魔法少女の騎士   作:アンリ

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第11話 無限回廊

 魔法少女とは孤独な存在である。

 今宵も魔女の存在すら認識していない人の為に、人知れず夜の闇を金色が切り裂いた。

 すでに1人の夜には慣れている。

 小学生の時に家族を事故でなくし、親戚中からたらい回しにされた挙げ句、中学校の近くに1人暮らしを始めたのだから慣れるのも当然であろう。

 日中はクラスメイトに恵まれたからか、楽しい学生生活が。

 夜は魔女を退治するために何時間も1人歩き続けていた。

 

 そんな寝不足で自慢の金髪が傷んでしまわないか、と悩むことすら少なくなってしまったある日、彼は笑顔で結界の中を歩いてきた。

 

 初めは魔女の口付けで操られた一般人かと思っていた。

 しかしそんなしるしはどこを見渡しても見受けられない。

 また断っても付いて来る彼は予想以上の身体能力を見せつけた。

 長身痩躯の身体からは考えられないほどのパワーとスピード。

 1時間走り続けても顔色一つ変えないスタミナ。

 そして重苦しく濁りきった結界内でも明かりを灯すかのような少年の笑顔。

 

『マミ。』

 

 甘ったるいようで意志の強さを感じさせる声。

 

『マミ?』

 

 一般人なのに私に付き添い、時には魔法少女の私を助けるお人好し。

 

『お~い、マミ?』

 

 その背中は大きく、優しかった父親を思い出させる。

 

『俺の腕、どこいったか知らない?』

 

 その姿は父親の最期の姿と似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

第11話 無限回廊

 

 

 

 

 

 

 

 

ガバッと身体を勢い良く起こす。

 酷く嫌な夢でも見たかのようにパジャマはじっとりと汗で湿り、息遣いも安定していない。

 巴マミの寝起きは最悪であった。

 辺りを見渡すと見慣れた風景。

 1人暮らしには広すぎる無機質な部屋。

 魔女退治に全力を注いだ所為か、インテリアに力を入れることが叶わず、あまり物のない部屋となっている。

 薄いクリーム色のカーテンから流れ込む日の光と暖かさ。

 目覚めとは対照的に天気は良好らしい。

 

「何の夢を見ていたのかしら…」

 

 巴マミはシャワーを浴びる準備に着替えを用意している間、嫌な汗をかいた原因である悪夢を思い出そうとしていた。

 怖いもの見たさに夢を思いだそうとすることは誰しもがあることだろうが、それは巴マミとて変わらない。

 しかし今日に限って何も思い出せない。

 まるで脳が拒絶しているかのように、夢の断片すら再生されない。

 思い出すことを諦め、着替えを持って寝室のドアを開ける。

 今日は日曜日なのだから、ゆっくり休んでいようと心に決めて。

 

 

 

 1人暮らしには重厚すぎるドアを抜けると、そこはいつもの広すぎるリビングなのだが、今日に関しては少し様相が違う。

 リビングに漂うコンソメの香り。

 テーブルの上に置かれた色鮮やかな生花。

 そしてソファーで寄り添うように眠る鹿目まどかと美樹さやか。

 いつも1人のはずの部屋が少し狭く見えたのは、人の気配に依るものだった。

 

「おはよう、マミ。」

 

 テーブルに用意されたハムエッグとサラダの盛り合わせに目を奪われていると、不意にキッチンの方から声をかけられた。

 体を包む朝の日差しよりも暖かく、包み込むような柔らかさが特徴的な声。

 どこかで聞いたことがあるような声に身体をびくりと震わす。

 

「勝手に食材とキッチン借りたわ。代わりにめちゃ美味い飯作っといたから許してくれ。」

 

 こんがりとキツネ色に焼けた数枚のトーストと4つの珈琲カップ、また瓶詰めのジャムや砂糖をお盆に乗せ、キッチンから1つの影が現れた。

 大学生にも見間違えられてしまう長身痩躯。

 顔立ちは整っていて、下手なアイドル顔負けの美貌。

 甘いマスクと弾ける笑顔を見せる瀬津そうまの姿がそこにはあった。

 普段通りの表情、普段通りの振る舞い。

 しかし瀬津そうまを見る巴マミの表情はみるみるうちに歪んでいってしまう。

 

「そうま君…その…ぅっ!?」

 

 力無く巴マミの左腕が上がり、ある一点を指差す。

 恐る恐る指を指した先には瀬津そうま。

 正確に言えば瀬津そうまの『左半身』。 

 それと同時に頭が痛くなるほどのフラッシュバックが、連続で巴マミの脳内を駆け回った。

 

 鹿目まどかの宣言。

 魔女シャルロッテとの戦闘。

 そして…

 

 

 いつの間にか吐き気を抑えるように、巴マミは口に手を当て座り込んでいた。

 

「大丈夫か!? マミっ!?」

「来ないで!」

 

 

 すぐさまお盆をテーブルに置き、へたり込んだ巴マミに近付く瀬津そうまをへたり込んだ本人が拒絶する。

 金切り声にソファーで仲良く寝ていた鹿目まどかと美樹さやかも目を覚ます。

 

「…ナイスタイミング。ちょっとマミを落ち着かせてくれ。」

「えっ? …うん。分かった。」

「…ちょっと。朝からマミさんに何したのよ?」

「何故にジト目で俺を見る!?」

 

 鹿目まどかは巴マミの背中をさすりながら、耳元で優しげに言葉を紡ぐ。

 美樹さやかも冗談混じりに瀬津そうまを見てから、同じように巴マミの様子を落ち着かせる。

 その間瀬津そうまは左半身を隠すように長袖のジャケットを羽織った。

 …もちろん袖が通るのは右腕だけである。

 

 

 

 それから巴マミの状態が落ち着くまで十数分かかった。

 落ち着いたといってもいまだ瀬津そうまを直視することが出来ず、ギュッと握りこぶしを作りながら下を向き続ける。

 なんとか鹿目まどかと美樹さやかが左右から支えることで食卓の席へと就くことができた。

 鼻孔をくすぐる珈琲の香りは、普段鹿目まどか達が魔女退治の際に待ち合わせ場所として利用するカフェで飲む珈琲とは香りから高級感が違うものだと鹿目まどかはふと感じる。

 

「まどかは砂糖とミルク使うか?」

「あっ、うん。ありがとう、瀬津君。」

 

 テーブル越しに伸びてくる腕から砂糖とミルクを受け取る。

 何の変哲もない光景だが、砂糖とミルクが1つずつ順に渡されたことで鹿目まどかにとっても現実を嫌でも感じさせた。

 

 カチャカチャと食器が奏でる音のみが部屋に木霊する。

 深海にでもいるかのように空気は重い。

 いつもならムードメーカーとして話しを繰り広げる瀬津そうまと美樹さやかですら何も話さず、ただ黙々とトーストを頬張っていた。

 巴マミに至ってはニンジンやジャガイモがゴロッと入ったコンソメスープと珈琲を交互に飲み続けるだけで、その動きは機械のように無機質なものだ。

 鹿目まどかも仕方なしに手を着けていなかった食事に集中し始める。

 トーストの端にジャムをほんの少しだけ乗せ頬張ると、静かな部屋にサクッと軽快な音が響いた。

 ザラザラとしたパン生地は噛む度に音と香ばしい香りで舌を楽しませ、遅れてイチゴ本来の自然な甘味が押し寄せてくる。

 少量ながらしっかりとした甘味はじんわりと口内を浸食し、それでいて後味はすっきりとしていた。

 

「あっ…美味しい…これ凄く美味しいよ! さやかちゃん!」

 

 思わず鹿目まどかは感嘆の言葉を叫んでしまう。

 ついジャムをもう少しパンに乗せてしまう。

 

「そのジャム美味いだろ? そうま特製手作りイチゴジャムだからな~。」

「えっ!? これ瀬津君の手作りなの!? …パパでもこんなに美味しいの作れないのに…」

 

 瀬津そうまの口にした言葉に耳を疑う鹿目まどか。

 いつも笑顔で優しく、また主夫歴の長さに比例するかのように料理上手な父親、鹿目知久(かなめともひさ)よりも優れた料理を今まで口にしたことが無かったからだ。

 鹿目まどか家にも自家製イチゴの手作りジャムはあるのだが、このジャムはそれよりも少しばかり上をいく。

 

「良かったら作り方教えようか? 今日のは家から持ってきた余りだから微妙だけど、作ったばかりの方が美味いぞ?」

「本当に!? やった!」

 

 そのとても鹿目まどかの舌に合っていたジャムのレシピがもらえると分かると、鹿目まどかは人目や空気を気にせず、両手で小さくガッツポーズをする。

 あまりにも嬉しそうな姿に瀬津そうまはつい少し吹き出してしまった。

この中では一番付き合いの長い美樹さやかは慣れているのか、行儀悪くひじを突いて呆れている。

 巴マミだけが状況を把握できずぽかんとしていた。

 続けて鹿目まどかは砂糖とミルクを適量加えた珈琲を一口すする。

 すると口内から鼻孔へとすり抜けるように、珈琲豆の香りが広がった。

元来苦みの強い珈琲は苦手で砂糖とミルクが必需品とする鹿目まどかだが、むしろ砂糖やミルクの甘さが邪魔になってしまうほどの微かに感じる珈琲の洗練された味わいに、目を丸くしてまた一口と飲み込む。

 

「うんっ! すっごく美味しいよ! マミさんもそう思いませんか?」

「えっ……そうね…」

 

 恐る恐るトーストに手を伸ばし、鹿目まどか絶賛のイチゴジャムを乗せて頬張る。

 少し置いてしまったはずのトーストだったが、噛めばサクッと音を響かせた。

 ゆっくりと、喉に引っかからないように丹念に咀嚼し、これまた味わうようにゆっくりと飲み込む。

 何故だか巴マミを凝視する鹿目まどかも同時につばを飲み込んだ。

 

「…美味しい。」

「ですよね! 瀬津君すごいよ! ほらっ、さやかちゃんも!」

「はいはい。それじゃあ私はたっぷりと…」

「えっ~! ずるいよ、さやかちゃん! 私だって食べたいのに~!」

 

 早い者勝ちだよ~、とジャムの瓶を鹿目まどかから取り上げるように持ち上げると、鹿目まどかから不平の声があがる。

 その間先ほどまで機械的に飲み込んでいた珈琲を、巴マミは今一度口にしていた。

 口に広がるジャムの甘味と混ざり合うように、香りが深い珈琲の苦味。

 市販のジャムや珈琲にはない爽快感を口内で感じ取ることができた。

 

「どうだ、マミ? 俺が張り切って淹れた珈琲の味は?」

 

 瀬津そうまは口角を上げしたり顔で、珈琲に目を丸くしていた巴マミに訊ねる。

 まるで子供が親にほめて貰おうと満点の答案を自ら渡すように。

 巴マミは突然声をかけられ、しかもそれが瀬津そうまだったため言葉を上手く纏められない。

 えぇ…と小さく呟き、頭を垂らすことしか出来なかった。

 

「マミ、ちょっといいか?」

 

 小さく囁くように言葉を紡ぐ。

 巴マミは何か警戒するように身体をびくりと震わせ、目をぎゅっと閉じ力強く握りこぶしを作る。

 鹿目まどかと美樹さやかに着替えさせてもらった服も、再び冷や汗でじっとりと濡れていた。

 

「今日朝食作ったの誰だか分かるだろ?」

「そ…そうま君…」

「そうだ。俺が1人で作った。」

 

 そこで瀬津そうまは自身のトーストをかじり、軽快な音を打ち鳴らす。

 鹿目まどかと美樹さやかも2人の会話…もとい瀬津そうまの話に耳を向けていた。

 

「それでさぁ、マミ?」

「な…なん…ですか。」

「これだけの朝食、マミなら作れる?」

「はぁ?」

 

 再びトーストを勢い良くかじりつく。

 瀬津そうまと巴マミの会話だったのだが、つい横で聞いていた美樹さやかが素っ頓狂な声を上げてしまった。

 鹿目まどかも意図が分からず、首を傾げていた。

 

「何がいいたいのよ、そうま! こんなシリアスな展開にいきなり自慢か! 中学生男子に空気の読めないスキルは必需品なのか~!」

「さやかが何怒ってんのかは分かんねーけど…。つまりだ、マミ。」

「はい…」

「俺は左腕が無くてもこの中で一番凄い、ってことでオッケーだよな?」

 

……………

 

「はい?」

 

「だってそうだろ? 俺準備できる。マミ達できない。」

「なんで片言なの?」

 

 親指をビシッと立て、威張るように自身に向ける瀬津そうま。

 その態度と発言に鹿目まどかは、躊躇いがちに微笑みながら頭を傾げる。

 

「まぁ俺基本的になんでもできちゃうし、出来ること自体には何も驚くことないと思うが…」

「なに自分で言ってんだか…」

 

 美樹さやかは全員に聞こえるような大きなため息を吐いた。

 心底瀬津そうまの考えを理解できていない、といった様子だ。

 

「つまりこんくらいハンデにもならない、ってことだ。たかだか腕が1本無くなったくらいでそんな絶望されちゃ、俺がその程度の野郎だと思われちまうだろ?」

「…そうま君。」

「それにマミが言ったんじゃないか。『そうま君は魔法少女の騎士だものね』ってな。騎士は主を守るためなら身体を張るのは当然だろ?」

 

 瀬津そうまの魔法の言葉。

 それは巴マミの奥底にある鍵を開ける魔法。

 溜まりきった感情は出口を求め、眼球へと辿り着く。

 巴マミは知らず知らずに涙をこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、そうま君。」

「まぁマミをサポートするのも騎士の仕事だからな。」

「騎士、騎士…ってなにカッコつけてんのよ。自分では『使い魔の方が性に合ってる』とか言ってたくせに。」

「ううん、瀬津君すごく格好良かったよ。本当にマミさんの騎士みたいだよ。」

「ありがとな、まどか。…ただあんま騎士、騎士連呼しないでくれ。ちと恥ずい…」

「あら? 主人である私が言ったこと、そうま君は不服なの?」

「…はいはい。マミには頭が上がらないな。…っと俺はそろそろ行かなきゃな。」

「えっ? 瀬津君この後何か予定あるの?」

「いや~、病院の先生に黙って病室を飛び出したから、そろそろ問題になってそうでな…」

「えっ…」

「はぁ!?」

「…もぅ。人を困らせちゃ駄目でしょ? 早く戻って謝ってきなさい。」

「その口調、なんだか主人ってより母親、って感じだな。マミお母さん。」

「も、もぅ! 早く行きなさい!」

「マミさん、それもお母さんぽいって…」

 

 美樹さやかの一言に顔を真っ赤にする巴マミ。

 その姿はまた年上には見えない可愛らしいものだった。

 つい3人して巴マミの仕草に大笑いしてしまう。

 それはまるで普通の日常。

 話して茶化して笑いあって…

 巴マミの周りにはそんな日常が広がっていた。

 

(もう…何も怖くない。)

 

 そして後日、巴マミは姿を消した。

 


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