魔法少女の騎士   作:アンリ

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第19話 未来の足跡

 夕暮れの街の風景は哀愁漂うものを感じさせる。

 それは一日の終わりを感じさせるからだろうか。

 太陽との一時的な別れと暗闇の再来に怯えるからだろうか。

 それは人それぞれであるし、もちろん夕焼けの景色を好む人もいる。

 美樹さやかにとって、その光景はあまり好きではない景色であった。

 小さいころから明るく活発な少女であった美樹さやかにとって夕暮れとは家に帰る時間であり、それは遊ぶ時間の終わりを示す。

 つまり楽しい時間の終了を毎日毎日勝手に告げてくる風景であった。

 そしてそれは中学生になった今でも変わらない考えであり、今では病室から出るタイミングに変わっていた。

 そんな美樹さやかは今、そのよく通っている病院の屋上から夕暮れの街を見下ろしている。

 落ちかけの西日が屋上をまぶしく照らし、肌寒い気候であるはずなのにそれを感じさせない。

 少しくらい薄着でも過ごしやすかった。

 しかしそんなことが美樹さやかが屋上へと足を延ばした原因ではない。

 

 流れる旋律。

 たどたどしく決して上手いとはいえない。

 そんな風にも負けてしまうほど弱弱しい音は美樹さやかの前方3mの所から奏でられていた。

 そしてそれこそが美樹さやかがここにいるたった一つの理由。

 上条恭介の復活コンサート…といっても観客は上条恭介の両親と1人の医者とナース、そして美樹さやかだけ…が行われていた。

 

(そうだよ…私は間違ってなかったんだよ…)

 

 上条恭介の両親は目じりに涙を浮かべ、医者は驚愕の表情を浮かべる。

 そして上条恭介は目を閉じヴァイオリンの演奏を堪能していた。

 指は思い通り動かず、ヴァイオリンを持ち上げているだけですら腕と足は疲れていく。

 それでも半ばがむしゃらに身体全体を使って腕を動かす。

 何度も何度も…

 結果闇が訪れるまでの30分、上条恭介は限界を超えて演奏を続け、疲れからその場でうずくまるように倒れた。

 医者が慌てて容態を確認し両親も驚愕の表情を浮かべるが、美樹さやかはその様子を見ても慌てはしない。

 

(やっぱり恭介はヴァイオリンを弾いてる時が一番格好いいよ。)

 

 うずくまるように…ヴァイオリンを大事に抱えるように眠る上条恭介。

 彼の夢物語はまだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第19話 未来の足跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず見滝原中学校舎の屋上は人の気配がない。

 景色の面では辺りが森で囲まれているため開けた風景が広がり、そのため木の柔らかな香りがする。

 それでも無人であることが多いのは日当たりの良さと通気性の良さからかもしれない。

 大抵の場合においてそれらの条件は好印象を持たせるものだが、この屋上においては良すぎるのだ。

 裏を返せば夏場は灼熱の日差しが逃げ場無く照らし、冬場は身を割くほどの寒気に晒される。

 快適な環境、と言うには環境条件に左右されすぎていた。

 これなら教室に完備されているエアコンで充分である。

 理由として他にも多岐にわたるものが有るのだろうが、とにかく屋上に人気はない。

 そんな寂れた場所に今日は3人の影があった。

 それはこの頃定番にもなりつつある中学2年生のとあるクラスのメンバーだ。

 その中の1人、美樹さやかは満足げに自身が作ったハンバーグを丸かじりする。

 膝の上に置かれた自作のお弁当は、食事が半分ほど済んでいるにも関わらず鮮やかな彩りを放っていて、見るものに食欲を与える。

 この1食のお弁当を作るのにどれほどの時間を費やしたのか考えさせるほどの出来栄えだ。

 

「さやかちゃん、今日はものすごく気合入ってるね?」

「えっ? そんなことないよ~! 普通だって!」

「まどかの弁当だって美味そうじゃん。この出し巻き卵とか特に。」

「本当だ! ねぇねぇまどか、今度作り方教えてよ!」

「あっ…え~っと、これはパパが作ってくれたから、私は作れないんだ。」

 

 三種三様のお弁当が広がる。

 そのどれもが見た目からして凝られていて、結果としてそのクオリティの高いおかずを交換して品評会のようなものが始まっていた。

 

「んっ!? このミートボール美味しい! そうま、これ誰が作ったの? お母さん?」

「だから何回も言ってるだろ? 俺は一人暮しなんだから自分で作るに決まってるって…」

「そんな嘘つかなくていいわよ。中学生で一人暮らししてる人なんてそうそういないんだから。マミさんが特別なだけで…って、あっ…」

「…まぁそうだよな。でも本当に俺が作ったんだっての。前に朝食作ったことあっただろ? マミの家で…な。」

「…マミさん。」

 

 お弁当の中身は粛々と胃袋へ消えていく。

 気まずい雰囲気となった3人は少し無言になってしまったものの、そのきっかけを作った 美樹さやかとおしゃべりと称される瀬津そうまが無理やり話しを広げて場を盛り上げていく。

 どちらも今にも泣きそうな一人の少女に気を使っての行動だった。

 少女も空気を読んでかぎこちない笑顔を見せるようになり、そのおかげもあって普段の3人の雰囲気に戻っていく。

 

 昼休みの時間を半分ほど使いお弁当を食べ終えると、ようやく本日の本題へと移る。

 元々わざわざ人気のない場所で食事をとったのはこの話し合いをするためであり、それは人には聞かせられない3人だけの秘密事項だった。

 それは今後の身の振り方。

 それも主に美樹さやかの…だ。

 

「それで…さやかは魔法少女になったわけだが、これからどうしたい?」

 

 奇跡を叶え欲を満たし、そして闘う力を身に付けた美樹さやかは魔法少女として魔女との戦いに赴かなければいけない。

 それは簡単に命を落としてしまいかねない凶悪な戦い。

 事実1人の魔法少女はその激しい戦いに身を落とし、灰となってこの世界から姿を消した。

 その安らかに眠る巴マミの姿を見ている鹿目まどかは不安で胸が張り裂けそうになっていて、制服が皺くちゃになるのもいとわないほどに胸をぎゅっと握りしめた。

 不安から手も震えだしてしまいそうなほどだ。

 その光景を見て当の本人である美樹さやかは優しく微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、まどか! 私は昔っから運動が得意だったんだ! こういう荒事は得意分野だって!」

「魔女退治は野球や剣道とは違うんだけどな…まぁ運動神経も大事な要素ではあるな。」

「…さやかちゃん。本当に魔女退治を続けるの?」

「…うんっ。マミさんが今まで一人で守ってくれてたこの街を…見滝原を守り続けたいから。私はやるよ。」

 

 右手を握りしめ決心を固める。

 中学2年生の少女に相応しい、その細腕には魔法少女となり得た力だけではない頼もしさを感じさせた。

 それは自信だ。

 未だ1度だが、確かに魔女との戦いを1度くぐり抜けた実績がある。

 これがあるとないとでは歴然の差があるだろう。

 そして美樹さやかにはそれがある。

 既に魔法少女としての力の使い方、それによる反動、目まぐるしく変わる戦況…

 それは実戦でしか学ぶことの出来ない魔法少女として確かな財産となる。

だからこその自信なのだ。

 

「でも前戦った魔女は使い魔を残して逃げちまってるぞ。」

「うっ…それは今後きっちりやるから大丈夫っ!」

「今後って…」

 

 瀬津そうまは頭を抱え美樹さやかの様子を眺める。

 瀬津そうまからしてみれば、今の美樹さやかは使命感に駆られて、所謂自分の意志ではないように思えた。

 

「そういえば今後瀬津君はどうするの?」

「俺? 俺はさやかのサポートをする。ただそれだけだよ。」

「別に私はそうまの助けなんかいらないですよ~。」

「ははっ…」

「さやかちゃん…」

「まぁ見てなさい、って! 魔法少女さやかちゃんが2人纏めて護ってあげるから! ど~んと任せちゃいなさい!」

 

 折りたたみ式のお弁当を手提げ袋にしまってから、軽く握り拳を作り胸をたたく。

 多少強めに叩いてしまったためか、少しばかり痛そうな表情を浮かべた。

 

「そんなの俺のプライドが許さねーよ。女の子1人で戦わせられないっつーの。」

「だ~か~ら~っ! そうまは魔法少女じゃないんだから、後ろに引っ込んでなさい、って!」

「だ~か~ら~っ! それはまだ危険だって言ってるだろっ!」

「ふ、2人とも~落ち着いてよ~…」

 

 瀬津そうまと美樹さやかの言い争いはどんどんと白熱していき、鹿目まどかは慌てて止めに入る。

 しかし華奢で弱気な鹿目まどかでは2人を止めることは出来ない。

 既に何度も試してみた事象なのだから、今回も結果は分かりきっていた。

 

 実は今回のような言い争い…話し合いは昨晩既に行われていたのだ。

 魔女退治の初陣をまずまずの戦果を得て浮かれる美樹さやかは、2人を危険に晒さないよう1人で魔女退治を行う、と帰り道でさらりと言った。

 それに対して瀬津そうまは経験値不足だから危険だと…魔女退治に関しては一番場数を踏んでいる自分が近くでサポートする、と安心させるように美樹さやかへと告げた。

 どちらも相手を思っての発言。

 しかしどちらの考えも相手には届いていない。

 そのために今回のようなすれ違いが生まれてしまった。

 

「第一昨日だってさやかは魔女を逃がしてんだぞ! もし隠れていた魔女に隙を突かれたらどうしてたんだよ!」

「隙なんか作らないわよ! 私はいつだって危機感を持ってやる!」

「もし怪我したらどうすんだよ! さやかが叶えた奇跡はどうなんだよ!」

「…そうまには教えたつもりないけど。」

「…そんなの分かるに決まってんだろ? 俺は左肩の定期検診にあの病院行ってんだぜ。さやかの姿を何度も見たしな。」

 

 ペットボトルに入った紅茶を一口飲む。

 そのおかげで美樹さやかは吐き出してしまいたい言葉を胸に押し戻すことが出来た。

 

「俺は2人を応援するし、さやかには幸せになってもらいたい。だからこそ、さやかが感じる危険を少しでも減らしてやりたいんだ。…勿論まどかに対しても、だぞ?」

「瀬津君…」

 

 瀬津そうまは心を込めて説得する。

 表情や手振りからその有り余る熱心な気持ちが2人に伝わっていた。

 瀬津そうまが本気で2人の幸せを祈っていることが分かる。

 …しかし美樹さやかの表情は晴れない。

 

「さやかちゃん…私もさやかちゃんが心配だよ。私は何も出来ないけど…でも、さやかちゃんの傍にいたい。たとえ自分が危険になっても。」

「まどか…」

「俺が2人を守る…なんて大層な事は言いたくないが、それでも2人の為に死に物狂いでこの身体を動かす。だからさ、さやかは1人で抱え込むなよ。」

「そんなことっ! …しないよ。」

 

 鹿目まどかが美樹さやかの両手を自身の両手で包み込む。

 鹿目まどかの人柄のように暖かい温もりが美樹さやかの心に溶けていく。

 頭には美樹さやかの手より2回りは大きい瀬津そうまの手のひらが乗っている。

 …ここまでされては美樹さやかも黙って従うしかない。

 

「…あ~っ! 分かったわよ! …私が頭固かった。私はまだ魔法少女ってのをちゃんと理解してないし、怪我するかもしれない。その時にそうまとまどかがいれば、私はもっと頑張れる…頑張れるよね。」

「さやかちゃん…」

 

 少しぎこちなく笑みを浮かべる。

 それだけで鹿目まどかは涙を流してしまうのではないか、という程に涙腺を緩め再び美樹さやかの両手をギュッと握る。

 

 3人の絆が無理やり作られた瞬間であった。

 つぎはぎで少し引っ張られただけで千切れてしまいそうなつなぎ目。

 それでもつなぎ目は確かに存在している。

 ここで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 物語は再び放課後へと移っていく。

 

 

 

 


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