていた。

 といっても物に八つ当たりしたり、不機嫌な表情をしていたりする訳ではない。

 ただ時々鹿目まどかや暁美ほむら、また瀬津そうまに睨みつけるような視線を送ってしまう。

 授業中なのでそれぞれが気付く事無く、それぞれのノートに板書していく。

 そして気付いていない様子を見て、美樹さやかはまた1人で胸をなで下ろしていた。

 自分でも分かっている。

 この感情は単純な嫉妬だということは。

 ただ…元来負けず嫌いな性格である美樹さやかは、この感情を抑えることが出来ないでいた。

 

 キュゥべえから太鼓判を押された鹿目まどか。

 美樹さやか自身にも理解できない程、鮮やかに佐倉杏子から美樹さやかを救った暁美ほむら。

 そして佐倉杏子に認められた節がある瀬津そうま。

 それに対して美樹さやかは地面に腰を落とし見上げていただけ。

 誰に対しても見上げている今の状況。

 …美樹さやかにはとても許容し難い状況だ。

 

 確かに美樹さやかは佐倉杏子に負け、更には暁美ほむらと瀬津そうまに助けられた。

 魔法少女として素質が有るのかは分からないが、魔法少女の生みの親が言うのならそうなのだろう。

 …ただそれでも佐倉杏子と戦ったのは美樹さやかだけなのだ。

 身体に傷を負い、魔力を消費して…所謂死闘を繰り広げた。

 それにもかかわらず、得た物は敗北感ばかり。

 如何に寛大な心を持っていても、少しは思ってしまうだろう。

 

「さやか~。今日も行くだろ?」

 

 瀬津そうまが鞄を右手で担ぎ、美樹さやかの席へと近付いていく。

 ぼんやりと考え事をしていたらいつの間にか放課後になっていたらしい。

 行くよ、と一言告げてから、美樹さやかも机の横に掛けていた鞄を持ち席を立つ。

 これからまた魔女退治が始まる。

 美樹さやかは1つ気合いを入れ…

 

「「キャーッ!(うぉーっ!)」」

 

 突然クラス中から黄色い歓声が沸き上がったことで、その意気込みは呆気なく崩壊してしまった。

 

「おい、そうまっ!? いつからなんだよ!?」

「まぁ…2週間前かな。」

「昨日もイッた、って!?」

「そりゃ勿論、1人の男と1人の女が揃えば…なぁ?」

「どっちから告白したの!?」

「そりゃもちろん男の俺から…」

「あの~…瀬津君?」

「ん? どうした、まどか? 心配しなくてもまどかを仲間外れにしないって。今日も3人で行こう。」

「ふぇっ!?」

「3人でイク!? そうまっ! お前中学生にして鬼畜過ぎるだろっ!」

「まぁまぁ…2人がどうしても、ってな…」

 

 瀬津そうまが一言話す度に教室中から黄色い歓声と、少なからずの妬みの視線が飛び交った。

 最初は話の意図が理解できなかった美樹さやかも、飛び交う奇異な言葉と先程瀬津そうまに言った言葉を思い返しようやく理解していく。

 理解度に比例していくように頬は赤く染め…

 

「何テキトーなこと言ってんのよっ!!」

 

 今も何か話している瀬津そうまの空いている左脇腹に、魔力を少しだけ込めてぶち抜くようにフックを入れた。

 机をなぎ倒し、瀬津そうまの身体は教室の端から端まで飛ぶように転がっていった。

 

 しん、と静まる教室。

 先程まで盛り上がっていたクラスメイトに鋭い視線を送る。

 目が合うとすぐさま目をそらし、いそいそと帰り支度をして教室から抜け出していった。

 

「そんなんじゃないんだからね!」

「…ツンデレか。」

 

 クスクスと抑えきれていない笑い声が響く。

 これ以上ない程赤くしていた美樹さやかの顔が更に赤くなっていく。

 

「行こっ、まどか!」

「う、うん!」

 

 最期の言葉を告げた瀬津そうまの顔を鞄で叩き、2人して顔を真っ赤にしながら教室を出て行く。

 廊下を早歩く2人の耳に、大丈夫かっ! そうまっ!、という慌てふためく声が聞こえるが、2人は足を止めることなく顔を隠すように去っていった。

 顔がめり込む程の追撃を受けた瀬津そうまも、2人が教室を出た1分後には何事もなかったかのように整然とした様子で教室を出ていた。

 

 

 

 

 

 

「…やっぱりもう気配がない。」

 

 美樹さやかは舌打ちの1つでもしたい気持ちを抑えソウルジェムを仕舞った。

 昨日路地で出会った使い魔の魔力残渣は翌日には跡形もなく消えていて、それは魔女退治は振り出しに戻った事を意味していた。

 舌打ちをしたくなる気持ちも分からなくない。

 

「しょうがない。また歩き回るしかないか。」

「そうだね、瀬津君。」

「じゃあ次はどこ行く?」

 

 そうだな…と瀬津そうまは考え事に入る。

 魔女退治とは足頼みだということは巴マミからも聞いている。

 それでも瀬津そうまに訊ねるのは3人の中で一番経験値が高く、尚且つ思考が深いからだ。

 経験値とは勿論魔女退治に関してである。

 瀬津そうまのことだから、他の魔法少女とはぶつからない場所を選択的に挙げる、とちょっとした信頼が確信させていた。

 

「せっかく街に出てんだし、このまま路地裏でも見て回るか。」

 

 瀬津そうまの提案に2人は首肯する。

 それを見て瀬津そうまは1人先に歩き出し路地裏へと入っていく。

 2人はその後ろを並んで歩いていく。

 

 路地裏というには少し広く、2人が並んで歩いていける程度の道が続く。

 そのため路地裏に入った後もずっと三角形になるように3人は歩いていた。

 鹿目まどかは心配そうな瞳を美樹さやかに向ける。

 

「さやかちゃん。昨日の痛みとか残ってない? 大丈夫?」

「このくらいへっちゃらよ、まどか! 全然平気!」

「それならいいんだけど…私ってこうやって心配するしか出来ないから…」

「まどかはそれでいいの。荒事にお姫様を出すわけにはいかないでしょ?」

「お、お姫様っ!? 何言ってるのさやかちゃん!?」

 

 ぶんぶんと腕を振る鹿目まどかの顔は少し紅くなっている。

 その様子が面白かったのか、美樹さやかはにっこり笑顔を見せた。

 

「さやかちゃんだって上条君がいるでしょ?」

「き、恭介は関係ないっ!」

「お2人さん仲良いね~。」

 

 キュゥべえを肩に携え、先を行く瀬津そうまは何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

 魔女退治をしている立場気を張っていてほしいのだが、実際ソウルジェムが反応していないので近くに危険はないことも分かる。

 もし顔に傷が付いているような人達に出会ってしまっても、先を歩く瀬津そうまが時間を稼げるため2人は気を張る必要はない。

 そうと分かれば気は緩んでしまうものだ。

 それに気を張り詰めてしまうことも良くはないのだから、尚更止める理由がない。

 そのため瀬津そうまは微妙な表情を浮かべるに留まっていた。

 

「…そういえばさ、さやかちゃん。」

「ん? どうしたの?」

「さやかちゃんはどんな事をお願いしたの?」

「…まどかの事だから悪気は無いんだろうな~。」

「えっ?」

「えっとね、私は…明るい未来を作ってもらったの。」

「明るい未来?」

「そう。笑えて、遊べて、時にはケンカもしちゃったりもするけど、それでも楽しかったって言えるような、ハッピーな未来。」

「さやかちゃん…」

「な…なによ…」

「それって上条く…」

「だぁ~っ! 恥ずかしいから遠回しに言ってるのに、口に出すな~!」

 

 頬を真っ赤に染めながら鹿目まどかの口をふさぐ。

 狭い路地裏で暴れまわるように2人はじゃれ合っている。

 恥ずかしさから表情を崩している美樹さやかとどこか嬉しそうな表情の鹿目まどか。

 何となく予想は付いていたのだが、美樹さやかが好きな人の為に奇跡を叶えた事が自分の事のように嬉しかったのだ。

 

 だからこそ鹿目まどかはこの関係を守りたい、と強く感じていた。

 

「さやかちゃん。辛くなったらいつでも言ってね。私…準備しとくから。」

「ん? 準備って?」

「…願い事、叶えてもらう準備。」

 

 少し恥ずかしそうに鹿目まどかは目をそらす。

 見下ろす先にはどこから飛んできたのか、落ち葉がエアコンの排水によりじっとりと湿っていた。

 前を歩く瀬津そうまはこの会話に対しても口を挟まない。

 

「まどかはそんなこと考えちゃ駄目だよ。」

「確かにまだ何も考えてないけど…でも、さやかちゃんの力になってあげたいから!」

「まどか。…まどかは私の心を癒やしてくれてる。十分力になってるよ。」

 

 鹿目まどかの右肩をポンと叩く。

 美樹さやかの表情は穏やかなものだ。

 それとは逆に鹿目まどかの表情は晴れない。

 

「ううん。私力になれてない。そうま君みたいに戦う力も無いし、何かを教えてあげることも出来ない。だから私も魔法少女になって!」

「まどかは昨日の戦い、ちゃんと見てた?」

「えっ?」

「あれは魔法少女同士のじゃれ合いなんかじゃない。…紛れもなく殺し合いだった。同じ魔法少女でも…いや、だからこそ争わなきゃいけないの。だからまどかに魔法少女になってほしくない。」

 

 いつの間にか立ち止まって向き合うように話し合っている2人。

 狭い路地裏のため胸と胸が触れ合いそうなほど、2人の距離は近い。

 

「でも! …でも…きっと魔法少女同士仲良く出来る筈だよ。あの子ともだって…」

 

 鹿目まどかの普段の性格からは考えられないほど、強情で引き下がらない。

 表情から強い意志も感じ取れる。

 それほどまでに鹿目まどかにとって美樹さやかは大切な存在であり、守りたい存在だった。

 ただ…それが美樹さやかには気に食わない。

 

「まどかは魔法少女を甘く見過ぎ。そんな覚悟なら一緒に戦わないで。…まどかには知らない世界だってあるんだよ。」

「さやかちゃん…」

「私はね、戦うよ。魔女とも使い魔とも。…そして一般人の事を気にしようともしない、自己中な魔法少女とも。…この街の為に。」

 

 突如美樹さやかは来た道を振り返り、瀬津そうまのいる方向とは反対方向へと歩き出す。

 鹿目まどかが手を伸ばすも、美樹さやかの背に届くことはなかった。

 ローファーの鳴らす音が路地裏に響き、やがて遠くへと消えていく。

 ぽつん、と音が聞こえてきそうなほど孤独感が鹿目まどかを包む。

 随分と長い間、美樹さやかが去った方向を見ていた鹿目まどかに、背中側から声が届く。

 

「まどかは何も言えないさ。」

 

 それはずっと口を挟まず、ただ壁に寄っ掛かりながらぼんやりと朱に染まる空を見上げていた瀬津そうまからの一言。

 バッと鹿目まどかの首が向く。

 

「まどかはまだ頑張りきってない。自分に力が無いことを悔やんで動き出してないだけだ。」

「だから私、魔法少女に…」

「さやかは頑張ったんだろ?」

「…」

「大切な人の腕が動かなくなって、その人が絶望して、そこから救いたくてもがいた。笑顔を取り戻そうと試行錯誤した。何をしていいかも分からない状況でだ。」

 

 瀬津そうまは一度も鹿目まどかを見ることなく、空を見上げたまま話を続ける。

 鹿目まどかは胸を抱きしめ聞き役に徹する事しかできない。

 

「それでも…色んな手を使っても大切な人が堕ちていって、いつしか自分だけの力じゃどうしようもなくなった。だから魔法少女になることも厭わないで奇跡に力を借りたんだ。」

「さやかちゃん…」

「魔法少女ってのは大抵の人が何か抱え込んだ物を持ってる。そうまでしないとどうしようもない現実を覆した代償に、魔女を倒してるんだ。…まどかにはまだ意志が足りないな。」

 

 瀬津そうまはようやく鹿目まどかに優しい視線を向け、一歩ずつ近付いていく。

 手を伸ばせば届きそうな距離。

 そこで瀬津そうまは握手するように手を挙げた。

 

「…でもそれが普通なんだ。その普通をもっと大切にしろ、ってさやかは言いたかったんじゃないか?」

「瀬津君…」

「今日はもう日が暮れる。家まで送るから帰ろうぜ。」

 

 鹿目まどかの左手を掴み、美樹さやかが去った方向とは逆方向へと歩いていく。

 秋の風に冷えていた左手に感じる温かみ。

 そんな日常でしか感じ取れないものに、鹿目まどかは安心感を得る。

 そして瀬津そうまに連れられるまま、鹿目まどかは帰宅した。

 …もやもやとした感情を残しながら。

 


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